点差わずか0.33。羽生選手と町田選手が生み出した,日本フィギュア史上最高のドラマティックな大激闘!

ショートプログラム(Short Program)。町田選手の「エデンの東」。初めて観た瞬間にここまで心を掴まれたプログラムは今までありませんでした。個々の演技要素の流れと音楽が見事にマッチしているのです。以来,今季ずっと町田選手を応援し続け,観るたびにどんどん完成度が上がっていき,世界フィギュアでついに驚異の自己ベストを記録。羽生選手とチャン選手(CAN)しか到達していない98点台を叩き出しました。最後のスピンのときから観ている私は鳥肌が立ち続け,演技が終わったときテレビの前でまるで観客かのようにしばらくの間拍手を止められませんでした。演技が終わりガッツポーズをせずに余韻を味わう町田選手の姿は美しかった。技術的にも芸術的にも完璧。町田選手が演技のことを「作品」と称する意味を私は初めて心から理解できたような気がしました。

羽生選手は,明らかに普段と違う雰囲気をたたえていました。五輪金メダリストで迎える大会。しかもチャン選手は不在。勝って当たり前という試合ほど難しいことはありません。滑り出してからもふーっと息を吐きリラックスしようとしている姿に嫌な予感を感じた瞬間,4回転トーループジャンプを転倒。まさかの追う展開となりますが,彼の凄さは,失敗を引きずらないこと。その後のジャンプをきっちりまとめて,町田選手と7点差に留めたことが大激闘の伏線になりました。

フリースケーティング(Free Skating)。町田選手の「火の鳥」はこれまた名プログラム。今大会は2年間演じ続けた集大成です。今季は私が福岡で生観戦したグランプリファイナル,さらに続く全日本と,ミスのない演技ができていたのですが,どちらも成功させることに必死という状態でした。ソチ五輪では4回転ジャンプにミスが出てメダルを逃すことになります。何としても最後は完成度の高い演技を…町田選手はそう強く望んでいたはずです。そして実際に,前半の3つのジャンプとステップシークエンスまでは,緊張感と冷静さが高い次元で融合している,そう感じさせてくれる内容でした。後半は着氷がぐらつくなどヒヤッとするところはありましたが,今までのような「こなすだけで精一杯」という雰囲気ではなく,気持ちの余裕そして強さが感じられるような演技でした。世界フィギュアでは演技がミスなくできれば満足と言っていいと思うのですが,今大会の「火の鳥」は表現をも追求した演技になっていたと思います。審判もそれに呼応するかのように高い得点を出し,184点台という自己ベストを達成しました。

その町田選手を競馬で喩えると「ハナ差で差し切った」のが,2001-02年シーズンのヤグディン選手以来2人目となる同一シーズン3冠を達成した羽生選手でした。けして楽にとれた3冠めではありませんでしたが,それでもきちんと結果を手にするのが,彼の強さであり凄みでもあります。しかし,この僅差は少し予想外でした。羽生選手が4回転サルコウジャンプを含む全ての技術要素を成功させたのを見て,私は195点を予想しましたが,実際には191点台に留まり,4回転サルコウを失敗したグランプリファイナルでの自己ベスト193点台を超えられませんでした。今大会では個々の演技要素の出来ばえがさほど良くなく,出来ばえを評価するGOE(Grade Of Execution)の点数を積めなかったようです。追う立場で勝ちにこだわったことで,演技の細かい部分の完成度を上げられなかったということでしょう。とはいえ,この状況で自己ベストに近い点数を出せるのですから,やはり羽生選手は強靭なメンタルの持ち主であると改めて思います。

五輪直後の世界フィギュアは,例年どうしてもレベルが低くなりがちです。しかし今回は,五輪での演技ミスや日本開催といった状況があり,羽生選手にも町田選手にも高いモチベーションが維持されました。その結果は,両選手ともソチ五輪の優勝得点を上回る合計282点台を出しました。しかも,2004年以降現行の採点制度になってから,1位と2位の点差0.33は史上最小,6.97点差からの逆転は最大点差だそうです。ホームアドバンテージをしっかり生かして,日本男子史上初の1-2フィニッシュを達成し,このドラマティックな激闘を生み出した2人のスキルとモチベーションは,本当に素晴らしいと思います。2人揃ってのインタビューで見せてくれた言葉のかけ合いは,ライバル同士が持つ刺激と尊敬に満ちあふれ,爽やかで清々しく,じんわり心が温かくなる光景でした。羽生一強時代到来かと思われましたが,あと1年は町田選手が共に戦ってくれる存在になりそうで,羽生選手にとっても大いにプラスに働きそうです。

その意味でも,町田選手の今年の成長と世界フィギュアの結果は,特筆すべきものと思います。初出場,しかも五輪直後の世界フィギュアで,SPとFSが共に自己ベスト,しかも今までを合計17点上回る…本当にとてつもなく凄いことを町田選手はやってのけました。どうしても羽生選手に注目が集まってしまいますが,今年の町田選手の軌跡と2つの名プログラムを,私は強く心に刻みたいと思います。