来週からグランプリシリーズというフィギュアスケートの大会が始まり,本格的なフィギュアスケートのシーズンに入ります。そこで,今シーズンの見どころを,スポーツ雑誌風に展望してみたいと思います。


 今シーズンは,五輪の前年,いわゆる五輪プレシーズンである。五輪シーズンを良い状態で迎えるため,今シーズンに演技の方向性や内容を固めることが求められる重要なシーズンであり,かつ現実的な問題として,今季の世界選手権の成績によって五輪の出場枠が決定されるため,この点でも今シーズンをきちんと仕上げていく必要がある。

 ソチ五輪のプレシーズンだった 2012-13 シーズン。髙橋大輔 が日本男子初のグランプリファイナル優勝を成し遂げ,羽生結弦 が初の表彰台に立ち,これが日本史上初の1&2フィニッシュとなった。そのシーズンの世界選手権で五輪出場枠3枠を確保し,羽生結弦 の金メダルへとつながった。プレシーズンの重要性がよくわかる4年前の出来事である。

 今年の五輪プレシーズンも,様々なドラマが生まれそうな雰囲気に満ちている。


★ 羽生結弦 - 最高点の亡霊ではなく,ライバルと戦え!

HanyuYuzuru16SP 昨シーズン,それまで295点だった世界最高得点を一気に330点まで引き上げ,羽生 だけはプレシーズンなど関係なく別格だと思っている方も多いだろう。だが,この世界最高得点こそが 羽生 の五輪連覇を難しくする要因になるかもしれないと私は危惧している。

 世界最高得点を記録したのは,昨季のグランプリファイナルである。その2週間前のNHK杯でいきなり324点台を記録し,その勢いで330点台に到達した。史上初のグランプリファイナル3連覇を達成し,グランプリシリーズに無類の強さを発揮する 羽生 だが,その一方で,世界選手権2年連続ハビエル・フェルナンデス (ESP) に敗れている。世界選手権は1度優勝しているが,それは五輪直後の大会であり,主要な選手が休場や不完全な状況であることを割り引いて評価せざるを得ない。つまり,羽生 は世界選手権をきちんと勝ったことがないのだ。

 「そんなことは大した問題ではない。ソチ五輪で優勝したではないか」という意見もあるだろう。だが,ソチ五輪を冷静に振り返ってほしい。フリースケーティング(FS: Free Skating)で 羽生 はミスを連発し,金メダルが取れたのは パトリック・チャン (CAN) の自滅によるものであったことを忘れてはならない。要するに,ソチ五輪以降の3シーズンは,2~3月に自分のベストの演技を披露することができていないのだ。

 もし今シーズンも世界選手権で フェルナンデス に敗れたら,と想定してみよう。フェルナンデス は世界選手権3連覇となり,これはバンクーバー五輪翌シーズンから3連覇した チャン と同じパターンになる。ソチ五輪で 羽生 が チャン を破ったときは,新進気鋭の若さと勢いで一気に上り詰めた形だったが,平昌五輪で フェルナンデス と対峙する状況はソチのときとは全く違う。「十分な実力を持っているのに,世界選手権をずっと勝てずに五輪を迎えてしまった」という状況で五輪を連覇することは容易なことではなく,羽生 の強靭なメンタルをもってしても,これはかなり難しいミッションになるはずだ。こうならないようにするには,今シーズンの世界選手権を勝ってフェルナンデス を2連覇で止めておくことが重要になるだろう。

 羽生 は目の前の試合に常に全力で向き合う。どんな時期だろうとどんな大会だろうと,常に最高の演技をめざし,他者に負けることを許さない。ゆえに仕上がりが早く,シーズン中盤の12月上旬に開催されるグランプリファイナルの頃に,例年良い状態を迎えるのだろう。グランプリシリーズ初戦からファイナルまでの2か月弱の間に3試合に出場するので,この密な試合のペースが 羽生 に合っているのだろう。ところが,ファイナル後は,わずか2週間後に全日本選手権があり,その後の世界選手権まで3ヶ月も間が空く。その間に四大陸選手権があるのだが,疲れがある中で日本のお客様にも良い演技を見せようと全日本選手権も手を抜かないので,疲労回復やケガの治療を優先し,四大陸選手権に出場することなく世界選手権に臨むのが通例だ。この世界選手権までの空白が,羽生 のリズムに合っていないのかもしれない。

 一方,ライバルである フェルナンデス の出場試合は,グランプリシリーズ2大会→グランプリファイナル→国内選手権→ヨーロッパ選手権→世界選手権 と続くが,グランプリファイナルは結果をさほど重視せず,ヨーロッパ選手権と世界選手権に照準を合わせるようにピーキングを実践している。実際に,直近2シーズンのスコアを見ると,グランプリファイナル < ヨーロッパ選手権 < 世界選手権 と着実にスコアを上げているのだ。フェルナンデス は,国内選手権は出場=優勝だろうし,ヨーロッパ選手権も強敵不在なので,世界選手権に向けてピーキングしやすいのは確かだ。

 しかし,国内選手権のレベルが高いとはいえ国内無敵なのは 羽生 も同じであり,ピーキングの条件は フェルナンデス と同等であるはずだ。ぜひ 羽生 陣営には世界選手権へのピーキングを重視した戦略を採ってほしいのだが,そのような余裕が持てなさそうな今シーズンなのだ。左脚のケガの影響でシーズンオフの練習開始が遅れ,左脚に負担の少ない4回転ループジャンプを試合レベルに引き上げるために急ピッチで練習していると予想される。だが,今季初戦,練習試合の位置付けであるオータムクラシックという大会では,4回転ループは成功したが他のジャンプはボロボロだった。その大会で 羽生 は「一皮ではなく10も20も剥けなければならない」と自分を鼓舞したが,シーズン前半で練習過多→世界選手権にピーキングできず,という図式に今シーズンも陥ってしまいそうな嫌な予感が漂う発言である。

 4回転ループジャンプは,宇野昌磨 の4回転フリップ,金博洋 の4回転ルッツに対抗して存在感を出しつつ,ケガしている左脚の負担を軽くする一挙両得の打開策である。マスコミは世界初の成功ということで盛り上げているが,冷静に見ればフリップやルッツより基礎点が低く,新鮮味もスコアへの貢献も微妙で,それでいて他のジャンプが崩れてしまうリスクもはらむ。新しいジャンプを入れて進化を見せることは大切だが,その進化が「世界最高得点の更新」という欲に結び付くと,シーズン序盤から仕上げを急いでしまい,これが世界選手権へのピーキングを難しくしてしまうだろう。三たび フェルナンデス の後塵を拝するようなことになると,上述したように平昌五輪での連覇はかなり厳しくなるだろう。

 羽生 が世界最高の男子シングルフィギュアスケーターであることは誰もが認めており,世界最高得点を今シーズン塗り替えられなくても,その立場が揺らぐことはないはずだ。だから,世界最高得点のことは脇に置いて,今シーズンは勝負に徹するべきだ。世界選手権の優勝さえできれば,残りの大会は結果にこだわらなくていいとさえ思うが,負けず嫌いの 羽生 にそれは耐えられないだろうから,出場する大会でライバルより1点多く取って勝てれば十分,と割り切って,世界選手権へのピーキングを実践してほしい。

 世界最高得点の亡霊に囚われず,世界選手権で フェルナンデス と最高の勝負をして優勝してほしい。そうすれば,日本男子初の世界選手権2度目の優勝となり,平昌五輪を盤石な形で迎えられるだろう。羽生 を見守るファンの皆さんにも,シーズン序盤の成績やスコアに一喜一憂せず,シーズン最後の世界選手権で笑えればいいという,長い目と穏やかな気持ちで応援することを求めたい。


(続く。続きのトピック予告)

★ 宇野昌磨 と 金博洋(ボーヤン・ジン)の同世代対決は一段上の戦いに!

★ 樋口新葉 は大人の演技を捨てて勢いを出せ!

(「今季のジュニアは逸材揃い。本田真凛 より注目すべき選手は?」は11月下旬の執筆に延期します)