今週末からグランプリシリーズというフィギュアスケートの大会が始まり,本格的なフィギュアスケートのシーズンに入ります。そこで,前回に引き続き,今シーズンの見どころを,スポーツ雑誌風に展望してみたいと思います。


★ 宇野昌磨 と 金博洋(ボーヤン・ジン)の同世代対決は一段上の戦いに!

UnoShoma16Guiness 昨シーズン,シニアデビューすると一気にトップスケーターの仲間入りを果たし,グランプリファイナルでは史上初のシニアデビューシーズン表彰台に上がった 宇野昌磨。世界選手権では表彰台を逃したものの7位入賞を果たし,日本の世界選手権出場枠を2枠から3枠に戻したことは,シニアデビューのシーズンとして申し分のない成績だ。しかし,世界選手権でミスしたことがよほど悔しかったらしく,直後に出場したチームチャレンジカップがお祭り的な大会にも関わらず,4回転フリップジャンプを初めて演技に入れてそれを成功させるあたり,顔に似合わずなかなかの勝負師根性を見せてくれた。

BoyanJin15 シーズン最後のお祭り大会なのに,そこまで 宇野 を駆り立てたものは何なのか? その1つの要因が,同世代のライバルである 金博洋(ボーヤン・ジン)(CHN)への対抗心にあることは間違いない。男子シングルのスコア歴代トップ3は,羽生結弦ハビエル・フェルナンデス (ESP),パトリック・チャン (CAN)だが,4番手をご存じだろうか? それが宇野と同じく昨シーズンにシニアデビューした 金 なのである。4回転ルッツジャンプという現在最高難度のジャンプを完璧に飛び,ショートプログラム (SP: Short Program) とフリースケーティング (FS: Free Skating) 合わせて6本の4回転ジャンプを失敗なく入れるのが 金 の実力だ。昨シーズンの 羽生 は5本,宇野 は3本だったから,そのすごさがわかる。この技術力により,金 は昨シーズンの世界選手権で 宇野 より先に表彰台に上がったのだ。

 宇野 は4回転フリップを手に入れたことで存在感を出せるとは思うが,フリップはルッツより基礎点が低く,スコアで 金 に近づいたものの上回ることはそう容易ではない。金 の4回転ルッツは完成度が高く,宇野 の4回転フリップの成功確率よりずっと高い。また,PCS (Program Component Score,演技構成点) は 宇野 に及ばない 金 だが,逆に言えばそれだけ伸びしろがあるとも言える。宇野TES (Technical Element Score,技術点)で,PCS で各々昨シーズンからの上積みが期待できるが,冷静に見れば 金 優勢の状況は今シーズンも続くのである。だからこそ,宇野 は今シーズンこそ世界選手権の表彰台をめざして臨んでくるだろう。

 宇野 と 金 は,実績面ではまだまだだが実力だけなら既に チャン に並んでおり,今シーズンのグランプリシリーズで チャン の歴代スコアを超えることが大いに期待できる。同世代で切磋琢磨するこの2人が,グランプリシリーズ初戦のアメリカ大会でいきなり直接対決するが,スタートダッシュに成功するのはどちらか? グランプリファイナルで表彰台に上がるのはどちらか? そして,いつどんな状況で300点を超えてくるのか? ルッツ vs フリップの4回転対決も含めて,この2人の演技がシーズンを通してどう仕上がっていくのか,楽しみに観戦したい。


★ 樋口新葉 は大人の演技よりも勢いを大切にせよ!

HiguchiWakaba16WJ 全日本選手権2年連続表彰台に上がり,いよいよ今シーズンシニアデビューする 樋口新葉。ジャンプの質やスケーティングスタイルから,かつての名選手 伊藤みどり を思い出す方も多いと思う。伊藤 が素晴らしかったのは,自分の武器であるジャンプを極限まで追い求めたところだと私は思う。当時,正確さや優雅さに主眼が置かれていたフィギュアスケート界で,ジャンプのダイナミックさとスケーティングの躍動感で独自のポジションを築いた。当時の日本人の体格面の不利を,そういう面でカバーしなければならなかったのは確かだが,世界選手権を優勝するまでに至ったことは,自分の長所を前面に押し出すことの大切さを教えてくれた。

 樋口新葉 に 伊藤みどり を重ねて見てしまう私は,昔の 伊藤 の活躍を思い出しながら「新葉よ,今はジャンプを徹底的に鍛えよ!」と叫びたくなる。樋口 自身もジャンプが得意だと認めているし,ジャンプの質の高さは既に一級品である。ところが,最近の 樋口 は事あるごとに「芸術面も成長したい」「大人の滑りを見てほしい」と言い,プログラムもしっとりした内容のものを演じている。もちろん,フィギュアスケートは技術面と芸術面を併せ持つ競技であり,国内外の同世代には メドベージェワ (RUS)や 本田真凛 ら芸術面に秀でたスケーターが多いことから,自分も芸術面を引き上げなければ…と考えるのも致し方ないとは思う。

 だが,芸術面のスコアである PCS は,若いスケーターはそう簡単にスコアが上がらず,経験を積んで徐々に上がっていくものだ。メドベージェワ はシニアデビューの昨シーズンに高得点を出しているが,これは今までにはいなかった稀有な例だ。樋口 のような若い世代が,狙いすまして PCS を高得点化できるとは思えないのだ。しかも,樋口 は技術面に秀でているのだから,まずはそれを徹底的に鍛え上げて個性を発揮しつつ,TES で高得点を稼ぐのが正しい戦略ではないだろうか?

 技術を武器にトップスケーターに上り詰めた例はいくらでもある。上述の 金博洋 は,4回転ルッツを始めとするジャンプの技術で得点を伸ばし,PCS は一流にはほど遠いと筋違いの酷評を受けながら,トータルでは世界4位のスコアをたたき出している。メドベージェワ は若いのに芸術性が高いことに目がいきがちだが,SP では全てのジャンプを後半の時間帯に飛ぶなど,ジャンプ技術も非常に高いレベルにある。羽生結弦 だってシニアデビューの頃はジャンプやスピンの質が武器だったし,髙橋大輔 の若い頃は技術面が強かったが芸術面は平凡だった。しかし場数を踏むことで 羽生 も 髙橋 も芸術性が評価されるスケーターに成長したのである。

 彼らからわかることは,技術を極めれば芸術性は後から付いてくるということだ。だから,技術面で強みを持つ 樋口 は,まず TES をどんどん高めていけばいいのに,と思う。練習試合と言っていい先日のジャパンオープンという大会で,樋口は TES も PCS も平凡な点数しか出せなかった。10代中頃が直面する身体の成長との折り合いの問題はあると思うが,芸術性を意識するあまり得意の技術まで崩れてしまうような事態に陥ってほしくない。樋口 は世界に通用する技術力を備えているのだから,男子シングルの 金博洋 のように,PCS より TES で勝負する存在になるべきであり,樋口 陣営にはぜひそこを見据えた戦略を期待したい。トリプルアクセルを飛ぶ 紀平梨花 が現れた今,技術力勝負の戦略でさえも生半可なレベルでは世界のトップには入れない。樋口 の持ち味である勢いのあるジャンプやスピードといったスケーティング技術を伸ばし,これぞ 樋口新葉 だという個性と存在感を世界に示してほしいと願っている。