HiguchiWakaba2017TeamTrophy 4月に開催されたフィギュアスケートの国別対抗戦でやっと実力に見合ったスコアを出し,その潜在能力を示した 樋口新葉 選手でしたが,私は「なんでこれを世界選手権で出さなかったんだよ。今頃遅いよ!」と思ってしまい,心からこのスコアを喜べませんでした。私は今シーズンが始まる前,樋口 選手について悪い予感がしていました。「大人の演技というところに気が行き過ぎて,得意なジャンプが崩れるようなことにならなければいいが…」 この悪い予感は,今シーズンの勝負どころだった,四大陸選手権と世界選手権で当たってしまいました。

 特に,平昌五輪の出場枠がかかった世界選手権では,もう少しで3枠確保の救世主になれたのに,救世主どころか2枠陥落の主犯となってしまいました。フリースケーティング(FS: Free Skating)では 三原舞依 選手の神演技や他の選手の不調もあり,ベストな演技でなくても1ミス程度なら3枠が確保できる状況になっていました。FS の演技前半は傷のないジャンプが続き,これは大丈夫,という期待を抱かせてくれましたが,後半最初の 3Lz+3T(3回転ルッツ→3回転トウループの連続ジャンプ)が 2Lz になり,自信のあるジャンプをミスしたことで,ノーミスしかないと思って演技していたと思われる 樋口 選手は動揺したと思います。ただ,この後,普段は単独ジャンプである 3F に +2T+2Lo を付けて3連続にした後,最後の 2A に +3T を付けて連続ジャンプにしてリカバーを試みたのですが,この +3T が回転数が足りず転倒してしまいました。この +3T を普通に飛べていれば8位に入賞し,3枠獲ることができていたのです。樋口 選手の実力からすれば,けして難しいミッションではありませんでした。

 樋口 選手がこの FS をどのような気持ちで臨んだか気になります。「ノーミスしかない」「失敗は許されない」という気持ちだったとしたら,プレッシャーに負けてしまったと思います。近年のシングル女子の上位争いは,ミスがないのは当然で,どれだけ良い出来栄えかが勝負を分けています。ですから,気持ちの持っていき方としては「ベストを尽くして最高の演技をする」「ミスしても引きずらず最後まで諦めない」というように,チャレンジャー精神を鼓舞する必要があったと思います。

 本人の演技後の談話を見てみましょう。

「2つ目の3-3(連続ジャンプ)を跳ばないとと強く思いすぎて少し力んでしまった。そのミスをカバーしようとしたが、(ラスト)2つ(の連続ジャンプ)ともいつもしないことだったので感覚が少し狂いました。今日も失敗がないようにと思っていたが、6分間練習でいい練習ができていたので、それが出せるかなと思っていた」

 この談話から,リカバープランの練習をあまり行っていなかったこと,失敗しないようにという意識が強かったこと,ミスした後いつもと違うことをすることへの覚悟や思い切りが足りなかったことがわかります。四大陸選手権の内容が悪かったので,世界選手権ではミスが許されないというプレッシャーに加え,ショートプログラム(SP: Short Program)が良かったことで,もしこれで FS でミスしたらもったいないという緊張感も加わってしまったかもしれません。三原 選手が SP で下位に沈んだことも,プレッシャーを大きくする一因にはなったでしょう。

 しかし,樋口 選手本人にとってはノーミス以外みな一緒だったのかもしれませんが,枠取りを意識するならば,1点でもスコアを拾うという気持ちをもっと強く持ってほしかったなぁと思います。であれば,最後の +3T もダメ元的な感じではなく「何が何でも」という気持ちになり,結果は変わっていたと思います。これは,本人の問題というよりは,コーチが 樋口 選手のメンタルにどうアプローチしたか枠取りのことをどこまで意識していたかの問題だと思います。

 もちろん,枠取りを若い 樋口 選手に託すことが酷だ,という意見もあると思います。宮原知子 選手が出場していれば(今回の世界選手権の内容なら)問題なく3枠が獲れていたでしょう。ですが,樋口 選手には十分に実力が備わっていますし,現にノーミスどころか1ミスでも3枠を獲れていたのですから,実力が出し切れずに2枠に陥落してしまったのはとても残念でしたし,樋口 選手にその責任の一端を求めるのも実力を認めているが故なのです。

 そんな世界選手権の結果にもかかわらず,国別対抗戦に 樋口 選手が出ると聞いたときは,日本スケート連盟は正気か?と思いました。もしここで 樋口 選手の成績が悪ければ,樋口 選手は潰れてしまう,と私は本気で心配しました。実際には,SP と FS の合計で216点をたたき出し,今季の悪い印象を消し去り自信を回復する大会になったので,樋口 選手にとっては救いでした。ですが,この国別対抗戦の出来が良過ぎたことが,今後 樋口 選手を苦しめる恐れがあるとも私は感じています。というのは,もし来季の試合で思うような演技ができなかった場合に「国別対抗戦ではあれだけのスコアが出たのに」と焦りを生む恐れがあるからです。国別対抗戦のスコアに縛られないためには,オフシーズンで良い調整をし,210点が常に出せるようなコンディションで来季を迎える必要があると思います。

 今季,成績が良かった全日本選手権や国別対抗戦は,日本で開催された大会であり,樋口 選手は日本国内では強くても海外で実力を出し切れないタイプである可能性があります。なので,来季はまず,グランプリシリーズの海外の大会で好成績を収めたいところです。その結果グランプリファイナルに進出できれば,来季のグランプリファイナルは名古屋で開催されるので,五輪直前の重要な国際大会を国内で戦うのは 樋口 選手(および他の日本選手)にとっては好条件でしょう。ここで自信を付ければ,全日本選手権と平昌五輪を一気に駆け抜けることができるかもしれません。ですから,来季のグランプリシリーズの初戦,これが 樋口 選手にとってはとても重要な大会になると思います。

 日本のシングル女子は平昌五輪に2人しか出場できませんので,突出した成績を出す必要があります。メンタル面では,いかなる試合でもひたむきでポジティブに臨むことが重要になるでしょう。今季「失敗したらどうしよう」という守りの気持ちで臨むとどうなるかを学んだと思いますので,来季は攻めの姿勢を貫いてくれると思います。グランプリシリーズは2試合とも2位以内グランプリファイナルは表彰台全日本選手権は優勝が目標になりますが,これら全ての試合を完全に全力で臨むと,全日本選手権の頃に息切れする可能性が高いと思います。全力の中にもピーキングの調整が必要で,8割~9割の力でも目標の成績が残せるくらいにならないと,五輪に出場できても実力を出せずに終わってしまうと思います。

 技術面では,今季はジャンプと表現の両方を追い求めたことで,ジャンプが停滞してしまったので,来季はこの愚を犯してはなりません。樋口 選手は元々ジャンプが得意なのですから,ジャンプで絶対的な安定感を身に着けてほしいです。ここで武器になるのは,チャレンジしている 3A(トリプルアクセルジャンプ)になってくると思います。3A が飛べるようになれば,ジャンプへの自信が戻ってくるでしょうし,スコアがさらに高くなるので,ライバルたちに強いプレッシャーを与えることができるようになります。そして,3A の自信が表現面やメンタル面にも必ず良い影響を与えると思います。浅田真央 さんもそうであったように,3A の成功は全てを好転させる大いなる可能性を秘めています。

 出場枠が3枠ならほぼ間違いなくメンバー入りしていたであろう 樋口 選手は,2枠になったことで五輪出場が危うい立場に追い込まれました。ですが,今季よりも数段高いレベルの技術とメンタルを習得し,今季の不安定さを払しょくして安定した成績を残せば,宮原知子,三原舞依 両選手の牙城を崩す存在になり,平昌五輪でメダル争いができると思います。既に高い実力を備えていながら,今季は初めてある種の挫折を味わったと思いますので,その思いをバネにして,来季,五輪シーズンでどんな姿を見せてくれるのか,楽しみにしたいと思います。