spnvLogo 本記事は,私がスポナビブログ(2018年1月末閉鎖)に出稿した記事と同じ内容です


◆女子シングル:樋口新葉 に平昌五輪を期待するのは酷

 女子シングルは予想どおりの大混戦となったが,アリーナ・ザギトワ(ロシア)の優勝は本命がきっちり獲ったという印象だ。グランプリシリーズ2戦とは緊張度が段違いの大舞台でも,ノーミスはもちろんのこと,かなりの完成度を披露したことで,平昌五輪の銀メダル候補の筆頭に立ったと考えてよいだろう(金メダル候補が メドベージェワ(ロシア)であることは言うまでもない)。15歳のファイナル制覇は 浅田真央 以来だが,浅田 が若さ溢れる演技だったのに対し,ザギトワ は若さを生かしてジャンプを演技時間後半に集めてはいるが,表現面では若さを武器にしていない。滑りがこなれてきて,シニア1年目とは思えない成熟した表現が随所に見られるようになり,ややエキゾチックな顔立ちが落ち着いた雰囲気をたたえる。技術面と芸術面が両立した,末恐ろしい15歳の出現である。

 シリーズのベストスコアが210点を下回っていた マリア・ソツコワ(ロシア)が,216点を出して2位に入ったことは,これぞロシア女子の勝負強さであり恐れ入った。私は,以前のブログ「グランプリシリーズ スコアランキング 女子シングル編」の中で ソツコワ について「レベルの高い試合になればそのレベルに追随するポテンシャルはある」と記したが,正にそのとおりの結果となった。もちろん,宮原知子 や オズモンド(カナダ)の演技が完璧なら結果は変わっていたと思うが,実際の結果がこうなった以上,これを勝負強いと評価すべきだろう。そして,ファイナルで216点という高いレベルのスコアを出したことで,メドベージェワ,ザギトワ に次ぐ3番手の地位を固め,ロシア代表入りにかなり近づいたと見てよいだろう。

 5位と6位に終わった日本選手だが,その評価は全く異なるものだ。宮原知子 は,FS(Free Skating,フリースケーティング)のジャンプの回転不足によりスコアが伸びなかったが,それでも213点を出しており,回転不足がなければ220点を超えていただろう。回転不足は,ケガ明け,繰り上げ出場,前の試合から中1週という状況を考えればやむを得ない面もあり,今回の演技は平昌五輪のメダル争いに加われるだけの力を示したと言える。NHK杯,スケートアメリカ,そして今大会の3試合で,試合勘を完全に取り戻し,芸術面では昨季と見違えるほどの豊かな表現力を魅せてくれた。個人的には,宮原 は代表当確としたい。

 一方の 樋口新葉 は,大舞台での弱さを三たび露呈してしまった。昨季の四大陸選手権,世界選手権,そして今回のファイナル。この3つの大会は,単に大きな国際大会というだけではない,大きな重圧のかかる大会だった。四大陸選手権は平昌五輪の本番リンクの予行,世界選手権は五輪出場枠の枠取り,ファイナルは自国開催でかつ五輪シーズンの代表選考へのアピール。今大会は昨季の反省を生かして同じ轍は踏まないものと期待したが,そうはならなかった。強い重圧に耐え高得点が求められる場面での失敗が3度目となると,平昌五輪では克服してくれるはずと期待したくても,その期待が単なる根性論になりかねないのである。

 失敗の内容もいただけない。私が一番問題だと感じるのは,得意な連続ジャンプである 3Lz+3T(トリプルルッツ→トリプルトウループ)でミスが出たことである。樋口 はこの連続ジャンプを得意にしており,演技時間の前半と後半の両方に計2回組み込んでいる。それほど自信を持っているジャンプなら,転倒,抜けはあってはならない。しかし,今大会の 樋口 は,後半のジャンプで回転が抜けて 2Lz(ダブルルッツ)になってしまい,連続ジャンプにすることもできなかった。しかもこのミスは,昨季の世界選手権でも起こしているのだ。得意なジャンプで同じミスを繰り返しているということは,「強い緊張を強いられる状況で起こしてしまうミス」の原因を取り除くことができていないことの表れである。

 仮に全日本選手権を乗り切って代表に選ばれたとしても,人生最大級の緊張と重圧が襲う平昌五輪で今の 樋口 が好成績を残せるとは考えにくい。それどころか,五輪でも期待を下回る成績だった場合,厳しい批判にさらされ,つぶれてしまいかねない。2016年,自国開催の世界選手権でSP(Short Program,ショートプログラム)トップからFSのミス多発で表彰台を逃し,おそらくはそのショックからうつ病を患い,平昌五輪を断念せざるを得なくなった ゴールド(米)は,この年の世界選手権では,豊富な経験,順調なコンディション調整,自国開催と好条件が揃っていながら,天国(SPトップ)から地獄(表彰台落ち)に突き落とされたことでメンタルを蝕まれてしまった。気持ちの強さには定評のある 樋口 でも,五輪の重圧で4度目の失敗をすれば ゴールド のような道をたどりかねない。2枠という日本女子代表の重圧を背負わせるには 樋口 はまだまだ若い。4年間かけて,強い重圧に対処できる技術とメンタルを身に付けてから,五輪の舞台で躍動する 樋口 を観たいと願っている。

◆アイスダンス2強対決

 アイスダンスは,今季初めて,テッサ・ヴァーチュー & スコット・モイヤー 組(カナダ)と ガブリエラ・パパダキス & ギヨーム・シゼロン 組(フランス)の2強対決となったが,SPとFS共に パパダキス & シゼロン 組の勝利だった。ヴァーチュー & モイヤー 組のFS「ムーラン・ルージュ」は,今までで最も情熱的な演技で,確かな技術にその情熱が彩りを添える素晴らしい内容だったが,モイヤー の黒子に徹する姿が好きな私としては,モイヤー が情熱的に表現する姿に新たな発見がありつつも,彼ららしさが若干薄れてしまっているような気がした。

 今までの高い技術に情熱がプラスされた ヴァーチュー & モイヤー 組に対し,パパダキス & シゼロン 組は,今までの高い芸術性に技術がプラスされたものとなった。SPは現代的なダンス,FSはクラシックの王道だが,どちらも パパダキス & シゼロン 組にしか出せない,優美で妖艶な雰囲気が会場を支配する,見事な演技だった。若くして既に完成されている高い芸術性に,技術が伴ってくればこれほど強いことはない。特に今季のFSのプログラムは,ピアノの旋律に乗せて音楽との調和が素晴らしく,さらに硬軟・緩急を自在に表現することで技術面もアピールできるものになっている,実に計算されたプログラムだ。昨季は,2シーズンの休養から復帰した ヴァーチュー & モイヤー 組の後塵を拝したが,このプログラムを五輪シーズンに手に入れた パパダキス & シゼロン 組は,ファイナル制覇で大いなる自信を得ただろう。逆に,ヴァーチュー & モイヤー 組が豊富な経験を元に,五輪までの間にどんな巻き返しを図るのか楽しみだ。平昌五輪のアイスダンスは,この2組の究極の戦いが観られるだろう。

◆ジュニア女子シングル:紀平梨花 は 3A だけでなく総合力がすごい

 年齢により平昌五輪の出場権がなく,代表入りの戦いに巻き込まれることなく力を蓄えている 紀平梨花 は,3A+3T(トリプルアクセル→トリプルトウループ)の連続ジャンプを国際大会で初めて成功させた女子選手として名を残すことになった。3A を飛べるだけでも素晴らしいのだが,3A の名手だった 浅田真央 でも 3A+2T までだったことを考えれば,このジャンプのすごさがわかる。しかも,ふらつきやよどみが全くない,素晴らしい完成度だったことも特筆に値する。単に飛べたというレベルではなく,見事な完成度を披露したことで,3A+3T と言えば 紀平 という印象を与えることができたと思われる。今後は,国内の試合では成功した3連続ジャンプ,3A の連続ジャンプ2回,3A+3Lo(トリプルループ)など様々な 3A の記録にトライしてほしい。

 3A+3T ばかりがどうしても注目される 紀平 だが,他のジャンプ,スピン,表現面等,演技全体の質の高さには目を見張るものがあった。3A 以外のジャンプも綺麗で,3Lz(トリプルルッツ)の連続ジャンプを2回入れるなど,3Lz も苦にしない。スピンは軸がしっかりしており,レベルの取りこぼしがなく GOE(Grade Of Execution,出来栄え点)も取れている。そして,各演技要素が調っているだけでなく,全体の表現がジュニアの割にかなり洗練されていることにたいへん驚いた。手先や腕の使い方やステップの踏み方に,いい意味でジュニアっぽさがなく,プログラム全体が実によくまとまっているのだ。昨季,3A で注目を集め始めた頃は,いかにもジュニアというスケーティングだったが,1年で劇的に進化を遂げていると感じた。これは,今後の成長が非常に楽しみになってきた。シニアになってから 3A に取り組むと他のジャンプが崩れる選手もいるが,紀平 は早くから 3A に取り組んでいるため,そういう心配がない。また,芸術面の基礎もできあがっているので,シニアに上がっても見劣りすることがない。今持っているものを突き詰めていけば,技術と表現が両立した高い総合力を持つ,国内トップクラスの選手になる。そんなことを予感させる,素晴らしいファイナルでの演技だった。

 ただ,そんな 紀平 も表彰台は逃した。他の5選手は全員ロシア勢であり,当然のように表彰台を独占した。ロシアのジュニア女子を観ていると「シニアになったら成熟したスケーティングが必要」といった考えはピントがずれていると感じてしまう。ロシア選手はジュニアであっても表現力が高く,ジュニアであることに甘えていない。13歳くらいだと一生懸命感がやや感じられる選手もいるが,14歳以上はもうシニアのスケーターと何ら遜色がないのだ。ロシア選手を観ていると,ジュニアだからこのレベルでよし,といった妥協がなく,その年代から理想のスケーティングに邁進しているように見える。日本選手だと,本田真凛 は表現力が高いという評価だが,ロシアのジュニア選手のほとんどが同等かそれ以上のレベルの表現力を持っているのを観ると,本田 をそのように評価することにやや違和感を感じてしまう。早熟であれという意味ではなく,若い時から完成度や表現を高めていくことで,全盛期に早く到達しそれを長く維持することができるのではないかと思うのだ。実際に メドベージェワ や ラジオノワ といったロシア選手は,まだ10代だがもう全盛期を迎えている。日本のシニアデビュー組やジュニア選手を観ていると,この点でもどかしさを感じることがある。若さを武器にするのはよいが,言い訳にすることなく完成度や表現力の向上を当然のこととして取り組んでいってほしいと,ジュニアファイナルの演技を観ながら改めて感じた。