12月下旬~1月上旬は,各国の国内選手権が開催される時期ですね。日本では年末に全日本選手権が開催されましたが,アメリカでは年始すぐに全米選手権が開催されました。男女シングル共に,有力選手が平昌五輪代表入りを逃すというドラマが生まれました。また,男子のメダル争いの中心にいる ネイサン・チェン 選手の仕上がりにも注目が集まりました。全米選手権の感想と,平昌五輪の展望を書いてみます。

◆男子シングル

 ネイサン・チェン 選手が315点という高得点で優勝しました。このスコアだけを見るとかなり脅威に感じますが,観戦した私は全く脅威を感じず,羽生結弦・宇野昌磨 両選手に届かないまま平昌五輪を迎えるという印象を受けました。FS(Free Skating,フリースケーティング)は,冒頭の 4F+3T(連続ジャンプ:4回転フリップ→トリプルトウループ)は素晴らしい出来でしたが,それ以外のジャンプは詰まり気味の着氷もけっこうありました。にもかかわらず GOE(Grade Of Execution,出来栄え点)が約20点も加点され,PCS(Program Component Score,演技構成点)も約95点を獲得しましたが,国際大会ではこの出来でこのスコアはまずあり得ません。国内選手権で国際大会より点数を多めに出す,というのはよくある話で,米国のジャッジが露骨にゲタを履かせた(今風に言えば「盛った」)と考えて差し支えない状況です。

 言い方を変えると,これだけゲタを履かせてもらっても315点しか出なかったということなのです。今回と同じ演技構成で平昌五輪に臨んだ場合,演技が完璧ならどうにかこのスコアが出ると思いますが,今回と同程度の出来なら310点前後と予想します。宇野 選手の最高スコアは319点,羽生 選手はさらにその上の330点であり,最高スコアを出した時点より現在の演技構成の方が基礎点が高いので,彼らが完璧に演技すれば チェン 選手が今回と同じ演技構成でベストな演技をしても彼らには及びません。

 今回の演技構成で五輪に臨み,羽生・宇野 両選手のミスを待つ戦略もないわけではありませんが,スコアの差が大きく負け戦も同然なので,チェン 陣営は,平昌五輪では今回より基礎点の高い演技構成で臨まざるを得ないと思います。今回は 4Lz(4回転ルッツジャンプ)を飛ばず,FSでは 4F,4S,4T(フリップ,サルコウ,トウループの各4回転ジャンプ)を計5本飛びましたが,平昌五輪では 4Lz を加えて4回転ジャンプ4種類を5本か6本飛ぶ構成になるでしょう。ジャンプの種類や本数のルールにより,4回転5本なら 3A(トリプルアクセルジャンプ)が2本,4回転6本なら 3A が1本になりますが,チェン 選手は 3A に不安がありますし,スコア戦略の点からも4回転6本構成を選択せざるを得ないと思います。しかし,6本は今まで一度も成功したことがなく,チェン 選手と言えどもギャンブルになります。

 今シーズンの チェン 選手は,試合のたびに4回転ジャンプの種類や本数を変えるという猫の目作戦をとっており,全米選手権でも手の内を見せなかったのならば,アルトゥニアン コーチらしい強かな作戦だとは思いますが,全米選手権で平昌五輪用の演技構成を披露して高得点を出す方が,ライバルへのプレッシャーを高められたはずなので,作戦ではなく単純にジャンプ構成を探っているのかなと私は思っています。とはいえ,基礎点が上積みできる余地を残しながら315点を出したことは,今シーズンの安定感と相まって,平昌五輪への期待を高めることはできたと思います。ぜひ平昌五輪では「これはすごい」と心から言えるような演技を観たいと願っています。

 代表争いでは,アダム・リッポン 選手はFSで精彩を欠いてヒヤッとしましたが,下馬評通りの代表入りとなりました。そして,もう一人の枠に割って入ったのは ヴィンセント・ジョウ 選手でした。4Lz を2本を含む4回転ジャンプ5本の演技構成で突き進んでいたので,シニアデビューとなる今シーズン当初から応援していましたが,全米選手権で表彰台に乗り,平昌五輪代表の座を掴みました。平昌五輪でメダル争いに加わるのは難しいですが,この五輪の経験は ジョウ 選手自身と米国にとって大きな財産になると思います。

 今回 ジョウ 選手は,FSで4回転ジャンプ3本が回転不足,同1本がダウングレードの判定を受けながらも,基礎点は チェン 選手を上回りました。回転不足やダウングレードがなければあと18点程度上乗せされる計算であり,基礎点だけで115点を超える超絶の演技構成です。4回転ジャンプに関しては チェン 選手が目立ちますが,ジョウ 選手にもぜひ注目してほしいと思います。

 代表入り有力と言われながら,目前で逃してしまったのが ジェイソン・ブラウン 選手でした。NHK杯で,羽生 選手の欠場によって優勝の最右翼と言われながら表彰台を逃したのを見て,プレッシャーに弱いのかなと感じていたのですが,肝心の全米選手権でそれが出てしまったようです。芸術性の高さとプログラム全体の高い完成度を,世界中に披露してほしかったのですが,それが叶わず残念でなりません。

◆女子シングル

 宮原知子 選手が優勝し,坂本花織 選手がブレイクした11月のスケートアメリカという大会で,もう一人ブレイクしたのが ブレイディ・テネル 選手でした。彼女の演技を観た私は,全米選手権で優勝するのではないかと予感しましたが,本当に優勝するとは驚きました。FSのプログラムは昨シーズン 三原舞依 選手が起用した「シンデレラ」ですが,テネル 選手はまるで,ディズニーランドのパレードで見るシンデレラがそのまま氷上に舞い降りてきたかのようで,長身の テネル 選手が醸し出す本物感は圧巻でした。正に,ザ・シンデレラ・ストーリーであり,平昌五輪でも入賞には十分手が届くと思いますし,絶好調なら 坂本 選手と共に5位を争う感じになると思います。

 24歳にして 3A にトライする姿に感銘を受け,シーズン当初から応援していた 長洲未来 選手が,会心の演技で8年ぶりに五輪代表になりました。長洲 選手は五輪シーズンの全米選手権にめっぽう強く,ソチ五輪のときは3位に入りながら代表入りを逃していました。その前のバンクーバー五輪では2位に入って五輪代表となり,五輪で4位入賞。今シーズンは4年前の悔しさを晴らすべく,グランプリシリーズからずっと 3A を入れ続け,NHK杯で194点を出したことで,アシュリー・ワグナー 選手の今シーズンのグランプリシリーズ最高点(183点)を上回ったことが功を奏したと思います。3A に目を奪われますが,今シーズンの 長洲 選手は 3A 以外のジャンプがとても安定していたのが好調の要因でしょう。平昌五輪では女子唯一の 3A ジャンパーとして,8年ぶりの五輪を楽しんでほしいと思います。

 カレン・チェン 選手は,今シーズン苦しんでいましたが,昨シーズンのプログラムに戻す決断が効きました。昨シーズンは全米優勝,世界選手権4位ですから,戻す価値があったということでしょう。ただし,全米選手権では昨シーズンのクオリティーには及びませんでした。平昌五輪までに昨シーズンの自信を取り戻す作業をしていくことになります。

 ソチ五輪からの4年間の米国フィギュアスケート界を支えてきた アシュリー・ワグナー 選手の代表不選出は,とても残念でした。ただ,今シーズンは精彩を欠き,ケガもありましたので,バイオリズムが下降線の時に五輪が来てしまったのでしょう。興味深かったのは,カレン・チェン 選手が過去のプログラムに戻す決断をした一方で,ワグナー 選手はFSに新たなプログラムで挑んだことです。新プログラム「ラ・ラ・ランド」は,元々今シーズン用に用意していたものの,しっくりこなくて一旦過去のプログラムに戻していましたが,やっぱり全米選手権には「ラ・ラ・ランド」で勝負したいと考え,そのような決断になったようです。

 「ラ・ラ・ランド」はプログラム自体は素敵なものでしたが,無難な印象で ワグナー 選手らしさがあまり感じられない,というのが観終わった瞬間の私の感想でした。私は「ラ・ラ・ランド」の映画を観ていないので,選曲が良かったのかどうかを判断できませんが,主題歌の有名なフレーズがいつ流れてくるか待っていた私は,それが流れてこなかったので今一つ盛り上がれなかったなぁと感じました。有名なフレーズを使えばいいというものではありませんが,「ラ・ラ・ランド」といえばこの曲…というものをうまく入れれば,観客の盛り上がり方がもっと違ったのではないかとは思いました。

 結果論としては,戻していた過去のプログラムである「ムーラン・ルージュ」の方が ワグナー 選手の良さが存分に引き出された作品だったと言えます。「ラ・ラ・ランド」をここで持ってきたということはかなり良いプログラムなのだろう,と採点するジャッジは期待感を持っていたと思いますが,良い内容だけどそこまでじゃないなと思えば,初見のプログラムに対して高いスコアは出しづらかったのだろうと推察します。PCS が低かったのは,そういったジャッジの心理が働いた面があったでしょう。ただ,そうは言っても PCS 68点(満点の85%)は低すぎるとは思いますけどね…。これが72点なら,ワグナー 選手が3位になり,五輪代表になった可能性が高かったでしょう。

 過去プログラムに戻した選手が代表になり,新プログラムに果敢に挑んだ選手が代表落ちするというのは,やや複雑な気分になってしまうところですが,これも勝負のあや。4年前の全米選手権では,4位だった ワグナー 選手がソチ五輪代表に入りましたが,そのとき3位ながら代表入りを逃した 長洲 選手が今回は代表入りを掴むというところにも,ドラマがありました。長年,米国のフィギュアスケートを引っ張ってきた2人だけに,2人とも平昌に行ってほしかったです。代表の枠が3枠あっても代表をめぐるドラマがある…これぞ五輪シーズンだな,と改めて感じさせてくれた全米選手権でした。