先週末,フィギュアスケートのヨーロッパ選手権が開催されましたので,男女シングルを中心に観戦の感想を書き綴ります。ヨーロッパ選手権は,いわば世界選手権のヨーロッパ版で,各国代表が競う国際大会ですが,実は世界選手権よりヨーロッパ選手権の方が歴史が古いという,由緒ある大会です。ヨーロッパ各国は昨年内に国内選手権を行い,それから中3~5週でヨーロッパ選手権,さらに中2~4週で平昌五輪がありますので,平昌五輪に向けた最終調整や最終選考の場として機能しています。歴史ある大会なので,各国がヨーロッパ選手権を重視していることがわかりますね。

 ちなみに,ヨーロッパ以外の地域は,ヨーロッパ選手権に対応する形で四大陸選手権を創設しましたが,五輪シーズンは軽視される傾向にあります。今年は今週末に開催されますが,それから中1~3週(団体戦:中1週,男子シングル:中2週,女子シングル:中3週)で平昌五輪を迎えるので,日程面で出場が難しいのです。それなら開催をもっと早めればいいのですが,米国やカナダは年明けに国内選手権が開催されるので,五輪シーズンはそれらと五輪に挟まれてしまい,良い日程が組めないのです。こういう状況を見ていると,四大陸選手権の格式はヨーロッパ選手権にはまだまだ及ばないと感じます。

Fernandez-Face 話を今年のヨーロッパ選手権に戻します。まず男子シングル。ヨーロッパ6連覇を達成した ハビエル・フェルナンデス 選手(スペイン)は,明らかな不調からは脱出しましたが,世界選手権2連覇の頃の強さはまだ取り戻せていない,というのが観戦した私の印象です。スコア295点は悪くない点数ですが,ヨーロッパ選手権という五輪直前の大会で300点を超えられず,FS(Free Skating,フリースケーティング)で4回転ジャンプ3本が揃わないとなると,3強(羽生結弦,宇野昌磨,ネイサン・チェン(米))の牙城を崩すのは難しいでしょう。

 しかし,宇野 選手だってこのところずっと300点を超えてないのに,フェルナンデス 選手が及ばないとはどういうことか,と思う方もいるでしょう。私は,フェルナンデス 選手は目一杯,宇野 選手は余力あり,と考えています。フェルナンデス 選手はグランプリシリーズ初戦の中国大会で6位に沈み,やや焦ったと思いますので,その後の大会はかなり本気で臨んでいると思います。本気で臨んだ結果が295点というわけです。一方,宇野 選手はあくまで平昌五輪に照準を合わせ,今までの大会は本気で臨んでいないと思います。これが,フェルナンデス 選手が3強の牙城を崩すのが難しいと考える理由です。ただ,個人的にはとても応援していますし,プログラムは本当に素晴らしく,特にFSの「ラ・マンチャの男」は完璧なら会場が拍手喝采間違いなし。平昌五輪でそんな雰囲気になるのを観たいと願っています。

 続いて,女子シングルの話題に入りましょう。ケガ明けで,11月のNHK杯以来の実戦復帰となる メドベージェワ 選手(ロシア)の状態と,彼女とシニアで初対決となる ザギトワ 選手(ロシア)との勝負の行方,この2点に注目が集まりました。結果は,ザギトワ 238 点 vs メドベージェワ 232 点。ザギトワ 選手がついに メドベージェワ 選手にも勝ち,今シーズン全勝をキープしました。シニアデビューでシーズン当初から突っ走り,メドベージェワ 選手がケガで不在の間,グランプリファイナルとロシア選手権では本命視された中で優勝。平昌五輪が近づく中,そろそろ燃料切れが起きるかもしれない,と思いながら観戦しましたが,そんな気配は微塵もなし。むしろ,メドベージェワ 選手との初対決にエンジン全開で,SP(Short Program,ショートプログラム)もFSも素晴らしい演技で完勝でした。

Zagitova-Face シーズン後半に入り,ザギトワ 選手はSPもFSも,プログラム全体にまとまりが出てきました。それは PCS(Program Component Score,演技構成点)に表れています。下記に,GPF(グランプリファイナル)→ヨーロッパ選手権の順で PCS を示し,比較してみます。

  • SP: 35.06(1項目平均 8.77)→ 36.28(同 9.07
  • FS: 70.42(1項目平均 8.80)→ 75.30(同 9.41

 1項目平均とは,PCS の5項目の採点(10点満点)の平均値です。今まで平均8点台で推移していましたが,ついにヨーロッパ選手権という大舞台で9点台に乗せました。FSは GPF から5点近く上がっていますが,わずか1ヶ月強でこれだけ PCS が急伸することはめったにありません。しかも,今回のFSは,音楽との同調性という点では GPF の方が良い出来だったと思うので,それでもこれだけの PCS が出るのは本当に驚異的です。シニアデビューで PCS がさほど期待できないがゆえに技術点を伸ばす戦略だったのに,PCS がこれだけ出ればもう無敵です。

 ロシア選手権というスコアのかさ上げがある大会で出した 233 点を5点も上回るというのも奇跡的で,これはとんでもないことが起きた,というのが私の印象です。メドベージェワ 選手を破って優勝し,これだけのスコアが出たことで得た自信はとてつもなく大きく,ザギトワ 選手はこのまま平昌五輪を息切れすることなく駆け抜けていくでしょう。

Medvedeva-Face 一方,ケガ明けで注目された メドベージェワ 選手でしたが,SPで1つだけジャンプの着氷が乱れた程度で,ケガの影響は全くないと捉えていい演技でした。むしろ,仮にSPが完璧だったとしても ザギトワ 選手に勝てないことが明らかになり,メドベージェワ 選手の平昌五輪金メダルにはっきりと黄信号が灯りました。ザギトワ 選手との6点差という結果は,ケガ明けだから負けたのではなく,ザギトワ 選手の急成長による力負けという衝撃をもたらしたのです。

 ザギトワ 選手のFSが終了した時点で,直後に演技する メドベージェワ 選手はこのままでは負けることを明確に理解していたのでしょう。彼女のFSは,奇跡の逆転を狙ったのか,逆転不可能を悟って自分の演技に集中したのか,どちらかはわかりませんが,とにかく鬼気迫る演技のように私は感じました。今までの メドベージェワ 選手は,抒情性の高いプログラムで役者のように表現を醸し出すタイプだったと思いますが,ヨーロッパ選手権のFSはエネルギーに満ち溢れ,表現が観る者に迫ってくる感じがしました。今まで,ややサイボーグっぽく感じることもあった メドベージェワ 選手から,生身の人間としての躍動が感じられ,私は メドベージェワ 選手の今までの演技の中で一番感動しました。PCS が ザギトワ 選手を上回る 77.14 点(1項目平均 9.64 点)を記録したのは,女王の意地の表れだったと思います。77点台って,もう満点と言っていい点数であり,凄すぎますね。

 優勝が絶望的な状況に追い込まれたことで,メドベージェワ 選手の本気が引き出されたのだとすれば,ザギトワ 選手はとんでもないパンドラの箱を開けてしまったかもしれません。メドベージェワ 選手が今からジャンプの構成を変えるとは思えず,今後はひたすら GOE(Grade Of Execution,出来栄え点)と PCS を最大化すべく,究極の完成度を追求してくるでしょう。そして,ザギトワ 選手はそれを受けて立つだけの大きな自信を手にしました。2人のモチベーションはますます高まると思われ,平昌五輪で2人の異次元の演技が観られる予感に,今からワクワクを通り越してゾクゾクが止まりません