フィギュアスケートのプログラムは,1年間同じ構成を熟成させていくのが普通なので,どのジャンプをどの順番で飛ぶのかはわかっていることが多いのですが,今シーズンは,五輪に向けてジャンプの難度を上げたり落としたりする選手が多く,ジャンプ構成がどうなるか予想が難しくなっています。

 宇野昌磨 選手や ボーヤン・ジン 選手(金博洋,中国)は,本人のコメントや四大陸選手権の内容から,難度を落とすことが確定的な状況です。一方で,予想が難しいのが,ケガ明けの 羽生結弦 選手と,今シーズン,毎試合のように構成を変えてきた ネイサン・チェン 選手(米)です。この2人について,可能性が高い構成のパターンを,前回の記事に載せたジャンプ比較表の別表にまとめましたので,考察してみたいと思います。比較表を以下に再掲しておきます(クリックで拡大表示されると思います)。

FigureSkateScoreList2018Men

 羽生結弦 選手のジャンプ構成で,私が最も可能性が高いと考える構成(以下「第1パターン」)は,比較表の上表と,下表の1行目に書いた,4回転3種類4本(4Lo,4S×2,4T)です。これは,FS(Free Skating,フリースケーティング)史上最高得点を記録した2017年世界選手権と同じ構成です。この時の最高の演技を再現すれば勝てると 羽生 陣営が考えているのではないか,というのが予想の根拠です。4Lo は入れないという世間の予想もありますが,SP(Short Program,ショートプログラム)では 4Lo を回避しても,FSでは入れてくると私は思います。

 4Lo を回避するならば,比較表の下表2行目の構成(以下「第2パターン」)になると思います。4回転は2種類4本です。2種類3本でも戦えるとは思いますが,基礎点がかなり落ちることと,本人のプライドを考えると,4回転4本は譲らないと思います。この第2パターンは,個人的には避けてほしいと思う構成ですね。なぜかと言うと,4回転が同じ本数なのに,基礎点が第1パターンより5点ほど下がってしまい,さらに 3A が1本しか飛べないからです。

 4回転の本数が変わらないのに,4Lo を回避しただけで5点も下がることを不思議に思う方もいると思います。表を見ていただくとわかるように,第1パターンから第2パターンへの変更点は,4Lo → 4T と 3A → 3Lo です。4S と 4T を2本ずつにすると,前回の記事でも紹介した「3回転以上の同じジャンプ2本入れられるのは2種類まで」というルールにより,3A が1本しか飛べなくなるので,3A を1本減らして 3Lo に変えざるを得ないのです。3A → 3Lo によって基礎点が3点以上減ってしまうのが地味に痛いです。

 そして,3A は 羽生 選手が世界一美しく飛べるジャンプであり,成功すれば高い出来ばえ点が得られるジャンプなので,これが1本しか飛べないのはもったいないです。3A は2本入れるべきであり,第2パターンはそれができないので,個人的に避けてほしいと思っているわけです。

 オーサー コーチが「4回転5本もあるかも」と発言していたので,4Lz なしで4回転5本のジャンプ構成を考えてみたのが比較表の下表3行目(以下「第3パターン」)ですが,これは絶対に避けてほしい構成と力説したいです。4回転ジャンプを第1パターンより1本増やしたのに,基礎点は第1パターンより2点しか増えません。第1パターンから第3パターンへの変更点は 3A → 4T ですが,得意な 3A を減らして5本目の4回転を入れるというのは,ハイリスク・ローリターンでメリットが少なすぎます。

 上述のようなスコア戦略は私でもわかるのですから,羽生 陣営は当然理解していると思います。「4回転5本かも」という オーサー コーチの発言は,ネイサン・チェン 陣営に「4回転を6本入れないとダメかな」と考えさせる陽動作戦だと思いたいです。私の意見は,4Lo が入れられるなら4回転3種類4本(第1パターン),4Lo が難しいなら第1パターンから 4Lo → 3Lo に落とす構成が良いと思います。後者は4回転が2種類3本で,トータル330点の史上最高得点を出した2015年グランプリファイナルの構成と同じものです。第1パターンより基礎点が7点ほど低いので他選手と接戦にはなると思いますが,十分に勝算のあるジャンプ構成です。もし 4Lo が不調ならば,4回転の本数や難度の高さなどの「名」は捨てて,五輪2連覇の偉業という「実」を獲ってほしいですね。

 続いて,ネイサン・チェン 選手のジャンプ構成を考えてみます。私が最も可能性が高いと考える構成が,比較表の上表と,下表4行目(以下「第1パターン」)に示したもので,ほとんど実戦に入れていない 4Lo を除く,4回転4種類5本です。第1パターンだと,比較表の上表からわかるように 羽生 選手や 宇野昌磨 選手との基礎点の差は約8点ですが,この差では出来ばえ点や演技構成点を加えると 羽生・宇野 両選手に勝てません。しかし,チェン 選手のミスが両選手より1つ少なければ,勝てる可能性は大いにあります。本当はもっと基礎点を上げたいのですが,後述するようになかなか難しく,この第1パターンはかなり現実的な選択肢だと思います。

 第1パターンには大きな弱点があります。チェン 選手は 3A が苦手なのですが,第1パターンでは 3A を2本飛ぶことになります。できれば 3A は1本で済ませたいのが チェン 選手の本音でしょう。そこで,4回転の本数を変えずに 3A を減らしたのが,比較表の下表5行目(以下「第2パターン」)です。第1パターンからの変更点は,4S → 4Lz と 3A → 3F で,2本入れるジャンプを 3A から 4Lz に変え,成功確率の低い 4S を削ります。4Lz 2本は負荷が高いですが,今シーズン実戦でも試しており,基礎点も高くなるので,第2パターンが採用される可能性は大いにあります。

 4Lz を2本にすると,前回の記事でも紹介した「2本のうち少なくとも1本は連続ジャンプにしなければならない」というルールにより,4Lz の連続ジャンプが必要になります。そこで第2パターンは,4Lz+3T の連続ジャンプと 4Lz の単独ジャンプを両方とも前半に飛ぶ想定にしています。これで 3A を1本にすることはできるのですが,第1パターンより基礎点がわずかですが減ってしまいます。4Lz を2本入れているのに基礎点が下がるとあっては,この構成は採用しづらいと思います。2本入れるジャンプの種類を 4Lz ではなく 4F にする選択もありますが,成功確率は上がる代わりに基礎点がさらに1点以上減りますので,4回転3種類5本であれば,4Lz を2本入れる選択になると思います。

 結局,チェン 選手がもっと基礎点を上げようとすると,4回転の本数を増やして6本にするしかありません。6本にした構成が比較表の下表6行目(以下「第3パターン」)です。基礎点を上げるなら 4Lz を2本にすべきですが,6本もの4回転ジャンプを飛ぶとなると成功確率が重要なので,4F を2本にすると予想しました。そのうち1本を後半に入れたのは,4S を後半にするよりも少しでも基礎点を上げられて,4F でも単独ジャンプなら後半の成功確率も高く,第1パターンからの変更点が少ない(3A を 4F に変えるだけでよい)ので,合理的な戦略として考えました。しかし,4回転6本は チェン 選手でさえも実戦で一度も成功したことがない,超ハイリスクな戦略です。ライバルたちが4回転4本で完成度重視の戦略を採ることが濃厚な中,無理して6本入れる戦略が功を奏するかどうかは,個人的には疑問を感じます。よって,第3パターンを採用する可能性は極めて低いと私は予想します。

 ネイサン・チェン 選手のジャンプ構成のベースは第1パターンの4回転4種類5本で,スコアの状況,当日のコンディション,失敗のリカバーの必要性等に応じて,その場で後半の 3A を 4F(4Lz,4S もOK)に変更する,というのが一番手強いプランかなと思います。この場合の注目点は,成功確率が高くない 4S の成否,苦手な 3A の出来ばえ,そして後半に飛ぶ2本の 4T の出来ばえといったあたりだと思います。

 ここでは,ジャンプ構成を考察してきましたが,羽生結弦 選手はケガ明け4ヶ月ぶりの実戦ネイサン・チェン 選手は団体戦失敗からの切り替えという,より基本的な課題を抱えています。これらの課題がジャンプ構成の決断を悩ませるとは思いますが,ぜひ最適なジャンプ構成を選択・遂行し,素晴らしい演技を魅せてほしいと願っています。