MachidaTatsuki-Face 2/12(月) 夜8時過ぎ,たまたまテレビ東京を観ていたら,フィギュアスケーター 町田樹 氏が約30分に渡り,羽生結弦 選手の練習風景や団体戦に関して解説を行っていました。この解説が実に見事だったので,何が素晴らしかったのか私の文章力の範囲でお伝えしたいと思います。

 町田樹 氏は,2014年まで競技会現役を続け,ソチ五輪5位2014年世界選手権2位。ソチ五輪シーズンのプログラム「エデンの東」「火の鳥」は名作として多くのファンの心に刻まれており,私も大好きなプログラムです。ソチ五輪直後に日本で開催された2014年世界選手権は,それら2プログラムの集大成となり,羽生 選手との1&2フィニッシュの激闘を生み出しました。町田 氏はプログラムを「作品」と称し,コメントや解説で文学的表現がたびたび用いられることから「町田語録」なる言葉も生まれ,コアなファンが多いことで知られています。

 以下,町田 氏の解説での主なコメントを発言順に記していきます。一言一句同じではありませんが,ニュアンスは合っていると思います。

《凡例》

  • 下線(アンダーライン): 印象的な表現(町田 氏の発言をそのまま引用)
  • ⇒: 何が素晴らしいのか(私なりの分析)
  • ★: コメントを観た(聞いた)私の感想 【斜字体】

【これまでの印象を聞かれて】

早朝からの試合のため,タイムマネジメントが大変という印象

⇒ 「タイムマネジメント」という言葉に,研究者としての見識がにじむ。

★ この後の 町田 節への期待が高まりました。

【ケガ明けの 羽生 選手について】

羽生 選手の課題は,現時点で痛みがなければ技術面はすぐに戻ってくるはずです。問題は,プログラムをまとめ上げるための持久力がどれほど戻ってきているかです

⇒ 課題や観るべきポイントを,専門家ならではの視点で指摘。

★ ケガ明けとはそういうことなのか,と大いに納得

【羽生 選手の,平昌到着直後の練習で確認することを問われて】

氷の感触でしょう。今回の平昌五輪では建物の上層部が本番リンク,地下にこの練習リンクがあります。上下で,つまり本番リンクと練習リンクでは氷の質はあまり変わらないんじゃないかと推測しています。この氷の感触をつかめば上手く本番につなげられると思っていると思います

⇒ 会場の様子を具体的に描写し,練習リンクで練習することの意義を説明。

★ 会場や選手のことが具体的にわかり,競技への興味がアップ。

彼はよくイメージトレーニングをします。足の裏から得た氷の感触と,自分の脳内で想像する自分の動き統合してイメージ練習をするといったところではないでしょうか

⇒ 「足の裏」→「氷の感触」と「脳内」→「自分の動き」という対比する2つの表現が,身体の部位 → イメージの対象 という組み合わせの並列列挙。そして,これらを結び付けることを「統合」と表現。

★ 羽生 選手のイメージトレーニングがどのようなものか,ものすごく伝わってきました。言語化能力の高さに改めて脱帽

(羽生 選手の回復状況について)本人が何も言っていないのでわからないです
(練習の内容に関する踏み込んだ質問に対して)どうでしょうね? そこはわからないですね
(今後3日間の練習をどうするのか見えてくるものはあるかを問われて)今日の練習からだけでは,正直,何も判断できません

安易な断定や期待の助長をせず,ミスリードに加担しない姿勢を堅持

★ 「大丈夫です」「やってくれます」などの安易な言葉を言わないのが,むしろ好感を呼びます。

【アクセルが飛べているということは調子を取り戻しているのか?という質問に対して】

そうですね。ただし,アクセルは左足で踏み切りますので,例えばフリップやルッツは右足で強くトウを突きますから,それらのジャンプで痛みが出るか出ないかはアクセルからだけでは判断できない

⇒ ジャンプの種類の違いに触れ,ジャンプ練習が持つ意味に言及。

★ 今度から練習映像を見るときは,そういうところも見てみようと思いますね。ちょっと通になれた気分。

【団体戦男子SP(Short Program,ショートプログラム)の転倒の多さに関して】

ネイサン・チェン 選手は今シーズンSPでは大きなミスが1度もなかっただけに驚きましたよね。

⇒ 最近の演技状況を具体的に紹介しつつ,好調な選手が転倒したことを示し,その意外性を強調

今回はアメリカのテレビ放送のプライムタイムに合わせて競技を早朝から始める設定になったと聞いていますが,元選手の立場から発言させてもらえば,今回の競技スケジュールは到底受け容れられるものではない

⇒ 「到底受け容れられるものではない」という極めて強い表現で問題点を鋭く指摘。「選手は大変だ」といった評論家的な論評で済まさず,選手の立場に立って抗議

町田 氏の面目躍如。言い切る勇気に拍手喝采。アナウンサーに言葉の続きを遮られましたが,おそらく「アスリートファーストであるべき」と続けたかったんだと思います(あくまで私の推測です)。つい,提言・抗議の発言に注目が集まりがちですが,その前の「アメリカのテレビ放送のプライムタイムに合わせて」という言葉も,問題の背景を簡潔かつ正確に表現していて,しびれました。

練習は 6:30 から行われました

⇒ 具体的な時刻に言及。

★ ちょっとしたことですが「早朝から」よりも「6:30 から」と聞くと,選手の苦労が真に迫ってきますよね。

小林 強化部長からもオフィシャルのプレスリリースが出まして,選手全員,団体戦で得られた経験を糧に,個人戦に臨んでほしいという言葉もありました

⇒ フィギュアスケートの解説者が,スケート連盟の公式コメントをしっかりと伝えるシーンを,私は今まで見たことがありません。この手のコメントはアナウンサーに任せてしまいがち。公式コメントを伝えることで,それが自身の想いと合致していることや,自身の考えが偏ったものではないことが伝わります。

★ 公式コメントをきちんと伝えるという,町田 氏の解説者としての姿勢に感銘

【団体戦女子SPの 宮原知子 選手の回転不足に関する件】

物議をかもしていますが…私は昨日の女子SP全ての選手のジャンプのスロー映像を全部,慎重に,比較・検討した上で言うのですけれども,宮原さんのジャンプ,何も遜色はありません。自分の磨いてきた技術に自信をもって個人戦に突入していってほしいです

世間で盛り上がる議論から逃げずに,むしろ踏み込んだ見解を提示。しかも「何も遜色はありません」と,これまた強い表現で見事なジャンプだったことを断言。暗に,宮原 選手だけが回転不足を取られたことへの疑問を呈していますが,審判への批判ではなく,町田 氏個人の見解として述べています。

絶妙な表現で 宮原 選手を後押しし,応援者のもやもや感を晴らし,これまた拍手喝采。宮原 選手にとってとても心強いエールになったことでしょう。

宮原 選手の強さはプログラムを作品としてまとめ上げる力だと思うんですよね。たくましく自信を持って個人戦に臨んでほしい。怪我を乗り越えて,五輪の切符をつかんだ全日本選手権では,本当に,滑る喜びだとか,プログラムを演じる日本人女性としての強さみたいなものが満ち溢れていた。全日本の時の気持ちを思い起こして堂々と個人戦に臨んでいってほしい

作品の総合力を大切にする 町田 氏ならではのエール。

★ 「たくましく」「堂々と」という言葉には,気持ちを強く持つことが大事という 町田 氏の思いを感じました。

【ペアとアイスダンス】

木原選手の献身と,それに応える須崎選手の頑張り

⇒ キャッチフレーズ的にペアを組む2選手の特徴を紹介。簡潔な中に文学的香りが感じられる 町田 氏の言葉。

日本の場合はペアとアイスダンスそれぞれ1組で,団体戦のSPとFS全部を担っているので本当に体力的に厳しいです。団体戦以上に力強くカップル競技の二組を応援してほしい

団体戦の負担と,日本でのペアやアイスダンスへの注目度の低さを暗に指摘。

★ この2点は 町田 氏としても思うところが多いのではと感じた一幕。「力強く」という言葉にその思いが詰まっているように感じました。

村元(哉中)選手は,(クリス・)リード選手は傍らにいるのイメージです。(演技が進み)ここで 村元 選手の衣装が変形し満開の桜が立ち現れる。ステーショナルリフトは風に花びらが舞っているように見えませんか? このステーショナルリフトは今季世界でいちばん僕は好き(なリフト)です

⇒ 衣装が,桜色と緑色の混在から,桜色一色に変わるのですが,その様子を「桜が立ち現れる」と文学的表現で描写。「舞う様子を表現しています」ではなく「舞っているように見えませんか?」と視聴者に問いかけ

作品の世界観を語る 町田 氏は,本当に素晴らしい語り口でした。問いかけられて「なるほど~」と膝を打った方も多かったのではないでしょうか。この一連の解説にはぞくぞくしました

【村元 & リード 組の四大陸選手権メダル獲得について】

これは本当に凄いことです。アイスダンスとペアは日本に練習環境がほとんどありませんからね。両者ともに米国に渡って競技力を磨いている,ものすごい急成長しているカップルなので,ぜひ注目していただきたいと思います

⇒ 競技が抱える課題,競技者の努力に言及。単なる苦労話というトーンではなく,課題については厳しい口調

★ こういう話を聞くと,視聴者に応援心が芽生えますよね。そして,情に訴えるだけでなく,課題の解決を強く望む気持ちが表出していることも素晴らしい。

団体戦、何度も言いますように、選手たちは本当に身体に負荷がかかっています。出場した選手は、身体に疲労をかかえた状態で個人戦にこの後突入していくんですよね。ですから、ここに団体戦に出る人と出ない人の差が生まれてしまう。私は、団体戦と個人戦(の開催順序)を逆にしたらいいと思います。そうすると個人戦は元気な状態で臨めますし、団体戦に出る人たちも同じ疲労度の状態で臨めるので,イーブンの状態が作れるのかなと思うんです。団体戦に出場した選手は本当に大変な中頑張っているので,団体戦以上に個人戦を応援していただけたらと思います

⇒ 個人戦の出場を「突入」と表現。団体戦を個人戦の後に行うべきという,誰もが思っていることをきちんと提言。

団体戦を総括するコメントがとても素晴らしかったので,ここは全て発言のまま引用しました。町田 氏もソチ五輪の団体戦経験者(FS(Free Skating,フリースケーティング)出場)だからこそ,団体戦の疲労が抜けない大変さを「突入」という言葉に込めているように感じます。開催順序に関しても,これだけはっきり提言した解説者は,日本では 町田 氏が初めてではないかと思います。開催順序入れ替えのメリットを明確に示していることも見事。


 実際の解説時間は約30分,途中にあおりVTRが入っていたので実質は25分くらいだと思いますが,この短い時間の中で「注目選手の見どころ」「プログラムの素晴らしさの紹介」「選手への敬意と応援」「具体的な情報や状況の紹介」「細かすぎる解説」「課題と提言」と,ありとあらゆる角度から幅広く言及していました。かといって,意欲空回りという雰囲気は全くなく,穏やかな声のトーンで,全般的に冷静かつ温かくコメントしていました。それでいてメリハリもあり,課題には厳しい口調で,選手への応援を求める際には温かくも力強くコメントしていました。

 スポーツの解説者というより,ニュースなどに出演する学者の専門家を見ているようでした。事実,推測,見解をきちんと分離して話し,安易な断定を避ける語り口は正に学者のそれであり,専門家としての信頼感と好感度を高めていたと思います。町田 氏は研究活動もしているので,このような雰囲気になることに違和感はないのですが,スポーツ解説者がこのような雰囲気を醸し出すことは,とても新鮮に感じられました。

 そして,とりわけ出色だったのは,発せられた言葉の的確さ・美しさ・強さ。町田語録と言われるだけあり語彙は豊富ですが,競技者現役の頃は一歩間違うと,漫才師 サンドイッチマン が言うところの「ちょっと何言ってるかわかんない」になりかねない危うさを私は感じていました。しかし,今回の解説は,羽生 選手のイメージトレーニングの件や,村元 & リード 組のプログラム解説では,言葉の紡ぎ方が素晴らしかったですし,全体的に,言葉の1つ1つが逐一的確で,気持ちよく解説を聞くことができました。スポーツ解説も,言葉によってここまで印象を高めることができるんですね。何といっても,力強く喝破した「到底受け容れられるものではない」「何も遜色はありません」がハイライトでした。

 解説が終わった瞬間,テレビの前で「すごい!すごい!」と私は大絶賛。競技経験者の蓄積と,研究者としての見識が,いかんなく発揮された見事な解説に感動しました。解説に感動ってそんな大げさな…と思うかもしれませんが,Twitter(私はやってませんが…)などでも絶賛の嵐で,放送当日に五輪関連の検索急上昇ワードにもなっていたようです。フィギュアスケートの解説では,織田信成 氏の実況解説がなかなか良いなぁと思いながら観ていますが,ここまですごいと思ったのは 町田 氏が初めてです。他競技を含めると,サッカーの 中村憲剛 選手(川崎フロンターレ)によるイングランド・プレミアリーグの実況解説以来の感動でしたね。

 次の出演は 2/25(日) のテレビ東京系列だそうです。このときにはフィギュアスケートは全ての結果が出ていますので,総括としてどんなコメントを発してくれるのか,今からとても楽しみです。