SP(Short Program,ショートプログラム)を終え,羽生結弦 が1位,宇野昌磨 が3位という好位置につけ,羽生 2連覇,日本勢1&2フィニッシュへの期待が否が応でも高まる中,FS(Free Skating,フリースケーティング)が始まった。

 第1グループから,ヴァシリエフス(ラトビア),ハン・ヤン(閻涵,中国),田中刑事 など,見応えあるメンバーが並ぶ。彼らが第1グループとは信じ難いが,それだけかつてないレベルの試合になった。世界選手権や五輪では,国別の出場枠(1ヶ国あたり最大3名)が設けられ,その分,多くの国の選手が出場する。競技普及の観点では大切なことだが,演技がトップレベルより見劣りする選手の出場が多くなってしまうのは,やむを得ないことだ。しかし,平昌五輪のFSに進出した24名は,誰もが250点以上出す力がある実力者揃いだった。この点は,ソチ五輪から大きく進化した点の1つだ。

 第2グループには,早くも ネイサン・チェン(米)が登場。団体戦で,米国のメダル獲得を確かなものにするべく,男子SPに起用されたが,全てのジャンプを失敗し失意の底に沈んだ。1週間後,勝負の個人戦SP。団体戦では冒頭のジャンプに 4F を選択したが,個人戦ではより難度の高い 4Lz に挑んだ。SP冒頭のジャンプが チェン の命運を左右すると思いながら観ていたが,4Lz を転倒しその選択は凶となった。冒頭のジャンプを失敗したことで,団体戦の悪夢が頭をもたげ,もう失敗が許されない極度の重圧に襲われたことだろう。SPでも全てのジャンプを失敗し,トップの 羽生 に29点もの差が生じてしまった。

 この状況に,多くの日本人の方々が,4年前のソチ五輪の 浅田真央 選手の姿を重ねたに違いない。あの時,浅田 選手のSPとFSは中1日空いていた。だが,チェン はSPから連日のFS。気持ちの切り替えが極めて難しい状況だったはずだ。しかし,人間は追い込まれると恐るべき力を発揮することがある。メダルの重圧から解放され,失うものがなくなった チェン は,8回のジャンプのうち4回転を6本入れ,見事に5本を成功させた。国内では「4回転5本成功」という報道がほとんどだが,失敗した1本も着氷が乱れただけで回転不足にはならなかったので,4回転ジャンプとして認定されており「4回転6本認定」でもあったのだ。6本が「認定」されたのは,公式記録上初めてではないかと思う。

 4回転6本は,金メダルへの秘策の選択肢として用意されていたとは思うが,ハイリスクであり採用は難しいと私は予想していた。メダルが絶望的になったことで爪痕を残すべく挑戦し,結果は 215 点台でFS自己ベストFSだけなら全選手中トップのスコアを記録した。トータルは 297 点となり,上位者が崩れればメダルの可能性が残るスコアだった。正に,ソチ五輪の 浅田真央 選手の復活劇を彷彿とさせる,地獄からの生還だった。ジャンプの成功に意識が強かったためか,出来ばえ点や演技構成点は チェン の好調時には及ばなかったが,SP時点の絶望を思えば,本当に素晴らしいパフォーマンスだった。

 続く第3グループ。私が注目したのは,ヴィンセント・ジョウ(米)と ミハイル・コリヤダ(ロシア)の2人。ヴィンセント・ジョウ はFSの基礎点が全選手中最も高い予定であることを本ブログで紹介したが,予想した構成どおり 4Lz に2回挑戦し,冒頭の 4Lz+3T を綺麗に成功,演技時間後半冒頭の単独 4Lz も良いジャンプだったが回転不足と判定された。結果として,基礎点合計トップは4回転ジャンプを6本入れた ネイサン・チェン に譲ったものの,4回転4種類5本を着氷し技術点だけで 110 点以上を稼いだ。今シーズンがシニアデビューであり,まだジャンプだけという印象の選手ではあるが,この若さで五輪で6位入賞を果たしたことは貴重な経験だ。今後トップレベルに到達するのを楽しみにしたい。

 ミハイル・コリヤダ は,団体戦のSPでまさかの8位に終わり,ロシアの団体戦が目標の金メダルではなく銀メダルに終わる主因となってしまった。さらにFSにも動員されたため,個人戦には強い疲労を抱えて臨まざるを得なかった。団体戦と個人戦の4回の演技全てに組み込んだ 4Lz は結局一度も成功せず,他のジャンプにもミスが出て,ベストな演技はできなかった。団体戦SPのショックから立ち直れないまま個人戦も終わってしまった印象で,8位に入賞したものの本当の実力はこんなものではない。今後,今回の五輪の苦い経験をどう強さに変えていくか,注目していきたい。

 最終グループ。SP上位4選手で最初に登場したのは,SP4位の ボーヤン・ジン(金博洋,中国)。大舞台に強く,直近の2年連続で世界選手権3位,1月の四大陸選手権に優勝して五輪を迎えた。その強さがSPでも発揮され,高さも幅もある 4Lz+3T を完璧に決め,自己ベストの 103 点台を記録した。ノーミスならばメダルが大きく近づくFS。演技時間前半は,3つのジャンプが完璧。後半は安定している 4T,得意な 3A へと続く流れ。これはノーミスの気配濃厚,そう思った後半冒頭の 4T でまさかの転倒。ジン の 4T 転倒は珍しく,五輪の重圧は大舞台に強い ジン にも及んだ。しかし,直後の同じ 4T をきちんと連続ジャンプにし,残りのジャンプも決めた。転倒を1回に留め,FS 194 点台,トータル 297 点台としたが,300 点には及ばず,上位3選手に重圧をかけるには至らなかった。それでも,シーズン途中にはケガで 4Lz が飛べない時期もあったことを思えば,メダルの可能性を残す演技は見事だった。

 そしていよいよ,SP上位3選手の先陣として 羽生結弦 が氷上へ。SPは,7つの要素(ジャンプ,スピン,ステップ)全ての GOE(Grade Of Execution,出来ばえ)評価が審判全員2以上という,非常に高い完成度でスコアが 111 点台に乗った。ネイサン・チェン が脱落し,FSで高いスコアを持つ 宇野昌磨 と7点差がついたことから,4Lo を回避しても大丈夫と判断したのだろう。FSは4回転2種類4本(4S,4T 2本ずつ)で臨んだ。演技前半の3本のジャンプは申し分なく,特に 4T は,全く無理のない回転からの柔らかい着氷で,完璧だった。さらに演技時間後半冒頭の 4S+3T も見事に成功。パーフェクト演技への期待感が一気に膨らんだが,次の 4T で着氷が乱れた。4T は前半が単独ジャンプだったので,ここでは連続ジャンプにする必要があったのだが,それができず減点(同種単独ジャンプ2本目は基礎点3割減)となった。

 しかし,次の 3A が 羽生 を救った。予定では 3A+2T だったが,4T に付ける予定だった連続ジャンプ +1Lo+3S をリカバーして 3A+1Lo+3S としたのだ。3A に絶対の自信を持つ 羽生 だからこそできるリカバープランを遂行し,ミスを最小限に食い止めた。そして,4ヶ月ぶりの実戦で心配された,FSを通し切る力が問われる最後の 3Lz では,かろうじて転倒は免れたものの着氷が大きく乱れた。羽生は 4Lz の練習でケガをしており,ルッツジャンプの不安がここで出てしまった。3A で +1Lo+3S をリカバーしたことで残っていた連続ジャンプ +2T を付けることもできなかった。

 それでも,演技を終えた 羽生 は,満足感に包まれていたようだった。「勝ったー!」(本人談)と叫び,右足や氷に手を当て,感謝の言葉を発した。着氷の乱れが2回あり,単独 4T の重複による減点と,+2T が付けられないミスはあったが,転倒しそうなところをこらえ,氷に手を付くこともなかった。FS 206 点台,トータル 317 点台は 羽生 の自己ベストより10点以上低いが,ソチ五輪よりははるかに良い内容で,しかもケガ明け久々の実戦であることを考えれば,十分に納得できる演技とスコアだった。

 これで,残る2人が金メダルに必要なFSのスコアは,ハビエル・フェルナンデス(スペイン)は 210 点台,宇野昌磨 は 213 点台となった。共に不可能ではないものの,今シーズンの調子を考えるとかなりハードルが高いスコアである。続いて登場した フェルナンデス は,普段より躍動感が抑え気味に見えたが,完璧な 4T から始まり,次の 4S でわずかに着氷が乱れ +3T を予定していた連続ジャンプが +2T になっても,次の 3A に +3T を付けてリカバーに成功し,金メダルが微笑みかけた。だが演技時間後半冒頭,4S の予定が2回転になり,金メダルがすり抜けていった。しかしミスはこれだけで,ジャンプの着氷の乱れもなく,プログラム全体の完成度は素晴らしかった。ジャンプの難度が4回転2種類3本と低めで,しかもそのうち1本が抜けてしまったので,FSのスコアが200点に届かずトータル 305 点台だったが,今シーズンベストスコアを出し フェルナンデス のメダルが確定した。今シーズンはやや低調で,メダル獲得が危うい状況だったことを思えば,ピーキングに長けた フェルナンデス の実力が発揮された結果だった。

 この時点で,日本選手の金メダルは決まった。それが 羽生 なのか 宇野 なのか。最終滑走の 宇野昌磨 は,他の選手の演技を全て観ていて,完璧な演技なら金メダルを獲れると思いながら演技に臨んだそうだ。冒頭の 4Lo は成否相半ばするジャンプ,これを決めて波に乗りたかったが,あえなく転倒。この時点で金メダルはほぼなくなり,宇野 は「笑えてきた」(本人談)。冒頭から転ぶなんてという苦笑いなのか,リラックスするための自己防衛反応なのか,いずれにせよ,この先ミスすればメダルも危なくなる状況で,笑みをたたえられる精神力は尋常ではない。ここから 宇野 の真骨頂である切り替えと粘り強さがいかんなく発揮されていく。

 転倒直後,世界で初めて 宇野 が成功させた,自身の代名詞ジャンプ 4F をきっちり決めて持ち直す。演技時間後半の 3A → 4T 2本 → 連続ジャンプ2回 という流れは,華麗だが難度が極めて高く,しかも最後の2回の連続ジャンプは失敗するとリカバーできない,緊張感の高い構成だ。2本の 4T。1本目は着氷が乱れたものの強引に +2T の連続ジャンプを付けた。これで2本目は単独ジャンプでよくなり,これを綺麗に決めた。続く 3A+1Lo+3F は,ほとんどの選手が3番目を 3S にするところ,フリップジャンプに絶対の自信を持つ 宇野 が 3S に替えて 3F を付ける3連続ジャンプ。そして最後に 3S+3T という +3T の連続ジャンプ。高難度の連続ジャンプを最後に2つ並べ,それらを見事に決めたことで,会場の盛り上がりは最高潮に達する。冒頭の転倒を忘れさせる安定した演技で,最終滑走を締め括った。

 FSの内容では 宇野 が フェルナンデス を上回ったことは確実。あとはSPの点数差 3.41 以上の差を付けられたか? スコア発表。FS 202 点台,トータル 306 点台。宇野 がフェルナンデス を上回った! この瞬間,羽生結弦 の五輪2連覇,羽生結弦 & 宇野昌磨 による日本勢1&2フィニッシュが現実となった

 全てが決まり,羽生結弦 は両手で顔を覆い,万感の涙を流した。同門生の フェルナンデス も銅メダルを獲得し,お互いの健闘を称え合うと,羽生 はまた涙。2人の万感の思いに接しても,実感が湧かずたたずむ 宇野。3選手の姿は,平昌五輪に全てを注ぎ込み,戦い終えた充実感に満ちていた。 (選手敬称略)