KihiraRika2018NHK 先週のフィギュアスケートグランプリシリーズ(以下,GP)日本大会(NHK杯)で,紀平梨花 選手が女子シングル優勝を果たしました。これがいかにすごいことなのか,いろんな角度から称賛してみようと思います。

GPシニアデビュー優勝は日本選手初の快挙!

 昨シーズンまでジュニアに出場しており,今シーズンがシニアデビューの 紀平 選手。NHK杯がGPの初戦だったのですが,GPシニアデビュー戦での優勝は,あの 浅田真央 さんや 羽生結弦 選手をはじめ,過去の日本選手が誰もなし得なかった快挙です。世界的に見ても,最近だと ザギトワ,メドベージェワ,トゥクタミシェワ といった超一流ロシア選手くらいしか達成していません。

 いくらジュニア時代から実力を買われていても,シニアとの実力差は歴然としており,いきなりシニアの選手と対等に戦うのは簡単ではありません。シニアとの真剣勝負を経て徐々に差を詰めていくのが普通であり,運よく表彰台に乗る選手はいても,優勝,それも初戦でというのは極めて異例なことなのです。

 NHK杯の相手は,日本のトップであり練習チームの先輩でもある 宮原知子 選手や,世界女王経験者で今季既にGPで1勝している トゥクタミシェワ 選手(ロシア)であり,2人ともトータル 219 点台という今季トップ5に入るスコアを出したのですが,紀平 選手は2人を上回る 220 点超えのスコアで優勝しました。しかも,紀平 選手はSP(Short Program,ショートプログラム)で 3A(トリプルアクセルジャンプ)を転倒したにもかかわらず優勝しましたので,高いレベルのスコアを出しながらもまだ十分な伸びしろが残っているのです。

 強敵相手に優勝したことで,紀平 選手はとてつもない自信を手にしたと思います。16歳が自信を得たときの成長は,加速度的に上がっていくことがあります。今後の試合は,GPフランス大会 → GPファイナル → 全日本選手権 が隔週で続いていきますので,間隔が短い分だけ成長スピードがものすごいことになる可能性を秘めています。

3A+3T をシニアの ISU 主催大会で初成功!

 ISU 主催大会には,GP,ヨーロッパ選手権,四大陸選手権,世界選手権などがあり,このクラスの大会で成功して初めて個人の公式記録になります。紀平 選手は,昨季のジュニアグランプリファイナルで 3A+3T(連続ジャンプ:トリプルアクセル→トリプルトウループ)を成功させているので女子初の 3A+3T 成功者として既に記録されていますが,シニアの ISU 主催大会では初めて 3A+3T を成功させました。そして,3A からの連続ジャンプ成功と,FS(Free Skating,フリースケーティング)での 3A 2本成功は,おそらくバンクーバー五輪の 浅田真央 さん以来ではないかと思います。

 しかも,完成度がものすごく高いんです。3A 2本とも審判全員(9名)の GOE(Grade Of Execution,出来ばえ評価)が +3 以上です。今季から GOE が +5 ~ -5 の11段階評価になりましたが,ジャンプで GOE が +3 だとかなり高い評価で,+4 や +5 はなかなか付きませんので,全員が +3 以上というのは本当にすごい評価です。

 ただ,GOE について「7段階から11段階に増えた」という説明に終始していることが多いのですが,これはルール改定を半分しか説明していません。GOE がどのようにスコアに反映されるかについて,詳しくは私が作成したスコア計算説明図を見ていただきたいのですが,GOE による加点/減点は「基礎点の▲%」という計算になります。これが意味することは「基礎点が高いジャンプほど GOE の効果が大きい」ということです。NHK杯の 紀平 選手のFSで,3A+3T では 2.63,単独の 3A では 3.09 という点数が加算されていますが,これほどの大きな加点は他のトリプルジャンプではなかなか取ることができません。例えば,3A の次に基礎点が高い 3Lz(トリプルルッツジャンプ)だと,GOE が全員 +5 だったとしても加点は 2.95 ですから,紀平 選手の単独 3A は 3Lz で理論上取り得る最大値を超える GOE 加点を得ていることになります。

 3A が飛べるだけでなく完成度が非常に高いことが,紀平 選手の高いスコアに結び付いていることがわかります。女子選手が 3A を飛ぶことは,男子選手が4回転ジャンプを飛ぶよりはるかに難しいと言われますが,紀平 選手はそれをFSで2本入れ,SPにも入れているのですから,成功すれば高いスコアが出るのは当然のことと言えます。

8トリプルも成功!

 「3A に目を奪われがちですが,紀平 選手は他のジャンプも安定感があり総合力がすごい」と私が常々書いているように,NHK杯のFSでは3回転ジャンプを8本入れる「8トリプル」も成功しました。これもおそらくシニアの ISU 主催大会では女子史上初だと思います。8トリプルというと,ソチ五輪の 浅田真央 さんを思い出す方が多いと思いますが,このときは8トリプル「成功」ではありませんでした。全てのジャンプを着氷はしたのですが,一部のジャンプで回転不足やエッジ違反があったのです。

 紀平 選手は,回転不足なし,エッジ違反(およびその疑いも)なし,回転の抜けもなし,GOE が全ジャンプ全審判プラス評価という,素晴らしい8トリプルでした。ジャンプ以外に話を広げると,全スピンとステップが最高レベル(レベル4)で,GOE も全技術要素全審判プラス評価。ジャンプ以外も含めて本当にパーフェクトな演技だったのです。

 ジャンプに話を戻すと,紀平 選手のFSには 2A(ダブルアクセルジャンプ)が全く入っていません。7本のファーストジャンプ(単独ジャンプ,および連続ジャンプの1本目)が全て3回転という珍しい構成です。3A を入れない女子は,ルールの制約上 2A を2本入れる必要があるのですが,2本の 2A を単純に 3A に置き換えたのが 紀平 選手のジャンプ構成になります。採点表を見ると,全部のジャンプが数字の3から始まっていて,なかなか壮観です。

 さらに 紀平 選手は,3A の次に難しい 3Lz を2本入れ(しかもその両方が連続ジャンプ!),3A と 3Lz が2本ずつというハイスコア構成になっています。3Lz が得意だと,その反面 3F(トリプルフリップジャンプ)が苦手という女子選手がけっこういるのですが,紀平 選手は 3F も苦にしておらず,SPでは 3F+3T という連続ジャンプを入れています。Lz が得意で F が苦手,あるいは逆に F が得意で Lz が苦手というのは,いわゆる「Lz と F の飛び分け」が難しいからなのですが,紀平 選手は Lz と F の飛び分けもマスターしています。

 このように 3A 以外の3回転ジャンプも安定している 紀平 選手だからこそ,SPで 3A に失敗しても大崩れせず,FSでは他のジャンプでも GOE を稼ぎ 154 点台という驚異的なスコアを叩き出したわけです。しかし,実はこれでもまだジャンプの基礎点は上げる余地があります。

  • 現在:3A★, 3Lz★, 3F, 3Lo, 3S; +3T, +2T, +2T+2Lo 《基礎点:50.8》
  • 進化:3A★, 3Lz★, 3F, 2A★; +3Lo, +3T, +1Eu+3S 《基礎点:53.6
       《凡例》 ★:2回実施,+:連続ジャンプの2本目・3本目

 3Lo を連続ジャンプの2本目に(ザギトワ 選手(ロシア)が 3Lz+3Lo を使っていますね),3S を3連続ジャンプの3本目に持ってきて,代わりとなるファーストジャンプに 2A を2本持ってくることで,演技時間後半ボーナスも含めると現在より基礎点を約3点も引き上げることができます。これはあくまで机上の計算であり,この究極進化形は非常に難度が高いですが,紀平 選手のジャンプの基礎点でさえまだ伸びしろがあることを知っておくと,今後の成長を楽しめると思います。

 良いことばかり書いてきましたが,3A はハイリスク・ハイリターンなジャンプですから,失敗すれば成功した場合よりスコアがかなり落ちてしまいます。ジュニア時代は,3A 以外のジャンプも崩れて平凡なスコアに終わることも多くありました。3A と共に他のジャンプの安定感を維持することが重要になってきますが,身体の成長,注目度の上昇など,技術面以外の課題も待ち構えています。それでも,紀平 選手の驚異的な身体能力や,同じ練習チームの 宮原 選手や 本田真凛 選手(現在は練習チームを移籍)らの注目度への対処法を見てきていること,などを考えれば,課題を乗り越えるだろうという期待感が高いです。

今後の展望

 紀平 選手は,まずは今週末,GP2戦目のフランス大会に出場します。ここでは,メドベージェワ 選手(ロシア)との直接対決が実現します。今季から 羽生 選手の同門生となった メドベージェワ 選手は,カナダ大会は3位という不本意な成績でしたから,フランス大会は優勝して存在感を示したいと思っているでしょう。そんな メドベージェワ 選手に勝てば,紀平 選手の株がさらに上がっていきます。

 紀平 選手としても,フランス大会という外国の試合で勝ってこそ本物,という思いをもって挑むことでしょう。SPとFSのジャンプがミスなく揃えば,GOE がさほど取れなくても優勝でき,良い演技ならばトータル 230 点台に届きます。こうなればGPファイナルで対決する ザギトワ 選手(ロシア)にも大きなプレッシャーを与えられると思います。

 フランス大会の2週間後に開催されるGPファイナルは,結果もさることながら,錚々たる一流選手と同じ試合に出場することに意味があると私は考えています。他の選手と同時に見れば,審判は「他の選手と比べても遜色ないスケートだ」と感じると思うので,そうなると PCS (Program Component Score,演技構成点)が一気に伸びる可能性があると思っています。紀平 選手のNHK杯のFSの PCS は5項目平均 8.44 で,シニアデビューとしては十分に高い評価を受けていますが,GPファイナルで良い演技ができれば,8.7~8.8 (PCS のスコアで言えば70点前後)まで引き上がるのではないかと私は思います。ここまでくれば,ザギトワ 選手と対等に勝負できるようになります。GPファイナルで優勝すれば,ここ数年全盛だったロシア勢を打ち破る新星として,注目度がますます上がっていくのは間違いありません。

 ファイナルの2週間後が全日本選手権です。ここではもう優勝候補本命の扱いになり,宮原 選手や 本田 選手を超える報道や取材の対象になるでしょう。その喧騒の中で自分を見失わずに優勝できれば,実力は本物となり,今季はおろか北京五輪までの4年間,女子フィギュアスケートは 紀平 選手を軸に進んでいくことになると思います。

 今週末から年末までの3つの大会は,紀平梨花 選手がトップスケーターに駆け上がる姿を目の当たりにすることになるのでは,と期待しています。楽しみながら観戦しましょう。