KihiraRika2018GPF フィギュアスケート・グランプリファイナル(以下 GPF)開催から1週間。やっと感想が書ける時間が取れました。いや~,やってくれました,紀平梨花 選手! シニアデビューシーズンのファイナル優勝は 浅田真央 さん以来ですが,シリーズ3連勝(日本大会:NHK杯,フランス大会,GPF)は男女を通じて日本選手史上初の快挙となりました。書いてみたらかなりくどくなってしまった(笑)ので,雑誌記事アレンジにしてみます。


 FS(Free Skating,フリースケーティング)は,SP(Short Program,ショートプログラム)終了時に私が予想したとおり,3A(トリプルアクセルジャンプ)を1本綺麗に決めた 紀平梨花 が,FSだけ見ても ザギトワ (ロシア)に勝利し,SP・FS共に1位の完全優勝となった。正直なところ,3A が1本しか決まらなければ,FSでは負けてもSPの貯金で勝つ,と思っていたので,3A が1本なのにFSも勝てたのは驚きだった。

 3A を1本ミスしても勝ったということで,ザギトワ が本調子ではなかったからだと思っている方もいるかもしれないが,そうではない。ジャンプ・スピン等個々の要素の完成度を示す GOE(Grade Of Execution,出来ばえ)による加点の合計は,ザギトワ が 14.76 点。これは 紀平 の 14.56 点より高く,ザギトワ の今季のグランプリシリーズ2戦よりも高い加点だ。また,PCS(Program Component Score,演技構成点)も5項目平均9点台に乗せており,個々の要素および演技全体の完成度はけして悪くなかった。

 ザギトワ のFSでは,3Lz+3T(連続ジャンプ:トリプルルッツ→トリプルトウループ)の予定が 3Lz+1T になってしまったので,基礎点が 3.8 点減り,GOE 加点も 0.34 点しか得られなかった。グランプリシリーズ2戦では共に,3Lz+3T で 1.77 点の加点(GOE 平均= +3 )を得ているので,3Lz+3T が成功すれば 3.8+(1.77-0.34)= 5.23 点上乗せされる計算になる。しかし,GPF の ザギトワ はSP+FSトータルで 紀平 に 6.59 点の差をつけられており,その上乗せだけでは逆転できなかったのである(PCS が伸びれば逆転したかもしれないが 1.4 点の伸びが必要)。全要素成功の ザギトワ が,3A で1ミスの 紀平 に負ける計算であり,これは ザギトワ の調子云々ではなく,完全に力負けであることを示している。

 今後,ザギトワ が絶好調ならば,紀平 といい勝負になるだろう。しかし,それは 紀平 がほどほどの出来ならばの話で,紀平 も絶好調だと勝ち目がない,ということが今回の GPF ではっきりした。現在のジャンプ構成のままでは,ザギトワ は 紀平 のミス待ちにならざるを得ない。ザギトワ 陣営はなかなか策が打てない状況に陥ってしまったと言っていいだろう。

 この状況で思い出すのは,ケガから復帰した メドベージェワ (ロシア)が,シニアデビューの ザギトワ に力負けした,昨シーズンのヨーロッパ選手権だ。このとき,ザギトワ の PCS が急伸して メドベージェワ 先輩を追い抜いたが,今回の GPF でシニアデビューの 紀平 も PCS が急伸しており,「シニアデビュー選手が PCS を急伸して追い抜く」という点で類似しているのだ。1年前は追い抜く立場だった ザギトワ が,今度は追い抜かれる立場に立たされたわけだ。1年前の ザギトワ は,ヨーロッパ選手権の勢いそのままに,平昌五輪の金メダルを手にした。追い抜く者のエネルギーの強さを自ら体感した彼女が,追い抜かれた立場で今シーズンのこれからをどう巻き返していくのか,注目していきたい。

 ここまで ザギトワ 目線だったので,紀平 の目線で見ていこう。GPF という注目度の高い大会で,SP 82 点,FS 150 点で優勝を手にするという,最高の結果だったと思う。私はつい前回の記事で「FS 160 点もあるかも」などと煽ってしまったが,内心ではまず不可能だなと思っていた。ところが,GPF の 紀平 のFSのスコアは,失敗した 3A がもし成功していたら本当に 160 点に到達していたという内容だったので,本当に驚いた。160 点の可能性が十分に感じられる 150 点であり 紀平 陣営はかなり満足していると思う。

 ジャンプを1つミスしても 150 点とは,恐ろしいスコアである。しかもそのミスは,小ミスではなく大ミスだった。冒頭の 3A は不完全で,半回転以上回転が足りなかった。基礎点が減点される「回転不足」は,回転が90度(1/4回転)以上180度(半回転)未満の範囲で不足することを指すが,半回転以上回転が足りないと「ダウングレード」という判定になり,基礎点が 2A の点数しか得られない。しかも着氷の仕方も悪かったため GOE が最低評価になってしまい,ダウングレード & GOE 最低という,回転不足で転倒するよりも大きな減点になってしまった。これだけで,単独の 3A と比べ8点以上点数を落とすことになった。もっと正確に言えば,最初のジャンプは 3A+3T の予定だったので,12点ほど点数を落としたことになるのである。

 ミスの仕方が悪かったことから,普通ならかなり精神的なダメージを受けるところだが,ニュースでも報じられたように,ここから 紀平 が驚異的な修正対応力を発揮していく。次の 3A は,直前に失敗したのだからただ飛ぶだけでも尋常でない緊張感に襲われるはず。しかもこの 3A は「連続ジャンプにしたい」ではなく「連続ジャンプにしなければならない」ジャンプだった。もし単独ジャンプにしてしまうと「同じ種類の単独ジャンプは1回まで」というルールにより基礎点が 0.7 倍に減点され,それに伴って GOE 加点も小さくなってしまうからである。

 紀平 は 3A を飛び着氷したが,完璧な着氷ではなかったため,セカンドジャンプが予定の +3T ではなく +2T になった。テレビ中継を観た印象では,+3T を付けようと考えていたものの,身体が反射的に +2T を選んだように見えた。+3T を付けてリカバーしたいという気持ちが強すぎると,思考と動作がかみ合わずに失敗したり回転が抜けたりするものだが,ここで冷静に +2T を付けられるのが 紀平 の身体能力のすごさなのだ。このジャンプを失敗すれば優勝を逃していたので,このジャンプによって彼女自身,これでまだ勝負ができると思ったことだろう。

 次のハイライトが,ステップの後に飛ぶ演技時間後半最初の 3Lz からの連続ジャンプだった。セカンドジャンプの予定は +2T だったが,3A に +2T を付けたことから,ここは +3T にしなければならなかった。もしここも +2T にしてしまうと「同じ種類のジャンプは2本まで」というルールがあるので,後で飛ぶ3連続ジャンプのセカンドジャンプを3回転(3→3→2回転の3連続ジャンプ)にするリカバーが必要になるが,演技終盤の3連続ジャンプのセカンド3回転は,紀平 と言えどもリスクが高すぎる。この場面,3Lz+3T を絶対に成功させる必要があったのである。

 女子では苦手な選手も多い 3Lz を,比較的短い助走から重心を外側にかける正しい飛び方で踏み切り,幅のあるジャンプで綺麗に着氷。そのまま続けて高さのある +3T を飛び,着氷後もスーッと軌跡が伸びていった。これぞ 3A の次に難しい 3Lz も得意とする 紀平 の真骨頂。後半最初の 3Lz+3T が鮮やかに決まり,観客の拍手がひときわ大きくなったように感じた。この連続ジャンプの成功で,紀平 は優勝の目が出てきたと思っただろう。その後,点数が 1.1 倍になる3回のジャンプをきっちり決めたのも,紀平 のスタミナと,チャンスをつかむメンタルの強さの表れだった。ジュニアの頃は大崩れも珍しくなかったことを思うと,メンタルの急成長が今回の快挙を生んだ大きな要因だろう。

 演技が終わっても,紀平 には優勝の確信はなかったはずだ。SPの貯金を使ってギリギリで勝てるかどうか…そんな気持ちだったことだろう。ところが,発表された点数は 150 点台。FSでも ザギトワ を上回ったことは,望外の喜びだったと思う。FSでも決め手になったのは PCS。70 点(5項目平均 8.75)に届けば…という私の予想を超え,いきなり 72 点台に乗せた。72 点は PCS の評価項目5項目平均9点であり,スケーティングや表現力などの総合力が超一流であることを示すものだ。この点数は ザギトワ とほぼ同じ点数であり,SPとFSの両方で 紀平 の PCS が ザギトワ に肩を並べたことになった。

 PCS は客観的評価が難しく,実は審判も探り探り採点しているのではないだろうか。過去に記録した PCS が審判の頭にあり,進歩が感じられると PCS が上がっていくのだと思う。だから,同じ選手の PCS が試合によってコロコロ変わることはなく,一度高い PCS が出ると,短期間で急激に低下することはないと思われる。GPF で PCS を引き上げた 紀平 は,今後は悪くても5項目平均 8.75(SP 35 点,FS 70 点),良い演技なら9点(SP 36 点,FS 72 点)以上をコンスタントに記録していくと思う。

 この PCS の急伸こそ,一流選手が一堂に会する GPF に出場した 紀平 にとっての最大の収穫だ。今季,SPは5項目平均8点そこそこ,FSでも 8.5 点には届いていなかったレベルから,GPF で 8.8~9点に引き上がったのは,他の選手と同時に観た審判が 紀平 をトップレベルと認めざるを得なかったからだと思う。シニアデビューシーズンの GPF で(5項目平均)9点に乗せたのは,2015年の メドベージェワ 以来であり,紀平 が同等の評価を得たことはものすごいことだと感じる。ご存じのとおり,メドベージェワ はそこから一気に世界女王へと上り詰め,世界選手権2連覇,3年間全試合2位以内という驚異的な戦績を修めた。ということは,紀平 に世界女王や五輪でのメダル争いを今から期待することは,早すぎることではなくむしろ当然のことだと思うのだ。

 基礎点が最強でありながら GOE も高く PCS もトップクラスに到達。SP出遅れから逆転する爆発力(日本大会),3A を封印しても勝ち切れる総合力(フランス大会),極限での対応力と勝負度胸(GPF)。これだけの様々なドラマを生み出し,なおかつ勝ち運も持っているシニアデビュー選手。世界のフィギュアスケート関係者が驚嘆・絶賛し,ロシアのスケート界やメディアに脅威を与える選手。これが 紀平梨花 なのである。

 彼女は今,女子シングルに立ちはだかっていた重い扉を開け放った。五輪金メダリストで見ると,バンクーバー五輪 キム・ヨナ(韓国) 228 点から平昌五輪 ザギトワ 239 点まで,8年間でスコアは11点しか伸びていない。3A を飛ぶ選手は少なく,3→3回転の連続ジャンプが得点源という時代が長く続き,その間,スコアの飛躍的な上昇はなく,GOE や PCS を高めることが主な戦略だった。3A と 3→3回転連続ジャンプの両方を高い完成度で使いこなす 紀平 がその重い扉を開け,男子で起こったような技術開発やスコアの上昇が本格化しそうだ。紀平 の活躍が刺激となり,多くの女子選手が 3A や4回転ジャンプへの挑戦に踏み出している。紀平 自身も4回転の挑戦を明言し,他の選手が追いつく前にさらなる高みをめざそうとしている。北京五輪に向けて,女子シングルが競技の面で活性化することは間違いなく,紀平 はその象徴的な存在になるだろう。

 さて,今週末は全日本選手権である。日本大会(NHK杯)から始まった1ヶ月半にわたる 紀平 の快進撃の第一幕が,いよいよクライマックスを迎える。日本大会 → フランス大会 → GPF → 全日本 が同じ隔週の間隔で続き,良いリズムができているのではないかと思う。GPF を制覇した自信はとてつもなく大きく,周囲の注目度といったマイナス面などあっさり跳ね除けるだろう。昨年,紀平 は五輪代表選考の張り詰めた空気の中,全日本3位となり表彰台に上がっており,全日本独特の緊張感も経験済みだ。むしろ,シニアデビューの選手には負けられないと,他の選手たちの方がプレッシャーを感じているのではないか。トップスケーターへの階段を駆け上ってきた 紀平 が,デビュー4連勝でトップスケーターの頂に上り詰める可能性が極めて高い

 国内大会なので公式記録にはならないが,GPF でお預けとなったトータル 240 点という新歴代最高得点への期待もかかる。しかし,そこまで高望みするのではなく,そのスコアは世界選手権まで取っておくことにして,まずは練習チームの先輩である 宮原知子 が完璧な演技を披露し,2人で優勝争いを演じて「日本女子Wエースの誕生」…これが最高のシナリオだと私は思う。 (選手敬称略)