SakamotoKaori2018JapanChamp フィギュアスケート全日本選手権2018。女子シングルは 坂本花織 選手が初優勝を修めました。新進気鋭の 紀平梨花 選手や,5連覇をめざした 宮原知子 選手を抑え,見事な優勝でした。坂本 選手推しである私も,この2選手を抑えて優勝できるとは正直なところ思っていませんでした。こういう状況でこそ,応援する選手を事前にきちんと話題に上げるべきであり,それができなかった自分をとても恥じております。

 SP(Short Program,ショートプログラム)が 75 点台,FS(Free Skating,フリースケーティング)が 150 点超えは,国内外の試合を通じて初。トータルも初の 220 点超えで一気に 228 点台にまで到達しました。国内大会なのでスコアが甘めに出ることを考慮しても,今回のレベルの演技ならば国際試合でも 220 点を超えるでしょう。これは世界選手権で優勝争いができるレベルです。

 全日本選手権の2週間前に開催されたグランプリファイナルの演技からは,ここまでの飛躍を予想できませんでした。グランプリファイナルでは少しミスがありながら,SP 70 点,FS 141 点と悪くないスコアが出ていたので,全て揃えば 217~8 点はあるかなと思っていました。それが 228 点まで伸びたのですから,得点発表の瞬間,坂本 選手が驚いたのも無理からぬことです。これは,単に全部の要素が成功しただけではなく,演技全体の完成度が一気に上がったからだと考えてよいでしょう。

 今回の全日本選手権の PCS (Program Component Score,演技構成点)は,近年では珍しくやや盛られた印象がありますが,それでも 坂本 選手のFSの PCS 73.25 (5項目平均 9.15)は,演技の印象に対して妥当なスコアだと感じました。グランプリファイナルのFSでは 68.00 (5項目平均 8.50)でしたから,この上積みは見事です。この2週間の間に,振付師 ブノワ・リショー 氏の指導も受け,今シーズン蓄積してきた技術が全日本選手権の場で花開いたのかなと思います。思えば昨シーズン,坂本 選手はグランプリシリーズ最終戦のアメリカ大会で,それまで出せなかったトータル 200 点超えをクリアして一気に 210 点に乗せました。坂本 選手がレベルアップするときは,何試合か実践した後で,ここぞというときに全てがかみ合ってスコアが急伸するのかもしれません。

 今季の 坂本 選手のFSのプログラムである「ピアノレッスン」が,私にはピンときていませんでした。表現したいことが見えてこなかった感じがあったのです。しかし,全日本選手権のFSは,前半の静から後半の動への流れや,音楽との調和が素晴らしく,やや難解にも思える リショー 氏の振付が,ダイナミックさと繊細さを併せ持つ 坂本 選手ならではの表現になっていたのです。坂本 選手は,昨季FSの「アメリ」もそうですが,少し抽象的なテーマでもしっかりと世界観を表現できるところに,稀有な魅力があると思います。

 芸術性を高めたことが PCS 急伸の一因ではあると思うのですが,全日本選手権の 坂本 選手に関しては,ジャンプ・スピン・ステップといった各要素がどれも高いレベルで実施されたことによって,各要素が演技に溶け込み演技全体の完成度が上がったことが芸術性にもつながったのではないか,と私は感じました。元々安定しているジャンプに加え,スピンやステップが,グランプリファイナルのときから格段に質が上がりました。全日本に向けてこれらの細部の仕上がりにこだわった結果だったと思います。

 坂本 選手のジャンプは,今までの日本女子選手には少ない,幅も高さもあるダイナミックさが特徴で,回転不足の不安が全くないことも強みです。Lz (ルッツジャンプ)のエッジ問題(=うまくエッジを体の外側に倒せない)を抱えていますが,グランプリファイナルや全日本選手権ではエッジ違反はありませんでした。ただ Lz は苦手でも,F (フリップジャンプ)はとても安定していて,SPとFSで飛ぶ計3本の 3F (トリプルフリップ)は全て連続ジャンプにして,Lz の苦手分を十分に補っています。SPでは 3Lz を入れずに 3Lo (トリプルループ)を入れていますが,この 3Lo がすごいのです。小刻みの連続ターンの後すぐに飛び,着氷がスーッと伸びた後すぐに次の振付に入るのです。FSでは 3Lo を一番最後のジャンプとして飛ぶのですが,コレオグラフィックシークエンスの一部であるかのように流れの中でパッと飛ぶので,一連の動作がとても美しいのです。3Lo は全日本のSP・FS共に,全審判から GOE (Grade Of Execution,出来ばえ評価)3~5の評価をもらい,他の選手にはない得点源となっています。

 A (アクセルジャンプ)が得意なことも 坂本 選手の大きな武器です。FSでは 2A+3T+2T という3連続ジャンプを,点数が 1.1 倍になる演技時間後半に入れています。また 2A の単独ジャンプは,難しい入り,回転途中で体を開く余裕,着氷後の軌跡の伸びと GOE を上げる要因が詰め込まれています。おそらく(勝手な私の予想ですが)来季には 3A を入れてくるのではないかと思います。3A が成功すればSPでは 80 点超え,FSでは 155 点超えが狙えますので,世界トップレベルのジャンプ構成が実現します。3A を加えると他のジャンプが崩れてしまう選手もいるのですが,坂本 選手は今の 2A の延長で 3A が飛べると思いますので,その心配は要らないと思います。3A を入れた 坂本 選手の演技が本当に楽しみです。

 今回の全日本選手権の 坂本 選手は,スピンの質がとても高くなり驚きました。軸がぶれず高速で安定した回転になっていて,宮原 選手のスピンと比べても遜色ないと思うような出来でした。それは採点にもはっきり現れていて,グランプリファイナルで得たスピンの GOE 加点はSP+FS合計で 5.14 点だったのに対し,全日本では 6.89 点もの加点を獲得しました。さらに言えば,GOE 加点よりも PCS への効果の方が大きかったでしょう。ジャンプが良くてもスピンが今一つだと,演技全体の印象が高まらず,PCS が上がらない場合がありますが,全日本の 坂本 選手はスピンも素晴らしかったことで全体のまとまりが感じられ,それが PCS の上昇を生み出したと考えられます。

 坂本 選手の全日本優勝の要因は,上述してきたジャンプの安定感スピンの質の向上演技全体の完成度と芸術性の向上に加え,他の有力選手にミスが出た中で高いレベルのノーミスを達成し,最終滑走だったこともあって審判が高いスコアを出したものと考えます。ミスのない選手が優勝することは,今シーズンから改定された採点の趣旨にも合致するもので,もし 紀平 選手や 宮原 選手がノーミスなら彼らの方が上位に到達していましたので,その点を考えても実に絶妙なスコアになったと言える結果でした。

 坂本 選手は五輪シーズンの昨季,シニアデビューで五輪代表の座をつかみ五輪で6位入賞を果たしましたが,それがまぐれだとは思われたくなかったでしょう。今季は,グランプリシリーズ2戦表彰台グランプリファイナル出場(4位)ときっちり実績を積み上げ,ついに全日本女王となり初めての世界選手権代表になりました。昨季は五輪代表なのに世界選手権の代表にはなれませんでした。選手の負担軽減と選手出場枠(2枠)の関係で,樋口新葉 選手が世界選手権に出場し銀メダルを獲得しました。五輪6位もすごいことですが,坂本 選手は世界選手権でのメダル獲得を熱望していることでしょう。そのチャンスを,紀平・宮原 両選手という強敵を破り,自力でものにしたことは大いなる自信になったと思います。

 全日本選手権で自信を得た 坂本花織 選手,グランプリファイナル優勝で自信を得た 紀平梨花 選手,実力・実績十分の 宮原知子 選手の3選手は,歴代で見ても女子シングル最強の布陣と言っていいでしょう。3月の世界選手権は日本開催であり地の利もあります。ロシア勢が盤石とは言えない今季ですから,2007年の 安藤美姫・浅田真央 以来の日本選手1-2フィニッシュ,さらには表彰台独占という偉業の可能性すら出てきました。今シーズン後半の大会も非常に楽しみです。