フィギュアスケートの世界選手権の開催が近づいてきました。そこで,出場選手がどんなジャンプを選んでいるのかを見ていこうということで,前回は女子シングル日本選手のFS(Free Skating,フリースケーティング)のジャンプ構成を紹介しましたが,今回は優勝争いの相手となるロシア選手のFSのジャンプ構成を見ていきましょう。

 まずは,平昌五輪女王 ザギトワ 選手です。

figureSkateScoreZagitova

 表の見方は前回の記事を参照してください。ザギトワ 選手の11本のジャンプは,平昌五輪のときと同じです。五輪のときは,全てのジャンプを演技時間後半に入れ7回のジャンプの基礎点を全て1.1倍にするという荒業でスコアを最大化しましたが,今シーズンのスコアルールの改定により,点数が1.1倍になるボーナスタイムは演技時間後半のうち最後の3回だけに制限されました。それでも,ザギトワ 選手のスコアを高める戦略は相変わらずで,連続ジャンプ2回と(単独ジャンプでは最も基礎点が高い) 3F をボーナスタイムに持ってきています。連続ジャンプを3回全て持ってきたかったと思いますが,それだと前半に単独ジャンプが続き退屈なので,前半に 3Lz+3T を入れてメリハリを付けたと考えられます。

 3Lz と 3F が2本ずつというのは ザギトワ 選手のジャンプ能力の高さを示しています。当ブログでたびたび話題にしていますが,女子選手は Lz と F の飛び分けに苦労する選手が多く,一方は得意でも他方は苦手という選手が多いのです。そういう選手は,得意な方を2本入れ,苦手な方は1本しか入れないのが通例です。ですから,3Lz と 3F を2本ずつ入れるのはなかなかできないことですし,3Lz と 3F は他のジャンプより基礎点が高いので,スコア戦略の面でもとても有効です。

 しかしながら 3Lz と 3F を2本ずつ入れただけでは,意外とスコアが伸びないのです。「3回転以上のジャンプで2本入れられるのは2種類まで」というルールがあるので,他の3回転ジャンプ(3Lo,3S,3T)が1本ずつしか入れられません。これだと2回ある2連続ジャンプを両方 +3T にすることができないので,2連続ジャンプの一方を +2T にせざるを得なくなります。+2T を使うくらいなら,3Lz か 3F を1本に減らして,+3T を2本入れた方がスコアが高くなるのです。そこで ザギトワ 選手は,3Lo を第1ジャンプではなく第2ジャンプに使う,つまり +3Lo を入れています。+3Lo は,単に +3T より点数が高いというだけではなく,3Lz と 3F を2本ずつ入れるメリットを生かすためでもあるのです。

 しかし,第2ジャンプを +3Lo にするのは非常に難易度が高いです。+3T は第1ジャンプを右脚(リバースジャンパーは左脚)で着氷した後,空中にある左脚(リバースジャンパーは右脚)のトウ(つま先)で氷を蹴って第2ジャンプを飛ぶので,ジャンプの推進力が得られます。一方,+3Lo は第1ジャンプを着氷した右脚エッジ(刃)で氷を蹴って第2ジャンプを飛ぶので,+3T より推進力が落ちます。なので,+3T よりも第1ジャンプをクリーンに着氷しないと +3Lo が失敗したり回転不足になる可能性が高いのです。その割に +3Lo は +3T より 0.7 点高いだけなので,そこまでリスクを負って +3Lo を入れる選手がほとんどいないのです。以前は 浅田真央 さん(ソチ五輪で 3F+3Lo)以外プログラムに入れる選手はいませんでしたが,最近は ザギトワ 選手のほかにも,テネル 選手(米)や何人かのジュニアの選手が取り入れています。

 3Lz と 3F の各2本投入,+3Lo の採用,この2つを同時に実行する ザギトワ 選手のジャンプ能力は極めて高く,3A を飛ばないという条件下で最高のスコアになるジャンプ構成を実現しています。あえて私見として難点を挙げるならば,平昌五輪では 2A+3T だった連続ジャンプを,今シーズンは 3Lz+3T にしていることです。これだと,3Lz は2本とも連続ジャンプ,2A は2本とも単独ジャンプなので,3Lz の依存度が高く,やや偏った構成になっているので,平昌五輪のジャンプ構成の方が,バランスが取れていて良かったなぁと感じます。とはいえ,今回の構成も超ハイレベルであり,世界選手権では完璧な演技を観たいと願っています。

 続いては,ヨーロッパ女王に輝いた サモドゥロワ 選手です。

figureSkateScoreSamodurova

 3F と 2A の依存度が高いという点で,坂本花織 選手と類似したジャンプ構成になっていますが,2A2本とも連続ジャンプで,しかも両方ともボーナスタイムに入れている点で,2A をより重視した構成です。連続ジャンプは3回転に付けようが 2A に付けようが基礎点は同じなので,ジャンプの難度を下げてもスコアは稼げるというなかなか巧みな戦略です。ただ,アクセルジャンプは男女を問わずさほど得意ではない選手が多く,しかも 2A+3T は第2ジャンプの方が回転数が多いというなかなか手ごわい連続ジャンプなので,2A を2本ともボーナスタイムの連続ジャンプにするには,2A に絶対の自信が必要です。サモドゥロワ 選手はアクセルジャンプが得意だということがよくわかりますね。

 最後は,滑り込みで世界選手権の出場を果たした メドベージェワ 選手です。

figureSkateScoreMedvedeva

 このジャンプ構成は,昨年末のロシア選手権で実施されたものですが,それ以前の大会とはジャンプ構成が異なっているので,世界選手権でもこれとは異なる構成になる可能性はありそうです。一見 +3Lo が目を引きますが,ジャンプの種類は平昌五輪とほとんど変わっておらず,2本あった +3T の1本が +3Lo に変わっただけです。

 メドベージェワ 選手も Lz が苦手なので,3F を2本にしています。連続ジャンプが 3F+2T+2T なんですが,+2T+2Lo が通例のところ,それより基礎点が 0.4 点低い +2T+2T を入れています。3S+3Lo は今シーズンのチャレンジですが,第1ジャンプは比較的飛びやすい 3S を使っています。ボーナスタイムは 2A+3T, 3F, 2A の3回ですが,2A が2本,2連続ジャンプ1回,3連続ジャンプなしという堅実な選択です。これらからわかることは,メドベージェワ 選手のジャンプは基礎点の高さに頼らず,全てのジャンプを確実に飛んで GOE (Grade Of Execution,出来ばえ点)を高める戦略を採っているということです。

 メドベージェワ 選手は,ジャンプを含む全ての要素を完璧に実施し,ミスがほとんどない印象がありますが,ジャンプが大得意というわけではなく,基礎点がさほど高くないジャンプの完成度を上げることを突き詰めた結果,ミスがないだけでなくジャンプが演技の中に溶け込み,GOE に加えて PCS (Program Component Score,演技構成点)も上がったことで,平昌五輪までは驚異的なスコアを出し続けてきました。今シーズンから指導する ブライアン・オーサー コーチは,このままの基礎点では今後は戦えないと考え,基礎点の高いジャンプを飛べるように,一からジャンプを見直しているのではないか,と私は推察しています。世界選手権は,その途上の姿を観ることになると思いますが,+3Lo 以外のチャレンジがあるかどうかも含めて,新たな理想をめざす メドベージェワ 選手に注目しましょう。

 ロシア 選手もジャンプに関しては三者三様で個性が表れています。開催国として地の利を生かす日本勢に対して,ロシア 選手がどこまで壁として立ちはだかるか。世界選手権は史上まれに見るハイレベルな大会になりそうです。