女子シングル。わずかな綻びがあったとはいえ良い内容でSP(Short Program,ショートプログラム)をまとめた 紀平梨花 だったが,驚異の85点台をたたき出した コストルナヤ (ロシア)に6点差をつけられ,内心穏やかではなかったはずだ。目の前の勝負だけを考えるなら,FS(Free Skating,フリースケーティング)での4回転ジャンプ投入を焦るところだが,マスコミには4回転あるぞとリップサービスをしつつも,紀平 陣営は冷静だった。4回転を入れずに,しかし GPF(グランプリファイナル)に向けた宣戦布告をFSで仕掛けてきた。FSのジャンプ構成を見てみよう。

【紀平梨花 NHK杯 FS】 3S 3A+2T 3F 3A / 3F+3T 2A+2T+2Lo 3Lo

《凡例》 A:アクセル,Lz:ルッツ,F:フリップ,Lo:ループ,S:サルコウ,T:トウループ,Eu:オイラー
     /:ここから右はボーナスタイム(基礎点 1.1 倍)

 今までは,3A を最初の2つのジャンプに入れていた。高難度のジャンプを最初に飛ぶのは当然の選択だ。しかし,NHK杯FSのジャンプは,最初に 3S から入る上述の構成を試し,2つの 3A を完成度高く決めて見せた。 3A に関する以下の記録は,女子では史上初である。

  • 最初の 3A が2回目のジャンプ
  • 3A を4回目のジャンプで飛ぶ
  • 2本の 3A の間に別のジャンプが入る

 最初の 3S は当然,将来入れる 4S への布石だ。4S → 3A+2T → 3A だと飛ぶ方も体力が要るし,プログラム全体で見ると頭でっかち過ぎる。そこで,3つめのジャンプでワンクッション置き,4つめに 3A を入れたと考えられる。これで前半の4つのジャンプはとてもきらびやかなものになる。

 4S を解禁し,さらにケガの影響で控えていた Lz (ルッツ)が戻ると,以下のようなジャンプ構成が予想できる。

【紀平梨花 FS 将来予想】 4S 3A+2T 3Lz 3A / 3Lz+3T 3F+1Eu+3S 3Lo

 鳥肌が立つ素晴らしいジャンプ構成だ。4回転と 3A の同時成功はもちろん女子史上初の快挙になる。4S 投入によって余った 3S は3連続ジャンプに使うことができるので,3連続ジャンプの基礎点も上がる。また,Lz と F を両方難なく飛び分けられる 紀平 だからこそ,Lz を2本使いつつ,3連続ジャンプを F に付けることができる。

KihiraRikaJumpCompare2019

 NHK杯では,4S も 3Lz も飛ばない構成で,伸びしろも残しながらFSで 150 点を超えてみせた。上述の将来構成はNHK杯よりも基礎点が10点高い。そして,この重厚なジャンプ構成が成功すれば PCS(Program Component Score,演技構成点)もさらに引き上がるだろう。ロシアのシニアデビュー3人娘(コストルナヤ,シェルバコワ,トゥルソワ)と十分戦える状況になるのだ。このような将来への可能性を示せたという点において,NHK杯はたいへん価値ある2位と考えていいだろう。

 2週間後の GPF で上述のジャンプ構成が披露されるかどうかは未知数だが,焦りは禁物だ。GPF は,その構成に着々と近づく姿を見せて,ロシア勢にプレッシャーを与えられれば,既に GPF 女王の称号を得ている 紀平 が順位にこだわる必要は無い。紀平 陣営の真のターゲット,それは3月の世界選手権なのだから。

 とはいえ,コストルナヤ の完成度の高さが現実の脅威であることは間違いない。3A をSP,FS計3本入れ,ジャンプ構成でも 紀平 と真っ向勝負を挑んでいる。PCS も,シニアデビューながら既に 紀平 とほぼ互角のスコアを得ている。3A は高さと回転姿勢が素晴らしく,紀平 と同等かそれ以上の完成度がある。今季の コストルナヤ は,昨季までの綺麗さに力強さが加わった印象があり,その体力や筋力が,3A の安定と細部まで行き届いた表現を生んでいるように感じられる。4回転ジャンプを武器とする トゥルソワ や シェルバコワ ほどの活躍は難しいのではないかという私の予想は外れ,ジャンプの安定度と PCS の高評価から考えると,コストルナヤGPF 優勝の筆頭候補と言うべき存在になった。NHK杯では,FSの伸びしろを残しながらもトータル 240 点を記録しており,GPF で PCS の上乗せができればトータル 245 点に届く可能性がある。

 GPF の女子シングルは,紀平梨花,ロシア3人娘(コストルナヤシェルバコワトゥルソワ),ザギトワ (ロシア),テネル (米)が競演する。230 点でも表彰台を逃す可能性があるという,極めてハイレベルな大会になる。この6選手を一度に観られる2週間後が今から待ち遠しい。

 男子シングル。SPがほぼ完璧だった 羽生結弦 に歴代最高得点の期待がかかったが,その達成は GPF までお預けとなった。FS後半最初のジャンプである 4T+1Eu+3F は 羽生 といえども難易度が非常に高い。後半の4回転,4回転からの3連続,今季から取り入れたサードフリップ(=3連続ジャンプの3本目が 3S ではなく 3F)という3つのハードルが重なるからだ。かなり質の良い 4T が必要なことから,ジャンプの入りに慎重になってしまったのかもしれない。これが 2T になってしまったことでスコアは伸びなかったが,その後の 4T+3T3A+1Eu+3Sリカバー羽生 の冷静さと好調さを示すものだった。4回転からの連続ジャンプと 3A からの3連続ジャンプ,これらを最後の2つとして成功させるなど並大抵のことではなく,それだけ心技体が充実していた証だと思う。

 実は,グランプリシリーズを2連勝し負傷も無いのは 羽生 史上初めてのことだ。2戦連続 300 点超えも初。今までで最高のシーズン前半を送っていると言えるのだ。今シーズンこそ,世界選手権までケガ無く活躍してほしいと切に願っている。

 GPF では,宇野昌磨 との対戦が叶わなかったのは寂しいが,ネイサン・チェン (米)との対戦が実現する。グランプリシリーズのスコアだけを見れば 羽生 が優勢に見えるが,グランプリシリーズの チェン は明らかに本気を出しておらず,ファイナルに向けて万全の調整をしてくるだろう。NHK杯から中1週しかない 羽生 は日程面ではハンデを負うが,NHK杯 → GPF → 全日本 と2週間おきに大会があるこのサイクルに日本選手は慣れているし,羽生 はこのサイクルの中で何度も GPF を制してきたので,全く問題ないだろう。羽生 の3年ぶり5度目の制覇か,チェン の3連覇か,2人の頂上対決が今からとても楽しみだ。