マイクを持てば酔っぱらい

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2015/12

グランプリファイナル2015:総評その2

総評その1から続く)

メドベージェワ (RUS),シニアデビューシーズンに完全勝利も,本番はこれから

 女子シングルを優勝した メドベージェワ 選手。緊張から若干のミスが出て僅差で表彰台に届かず,という私の予想はあっさり覆され,ファイナルでも堂々とした演技で合計220点超えという驚異的な得点。そういえば,メドベージェワ 選手も 宇野 選手と同じく,昨年のジュニアファイナルで今年の会場を経験済み,という点を忘れていました。ジャンプの確実性が高いだけでなく,手上げジャンプにするなど工夫が見られ,全体の芸術性もシニアデビューとは思えない完成度で,2013-14シーズンの リプニツカヤ 選手(RUS)を彷彿とさせる抒情性も持ち合わせ,優勝は納得。ただ,演技構成点(PCS: Program Component Score)が 宮原 選手よりはるかに高いのはどうなのかな?と思うところもあります。PCS は若い人にはあまり高くしないのがこれまでの通例でしたが,今年のジャッジは,若くても質の高い演技には惜しみなく点数を出そうという雰囲気をなんとなく感じます。メドベージェワ 選手もそうですし,宇野 選手も PCS の評価がグランプリファイナルで高くなりました。

 メドベージェワ 選手はシニアデビューシーズンなので,シーズン前半のグランプリシリーズからアピールしたいという思いがあったでしょうし,それが良い成績にもつながりました。ただ,シーズンの本当の勝負はこれからです。ロシア勢は今後,ロシア選手権 → ヨーロッパ選手権 → 世界選手権 とビッグマッチが続いていきます。選手は皆ここに照準を合わせてきますし,グランプリシリーズの疲れも出てくる可能性がありますので,このまま好成績が続くかどうかは予断を許しません。シニア1年目に簡単に勝たせるわけにはいかないと,先輩スケーターが手ぐすねを引いて待っていると思います。それでも,昨シーズンは,トゥクタミシェワ 選手や ラジオノワ 選手(共にRUS)がグランプリファイナルから世界選手権までずっと表彰台に乗り続けたという事実がありますし,逆にシニアデビューなので怖いもの知らずの勢いでずっと勝ち続ける可能性も大いにあります。いずれにせよ,今シーズンは メドベージェワ 選手が話題の中心になることは間違いないでしょう。

ラジオノワ (RUS),ロシア選手権から逆襲だ

 今シーズンは様々な不安要因があったようなので,それを考えれば合計200点超えで表彰台(それも2年連続)という結果は,勝負強さの表れといえると思います。SP,FS 共に,髙橋大輔 選手や 安藤美姫 選手のコーチだったことで知られるモロゾフ氏(RUS)の振り付けによって,全体を通して表現しようという意欲が伝わってくる演技でした。たた,思いのほか PCS が上がってこないのが(個人的には不当に低い評価だと感じますが)気になります。ラジオノワ 選手はエネルギッシュさが他の選手と段違いなので,今回のオーソドックスなプログラムだと,表現しようと気負いすぎているというか,動きが全体になじんでこない,という印象を持たれているのかもしれません。ただ,ラジオノワ 選手はとても器用な面もあるので,滑りこんでいくと全体として調和がとれた表現になってくるという期待も持てます。

 今シーズンは ラジオノワ 選手のシーズンになると私は思っているのですが,シーズン前半は後輩の メドベージェワ 選手に主役を奪われました。ただ,ラジオノワ 選手は昨シーズン,シニアでの1年間を経験しており,今後来る勝負どころを心得ていると思います。ロシア選手権の女子シングルは,ラジオノワメドベージェワ の他に,トリプルアクセルジャンプを飛び貫録オーラが凄い トゥクタミシェワ,2年前の生観戦の印象が強く個人的に復活を切望する リプニツカヤ,グランプリシリーズ不調も潜在能力は高い ポゴリラヤ,五輪女王で今シーズン復帰した ソトニコワ,と思いつくだけでも6選手いるというとんでもない大激戦。それでも,初のロシア選手権とヨーロッパ選手権の優勝に向けて,ラジオノワ 選手が輝きを放つときが来ると思います。

浅田真央,復帰シーズンで194点は見事,自分を追い込みすぎるな

 グランプリファイナルで最下位(6位)に沈んだことで,今までの復帰歓迎ムードから一転「やはり復帰は厳しかったか」「引退への序章か」という論調が出てきていますが,こういうマスコミには閉口してしまいますね。1年間の休養からの復帰シーズンに,ファイナルに出るだけでも十分凄いことで,合計194点というのは2年前なら優勝している点数(下記注)なのです。浅田 選手が休養している間に,女子のレベルが急速に上がったわけで,浅田 選手を悪く言うのは全く的外れです。

(注) 2年前=2013年のグランプリファイナルは福岡で開催(私は生観戦しました)。このとき 浅田 選手が204点で優勝。2位は リプニツカヤ 選手(RUS) で192点。

 今シーズン,SP は最高難度の構成,FS はソチ五輪と同じ8トリプル(3回転ジャンプを8回入れること)に挑んでいますが,復帰のシーズンでいきなり挑戦すること自体,無理があるという声は当初からありました。しかし,最初からこのプログラムを据えた上で,平昌五輪まで3年をかけて仕上げていくという計画で臨むべきでしょうし,そうであるならば今シーズンは焦る必要はありません。世界選手権に出場するために,全日本選手権では FS で技の難度を落とすのではないかという推測も出始めています。落とすとなると,冒頭のトリプルアクセルジャンプ(3A)をダブルアクセルにするか,その次のフリップ→ループの3回転連続ジャンプ(3F+3Lo)のセカンドジャンプをダブルにする(3F+2Lo)かだと思いますが,私はこの選択はすべきでないと考えます。こうするならシーズン最初からこの構成で臨むべきですし,浅田 選手本人が難度を落としたプログラム構成で心から納得するとは思えないからです。

 浅田 選手の SP は,3A → 3F+3Lo → 3Lz(トリプルルッツジャンプ)と高難度ジャンプが続く構成で,FS の前半も同じ流れです。今シーズン,この3つが揃って成功したことはまだありませんが,個々のジャンプについては今シーズンのどこかでは成功しています。3F+3Lo はセカンドジャンプが回転不足になりがちなのですが,回転不足なしで成功したこともあります。3Lz は 浅田 選手が今まで苦手にしていたジャンプで,エッジエラー(Lz は軸足に関して体の外側に体重をかけるのが正しいが,体の内側や中心に体重をかけてしまうこと)をとられがちなのですが,グランプリファイナルの FS ではエッジエラーなしで成功させています。滑り慣れてきて,大会でのコンディションが整えば,これらのジャンプが揃って成功する可能性はそれほど低いものではないと思います。逆に言うと,技の難度を落としてしまうと,これらのジャンプが揃って成功する機会を自ら失うことになるのです。

 今シーズンの世界選手権に出場したい思いは強いでしょうし,周囲の期待も感じていると思います。しかし,そのために技の難度を落とすことを,周囲が望んでいるとは思えませんし,もとより本人が一番それを嫌悪するはずです。浅田 選手がこの構成で演じたいと心から思っているのなら,周囲の期待や結果は気にせず,自分自身のスケートのためにこの構成を貫いてほしいと思います。周囲の期待に応えようとする思いは,浅田 選手にとってスケートの原動力になっていると思いますが,それが強すぎると過剰なプレッシャーとなってしまうようです。今週末の全日本選手権では,復帰のシーズンと日本のファンの歓声をかみしめながら,自分のために演技してほしいと思います。そのような無欲無心で演じれば,きっと演技が安定して,得点も付いてくるのではないかと思います。

グランプリファイナル2015:総評その1

 世界選手権と並ぶフィギュアスケートの国際大会であるグランプリファイナルが幕を閉じました。予想どおり,ハイレベルで見ごたえのある大会になりました。羽生結弦 選手の偉業が目立ちますが,他の選手の活躍もすごかったので,お伝えいたします。

羽生結弦,ファイナル史上初の3連覇と歴代最高点更新で神の領域へ

 モチベーションを維持する条件は様々揃っていました。ファイナル3連覇,海外での最高レベルの実施(NHK杯は日本開催なので評価が割り引かれる),歴代最高得点達成後の実施(まぐれではないことを示したい),同門生 フェルナンデス 選手の母国であるスペインのスケート普及への貢献。点数はともかく「完璧な実施をしたい」という気持ちはとても強かったと思います。その気持ちに体と技術がついていったことで,ジャッジは「この大舞台で,最高得点を出したわずか2週間後でもこれだけの演技ができるのか」という敬意を抱き,ショートプログラム(SP: Short Program)とフリースケーティング(FS: Free Skating)の合計が 330 点台という点数に押し上げたのだと思います。

 羽生 選手は,NHK に続き,テレビ朝日を盛り上げることに貢献しました(笑)。年末の全日本選手権はフジテレビですが,同様の盛り上がりを生み出すことができるのか注目です。国内大会なので国際公式記録にはなりませんが,その分採点が国際大会より甘めだと言われているので,同じレベルの演技ができて,演技構成点5項目のうち3項目くらいで満点を出せば(笑),点数が333点くらいまで出る可能性は大いにあると思います。

宮原知子,FS 140点超えで超一流選手層の仲間入り

 全日本チャンピオン,世界選手権2位にも関わらず,なぜだか評価が低かった 宮原 選手ですが,NHK杯とファイナルの2大会を経て,(私が勝手に設定した)超一流ラインである,ショートプログラム(SP: Short Program) 70 点,フリースケーティング(FS: Free Skating) 140 点,合計 210 点を出せる選手として認められました。技術面では,回転不足が多発していた昨シーズンから一転,ファイナルではついに回転不足がなくなりました。ダブルアクセルからの連続ジャンプ(2A+3T)を演技時間後半に2本入れるという,ルールギリギリの線をつく戦略も,点数をもぎ取るんだという陣営のしたたかさを感じさせてくれます。

 そして表現面では,ロシア勢のような動きの躍動感は少ないですが,むしろ削ぎ落とされ洗練された動きが演技全体を貫いています。宮原 選手の演技を観ると,ロシア勢は正直なところ動き過ぎと感じるほどです。さらに,NHK杯の試合から,リンクでキラキラしたオーラを放つようになってきたと感じます。洗練された動きとオーラが絶妙なバランスでリンクを包み,それが上質な演技の印象を与え,演技構成点を伸ばしたのではないかと思います。今後,周囲の芸術性がどうなろうと,宮原 選手にはこの路線を貫いてもらいたいです。

宇野昌磨,FS 190点超えで超一流選手層の仲間入り

 今回のファイナルは昨年と同じ国・会場という珍しい状況でしたが,それが 宇野 選手に完全に味方しました。宇野 選手は昨年,このリンクでジュニアファイナルを優勝しているので,滑りやすいと感じていたはずです。大舞台で臆することなく,むしろやってやろうという気持ち全開の FS は,観ているこちらにひしひしと伝わってきました。今回は冒頭の4回転ジャンプをコンビネーションジャンプにできたので,後半の4回転ジャンプが単独でよいという状況になり,これを着氷したことで全ての技術要素をミスなく終えることができました。結果は,演技構成点が一気にレベルアップし,これまでの自己最高の176点台から一気に190点台を獲得しました。SP を完璧にして,もう少し GOE を伸ばせれば,パトリック・チャン 選手(CAN)でさえも及ばない,確固たる世界3番手になります。宇野 選手も 宮原 選手と同様に,一流選手のオーラを放つようになってきました。本人が目標にする 髙橋大輔 選手の後継者としての地位を,驚異的な成長で築きつつあると感じます。

ハビエル・フェルナンデス (ESP),羽生に続く FS 200点超え

 今シーズンの SP も FS も,フェルナンデス 選手の強さと軽やかさが高い次元で融合した,素晴らしいプログラムですが,母国の観客の声援を受けて今シーズン一番の完成度になりました。結果もついてきて,チャン 選手より先に FS 200点に到達しました。アップテンポなのに音楽との同調性が本当に見事で,200点は当然の結果だと思いますが,200点に到達してもさほど話題にならないというのは気の毒というかタイミングが悪かったです。もし フェルナンデス 選手が順位や点数にこだわるタイプだったら,今の状況は妙な雰囲気を生みかねませんが,彼はそういう面に固執せず,スケートを楽しむことに長けているので,羽生 選手にとっても刺激と明るさをもたらしてくれる素晴らしい同門生なのではないでしょうか。今回も200点という高得点を出しながら,羽生 選手の FS の採点発表時には「参りました」とひれ伏すポーズで会場をなごませていました。こういうことはなかなかできることではなく,フェルナンデス 選手の人間性に私はとても感動しました。200点に相応しい珠玉の出来だったので,世界選手権でさらに完成度が上がることを期待したいです。

総評その2に続く)

グランプリファイナル2015は超ハイレベル

 週末に開催されるグランプリファイナルは,10月から始まったグランプリシリーズ6戦の上位選手が出場するので,今シーズン好調な選手が集いレベルの高い演技が観られるという点で,私が大好きな大会です。今年のシングルは,男女ともベストメンバーが集まり,近年にないハイレベルな戦いになりそうです。シングルの出場選手を紹介します。(写真は,テレビ朝日のバナーから拝借しました/笑)

男子シングル】


GPF_Men
(左から,ジン,フェルナンデス,チャン,村上,宇野,羽生 の各選手)

羽生結弦

 先々週のNHK杯で歴代最高点を叩き出し,フィギュアスケート界を次のステージに引き上げました。史上初の3連覇を狙うプレッシャーや,NHK杯の疲労を心配する声がありますが,全然問題ないでしょう。昨年のファイナルを思い出してください。中国でのケガが癒え切らずNHK杯で表彰台を逃してから,わずか2週間で華麗なる復活を遂げ,そのときの神々しい姿が今でも目に焼き付いています。それを思えば,今年は昨年より状態が良いですし,今回は得点更新を狙わず優勝だけを考えて臨めば,かえって良い演技ができてあっさり得点更新となる可能性はけっこうあると思います。

・・・とここまで木曜日に書いたら,ショートプログラム(SP: Short Program)からやってくれたようですね! こうなると合計 330 点という無茶苦茶な期待をしてしまいますね。記録は二の次で勝ってくれさえすればよいものを…どこまで観る者をワクワクさせてくれるのでしょう,羽生結弦 っていう人は。

宇野昌磨

 とにかく今年は,SP,フリースケーティング(FS: Free Skating),共にプログラムが秀逸! 特に FS は後半のゾクゾク感がたまらないです。本来は,冒頭で4回転からの連続ジャンプを飛んで,後半の4回転は単独らしいのですが,冒頭が連続にならなくても,後半を連続ジャンプにして挽回するのが決まると,そこから最後のちょっとトリッキーな3連続ジャンプまで,鳥肌が立ちまくります。めざせ表彰台!

村上大介

 スケーティングが柔らかくて,観ていて癒されます。特に FS の YOSHIKI (X JAPAN) 作曲の楽曲は,フィギュア用に書き下ろされたのかと思うほど。演技以外では,アメリカに住んでいただけあって英語はネイティブなので,キスアンドクライで キャロル コーチとの会話がテレビの音声に乗るかどうかも楽しみ。同コーチの同門生である ゴールド 選手も出場していますし,リラックスしてミスなく演技すれば,出場選手全員が合計250点以上,という超ハイレベルな記録が観られるかも。

ハビエル・フェルナンデス (ESP)

 グランプリファイナルが2年連続で母国開催なので,今年こそ優勝したい気持ちがあるでしょうけど,オーサー コーチの同門生である 羽生 選手が無敵状態なので,勝負より演技の内容にこだわりたいところでしょう。SP も FS も,ジャンプやスピンなどの技術要素の間の "つなぎ" が満載で,最初から最後まで楽しめるのが見どころ。特に SP の「マラゲーニャ」は,本場スペイン人の フェルナンデス 選手が演じるとこんなに凄いのか,と感動必至です。

パトリック・チャン (CAN)

 SP の結果だけ見ると何が起きたのか心配になってしまいますが…もはや,チャン 選手は点数云々ではないです。羽生 選手と同じような柔らかさや優しさをたたえつつ,強さや緩急も併せ持つ究極のスケーティングの素晴らしさを堪能しましょう。

ボーヤン・ジン (CHN)

 私は2年前のグランプリファイナルを福岡で生観戦したのですが,そのときジュニアファイナルに出場した ジン 選手は,ただ1人 FS で3本の4回転ジャンプを完璧に飛んでいてとても印象に残っていたので,やっと出てきてくれたという感じですが,まさか4回転ルッツジャンプ(4Lz)を完全にものにしているとは驚きでした。SP と FS の冒頭に飛ぶ,高さも幅もすごい完璧な 4Lz を観られるだけでも価値があります。今度こそ,史上初 SP & FS 合計6本の4回転ジャンプを成功させて,歴史に名を刻んでほしいです。

女子シングル】


GPF_Women
(左から,浅田,宮原,ゴールド,ラジオノワ,メドベージェワ,ワグナー の各選手)

宮原知子

 私の中でも株急上昇中! 良い演技をしたい!というオーラが全身から発せられ,それでも気合先行にならず緻密な演技が紡げるところが素晴らしいです。NHK杯で 浅田 選手を破って優勝したことがとてつもない自信になって,さらに一皮むけそうな予感。ファイナル表彰台の確率はかなり高いです。演技全体が見どころですが,中でも 宮原 選手しかやらない逆回転スピンは,観ていてなんだか不思議な気分になれます。

浅田真央

 ファイナル独特の高揚感が 浅田 選手に力をくれることを祈りたいです。ミスなく演技すれば間違いなく優勝という高難度プログラムですが,復帰シーズンの疲労感はかなりのものだと思うので,あまり結果にこだわらず,ファイナルという場を楽しんで滑ってほしいですね。見どころは,トリプルアクセルジャンプよりもむしろ,その後に飛ぶフリップ→ループの3回転連続ジャンプ(3F+3Lo)。SP,FS 共に冒頭からこの2つのジャンプが続くので,これらのジャンプが完璧に成功すると後のジャンプにも連鎖して超高得点が出る可能性も。

エレーナ・ラジオノワ (RUS)

 今シーズンは ラジオノワ 選手の年になるのでは?と私は予測しています。ケガ明けの中国大会は今一つでしたが,母国ロシア大会で合計 210 点超えの完全復調。ロシア大会で FS を終えたときの涙に,追い込まれていた彼女の心情(ロシア女子フィギュア界のサバイバル)が垣間見えてとても印象的でした。今シーズンは比較的メロディアスな曲でオーソドックスな表現力をアピールする戦略っぽいですが,ヒップホップから王道バラードまでこなすジャンルの多彩さ,強さと柔らかさ,迫力と繊細さ,あらゆる表現力を発揮できる究極のオールラウンダー。2年前の福岡で生観戦したとき,エキシビションでその多彩さに圧倒されました。17歳にして3度目のファイナル出場で,貫録さえ感じられるスケートは,演技全体が必見です。

エフゲーニャ・メドベージェワ (RUS)

 2年前の福岡で,ジュニアファイナルに出場していたときは,綺麗なスケートはするもののそれほど印象には残りませんでした。ところが,今シーズンのシニア参戦初戦のアメリカ大会は衝撃的なデビューでした。SP の3本のジャンプを全て後半に持ってくるのは,まぁわかる作戦なのですが,その全てが手上げジャンプでしかも着氷が完璧,ジャンプ以外のスピンやつなぎもとても綺麗。迫力 vs 綺麗さ という軸で見ると,ロシア勢どころか世界的に見ても「綺麗さ」の最右翼にいると思います。細身で長身なので,とにかく綺麗なスケートを堪能できます。FS のミスがなければ優勝争いに加わってきます。

グレイシー・ゴールド (USA)

 ジャンプ,スピン,スケーティング,ルックス,どれをとっても華やかさが際立っています。FS はソチ五輪の 町田 選手でおなじみの「火の鳥」と,楽曲も華やか。正に華を添える存在ですが,今シーズン絶好調で点数も出ますので,彼女も優勝争いに加わってくるでしょう。

アシュリー・ワグナー (USA)

 SP はダンサブル,FS は鉄板の「ムーラン・ルージュ」と,アシュリー色全開のプログラム。点数度外視でただただ観ていたい存在ですが,今シーズンついに200点超えを果たすなど,休養シーズンを取らずに成長し続ける姿には感服。エキシビションでも通用するような SP のダンス満載の演技は観ていて本当に楽しいです。

【順位予想】

  • 男子: 1. 羽生 2. フェルナンデス 3. 宇野
  • 女子: 1. ラジオノワ 2. 宮原 3. ゴールド

 女子は予想が難しすぎます(笑)。おそらく上位4選手は合計点が 200~210 点の中にひしめく大混戦になると予想します。浅田 選手と ワグナー 選手が好調なら全員200点超えというすごいことが起きるかも。

羽生結弦,新たなステージの幕開けを高らかに告げた 322.40 点の衝撃

HanyuYuzuru15NHK 唐突ですが,もし明日,陸上100m走で日本人がいきなり 9秒78 のタイムを出したら,世間はどんな反応になるでしょうか? 「ついに10秒を切った」というだけでは済まないですよね。「10秒の壁を超えるどころか粉々にした!」「9秒78なんてもはや日本人じゃない!」 こんな驚きを伴った反応になるのではないでしょうか?

 フィギュアスケート国際大会のNHK杯で 羽生結弦 選手が記録した,ショートプログラム(SP: Short Program)とフリースケーティング(FS: Free Skating)の合計 322 点台という点数の衝撃度は,上の100m走の例えを,10秒→フィギュアスケート男子シングルの300点,9秒78→322点台 に置き換えたものと同等かそれ以上ではないかと私は考えます。すると,322点台を「300点超え」という単純な表現で済ませてはいけない,ということがわかっていただけると思います。

(羽生 選手は世界最高記録なので,100m走の日本人に例えるのはしっくりこない点もありますが,キリのいい数字を遥かに飛び越える例えとして,日本人の100m走10秒がわかりやすいと思い,この例えにしました)

 この点数がいかにすごいことなのか,まず記録面を取り上げてみたいと思います。羽生 選手は,同じ大会で SP と FS の歴代最高得点を共に更新しました。これは,NHK杯前までの歴代最高得点(SP 98 点台,FS 196 点台,計 295 点台)を パトリック・チャン 選手(CAN)が2013年グランプリシリーズ・フランス大会で記録したとき以来の出来事です。このときの チャン 選手は,自身が持っていた280点台の最高得点を一気に15点上乗せし,当時はかなりの驚きと称賛に包まれたのですが,今回の 羽生 選手は チャン 選手の記録を27点も上乗せしたのですから,驚きを通り越して畏怖の念を持つ人が出るのもわかる気がします。NHK杯前までは,チャン 選手の歴代最高得点が燦然と輝いていたため,羽生 選手が SP で100点超えを達成しても,シーズン三冠(2013-14シーズンの,グランプリファイナル・五輪・世界選手権)を達成しても,「一番上手いスケーターはやはり チャン 選手だ」という評価が多かったように思います。しかし,今回の記録はそのような声を完全に封じることになるでしょう。名実ともに 羽生 選手が チャン 選手超えを果たした瞬間になったと言えます。

 フィギュアスケートの採点では,ジャンプやスピン等の技(技術要素という)に対して,審判が技の出来栄えを評価し,出来栄え点(GOE: Grade Of Execution)を付けます。審判は9人で,各審判は各技術要素に対し-3から3までの7段階で評価します。羽生 選手のNHK杯 FS の演技では,どの技術要素(13種類)にも審判全員が1点以上の GOE を付けています。つまり,どの審判も 羽生 選手の技全てが「普通より良い」と評価したことになります。これを達成するには,ジャンプにおいては,転倒しないだけでなく,回転不足,エッジ違反,ふらつきなどがない綺麗なジャンプを揃える必要があります。FS ではジャンプが8回(女子は7回)もあるので,全部を転倒なく決めるだけでも大変なことで,全部が綺麗という演技は,なかなか観ることができません。羽生 選手は,4回転ジャンプ3本にトリプルアクセルジャンプ2本(しかも2本とも演技時間後半のコンビネーションジャンプ)という高難度のプログラムで,全技術要素全審判プラス評価を達成しているのがもの凄いことなのです。

 これだけの出来ですから,GOE の合計点数も驚異的で,SP は11点強,FS は23点もの点数になっています。過去の GOE は,羽生 選手のソチ五輪の SP が11点弱。チャン選手の FS 歴代最高のときが17.5点ですから,今回のNHK杯の 羽生 選手は,これらを超える GOE を記録しています。(きちんと調べていませんが,おそらく)GOE 点数の歴代最高記録でもあると思います。

 フィギュアスケートの得点は,技術点(TES: Technical Element Score)と演技構成点(PCS: Program Component Score)で構成され,GOE は技術点に加算されます。羽生 選手は難しい技が多く GOE も高いので,技術点で稼ぐイメージを持っている方も多いかもしれませんが,昔の芸術点に相当する演技構成点も,スケーティングが最高級と評される チャン 選手と肩を並べました。今回のNHK杯 FS の演技構成点は 97.2 点。これまで90点前後が多かった 羽生 選手が,今回素晴らしい演技だったことで,演技構成点も自己最高どころかほぼ歴代最高レベルの点数に達しました。もし FS の演技構成点が今までと同程度なら,合計点数が320点までは届きませんでしたから,今回の演技構成点も記録を引き上げることに貢献したと考えてよいでしょう。

 記録が驚異的だったために,つい数字の分析になってしまいましたが,点数だけでなく演技そのものが心に響いたという方が多かったと思います。FS は陰陽師・安倍清明の映画で使われた楽曲を用いた,日本を表現したプログラムであり,その最高の演技が日本で披露された,というのはとても意味深いものがあると思います。日本の大会だからこそこの完成度に到達した,と言えるでしょうし,スケートカナダでの悔しさをバネに,SP のプログラムを変更して難易度を上げるという賭けに出た 羽生 選手の勇気と努力が,この偉業を生んだとも言えましょう。

 今回のNHK杯の演技は確かに素晴らしかったですが,一気に点数が出てしまったので,今後の 羽生 選手のモチベーションを心配する方もいるようです。ただ,別の見方をすると,当面の目標だった300点超えを早々に達成でき,しかも320点超えとなると簡単に更新できませんから,しばらくは最高点の更新を強く意識せずに演技できるのではないでしょうか。当面は300点を何回超えられるか,という点が焦点になるでしょうし,点数よりもまずはグランプリファイナル3連覇(前人未到),全日本選手権4連覇,そして世界選手権2年ぶり優勝(2度の優勝は日本男子初)を達成してほしいと思います。これらはいずれも偉業なので,今シーズンはモチベーションが下がることはないと思います。むしろ,歴代最高点保持者としての矜持が演技に深みを与えるようなことになれば,グランプリファイナルで早くも点数更新の可能性があると私は見ています。

 男子シングルの歴代最高点が一気に320点を超えたことで,多くの男子シングルスケーターは,現状に甘んじてはいけない,もっと挑戦しなければ,という気持ちを掻き立てられたのではないかと思います。これから平昌五輪に向け,男子シングルが活気づくことは間違いなく,フィギュアスケートはますます面白くなっていくと思います。今後どんな展開が待っているのか,羽生 選手を筆頭に観戦を楽しみたいと思います。

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