過日,職場の同僚(後輩)たちの清々しい集まりに居合わせることができました。このブログには日記風の内容はあまり書かないのですが,とても気持ちの良い出来事だったので,書き残しておこうと思います。

 一人の後輩(Mくん)が会社を去ることになりました。私は仕事上の接点はほとんどなかったのですが,お互いカラオケ好きで,不定期に行くカラオケ仲間の一人でした。私がこの話を聞いたのは今月に入ってからで,しかもMくんが今月までということだったので,1年以上行けていなかったカラオケに,1週間後に行こうということになりました。

 私が他のカラオケ好きの皆さんに声をかけて,急だった割にけっこうな人数が集まってくれました。私は,Mくん送別はあくまできっかけで,みんなで歌えればいいくらいにしか考えていなかったのですが,参加者の一人が何か贈り物をしようと発案してくれて,仕事が多忙な中で贈り物選びをしてくれたりしました。この贈り物には,カラオケの参加者だけでなく,カラオケ不参加でもMくんにお世話になったからということでカンパしてくれた方もいました。

 カラオケ自体も,久々だったこともあって盛り上がり,最後の方は送別に相応しい曲が歌われたりして,楽しい中にも心温まるひとときになりました。

 …と,当日までの動きをこのように文章にすれば,送別のよくある光景に過ぎないかもしれません。これが,部や課といった同じ職場の同僚だったり,入社同期の仲間とかであれば,送別会を開き贈り物をするのは自然なことでしょう。しかし,このカラオケ仲間は,同じ本部(部の1つ上の組織)の中ではあるのですが,仕事上の関係性はまちまちで,あまり接点がない人もいるような集まりなのです。私にとっては,カラオケに一緒に行くことで顔がつながり,そのおかげで仕事で相談ができたり,普通ならなかなか接点のない若い世代と交流できたりして,とても有益でしたが,カラオケも年に1~2回でしたし,かなり緩~いつながりだと私は感じていました。

 なので,贈り物の話が出たとき,私は「今の若い人たちは義理堅いなぁ」と礼儀の面で捉えたり,この集まりの緩さから「贈り物をするとMくんに負担にならないか」と考えたりしてしまったのですが,それらは全然的外れな考えでした。皆さんはMくんに仕事上で何かとお世話になっていて,その感謝の気持ちを贈り物という形で表したかったのです。カラオケ不参加なのにカンパしてくれた人は「Mさんにすごく仕事でお世話になったので,むしろこういう形で参加できるのは嬉しい」。個人的に贈り物をするのは相手の負担になりそうだけど,同じ職場ではないのでその機会がない,という間柄だと,こういう形の贈り物は感謝の気持ちを形にできるいい機会になるんだな,とその言葉を聞いて思いました。

 考えてみれば,声かけから1週間で,遊びの集まりに多くの人数が集まったことや,贈り物をすることができたことは,Mくんの人望があるからこその出来事です。カラオケに一部の時間だけ顔を出してくれた人もいましたし,元々あった所用を調整して時間を作ってきてくれた人もいました。私も,Mくんの人柄に魅かれている一人だからこそ,短い期間でもカラオケの仕切りを楽しく進めることができました。趣味でのつながりという枠を超え,Mくんへの感謝や門出を祝する皆さんの想いは,私が思うよりもずっとずっと強かった。そう,これこそがMくんの人望の表れなんですよね。

 カラオケの後何人かで食事に行き,全てが終わって帰路についたときに感じた清涼感。そこには,Mくんの人望と,彼の門出を祝する同僚たちの想いがあふれていました。