HanyuYuzuru_NHK2015

 フィギュアスケート男子シングルの 羽生結弦 選手が,五輪シーズンのFS(Free Skating)の演目に「SEIMEI」を採用しました。この演目は,陰陽師の安倍晴明をモチーフとしたもので,2015-16 シーズンで演じ,初めてFSで200点を超えた演目として印象に残っている人も多いでしょう。日本らしさを表現でき,羽生 選手にしか演じられない世界観があり,スコアも出る,ということで,この演目の再演は概ね好意的に受け止められているようです。

 過去の演目の再演は,保守的で新鮮味がないという理由で批判する人もいるようですが,私はそうは思いません。五輪は4年間の集大成であり特別な舞台なので,むしろ過去の演目の中で一番良いものを再演すべきだ,と思っているくらいです。羽生 選手が「SEIMEI」を選択することは,当然すぎる決定と言ってよいでしょう。

 ただ,私はこの選択に一抹の不安を感じています。私は,昨シーズンの世界選手権の勝ち方を見て,羽生 選手の連続金メダルはほぼ確実だと考えているのですが,「SEIMEI」を選んだ場合はその確率がやや下がると思っています。その理由は,五輪開催地が韓国だからです。

 陰陽師の文化を詳しく知っているわけではありませんが,中国や朝鮮から伝わってきた陰陽道が元になりつつも日本独自の発展を遂げたもののようです。すなわち,韓国が歴史的に全く無関係ではないものの,陰陽師とは日本独自のものと考えることができるようです。このような日本の伝統色が強い演目を韓国で演じることに,私はやや抵抗を感じてしまうのです。

 五輪という舞台ですから,国の文化を伝えるような演目はむしろ積極的に行うべきでしょう。開催地が欧米なら何ら問題ありません。しかし,日韓関係があまり良くない状況の中で,韓国の地で日本の色が強すぎる演目を行うことに対して,どうしても心がザワついてしまうのです。韓国の五輪の観客があからさまに「SEIMEI」を嫌うはずもなく,むしろ素晴らしい演目だと感じてくれるとは思いますが,会場がどのような雰囲気に包まれるのかは実際に演じてみないとわかりません。

 開催地と楽曲の関係について思い出すのが,2016年の世界選手権。この年は米国ボストンで開催され,米国選手は期するものがあったと思います。ところが,女子シングルの グレイシー・ゴールド(USA) 選手がFSで採用した曲は,ロシア人作曲の「火の鳥」。なぜ,世界選手権が米国開催のシーズンにロシアの曲を使うのか?と思っていたら,ゴールド 選手はFSでミスを連発。SP(Short Program)はトップだったのに,表彰台にも乗ることができませんでした。一方,アシュリー・ワグナー(USA) 選手はFSで映画「ムーラン・ルージュ」を採用。この映画は舞台はフランスですが,れっきとしたアメリカ映画。ミスのない演技に観客の盛り上がりは最高潮となり,銀メダルを手にしました。

 そんなの偶偶(たまたま)でしょうと言ってしまえばそれまでです。しかし,このシーズン絶好調だった ゴールド 選手がFSで突如乱れてしまったのは,観客のノリがやや弱かったことも無関係ではないと思うのです。逆に,ワグナー 選手のときの観客のノリが最高潮だったのは,演技の出来だけでなく,米国の観客に耳なじみのある音楽が使われたことも影響していたと思います。

 私は,2016年のこの世界選手権の顛末を見て,開催地と楽曲の関係性は案外大事なのではないかと思うようになりました。思えば,トリノ五輪で 荒川静香 選手が金メダルを獲得したときの曲「トゥーランドット」は,開催地イタリアのオペラ歌曲です。審判も人間ですから,観客の反応や雰囲気が,スコア,特に PCS(Program Component Score,演技構成点)に影響することがないとは言えません。

 韓国で「SEIMEI」を演じたとき,観客がどういう受け止め方をするのか。羽生 選手が完璧な演技を行えば,全く問題ないことなのですが,五輪という厳しい舞台でミスは付き物。ミスしたときにこの楽曲の選択がどう作用するか,やや気がかりです。とはいえ,この話題は些末な話。こんな不安を吹き飛ばす,完璧な「SEIMEI」が平昌五輪で観られることを祈りましょう