前回のソチ五輪から正式種目になったフィギュアスケートの団体戦。団体戦ってあるんだ…と思う方も多いことでしょう。2/12(月) に順位が決まるのですが,日本では振替休日なので,多くの方がリアルタイムで観戦できます。しかし,最初に言ってしまいますが,日本がメダルを獲れる確率は5%もありません。メダル有力などととんだ勘違い情報を流すメディアがありますので,団体戦を冷静に観てもらうために,団体戦の概要,抱えている課題,観戦ポイントなどを紹介したいと思います。
まず,団体戦を概説します。団体戦は,男子シングル・女子シングル・ペア・アイスダンスの4種目それぞれのSP(Short Program,ショートプログラム)とFS(Free Skating,フリースケーティング)を行い,出場国が順位に応じたポイントを競い合います。
- まず4種目のSPを行います。各国1組ずつ演技を行い,各種目ごとにスコアの順位に応じたポイントが与えられます。
- ポイントは,1位:10点,2位:9点,…,10位:1点 という単純な計算ルールです。
- 4種目のSPのポイントを合計し,出場国10ヶ国中上位5ヶ国がFSに進みます。
- FSも各国1組ずつ演技を行い,SPと同様のルールでポイントが与えられ,SPとFSのトータルポイントで各国の順位が決まります。
団体戦の詳細を確認したい方は,神サイト「フィギュアスケート速報」をご覧ください。
メディアは団体戦を盛り上げようと思っているかもしれませんが,出場選手のことを思うと,多くのブロガーも指摘しているように,なんで団体戦が存在するのかと思うような問題山積の状況です。
一番問題なのは日程面です。団体戦は個人戦より前に行われます。開会式に先立って,開会式当日 2/9(金) 午前中から男子シングルとペアのSPが行われます。FSは 2/12(月) (ペアは前日 11(日))です。男子シングルを例にとると,個人戦が 2/16(金)~17(土) に行われるので,団体戦のSPに出場する選手は個人戦まで中6日,FSに出場する選手に至っては中3日しかありません。五輪という特別な舞台なのに,選手に負担を強いる日程設定になっていることは大いに疑問を感じます。ソチ五輪の際にもこの問題は多方面から指摘されていたのに,平昌五輪でも全く変わっていないのです。せめて,団体戦を個人戦の後に開催すれば,問題はかなり和らぐと思います。
ただ,日程の問題は,団体戦と個人戦で違う選手を起用できれば何の問題もありません。ところが,団体戦の出場選手は,個人戦の出場選手に限られているのです。個人戦に出場しない選手を団体戦のためだけに出場させることができないルールになっています。これが2つめの大きな問題点です。団体戦にベストメンバーで臨みたくても,主力選手の個人戦に支障が出かねない,というジレンマがあるのです。また,個人戦の出場枠は国によって1~3枠ありますが,複数枠ある国は誰を起用するかや,SPとFSの分担をどうするかに関して選択肢がありますが,1枠の国は個人戦出場選手が団体戦にも出場せざるを得ません。日本で言えば,ペアとアイスダンスは各1枠ですから,代表選手は短い期間で団体戦と個人戦の2試合分をこなさなければなりません。団体戦に貢献できる喜びはあると思いますが,体力的負担は厳しいものがあります。この選手起用のルールも,主力選手を団体戦に出場させたいという運営側の思いはわかりますが,選手を尊重したルールとは到底思えません。
そんな厳しいルールがあっても,メダルが獲れるなら頑張ろうという気にもなるんでしょうが,現在の日本は残念ながら団体戦でメダルを獲れる力がありません。シングルは強いですが,ペアとアイスダンスというカップル種目が弱いのです。メダルの確率がどのくらいなのか,詳しく検証しようかとも思いましたが,時間のムダになりそうなので,簡潔に書きます。
団体戦のライバルは,カナダとロシア(OAR: Olympic Athletes from Russia という名称で出場)が2強で,ここに割って入るのはまず無理でしょう。日本は銅メダルに手が届くかどうかというところで,現実的なライバルは米国になるでしょう。上述したポイントの計算方法からわかるように,単純に各種目の順位差の合計を見ればチーム順位を比較できますので,以下,米国と日本の順位差を考えます。
SPを終えた時点での日本から見た米国との順位差合計を予想します。細かい内訳を割愛して4種目合計で見ると,日本ベスト&米国ワーストという最良の状況なら±0,普通なら+4(=日本が米国より順位4つ分負けている)程度となるでしょう。団体戦のポイントはSPのポイントも切り捨てではなく通算されるので,FSでこの差を逆転しなければなりません。しかし,ペアとアイスダンスは,日本は実力を見れば5位(最下位)が確定的なので,ペアとアイスダンスのFSの分を加味すると,最良の状況でも+3,普通なら+8まで差が広がるでしょう。これを男女シングルのFSだけでひっくり返さなければなりませんが,FSは上位5ヶ国対決なので,最高(1位)と最低(5位)でも4しか差がつきません。+8を追いつくには,男女シングルとも日本1位&米国5位しか可能性がなく,この順位はハプニングがなければ不可能です。最良の状況の+3をひっくり返すにも,男女シングル2人が順位差合計4以上米国を上回らなければなりません。つまり,日本が全部ベストの順位で,米国が全部ワーストの順位にならない限り,団体戦の日本のメダルは無理です。
団体戦も立派な種目の1つであり,選手たちも出場する以上はベストを尽くします。それなのにメダルが無理とはけしからん物言いだ,という感想を持たれる方もいると思います。しかし,メダルの可能性が極めて低い種目に期待を抱かせるようなミスリードは絶対に避けるべきです。メダルが獲れるかもしれないと期待されて,現実にメダルが獲れなかった場合,観ている側が「選手が力を発揮できなかったんじゃないか」と受け取ってしまう恐れがあるからです。選手がベストを尽くしてもメダルが難しいことがわかっていたのに,まるで選手の力不足でメダルが獲れなかったように思われてしまうのでは,選手があまりに気の毒です。こういう無責任な報道をするメディアは,記事が売れればよし,煽って盛り上がればそれでよし,としか思っていません。それを受け取る私たちにも,冷静に読み解く力が求められています。
日本の団体戦は「4位なら上出来。ひょっとすると銅メダルがあるかも」という心構えで観るのがいいと思います。ですから,団体戦はメダル争いを気にせず,楽しんで観たいと思います。私が思う観戦のポイントを挙げてみます。
- 各選手の仕上がり具合をチェックしましょう。団体戦で良い演技をした選手は,個人戦でも要注目です。
- 普段あまり観ることがない,ペアやアイスダンスを観て,カップル競技の魅力に触れてほしいです。
- 米国が,男子シングルで ネイサン・チェン 選手を起用するかどうかは,大きな注目点です。起用すれば「団体戦のメダルを確実にするため」「チェン 選手の舞台慣れのため」,回避すれば「チェン 選手の個人戦優先」「それでも日本に負けることはないだろうという読み」ということになります。
- カナダ vs ロシア の金メダル争い。ソチ五輪は開催国ロシアが初代団体戦王者となりましたが,今回はカナダが本気で金メダルを狙うでしょう。ひょっとすると,男子シングルの パトリック・チャン 選手や,アイスダンスの テッサ・ヴァーチュー & スコット・モイヤー 組をSPとFSの両方に起用するかもしれません。
団体戦とはいえ,良い演技ができる方がいいに決まっていますから,選手の皆さんには無理のない範囲でベストを尽くしてほしいです。くれぐれも団体戦でケガなんてことがありませんように。