金メダル争いは,正に魔物との闘いになりました。

 羽生選手が最終グループ3番手で登場。冒頭の4回転サルコウジャンプは,練習ではほとんど決まっているのに,試合ではずっと決めることができていませんでしたが,五輪でもダメでした。転倒の仕方がほとんど今季グランプリファイナルと同じでした。でもこの転倒はよくあること。問題は3つめのトリプルフリップジャンプで着氷が乱れた(採点では転倒扱い)ところ。見た瞬間「あ,とうとう魔物が来たな」と感じずにはいられませんでした。後で見返すと,6分間練習から顔面蒼白な感じで,メンタルが強い羽生選手といえども重圧を感じていたんだなということがうかがえました。

 ステップも,とにかく動作をしているといった感じで,いつもの手先まで行き届いた表現は影を潜めていました。大崩れしてしまうのか,一瞬そんなことが私の頭をよぎった気がします。しかし,後半最初のトリプルアクセル→トリプルトウループのコンビネーションジャンプが鮮やかに決まったことで,息を吹き返した気がしました。後半の残りのジャンプをミスなくまとめて,ミスは2つにとどめた,そう思いました。

 ところが,フリーの得点は178点台。私が生観戦した今季グランプリファイナルは,ミスが4回転サルコウの転倒だけで192点台。確かにこのときのフリーは良かったですが,それにしても点数が低い。後で採点表を見てわかったのですが,3-1-3回転の3連続ジャンプが3回転-1回転のシークエンスジャンプの判定になっていました。これはテレビ解説者の本田武史氏が指摘したとおりで,3連続ジャンプの3つめに入る前にちょっとした "ため" を作ったことで連続が途切れたと評価されたらしいのです。これはとても厳しい判定だと思いましたが,点数が5点以上減る大きなミスです。つまり,ミスが3つあったことになっていたわけです。

 この時点では,勝負の女神はチャン選手(CAN)に微笑んでいたはずです。私はチャン選手がミス2つまでならチャン選手勝利,3つで微妙,4つでは羽生選手勝利と踏んでいました。続いてチャン選手の演技が始まり,冒頭の完璧な4回転-3回転のコンビネーションジャンプはさすがでした。が,それも束の間,次の単独4回転で手をつき,さらにトリプルアクセルも着氷が乱れました。調子が完全には戻っていない,これは羽生選手にツキがあるかも,と思い始めました。でも,チャン選手のこの4年間を思うと,残りをミスなく決めて金メダルを持っていってほしい,という気持ちも私の中では同居していました。

 ここまでミス2つ。後半,3-1-3回転の3連続ジャンプが3-1-2回転になるミス。ただこのミスは小さいものなので,残りがうまくいけばチャン選手に有利なはず。続く3つの3回転ジャンプを全て決めて,残りがダブルアクセルジャンプだけになった時点で,もうチャン選手の勝利は確実と思いました。ただ,最後はチャン選手が苦手なアクセルジャンプなので一応注目して見ていたら…最後の最後に着氷が乱れる痛恨のミスが出ました。「うあーっ」と私は思わず声を上げました。結果はご存じのとおり,フリーだけでも羽生選手を上回ることができませんでした。チャン選手は自らチャンスを逃し,金メダルが羽生選手のもとに戻っていきました。

 この2人の闘いは,たしかにミスの闘いでした。しかし,合計280点は五輪史上最高であり,4回転ジャンパー初の金メダリストが誕生したことは,たいへん素晴らしいことです。羽生選手とチャン選手は,1週間前に団体戦のショートプログラムにも出場しており,疲労があるのはやむを得ないことです。ミスの多さを批判するのは,今回の五輪においては不適当と思いますし,批判するなら,その矛先は団体戦を個人種目の前に実施した運営側に向けられるべきです。このような厳しい状況の中で,2人ともショートとフリー合わせて4回転ジャンプを3つ飛び,全て回転不足なく認定されています(羽生選手の4回転サルコウは回転成立で転倒という扱い)。団体戦も含めれば4つ飛んでいるのです。4回転だけが全てではありませんが,とても体力的な負担が大きい4回転を何度も入れたプログラム構成で勝負した彼らに対し,過去の五輪に劣らない名勝負であったと賛辞を贈りたいと思います。