マイクを持てば酔っぱらい

~カラオケをこよなく愛するITシステムエンジニアのブログ~

著者近況・日記

イントロクイズ参戦1年の歩みと魅力

 QUIZ ROOM SODALITE 主催で,イントロマエストロ 藤田太郎 さん(以下,親しみを込めて 太郎 さんと記載)が出題するイントロクイズイベントに毎月参加するようになって1年が経ちました。今や完全に,イントロクイズが自分の趣味の中心になりました。この1年を振り返りつつ,イントロクイズや 太郎 さんの魅力を綴ろうと思います。

 イントロクイズをやったことがなくても,言葉は知っている人がほとんどだと思います。昭和の時代に毎週テレビ放送され,現在も不定期に特番放送されている「クイズ・ドレミファドン」でおなじみの,曲のイントロが流れたらその曲のタイトルを答えるクイズです。初めて 太郎 さん出題のイントロクイズに参加したとき,イントロクイズの魅力を再認識すると共に,自分の実力も知ることになりました。以下,1年間の私の戦績です。

< 私のイントロクイズ戦績 >

No.開催日出題ジャンルクラス参加者順位
12020-06-0620世紀ビギナー8 名優勝
22020-07-17ALLビギナー+7 名3 位
32020-08-1421世紀ビギナー8 名5 位
42020-09-12ALLビギナー+8 名3 位
52020-10-1880-90年代ビギナー+8 名優勝
62020-11-22平成・令和ビギナー10 名優勝
72020-12-19ALLビギナー+10 名優勝
82021-01-3120世紀スタンダード8 名5 位
92021-02-27平成・令和ビギナー+9 名3 位
102021-03-12ALLビギナー+9 名優勝
112021-04-17昭和ビギナー+6 名優勝
122021-05-07平成・令和ビギナー+10 名5 位
132021-06-11ALLスタンダード6 名2 位

< クラス一覧 >

レベルクラス名称
入門スターター
初級ビギナー
中級ビギナー+
上級スタンダード

 初めて 太郎 さんのイントロクイズに参加したとき,どこがビギナークラスなのかと思うほどの早押しスピードに圧倒されつつも幸先よく優勝できたので,気を良くしてオールジャンル(=出題曲を年代やジャンル等で限定しない)ではより上位レベルのクラスに参加したのですが,早押しのスピードがさらに上がり,なかなか解答権を得られません。解答に応じて得られるポイントの順位が表彰台(3位)には届くものの優勝できない,という回が2回続きました。自分がそれまで聴いてきた音楽の蓄積だけでイントロクイズを楽しんでいたのですが,分かっていてもボタンを押し負けることが多くてだんだん悔しくなってきました。

 そこで,1980~90年代限定という私が最も得意とする年代の回を迎えて,もっと早押しで勝てるように,初めて自分なりのクイズ対策をして臨みました。対策と言っても単純で,イントロが鳴ったらすぐに再生を止めタイトルを思い出すという作業を,クイズ当日の1週間前からずっとやっていました。その効果はてきめんで,それまでよりも早押しで勝つ回数が明らかに増え,そこから3回連続で優勝を収めることができました。ご一緒していた参加者の方から「早押しが早くなりましたよね」と言っていただいたときは,見てくれている方がいるという驚きと共に,すごく嬉しかったです。

 その勢いのまま,年明け最初の回で念願だった最上位のクラスに参加しました。しかし,このクラスの皆さんは,ビギナーやビギナープラスのクラスとは早押しのスピード感が段違いでした。また,出題レベルも高くなり「そこ突いてくる!?」的な曲がたくさん出題されました。それで負けず嫌いの血が騒ぎ,趣味でありながら競技性の部分も楽しむようになりました。メジャーなアーティストの比較的マイナーな曲を改めて聴き直したり,最近の曲(Official髭男dism,King Gnu,あいみょん 等)をちゃんと聴いたりするようになりました。

 そして,2度目の最上位クラスへのチャレンジとなった最新回では,参加者数が少なかったことも幸いして,早押しに押し勝つことが増え,オールジャンルで表彰台(2位)という嬉しい成績になりました。最上位クラスでこれだけ競うことができたのは,すごく自信になります。今年に入って知ったアニメの主題歌を,他の参加者が分からずに自分だけが正解したとき,最新曲を聴くことから遠ざかっていた自分がイントロクイズをきっかけに最新曲のリサーチを再開して良かったなぁ,ととても嬉しい気持ちになりました。

 このように,イントロクイズプレイヤーとしてステップアップしていく1年間になりました。有名な曲を早押しで競り勝ったときの気持ちよさ,マイナーな曲を自分だけ解答できたときのちょっとした優越感,イントロが鳴った瞬間にボタンを押したのにそれより早い人がいるときの驚き,自分が好きな曲やアーティストなのに押し負けたときの悔しさ,分かったと思ってボタンを押したのに曲名が思い浮かばないときのもどかしさ,これら全てが楽しくて,反射神経や知的刺激が呼び起こされる感覚も含めて,自分にとって最高の遊びでありリフレッシュになっています。

 定番曲の新たな魅力を見つけたり,スルーしがちな曲の良さを今になって発見したり,自分の音楽ライブラリに思わぬ曲が入っていて驚いたりと,音楽を聴く新鮮さを取り戻すことができたのも,イントロクイズがきっかけになりました。今まで私が音楽を聴く主な目的は,カラオケのレパートリーを増やすためだったんですが,イントロのレパートリーを増やすという目的が加わったことで,聴く音楽の幅が格段に広がりました。イントロクイズ出題者の 太郎 さんは「様々なエンタメがある中で,音楽を聴く時間を増やしてほしい」と常々おっしゃっていて,私もそれを強く感じているところです。

 こんなふうにイントロクイズを楽しむ強度が増していったのは,出題者である 太郎 さんのスキルと姿勢に因るところが大きいです。イントロクイズの進行は,1曲を出題するだけでも

  • イントロを再生(出題)
  • ボタンが押されたら再生を止める
  • 解答者の答えを聞いて正誤を判定し,正誤ブザーを押す
  • 出題曲のサビを再生(正解発表)
  • 曲名,歌手名,曲がヒットした時期やその理由を解説
  • ポイント(点数)を記録
  • 次の曲をスタンバイ

という流れがあり,これを何十曲も繰り返しながらテンポよく進めることが求められます。普通の早押しクイズでは「クイズの司会進行」と「正誤ブザー操作」が主な作業ですが,イントロクイズはここに「音楽プレイヤーの操作」が入ってきます。しかも,音楽を再生したり止めたりが頻繁に発生するので,普通のクイズよりオペレーションがはるかに複雑です。ポイント記録は,アシスタントの方が実施してくださることが多いですが,アシスタント不在の場合は,ポイント記録も含めた完全なワンオペになることもあります。

 太郎 さんは,早押しクイズの時間が40分だと100曲ほど出題します。1曲あたり平均30秒弱で上記の一連の作業を実施しつつ,曲の解説ではタイアップ情報だけでなく,別の曲のサンプリングの元ネタである等の細かい情報や,アーティストに関する小ネタ,ヒット当時の時事ネタ等も交えて進行していきます。そのテンポの良さがとても心地よく,それは1問でも多くイントロクイズを解きたいという参加者の気持ちにも応えているわけです。クイズを解いている間はついそれを忘れてしまいますが,クイズが終わるたびにその進行の見事さに毎回感嘆しています。私は他の出題者のイントロクイズに参加していないので,このオペレーションがすごいのか普通のことなのか分からないのですが,普通だとすればイントロクイズ出題者は皆さんすごいスキルをお持ちだと思います。

 そんな卓越した当日のオペレーションに加え,実際にはさらに事前準備として,出題曲を選定しそれをプレイリストとして音楽プレイヤーにセッティングする作業があります。一言で選定と言っても,出題曲のアーティスト,年代,ジャンル,難易度等のバランスを考えて選定するのは,たいへん高度な作業です。上述のようにイントロクイズではレベルを4クラスに分けているので,レベルに応じた選定も必要です。全レベル共通の選定をベースにしつつ,部分的にレベルに応じた曲の組み替えをされていると思います。

 太郎 さんは,出題曲を選定する際に,クイズとして適切かという観点だけでなく,その曲を皆さんに紹介したいという思いをもって選定しているそうです(ご本人から直接伺いました)。「イントロマエストロ」という肩書きを生み出し,イントロという切り口で楽曲を紹介する活動をしている 太郎 さんは,いわば「音楽ソムリエ」であり,イントロクイズも楽曲紹介の手段の1つである,というポリシーを持っていらっしゃるのだと思います。

 太郎 さんのイントロクイズでは,出題形式として早押しだけでなく,一定時間イントロを聴いて解答する形式(ホワイトボードに解答を書くことから「ボード形式」と呼ばれます)も取り入れています。早押しだと,その曲を知っているかどうかという知識よりも,いかに早く曲を判別するかという判別速度が重要です(これは一般的なクイズにも当てはまります)。一方,ボード形式は,その曲を知っていて思い出せれば正解が導けるので,知識が豊富な人に有利な出題形式だと言えます。様々な音楽に触れてほしいという思いから,太郎 さんは知識があれば正解が導けるボード形式も大切にしているそうです。

 私もここまで書いてきたように,イントロクイズによって,音楽を再発見する,聴く音楽の幅が広がる,といった経験ができました。早押しに強くなりたいだけなら,イントロだけを次々と聴くような聴き方になりがち(クイズ直前の数日間は私もそうなっていますが…)ですが,それよりも,音楽をきちんと聴いて好きな曲を見つけたりしながら,その延長線上でイントロクイズも楽しむのが,より素敵な音楽との接し方のように思います。私がそのような楽しみ方をできているのは,太郎 さんのポリシーのおかげだと感じています。イントロクイズを通じて音楽の棚卸しや発見もする楽しみがあるからこそ,イントロクイズが趣味の中心になったんだなと思います。

 音楽もクイズも好きという方なら,イントロクイズはうってつけの趣味だと思います。特に,流行りの音楽を手広く聴いている,という方は優勝争いという競技性も楽しめると思います。ただ,聴いている音楽の範囲が狭い場合でも,自分が好きな曲の問題だけは早押しに勝つつもりで臨むとか,他の参加者の早押しのスピードや,出題者のクイズ進行の見事さを体感するだけでも楽しいと思います。イントロが流れて,ボタンを押して,タイトルを考えて答えて,サビが流れる,というイントロクイズならではのサイクルは,一般的な早押しクイズとはまた違った,独特の緊張感や達成感が味わえます。ちょっとでも興味が湧いた方は,まずスタータークラスから参加されることをお勧めします。音楽とクイズの楽しい世界が待っていますよ!

私が独立を決めた理由

 早いものでこの春,新卒以来勤めていた会社を退職して3年が経ちます。新卒で大企業に入社し,恵まれた環境や伝統的大企業の企業風土の中で長年過ごしてきた人間が,40代後半という中途半端な時期にいきなり独立するという身の程知らずな行動を起こしましたが,思い描いていたよりもはるかに充実した3年間を過ごすことができました。独立に至るまでには実に様々な思いがあったのですが,退職直後にそれを語るのは格好悪いので差し控えていました。独立して3年経った今であれば,それを語ることも許されるかなと思い,初心を忘れないようにという自分への戒めも込めて,独立に至った思いを振り返っておこうと思います。

 独立を考えるきっかけになったのは,会社でのパフォーマンスが著しく低下して,自分の仕事について深く考え出したことでした。よく「人は50歳を目前にすると,自分の人生を振り返る」などと言いますが,正にそれだったと思います。それまで,そんなに深く自分の仕事や人生のことを考えたことはありませんでした。会社で仕事のキャリアプランを考えるような研修を受けても,自分とまともに向き合うことを避けていました。しかし,あまりに自分の仕事がふがいなかったことで「お前は今のままでいいのか?」と自問するようになっていきます。そして,自分の中から湧き上がってきた答えは「会社に居続けても自分は変われない。外に飛び出してチャレンジしよう」でした。

 この答えを固めるには数ヶ月という時間が必要でした。勤めていた会社や自分が在籍していた部署は,社員も環境も申し分なく,それまでは「どんな形でもいいから会社にしがみつこう」とさえ思っていました。ですから「本当に会社を辞めてやっていけるのか」「やっぱり辞めなければよかったと後悔することになりはしないか」という葛藤はかなり大きかったです。独立を決めた理由は後述のように様々ですが,それらのうち1つでも欠けていたら会社で勤め続けたと思います。考えれば考えるほど,全てのパズルのピースがはまっていき,独立するタイミングは今しかない,と思えたのです。考えて考えて考え抜いたからこそ,その境地に行き着いたのだろうと思います。

 以下に,独立を決めた理由を挙げていきます。

■資格を生かすにはベンダー所属より中立の立場が良い

 私は,自分の専門技術で,ある国際資格の上級資格を取得したのですが,私がこの資格の国内初取得者となり,この技術の国内第一人者をアピールできる状況になりました。この技術がベンダー(システムやソフトウェアの開発側)だけでなくユーザー(利用側)も使える技術であることや,会社の中でこの技術の仕事が徐々に減ってきていたという状況もあり,ベンダーの中にいるより独立して中立の立場になった方が自分の資格を生かせる,という思いが強くなっていきました。ユーザー企業のこの技術に対するニーズは確実にある,という私の読みも独立への大きな決め手になりました。

 この3年間の活動において,私のコンサルティングの主たるクライアントがユーザー企業だったことから,その読みは合っていたと思います。自分のスキルや資格がこのような形で生かせることに,とてもやりがいを感じています。

■得意分野に比べ本業の生産性が低すぎた

 上述した上級国際資格を取得したとき,その技術に関する仕事をそれまでより力を入れて取り組みました。国内初取得の資格を得たというモチベーションもあって,その仕事には意欲的に取り込むことができました。一方,その頃抱えていた他の仕事は,その意義は十分に理解していましたが,自分の興味に合わなかったせいか,全く成果が出ない状況に陥っていました。それまでは,会社の仕事はどんな仕事でも大切だと思い,自分の興味に合わなくても仕事を苦に思うことは全く無かったのですが,この時は自分のふがいなさに苦しい思いをしました。この頃から「このまま会社にしがみつくことが,自分や周囲にとって本当に良いことなのか?」という自問自答が始まりました。

 それでも周囲は本当に暖かく接してくれていました。自分の気持ちさえ割り切ってしまえば,会社に居続ける選択もありました。独立に気持ちが向いていったのは,自分が好きな仕事をしたいという気持ちもありましたが,それよりも「このまま会社に居続けるとお荷物社員になってしまう。それでは同僚の皆さんに申し訳ない」という気持ちが大きかったのです。いや,これはちょっと格好付けてます。その根底には「お荷物社員だと思われる自分が嫌」という些細なプライドがあったのも確かです。

■コンサルタントとしてのスキルと度胸

 独立という厳しい道ではなく,転職という選択肢も考えました。しかし,私が持っている資格はとてもニッチな資格で,この資格が転職の武器になるとは到底思えませんでした。また,私が従事してきた仕事は大企業での企業内技術サポートであり,転職先の候補が限られることも容易に想像できました。そんな状況で,40代後半で転職はおろか,社内の大きな異動さえ経験していない私が,転職しようとしても苦戦することは明らかでした。

 では,独立するとして,どのように収入を得ていくのか。資格を生かすとなれば,やはり,コンサルティング,講師,著作(書籍,記事)といった仕事になります。これらの仕事は会社在籍時に経験しており,最低限のスキルは身に付いていました。コンサルティングは社内向けだけでなく,若いときに社外のお客様向けコンサルティングも経験しました。講師は20年間,社内の研修を継続的に実施してきました。著作に関しては,自分名義の書籍の出版は未経験ですが,上司の書籍出版で一部分の原稿執筆を行ったり,その出版の過程を見聞きしたりしました。

 ただ,最低限のスキルで収入を得られるはずがありません。自分のスキルを客観的に見つめることができたのは,社外団体を経験してきたからでした。社外団体とは,各会社の代表者によって構成される団体であり,業界全体の課題解決を図ったり,情報交換や意見交換を通じてお互いのスキルを高め合うような活動を行っています。社外団体への参画は,ある程度の職位を得る30代後半以降に担当することが一般的ですが,私は20代半ばから参画する幸運に恵まれ,20年以上続けてきました。そこで他社の方々と議論させていただくうちに,自分の思考回路,発言力,議論を制御する能力(ファシリテーションスキルはその1つ)などのレベルをある程度把握でき,コンサルタントとして「なんとかなる」ではなく「なんとかする」という度胸だけは持てるようになりました。

■会計や金流の知識が身に付いた

 会社での最後の数年間は,社内システムのサービスマネジメントを担当しており,そこで,サービス利用料の請求と回収,開発コストの見積や管理,開発管理(発注,請求),ソフトウェア資産の会社間移動(移管)などの処理を通じて,会計や金流の知識を得ることができました。エンジニアにとって,お金のことはできれば避けて通りたい話題であり,これらの会計処理を自分のタスクとして実施していても,正直なところ面倒に感じていました。ただ,独立するなら会計処理を避けて通れないと考えたとき,面倒という思いが消え,自分のためなら会計処理に前向きに取り組めるだろう,という気持ちになりました。後から思えば,会社のお金を他人事として捉えてしまったから面倒に感じたのであって,お金の取り扱い自体が面倒だったわけではない,ということに気づいたのです。

 現に,自分の会社の会計仕訳はほとんど自分で行い,税理士にはチェックと決算業務をお願いしています。領収書を全て渡して仕訳も任せる場合に比べ,かなり安価な顧問料に抑えることができているのは,最後の数年間の経験のおかげです。

■社内で昇進できず

 私が47歳で退職したとき,管理職になっていませんでした。40代で管理職になっていないというのは,昇進が遅いことを意味していました。仕事は昇進が全てではありませんし,現に私は会社での仕事に満足していました。ただ,若いときに思い描いていたプランと違っていたことは確かですし,自分にふがいなさを感じてもいました。自分の力はこんなものではない,ということをどこかで証明したい気持ちがあり,それには会社を飛び出すしかないと考えるようになりました。

 独立して改めて感じたことは,やっぱり自分は会社が大きいことに甘えていたんだな,ということです。独立後のある時期,自分の会社とは別の会社の社員になり,再び都内に通勤する時期があったのですが,会社員時代は苦痛に感じていた通勤が,全く苦にならなかったのです。会社に所属できることの有り難みを実感したからだと思います。会社員の時にこそそれをきちんと理解しておくべきでしたし,自分なりに今のままではダメだと思い行動を変えようと努めましたが,なかなか変われませんでした。退職・独立したことで,甘えを断つことが少しはできているのかなと思います。

■社内の環境が良いときこそ飛び出す時機

 私が退職する直前,会社の業績は堅調でした。また,私が退職を決意した頃,組織内の人事異動があり,私が新人の頃から同じ部署で共に働いてきた気心の知れた先輩が自分の部長と課長になりました。管理職から若手まで顔が利く状況にもなっていましたので,仕事の環境としては申し分ない状況ができていました。この状況なら自分のパフォーマンスも改善して,充実した仕事ができるのではないかと思い,退職の決意がかなり揺らぎました。

 しかし,これだけ良い状況が揃ったときこそ,それに甘えてはいけないという思いもあったり,部長や課長が気心知れた先輩であれば,自分の退職をうまく取り扱ってくれるという安心感もあったりして,結局は退職を決断しました。退職する1年前,部長に退職の意思を告げたのですが,驚きつつもこの決断を応援してくださいました。部長は,私が新人として職場に配属されたとき,指導員としてエンジニアや会社人としてのイロハを教えてくださり,その後もずっと私が尊敬する先輩です。その先輩に,自分の会社員の始まりと終わりの両方を見届けていただくことになり,とても感慨深いご縁を感じています。

■退職金で子どもたちの学費を賄える

 ここまで自分のことばかり書き記してきましたが,家族のことを抜きに考えることはできません。退職後はしばらく無収入になるリスクがあったわけで,それでも家族を養えるかどうかは,退職できるかどうかの重要な判断ポイントでした。2人の子どもたちのうち,上の子の学費は貯蓄から拠出可能でしたが,下の子の学費分の貯蓄が全く無い,さらに住宅ローンもまだ数百万円レベルで残っている,というのが当時の状況でした。

 実は,純粋な退職金は勤続年数の割に驚くほど安く,それだけでは退職は到底不可能でしたが,早期に退職する人向けの制度があったはず,というかすかな記憶があったので調べたところ,退職して別の道に進む人に給料2年分が退職金扱いで上乗せ支給される制度を見つけました。これで下の子の学費が賄える状況になり,退職への障壁がまた1つ除去されたのでした。

■60歳を過ぎてからの仕事のあり方

 私が勤めていた会社も他の大手企業と同様に,定年退職となる60歳以降も働き続けられる制度が整っています。ただし,制度が確立していても,当人や一緒に働く同僚が納得して働けるかどうかは別の話です。継続雇用ではなく再雇用となると,給与水準が低下する場合が多いです。また,ゼネラリスト型の管理職として活躍していた人が,管理職を解かれスペシャリストとしての仕事に適応するのにご苦労されるケースもあります。在職時に,再雇用で活躍される方を何人も拝見するうちに,再雇用や60歳での起業という道もあるけど,早く独立すれば60歳での難しい判断を回避できる,という考えが出てきました。

 自分のプランとして,60歳でリタイアできれば理想的ですが,収入の面でも,時代背景の面でも,60歳でのリタイアは非現実的でしょう。なんだかんだで70歳くらいまでは頑張らないといけないのではないか,と感じているところです。独立したことで,その歳まで働ける環境はできました。あとは,自分の頑張り次第です。

 以上が,私が独立を決めた理由です。私の退職を知った方の中には,身近に実際に退職・独立する人間が現れたことをきっかけに,ご自身の仕事を冷静に見つめ,別の道を真剣に考え,私に相談してくださるような方もいらっしゃいました。ただ,私はその方が高度なスキルを有していたとしても,独立せず組織に所属している方がよい,とお伝えしています。その思いは3年経った今も変わっていません。組織でなければ為し得ない仕事がたくさんありますし,独立すれば様々な雑事も自分で遂行しなければなりません。セーフティネットがさほど充実していない日本において,独立はもちろんのこと,いったん所属した組織を離脱することさえも,とてもリスクが高いと思います。

 どうしても現在の組織で先が見えないのであれば,独立よりは転職の方がずっとよい選択肢だと思いますが,転職先で現在より状況が好転する保証はありません。独立や転職を考え始める前に,現在の組織で実行できることを全てやってみるべきです。自分自身の改革,目の前のタスクの意味や価値の再確認,自分が本当にやりたいことの探索,仕事仲間との関係性の強化,(それらが実を結ばなければ)社内転職,などなど組織の中でできることはたくさんあります。私も,そのような社内での再挑戦か,退職・独立か,どちらが自分にとって最善手なのか,数ヶ月考え続けました。上述した様々な要素の1つでも欠けていたら,会社に留まって頑張る道を選んだと思います。

 退職直後のブログでも書いたのですが,独立というのは,業界内でネームバリューが高い人,企業で要職を歴任した人,定年退職等キャリアを完了した人,副業が本業を超えちゃった人,そんな人たちの道であり,そのどれでもない私には無謀な挑戦でしかありませんでした。3年間,どうにかやってこられたのは,お仕事をオファーしていただく数々の幸運に恵まれたからであり,自分の技術で仕事を切り拓くような状況には全くなっていません。まだまだ綱渡りであり,いつ綱から落ちてもおかしくない状態です。やるべきこと,やりたいことが山積し,さらに日に日に積み上がっています。それらに押しつぶされてしまうかもしれません。

 しかしながら,それは全て自分が選んだ道であり,綱渡りもタスクの山も,独立したからこその貴重な経験なのだと思っています。自分の頑張りが直接的に収入を左右する点で,会社員時代より現在の方が充実していることは間違いありません。まだわずか3年。10年後,20年後に,この選択が正解だったと胸を張れるよう,これからも一日一日を大切に過ごしていこうと思います。

退職,そして腕一本で勝負

 本日付けで26年間務めた会社を退職いたします。退職後は,フリーランスで,ソフトウェアのある専門技術に関する適用推進活動(セミナー講師,書籍/記事執筆,コンサルティング等)に携わろうと考えています。

 フリーランスって,業界内でネームバリューが高い人,企業で要職を歴任した人,定年退職等キャリアを完了した人,副業が本業を超えちゃった人,そんな人たちがなるイメージだと思います。しかし私はそのどれにも当てはまりません。本業の仕事やお客様を受け継いだ,本業の傍ら着々と準備をしてきた,なんてこともありません。完全に0からの挑戦であり,傍目には無謀な挑戦にしか見えないと思います。

 何の勝算もなく挑戦するわけではありません。その専門技術に関して,今までに様々な経験を積み,日本人初(現時点では唯一)となる資格を取得し,業界内には普及の余地がまだ十分にあり,適用のサポートを必要とする組織や個人が多くいるはずだという感触はあります。ですが,本当にビジネスとして成り立つかどうかは,ふたを開けてみなければわかりません。リスクを取った先にあるのが,引く手あまたで大忙しとなれば理想的ですが,閑古鳥が鳴き生活が立ち行かなくなる危険性の方がむしろ大きいと思っています。

 でも,だからこそ,安定の大企業を退職し,退路を断ちました。独りで立ち向かってこそ見えてくる景色があり,人生を賭けるからこそ自分の仕事が確固たるものになると思うのです。これから取り組む仕事には人生を賭ける価値がある,そう信じているので,不安や恐れはありません。自分が本当にどれだけできるのか,ただただ楽しみです。後になって今日を振り返ったとき,お気楽なこと言ってあの後坂道を転げ落ちたぞ,とならないように,自分が持っているスキルを総動員して,頭と体をフルに使って,世間の荒波に飲み込まれずもがきながらも波をつかまえて,安定した生活と老後を送れるだけの稼ぎを上げられるよう,一生懸命頑張りたいと思います。

清々しい同僚たち

 過日,職場の同僚(後輩)たちの清々しい集まりに居合わせることができました。このブログには日記風の内容はあまり書かないのですが,とても気持ちの良い出来事だったので,書き残しておこうと思います。

 一人の後輩(Mくん)が会社を去ることになりました。私は仕事上の接点はほとんどなかったのですが,お互いカラオケ好きで,不定期に行くカラオケ仲間の一人でした。私がこの話を聞いたのは今月に入ってからで,しかもMくんが今月までということだったので,1年以上行けていなかったカラオケに,1週間後に行こうということになりました。

 私が他のカラオケ好きの皆さんに声をかけて,急だった割にけっこうな人数が集まってくれました。私は,Mくん送別はあくまできっかけで,みんなで歌えればいいくらいにしか考えていなかったのですが,参加者の一人が何か贈り物をしようと発案してくれて,仕事が多忙な中で贈り物選びをしてくれたりしました。この贈り物には,カラオケの参加者だけでなく,カラオケ不参加でもMくんにお世話になったからということでカンパしてくれた方もいました。

 カラオケ自体も,久々だったこともあって盛り上がり,最後の方は送別に相応しい曲が歌われたりして,楽しい中にも心温まるひとときになりました。

 …と,当日までの動きをこのように文章にすれば,送別のよくある光景に過ぎないかもしれません。これが,部や課といった同じ職場の同僚だったり,入社同期の仲間とかであれば,送別会を開き贈り物をするのは自然なことでしょう。しかし,このカラオケ仲間は,同じ本部(部の1つ上の組織)の中ではあるのですが,仕事上の関係性はまちまちで,あまり接点がない人もいるような集まりなのです。私にとっては,カラオケに一緒に行くことで顔がつながり,そのおかげで仕事で相談ができたり,普通ならなかなか接点のない若い世代と交流できたりして,とても有益でしたが,カラオケも年に1~2回でしたし,かなり緩~いつながりだと私は感じていました。

 なので,贈り物の話が出たとき,私は「今の若い人たちは義理堅いなぁ」と礼儀の面で捉えたり,この集まりの緩さから「贈り物をするとMくんに負担にならないか」と考えたりしてしまったのですが,それらは全然的外れな考えでした。皆さんはMくんに仕事上で何かとお世話になっていて,その感謝の気持ちを贈り物という形で表したかったのです。カラオケ不参加なのにカンパしてくれた人は「Mさんにすごく仕事でお世話になったので,むしろこういう形で参加できるのは嬉しい」。個人的に贈り物をするのは相手の負担になりそうだけど,同じ職場ではないのでその機会がない,という間柄だと,こういう形の贈り物は感謝の気持ちを形にできるいい機会になるんだな,とその言葉を聞いて思いました。

 考えてみれば,声かけから1週間で,遊びの集まりに多くの人数が集まったことや,贈り物をすることができたことは,Mくんの人望があるからこその出来事です。カラオケに一部の時間だけ顔を出してくれた人もいましたし,元々あった所用を調整して時間を作ってきてくれた人もいました。私も,Mくんの人柄に魅かれている一人だからこそ,短い期間でもカラオケの仕切りを楽しく進めることができました。趣味でのつながりという枠を超え,Mくんへの感謝や門出を祝する皆さんの想いは,私が思うよりもずっとずっと強かった。そう,これこそがMくんの人望の表れなんですよね。

 カラオケの後何人かで食事に行き,全てが終わって帰路についたときに感じた清涼感。そこには,Mくんの人望と,彼の門出を祝する同僚たちの想いがあふれていました。

残暑お見舞い2015

 皆様,残暑お見舞い申し上げます。
 夏の暑さももう少しかと思いますので,元気に乗り切りましょう!

HanabiWithTokyoTower
(出典:Facebook「ジャパネットたかた」)

JorenTaki
(出典:浜松市を中心とした静岡県西部(遠州)地域の情報ポータルサイト「はまぞう」,http://sasasm.hamazo.tv/e141308.html

 「東京湾花火」と「浄蓮の滝」の写真で涼やかな気持ちになっていただければ幸いです。浄蓮の滝は,石川さゆりの「天城越え」の歌詞に出てきますね。

 私は,珍しく春からずーっと仕事に追われ,気の休まらない夏を過ごしています。そして,携帯電話の買い替えタイミングなのでどうしようかで頭がいっぱいです。
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