どうしてこうも強いのか。恐ろしく強く,しなやかで,尊い。
グランプリファイナル2014に出場した 羽生結弦 選手は,Short Program,Free Skating 共にシーズン最高得点を記録し,圧巻の優勝を飾った。このこと自体は,羽生選手の実力からすれば,驚くことではない。しかし,五輪の翌シーズンであること,そして皆さんご存知の「中国激突事故」の影響を考えれば,今回のファイナルは優勝さえすれば十分,というところだったはず。シーズン最高得点とは,私たちの期待をはるかに上回る結果だった。
Free Skating の演技が終了した瞬間,派手にガッツポーズをし,指を突き上げて No.1 であることを喜ぶ。キスアンドクライでは,喜びを爆発させ,両手を広げて観客全体に向かって「皆さんのおかげです」と発しながら礼をする。素に戻ったような表情。心から感謝を表す態度。こんな羽生選手を見たのは久しぶりだ。勝ったからではなく,良いスケートができたことへの喜びと感謝にあふれていた。
羽生選手にとってさらに嬉しかったことは,フェルナンデス選手の母国であるスペインで最高の演技を披露し,スペインのスケート界を盛り上げ,銀メダルのフェルナンデス選手と喜びを分かち合えたことだ。過去のブログで指摘したように,羽生選手が無理をした理由の1つがスペイン開催にあったと私は推測しているが,この喜びは何事にも代えがたいことだろう。将来,あのときの羽生選手を見てスケートを始めた,というスペインのスケーターが出てきたとき,あのとき無理して頑張って良かった,と羽生選手は心から思えるのではないだろうか。
Free Skating の194点というスコアを見た瞬間に立った鳥肌は,歓喜というより恐ろしいものへの反応なのかもしれない。今回の圧倒的な優勝劇は「復活」という表現では到底表しきれない,「不死鳥」とでも言うべき神々しさに満ちている。大ケガから元に戻すだけでも大変なことなのに,わずか2週間で戻るどころかいきなりシーズン最高の出来にまで到達させる,その高い技術力と不屈の精神力。五輪金メダルのときとは違った感動と驚きが,今回の優勝劇にはある。
東日本大震災を経て,羽生選手は周囲への感謝を表に出すようになった。ただ,これは天災であり,自分ではどうにもならないことがいろいろあったはずだ。中国激突事故もまた,周囲への感謝を改めて感じる機会になったと思うが,これは羽生選手としては自分が引き起こした問題であり,自分で乗り越えなければならないという意識が強かったと思う。だからこそ,シーズン最高の演技ができたとき,乗り越えた達成感と周囲への感謝があふれ出たのだろう。
スケーター生命の危機に2度も襲われ,1度目は少しずつ山を登り,五輪を含む三大大会制覇の頂点に到達。2度目は落ちた穴がバネだったかのごとく一気に山を駆け登った。1度でも経験すれば精神的にたくましくなる危機を2度も克服すれば,あらゆる状況に対応する精神修養の術を会得し,周囲への感謝と気配りが肉体と精神に刻み込まれていく。演技後に発せられた羽生選手の言葉は,これまで以上に輝きを放ち,聞いている私は頷くことを忘れ,微動だにせずただただ受け止めてしまう。羽生選手の経験値は20歳にしてすでにベテランの域に達したかのようだ。それでいて,若者としてのチャレンジ精神は全く失われていない。今回の演技でもまだ伸びしろが残されており,勝ってなお課題がある。精神の充実と挑戦への意欲。これが非常に高い次元で融合していく。羽生選手のこれからは,楽しみという気楽なものではなく,険しい高みに耐える力を応援する私たちにさえも求められるもの…なのかもしれない。