マイクを持てば酔っぱらい

~カラオケをこよなく愛するITシステムエンジニアのブログ~

2016/17シーズン

樋口新葉よ,来シーズンこそジャンプとピーキングをコントロールせよ

HiguchiWakaba2017TeamTrophy 4月に開催されたフィギュアスケートの国別対抗戦でやっと実力に見合ったスコアを出し,その潜在能力を示した 樋口新葉 選手でしたが,私は「なんでこれを世界選手権で出さなかったんだよ。今頃遅いよ!」と思ってしまい,心からこのスコアを喜べませんでした。私は今シーズンが始まる前,樋口 選手について悪い予感がしていました。「大人の演技というところに気が行き過ぎて,得意なジャンプが崩れるようなことにならなければいいが…」 この悪い予感は,今シーズンの勝負どころだった,四大陸選手権と世界選手権で当たってしまいました。

 特に,平昌五輪の出場枠がかかった世界選手権では,もう少しで3枠確保の救世主になれたのに,救世主どころか2枠陥落の主犯となってしまいました。フリースケーティング(FS: Free Skating)では 三原舞依 選手の神演技や他の選手の不調もあり,ベストな演技でなくても1ミス程度なら3枠が確保できる状況になっていました。FS の演技前半は傷のないジャンプが続き,これは大丈夫,という期待を抱かせてくれましたが,後半最初の 3Lz+3T(3回転ルッツ→3回転トウループの連続ジャンプ)が 2Lz になり,自信のあるジャンプをミスしたことで,ノーミスしかないと思って演技していたと思われる 樋口 選手は動揺したと思います。ただ,この後,普段は単独ジャンプである 3F に +2T+2Lo を付けて3連続にした後,最後の 2A に +3T を付けて連続ジャンプにしてリカバーを試みたのですが,この +3T が回転数が足りず転倒してしまいました。この +3T を普通に飛べていれば8位に入賞し,3枠獲ることができていたのです。樋口 選手の実力からすれば,けして難しいミッションではありませんでした。

 樋口 選手がこの FS をどのような気持ちで臨んだか気になります。「ノーミスしかない」「失敗は許されない」という気持ちだったとしたら,プレッシャーに負けてしまったと思います。近年のシングル女子の上位争いは,ミスがないのは当然で,どれだけ良い出来栄えかが勝負を分けています。ですから,気持ちの持っていき方としては「ベストを尽くして最高の演技をする」「ミスしても引きずらず最後まで諦めない」というように,チャレンジャー精神を鼓舞する必要があったと思います。

 本人の演技後の談話を見てみましょう。

「2つ目の3-3(連続ジャンプ)を跳ばないとと強く思いすぎて少し力んでしまった。そのミスをカバーしようとしたが、(ラスト)2つ(の連続ジャンプ)ともいつもしないことだったので感覚が少し狂いました。今日も失敗がないようにと思っていたが、6分間練習でいい練習ができていたので、それが出せるかなと思っていた」

 この談話から,リカバープランの練習をあまり行っていなかったこと,失敗しないようにという意識が強かったこと,ミスした後いつもと違うことをすることへの覚悟や思い切りが足りなかったことがわかります。四大陸選手権の内容が悪かったので,世界選手権ではミスが許されないというプレッシャーに加え,ショートプログラム(SP: Short Program)が良かったことで,もしこれで FS でミスしたらもったいないという緊張感も加わってしまったかもしれません。三原 選手が SP で下位に沈んだことも,プレッシャーを大きくする一因にはなったでしょう。

 しかし,樋口 選手本人にとってはノーミス以外みな一緒だったのかもしれませんが,枠取りを意識するならば,1点でもスコアを拾うという気持ちをもっと強く持ってほしかったなぁと思います。であれば,最後の +3T もダメ元的な感じではなく「何が何でも」という気持ちになり,結果は変わっていたと思います。これは,本人の問題というよりは,コーチが 樋口 選手のメンタルにどうアプローチしたか枠取りのことをどこまで意識していたかの問題だと思います。

 もちろん,枠取りを若い 樋口 選手に託すことが酷だ,という意見もあると思います。宮原知子 選手が出場していれば(今回の世界選手権の内容なら)問題なく3枠が獲れていたでしょう。ですが,樋口 選手には十分に実力が備わっていますし,現にノーミスどころか1ミスでも3枠を獲れていたのですから,実力が出し切れずに2枠に陥落してしまったのはとても残念でしたし,樋口 選手にその責任の一端を求めるのも実力を認めているが故なのです。

 そんな世界選手権の結果にもかかわらず,国別対抗戦に 樋口 選手が出ると聞いたときは,日本スケート連盟は正気か?と思いました。もしここで 樋口 選手の成績が悪ければ,樋口 選手は潰れてしまう,と私は本気で心配しました。実際には,SP と FS の合計で216点をたたき出し,今季の悪い印象を消し去り自信を回復する大会になったので,樋口 選手にとっては救いでした。ですが,この国別対抗戦の出来が良過ぎたことが,今後 樋口 選手を苦しめる恐れがあるとも私は感じています。というのは,もし来季の試合で思うような演技ができなかった場合に「国別対抗戦ではあれだけのスコアが出たのに」と焦りを生む恐れがあるからです。国別対抗戦のスコアに縛られないためには,オフシーズンで良い調整をし,210点が常に出せるようなコンディションで来季を迎える必要があると思います。

 今季,成績が良かった全日本選手権や国別対抗戦は,日本で開催された大会であり,樋口 選手は日本国内では強くても海外で実力を出し切れないタイプである可能性があります。なので,来季はまず,グランプリシリーズの海外の大会で好成績を収めたいところです。その結果グランプリファイナルに進出できれば,来季のグランプリファイナルは名古屋で開催されるので,五輪直前の重要な国際大会を国内で戦うのは 樋口 選手(および他の日本選手)にとっては好条件でしょう。ここで自信を付ければ,全日本選手権と平昌五輪を一気に駆け抜けることができるかもしれません。ですから,来季のグランプリシリーズの初戦,これが 樋口 選手にとってはとても重要な大会になると思います。

 日本のシングル女子は平昌五輪に2人しか出場できませんので,突出した成績を出す必要があります。メンタル面では,いかなる試合でもひたむきでポジティブに臨むことが重要になるでしょう。今季「失敗したらどうしよう」という守りの気持ちで臨むとどうなるかを学んだと思いますので,来季は攻めの姿勢を貫いてくれると思います。グランプリシリーズは2試合とも2位以内グランプリファイナルは表彰台全日本選手権は優勝が目標になりますが,これら全ての試合を完全に全力で臨むと,全日本選手権の頃に息切れする可能性が高いと思います。全力の中にもピーキングの調整が必要で,8割~9割の力でも目標の成績が残せるくらいにならないと,五輪に出場できても実力を出せずに終わってしまうと思います。

 技術面では,今季はジャンプと表現の両方を追い求めたことで,ジャンプが停滞してしまったので,来季はこの愚を犯してはなりません。樋口 選手は元々ジャンプが得意なのですから,ジャンプで絶対的な安定感を身に着けてほしいです。ここで武器になるのは,チャレンジしている 3A(トリプルアクセルジャンプ)になってくると思います。3A が飛べるようになれば,ジャンプへの自信が戻ってくるでしょうし,スコアがさらに高くなるので,ライバルたちに強いプレッシャーを与えることができるようになります。そして,3A の自信が表現面やメンタル面にも必ず良い影響を与えると思います。浅田真央 さんもそうであったように,3A の成功は全てを好転させる大いなる可能性を秘めています。

 出場枠が3枠ならほぼ間違いなくメンバー入りしていたであろう 樋口 選手は,2枠になったことで五輪出場が危うい立場に追い込まれました。ですが,今季よりも数段高いレベルの技術とメンタルを習得し,今季の不安定さを払しょくして安定した成績を残せば,宮原知子,三原舞依 両選手の牙城を崩す存在になり,平昌五輪でメダル争いができると思います。既に高い実力を備えていながら,今季は初めてある種の挫折を味わったと思いますので,その思いをバネにして,来季,五輪シーズンでどんな姿を見せてくれるのか,楽しみにしたいと思います。

三原舞依は平昌五輪で戦える力がある

MiharaMai2016America 今シーズンの 三原舞依 選手の活躍は素晴らしかったです。成績を振り返ってみましょう。各項目最後の数字はスコアです。

  • 10月 スケートアメリカ 3位 189.28
  • 11月 中国杯 4位 190.92
  • 12月 全日本選手権 3位 198.17
  • 2月 四大陸選手権 優勝 200.85
  • 3月 世界選手権  5位 197.88
  • 4月 国別対抗戦  2位 218.27
    (国別対抗戦は総合順位を付けませんが,もし付けた場合は メドベージェワ 選手(RUS)に次ぐ2位となります)

 グランプリシリーズの2戦(スケートアメリカ,中国杯)で約190点のスコアを連発し,グランプリファイナル出場まであと一歩の好成績を残したことで,一気に認知度を上げました。その勢いのまま全日本選手権表彰台に乗り,初めて世界選手権の出場権をつかみました。このとき出した約200点のスコアを,その後の国際大会でも出し続けたことは,もっともっと評価されていい点です。全日本選手権は国内大会であり(他国ほど露骨ではありませんが)多少甘めの採点になりますので,それと同等のスコアを国際大会で出すことは,意味があることなのです。

 四大陸選手権平昌五輪と同じリンクで開催され,そこで優勝したことはリンクとの相性の良さを示しました。世界選手権は,五輪枠取りの強烈なプレッシャーの中,ショートプログラム(SP: Short Program)15位から挽回して5位に入る大健闘を見せ,お祭り色の強い国別対抗戦では,フリースケーティング(FS: Free Skating)の歴代日本最高スコアを塗り替え,SP と FS の合計スコアも 宮原知子 選手の最高点まであと0.06点に迫りました。国別対抗戦はジャッジが甘かったという意見もありますが,もしそうだとしても,三原 選手が(私が勝手に超一流ラインと定めた)210点を出せる選手であると認められたことは間違いありません。国別対抗戦のスコアは,今季の安定した働きに対する,スケートの神様のご褒美だと感じます。

 この成績を,シニア昇格1年目で,五輪プレシーズンという重要な時期に残したのですから驚きです。しかも,昨季の今頃は病気療養明けだったというのですから,今季の急成長は奇跡的です。女子選手の急成長は時折見られますが,シーズン途中で息切れすることが珍しくありません。三原 選手は,シーズン後半の大事な大会でも好調を維持し続けましたので,実力は本物とみていいと思います。シニア1年目ということもあってか,時々過小評価の記事を見かけたりしますが,そのような評価はこれだけの成績の選手に対して失礼というものです。現在,女子のトップである メドベージェワ 選手(RUS)は,昨季,シニア1年目でいきなりトップに君臨し,その勢いは2年目の今季も続いています。今季の 三原 選手の健闘ぶりを見る限り,メドベージェワ 選手と同様に,シニア2年目の来季も十分に高いレベルで戦える実力を,この1年で備えたと考えていいと思います。

 特に私が許せないのは,以前にも述べましたが,世界選手権の SP で15位と出遅れたことを,日本の平昌五輪出場枠が2枠になった一因であるかのように報道している記事があったことです。三原 選手が SP で出遅れたことで,樋口若葉 選手により大きなプレッシャーがかかったというような影響はあったかもしれません。しかし,三原 選手の SP が完璧だったとしても,FS で必要なスコアはほとんど変わらなかったのです。

  • 実際の世界選手権では 三原 選手は5位だったので,樋口 選手は8位以上に入る必要があった。(二人の順位の合計が13以下だと五輪出場枠が3枠になる)
  • もし 三原 選手の SP が完璧だった場合,三原 選手は4位になるので 樋口 選手は9位以上に入る必要があった。
  • 8位と9位の点差はわずか0.2点なので,三原 選手の SP が完璧だったとしても,樋口 選手が FS で出すべきスコアはほとんど変わらなかった。

 実際には,三原 選手が FS で完璧な演技をしたことで,樋口 選手が FS で1ミスまでなら3枠獲れるという状況を作ってくれたのです。それなのに「世界選手権で経験不足が出た」や「国別対抗戦はプレッシャーが小さいので高得点になった」といった全く見当違いの記事が,一般スポーツ新聞系から出ていたのには,本当にガッカリしました。表面的な考察で選手に対して厳しい指摘をしたつもりになり悦に入る報道は,選手を貶め,読者をミスリードしてしまうということを,報道する側が認識できていないことが悲しいですね。

 厳しい全日本選手権で結果を出し,四大陸選手権と世界選手権で200点レベルの演技を実施し,シニア1年目かつ五輪プレシーズンの疲労をもろともせず,国別対抗戦で 宮原 選手と同等レベルに到達しているのです。しかも,直前に 樋口 選手が FS 日本女子最高を記録した直後にそれを塗り替えたあたり,柔らかい雰囲気に包まれた内面はかなりの負けず嫌いであることがわかります。これだけの成績とメンタルを「たまたま」「ビギナーズラック」などと言うのはどうかしています。

 ここまでのプレッシャーを受けながら結果も伴う経験をした日本の女子選手は,過去を見てもほとんどいません。今季の経験が強い自信となり,五輪の究極のプレッシャーの中でも堅実な演技を見せてくれると確信しています。さらに,本来は感じる必要がない,2枠にしてしまった責任感を 三原 選手は感じているでしょうから,五輪に出場できた暁にはメダル争いに加わるんだという強いモチベーションを持って臨むはずです。実績,メンタル,モチベーション,全ての面において,宮原 選手以外では一歩抜け出た存在になっていると思います。順当にいけば,宮原知子,三原舞依 の両選手が平昌五輪の出場枠をつかむでしょうし,この4年間の努力や結果が報われるのはこの2人であってほしいと思います。

 今季の FS の曲目「シンデレラ」は,文字どおり 三原 選手のシンデレラストーリーを生み出した名プログラムとなりましたが,曲,振付,衣装には,やや "ジュニア上がり感" が否めないものでもありました。五輪用のプログラムは,三原 選手の技術と柔らかいスケーティングが存分に生かされた,今季よりさらに洗練された内容になることを期待します。一番恐れるのは,大人の表現を重視するあまり,本人に合わない重厚なプログラムになってしまうことで,これでは 三原 選手の良さは消えてしまいます。路線は今季のままが良いと思いますので,背伸びせずに少しだけ洗練さを加えたプログラムが手に入れば,平昌五輪では本当にメダル争いに加われると思います。五輪シーズンの 三原舞依 選手が今からとても楽しみです。

宇野昌磨 の世界選手権銀メダルのとてつもない価値

UnoShoma2017World フィギュアスケート世界選手権シングル男子は,羽生結弦 選手の劇的な優勝が話題の中心ですが,羽生 選手にあと一歩のところまで迫り銀メダルを獲ったのは,羽生 選手の同門生にして世界選手権3連覇を狙った ハビエル・フェルナンデス 選手(ESP)でも,安定した4種類の4回転ジャンプで 羽生 選手を四大陸選手権で破った ネイサン・チェン 選手(USA)でもなく,我らが日本の 宇野昌磨 選手でした。宇野 選手は今シーズン,本当にすごいことをやってのけたのですが,報道での扱いが小さいのが許せないので,ここでいろんな角度から取り上げたいと思います。

 世界選手権の演技がとても安定していました。ショートプログラム(SP: Short Program)が 104.86 点で2位,フリースケーティング(FS: Free Skating)も 214.45 点で2位,合計点 319.31 点も2位。FSの 210 点台達成は 羽生,フェルナンデス 両選手に続く3人目,合計の 319 点台は フェルナンデス 選手を超え,この上は 羽生 選手しかいません。SPとFS合わせて「転倒なく着氷した4回転ジャンプが6本」で「演技構成点(PCS: Program Component Score)が満点の90%(SP:45点,FS:90点)を超える」,この2つを今大会で同時に達成したのは 宇野 選手だけであり,技術面と芸術面の両方が極めて高いレベルで両立していたことを示す結果でした。FSの 3Lz(トリプルルッツジャンプ)で着氷の乱れがなければ,初めて 羽生 選手に勝って優勝していたという点ではもったいなかったですが,あと一歩のところまで追いつめた2位というのは,宇野 選手にとって,そして 羽生 選手にとっても,最高の結果だったと言っていいでしょう。羽生 選手を立てつつ,悔しさと満足感が両立するというあたりが 宇野 選手らしい結果だなと思います。

 好成績を残した1つの要因に,尋常でないメンタルの強さがあります。フィギュアスケーターは,自分の演技を行うまで音楽を聞いたりして自分の世界に入り込み,他人の演技を見ないものなのですが,宇野 選手は違います。今回の世界選手権では,以下のようなコメントを残しています。

「他の選手の演技を見ないようにしようとかではなくて、逆に見たいんです。それが自分の演技に影響するとは思わないし、うまい選手の演技は見たいと思うじゃないですか」

 これは,自分への自信に加え,自分や大会の雰囲気を客観視できているんだと思います。この境地に達するのは並大抵ではなく,弱冠19歳にしてこのメンタルコントロールを体得しているとは驚かされます。

 メンタルだけでなくフィジカルもすごくて,世界選手権に至る 宇野 選手の今シーズンの出場大会の多さは特筆すべきものがあります。グランプリシリーズ2戦,グランプリファイナル,全日本選手権,四大陸選手権,世界選手権と,出るべき主要大会に全て出場しているのに加え,四大陸選手権の翌週にアジア大会に出場,さらにグランプリシリーズの前と,アジア大会と世界選手権の間にも公式試合に出場しました。これら9大会全て表彰台に乗っているのがすごい! さらに,再来週には国別対抗戦がありますので,今シーズンはなんと10試合に出場するのです! 国別対抗戦の出場が発表されたとき,日本スケート連盟は(女子の枠取りの件と同様に)何も考えてないんだなと愕然としましたが,宇野 選手本人がそこはしっかり考えていると思うので,とにかくケガなく乗り切ってほしいと切望しています。

 四大陸選手権は,例年なら出場しない選手も多いのですが,今年は平昌五輪の会場で開催され,五輪のリンクを経験する点で重要度の高い大会でした。にもかかわらず,翌週のアジア大会にまで出場させられてしまったのは,アジア大会に全日本選手権の優勝者を出場させるという,日本スケート連盟と大会主催者との間で取り決めがあったかららしいのですが,アジア大会も少しミスはあったもののきちんと優勝して,開催国のメンツを保つことにも貢献しました。全日本選手権の優勝も,羽生 選手のインフルエンザ罹患による欠場によってお鉢が回ってきたものでしたが,宇野 選手の実力なら優勝して当然というプレッシャーと戦ったのは貴重な経験でした。このような過密日程を乗り越え,世界選手権で自己最高得点を30点も上乗せするという,驚異的な結果を残したのは本当に素晴らしかったです。世界選手権にピークを持ってくるだけでもすごいことなんですが,連戦を乗り越えての演技の出来栄えと高得点は,宇野 選手の並々ならぬ努力に対するスケートの神様からのご褒美のように感じました。

 そしてそして,さらに今シーズンがすごいのは,シーズン途中に新たな4回転ジャンプをプログラムに組み込んだことです。宇野 選手のFSの4回転ジャンプは,4F,4Lo,4T の3種類ですが,4Lo(4回転ループジャンプ)を入れたのは2月の四大陸選手権からです。もっと言えば,今では 宇野 選手の切り札になっている 4F(4回転フリップジャンプ)も,プログラムに組み込んだのは実質的には今シーズンから(正確には昨シーズン最終戦から)です。つまり,昨年の世界選手権と比べて,4回転ジャンプを2種類増やすという,とんでもないことをやってのけています。当初,今シーズンは 4F,4T の2種類を固めるつもりだったと思いますが,4回転ジャンプを4種類飛ぶ ネイサン・チェン 選手(USA)の出現が,宇野 選手に 4Lo の導入を急がせたのだと思います。

 シーズン途中の新ジャンプ導入は,ほとんど前例がありません。普通は,1年間同じプログラムを滑り熟成させていきますので,ジャンプの変更や順序組み換えでさえリスクが高くめったに行われないのです。シーズン途中で新しいジャンプ(しかも習得したての 4Lo)をプログラムに組み込むことは,ハイリスク・ハイリターンでありかなりの覚悟があったと思います。その勇気と技術が,世界選手権という大舞台でハイリターンを呼び込んだのでしょう。

 ネイサン・チェン 選手がシニアデビュー年でスタートダッシュを見せ,グランプリファイナルで 宇野 選手の3位を上回る2位に入ったときは,内心穏やかではなかったでしょう。四大陸選手権でも チェン 選手の後塵を拝しましたが,それでも慌てずに世界選手権で結果を残せたのは,昨年の世界選手権で満足いく演技ができずに悔しい思いをし,同じ轍は踏まないという強い気持ちを1シーズンずっと持ち続け,今年の世界選手権に照準を合わせていたからです。言うは易しですが,ここまで述べたような,あり得ないレベルの連戦,五輪プレシーズン,今年こそはというプレッシャーの中で,大会に出場し続けながら世界選手権にピークを持ってきて,実際に銀メダルを獲得したわけです。これだけの厳しいスケジュールやプレッシャーを乗り越えたことを思うと,今シーズンの最後についにつかみとった銀メダルには本当に感動しました。今後私は,今まで以上に 宇野 選手を応援しようと心に決めました。

 世界選手権での日本男子の1-2フィニッシュは,2014年の 羽生 & 町田 両選手以来ですが,2014年は五輪直後で有力選手が欠場する中での結果だったことを考えると,今回の 羽生 & 宇野 両選手の金&銀メダルには,計り知れない価値があります。例えて言うなら,今までは,マラソンの先頭を風を一身に受けて走る 羽生 選手を風よけにして,宇野 選手が追走してきた感じでしたが,今後はWエースとして2人で並走していくことになるでしょう。もう 宇野 選手に風よけは要りませんし,羽生 選手も並走する日本選手がいることで,気持ちに余裕が生まれると思いますので,2人で高め合いながら平昌五輪を迎えられそうです。

 このように,宇野 選手が世界選手権で銀メダルを獲ったことは,報じられているよりもはるかに大きなインパクトがあったと私は考えています。本人には強い自信が生まれ,周囲には強烈なアピールになったはずで,スケーターが 羽生 選手に抱く敬意と同じように「宇野 選手には負けてもしょうがない」と思わせる雰囲気が出てきたのではないかと感じます。平昌五輪の話は気が早いですが,宇野 選手は,フェルナンデス,チェン 両選手と銀メダルを争う構図になると私は予想していて,しかも2人より半歩リードし金メダルをも狙える位置にいると思います。ケガやスランプがなければ表彰台はほぼ確実で,五輪での日本男子1-2フィニッシュという大偉業の達成も十分ありうると思います。今から来シーズンが本当に楽しみになってきました。すごいことが起きる予感でワクワクしています。

五輪2連覇ほぼ手中にした 羽生結弦

spnvLogo 本記事をベースに微細な変更を加え,スポナビブログ(2018年1月末閉鎖)に掲載しました。


HanyuYuzuru2017World 世界選手権で3年ぶり2回目の優勝を飾った 羽生結弦 選手。世界選手権2回優勝表彰台5回目4年連続,いずれも日本男子史上初の快挙です。今回の世界選手権を勝つことの重要性を以前述べましたが,本当に勝てたこと,そしてその勝ち方や他の選手の内容を考えると,ケガや極度のスランプさえなければ,五輪連覇確実と私は今から断言したいと思います。

 ショートプログラム(SP: Short Program)で ハビエル・フェルナンデス 選手(ESP)に完璧な演技を披露され,10点以上の差がついてしまったことにより,フリースケーティング(FS: Free Skating)が完璧でも逆転できるとは限らないという状況になりました。「完璧な演技をしたい」「優勝したい」「過去の自分を超えたい」という気持ちは,SPがもう少し良ければ邪念になるところでしたが,点差がついたことで「絶対に完璧に」という強い気持ちと「結果は後から付いてくる」という達観が生まれたと思います。こうなったときの 羽生 選手は本当に強い。そして,本当に完璧に演技し,FSの史上最高得点を出して過去の自分を超えるという結果が付いてくるところが 羽生 選手の凄みです。

 過去2年,世界選手権で勝ち切れないという経験をしてきましたが,五輪プレシーズンという大事な年にピーキングに成功しました。さらに,これがSPビハインドからの大逆転。今まではSPもFSも完璧に…という意識が強すぎて自滅していた感もあったのですが,これでSPが完璧でなくてもなんとかなる,という意識になれば,SPに余裕が出てきて結局SPもうまくいくという好循環が生まれると思います。これが世界選手権で遂行できたことは,結果の面でも経験の面でも,優勝数回分に相当する大きな意味を持つと思います。これが,五輪連覇確実と私が現時点で言い切る理由です。

 他の選手はどうかというと,完璧なSPを披露しやはり真の敵かと思われた ハビエル・フェルナンデス 選手はFSで崩れ,コンディションが上がり切らないままだった今シーズンを象徴する結果になってしまいました。世界選手権3連覇と五輪プレシーズンのプレッシャーは,彼には無縁かと思いきやそんなことはなかったですね。SPが完璧だったことが,かえってFSを難しくしたのかもしれません。五輪に向けて再度ギアを上げてくるとは思いますが「やはり五輪は自分ではなく 羽生 選手のものなのか」と今回感じたとしたら,もう五輪の波に飲まれており,羽生 との優勝争いではなく,宇野昌磨,ネイサン・チェン(USA)両選手との表彰台争いに巻き込まれることになりそうです。

 ネイサン・チェン 選手はジュニアからシニアに上がったばかりなので,シーズン序盤からスタートダッシュする必要がありました。グランプリシリーズ,グランプリファイナル,米国選手権までずっと全力で進んできたと思いますし,米国選手権がピークだったでしょう。四大陸選手権は余力で優勝できましたが,年間を通したスタミナが切れたところで世界選手権を迎えてしまったのでしょう。あれだけ転倒する チェン 選手を観たのは久々で,やはり チェン 選手も人の子だったんだと,むしろちょっと安心しました。これで,今までの過大評価はいったん収まると思いますが,この経験を来シーズンのピーキングに活かすと思いますので,平昌五輪の表彰台候補であることは全く揺らぎません。昨年の世界選手権でスタミナ切れを経験した 宇野 選手が今シーズンこれだけ飛躍したのですから,チェン 選手も平昌五輪では素晴らしい戦いをしてくれると思います。

 個人的に嬉しかったのは,ボーヤン・ジン 選手(金博洋,CHN)の復活でした。今シーズンなかなか調子が上がらず,同じ立ち位置を チェン 選手に取って代わられた感もあったので,表彰台争いを私は予想できませんでした。世界選手権に見事に照準を合わせた素晴らしい内容で,シーズンの不調をここで覆すというのは技術もメンタルも一級品である証です。ライバルの脱落があったとはいえ,2年連続の銅メダルという結果も得るあたり,運も持ち合わせていてなかなか面白い存在になってきました。昨シーズンはシニアデビューで世界選手権まで好調を維持し続け,今季はシーズン中の不調を世界選手権で払しょくするという,2シーズンで異なる経験を得たのは ジン 選手にとってとても大きいと思います。4Lz(4回転ルッツジャンプ)の美しさは世界一であり,これをFSで2回飛ぶ構成にしたら平昌五輪でも表彰台争いに加わってくることになると思います。

 以上で紹介した3人は,羽生 選手とは一歩(水泳なら身体1つ分,競馬なら1馬身のイメージ)差が空いている感じがあり,真の強敵宇野昌磨 選手になるでしょう。宇野 選手に関しては,独立した1本のブログ記事を書かなければ申し訳ないくらいに,今シーズンはフル回転の大活躍でした。宇野 選手がここまで上がってきたことで,羽生 選手にも気持ちの余裕を与えることになるでしょう。なぜなら,シングル男子がハイレベルな戦いを続ける中で,自国の選手が同じレベルでいてくれることは,お互いにとても心強いことだと思うからです。羽生 選手が五輪連覇するにせよ阻止されるにせよ,宇野 選手がその鍵を握ることになりそうです。

 今回の世界選手権の勝ち方は,改めて 羽生 選手の技術とメンタルの強さを示すものになりました。あとは,羽生 選手にケガと慢心さえなければ,五輪連覇の偉業達成を目の当たりにすることになりそうです。

フィギュアスケートシングル女子五輪2枠にもの申す!

 世界選手権の成績により,平昌五輪フィギュアスケートシングル女子の日本の出場枠が2名になったことは,関係者にとっては本当に無念で悔しい結果だったと思います。1ファンである私の思いは,単純に2人しか観ることができないことがとても残念ですし,五輪出場者選考の過酷さを思うと,観るだけの側なのに胸がヒリヒリとしてきます。

 ところが,マスコミやスポーツライターの論調は「選手はよくやった」「日本のレベルが低下」「2枠でかえってレベルが上がる」など,全く論点が外れたものばかり。スポーツの競技性や勝敗の機微といった側面はほとんど報道せず,選手のアイドル性や薄っぺらいドラマ性に終始する有様。こういった馴れ合いと,競技者・指導者に丸投げの体質が,日本がこれだけ豊富な人財を擁しながら,五輪出場枠2枠という失態を招いた,ということを関係者は認識しているのでしょうか? 本記事では,強い言葉で今回の事態の問題点を指摘いたします。

MiharaMai このような状況でも,選手が頑張ったことは言うまでもありません。特に,三原舞依 選手の健闘は本当に称えられるべきです。単なるノーミスというレベルではなく完成度が伴った演技で,技術点(TES: Technical Element Score)は メドベージェワ 選手(RUS)を除けばトップの点数をたたき出したのです。三原 本人の談話のとおり,ソチ五輪の 浅田真央 選手の伝説のフリースケーティング(FS: Free Skating)を彷彿とさせるものでした。ショートプログラム(SP: Short Program)のときには,今までに感じたことのない緊張感が襲ったようですが,最低限の減点に留め,FS で完全に払しょくするあたり,三原 選手のメンタルと技術の高さには本当に感動しました。深夜,リアルタイムで応援していた人たちは,三原 選手の素晴らしい演技に感涙し,197点まで伸ばしたのを見て,もしかしたら3枠獲れるかもしれない,と期待感を抱いたのではないでしょうか?

 当然 樋口新葉 選手の演技に注目が集まりました。樋口 選手に枠取りの重圧を与えることは酷だとは思うのですが,それに応えられるだけの十分な実力を持っているからこそ,皆さんも期待したと思います。「順位が3つ届かなかった」という表面的な報道がされていますが,結果から見るととても僅差でした。演技の後半最初の 3Lz+3T の失敗(= 2Lz 単独になってしまった)さえなければ,もしくはこの失敗があっても,最後にリカバーのために挑んだ 2A+3T のセカンドジャンプが普通に飛べていれば8位に入り3枠を確保できたのです。つまり,三原 選手のベストパフォーマンスと他選手の停滞によって(私の直前分析よりもさらに条件が緩和され)完璧なパフォーマンスでなくても,1ミスに抑えればいいという状況だっただけに,本当にもったいなかったです。勝負事は僅差で決まるというスポーツの鉄則はここにも当てはまりました。ミス1つの差という結果に,樋口 陣営は重い重い責任を感じているかもしれません。私は,樋口新葉 選手に期待と不安を抱いていた1人として,彼女が負ってしまったであろうダメージがとても気がかりです。1人の有望選手がつぶれてしまうきっかけになりはしないかと案じています。

 三原・樋口 両選手(むろん 本郷理華 選手も)をこのような重圧にさらし,結果として3枠を逃す大失態を犯した日本スケート連盟に対して,私は強烈な失望と怒りを禁じ得ません。マスコミは「日本の総力やレベルの低下」のように報じ,小林芳子・日本スケート連盟フィギュア強化部長は「残念ながら世界についていけていない」「(出場者選考が)今まで以上にし烈になる。かえっていい選手が出てきてくれればいい」とまるで評論家のようなコメントを発しています。何でしょうか,このコメントは…。関係者各位の当事者意識があまりに欠落していて,嘆かわしい限りです。

 マスコミ報道の中にもひどいものがありました。三原 選手が SP でミスしたことを,実力不足,ひいては2枠の遠因かのように書いている記事を見て,私は怒り心頭に発しました。三原 選手が仮に SP もノーミスだった場合,総合4位になり 樋口 選手が9位でも3枠確保でしたが,8位と9位のスコアの差はわずか0.2点しかなく,三原 選手が4位か5位かは枠取りにほとんど影響がなかったのです。なのに,あれだけ素晴らしい FS を演じた 三原 選手に対して SP のミスをあげつらい的外れな指摘をするとは,選手に対するリスペクトが全く感じられない記事でした。マスコミがこの程度だから日本スケート連盟がだらしないままなのだ,と感じざるを得ないですね。

 かつて,浅田真央,安藤美姫,鈴木明子,村上佳菜子 ら各選手が活躍し,当然のように3枠を獲っていた頃と比べれば戦力ダウンしていることは事実ですが,今までが異常に強力だっただけで,現在でもロシアに次ぐ戦力があり,他国から羨望される人財を擁していることもまた事実です。宮原知子 選手の欠場が3枠喪失の大きな要因となってしまいましたが,国のトップスケーターが欠場すれば3枠が危ないのはどの国も同じであり,レベル低下など全く筋違いの論評です。今までの強力布陣の時代にあぐらをかき,状況の変化に対する対応が欠如し,トップスケーターである 宮原 選手のコンディション整備を怠った日本スケート連盟の怠慢が,3枠喪失の最大の原因です。このことをきちんと指摘するマスコミやライターが見当たらないように思うのは私だけでしょうか?

 2月の四大陸選手権アジア大会が2週連続開催にもかかわらず,その両方に全日本選手権の優勝者を出場させるという話が出たとき,今回の最悪な結末を予感した方も多かったのではないでしょうか。アジア大会に有名選手を出場させることは開催国である日本の責務だったとはいえ,四大陸選手権が五輪会場で開催されるという今年の重要性と,五輪プレシーズンの世界選手権が控えている状況を考えれば,日本スケート連盟はアジア大会主催者側と本気で打開策を考えるべきでした。どこまでこの件が話し合われたのかに関して私は把握していませんが,打開策が何もなかったのは事実です。この過密スケジュールと 宮原 選手のケガが無関係なはずがありません。結局,宮原 選手は「五輪会場の経験」「アジア大会の盛り上げ」「世界選手権の2年ぶりのメダル獲得」「五輪3枠の維持」これらを何一つ果たすことができませんでした。宮原 陣営も後悔と責任を強く感じていることでしょう。

 「3枠でも2枠でも出場選手の成績が良ければよし」とか「3人が出場すればメダルを獲る可能性が上がる」といった考えの方もいるようですが,枠取りはもっとスポーツの普遍的な側面で考える必要があると思います。

  • 何よりもまず,五輪や世界選手権は1人でも多くの選手が経験すべき大舞台です。
  • 同じ国でも様々なタイプの選手が演技を披露することで,フィギュアスケートの多様性や面白さが世間に伝わり,フィギュアスケートの普及や発展を促すと思うのです。
  • そして,最大の問題は2枠と3枠では選手への負担が格段に変わることです。選考の過酷さが全く違いますし,五輪本番でのプレッシャーの共有という点でも3人より2人の方がはるかに厳しいと思います。

 人財が乏しく2枠でやむを得ないという状況ならともかく,現在の日本が2枠でよい理由などどこにもありません。世界が注目する五輪の場において,素晴らしい日本女子スケーターを2人しかお披露目できないのが,本当に悔しいです。メダルを獲れないことよりも,出場枠が狭まることの方がずっとずっと辛く悔しいことだと思うのですが,3枠喪失の事態が現実となった今,報道等を見る限り,3枠確保が何より最優先事項であるという意識を持っている人が,もしかして関係者の中にあまりいなかったのかな?と感じてしまいます。

 五輪の出場者選考が熾烈を極め,国内の争いで疲弊して,平昌五輪で力を出せずに終わる…これが最悪のシナリオです。日本女子の実力ならそんなものは乗り越えられる,などという精神論はあまりにも無責任です。日本スケート連盟が今回の事態に陥った責任を取るには,来シーズン,五輪に出場する2選手が,国内選考で疲弊することなく,五輪で最も実力を発揮できるような環境整備を本気で本腰で実施すること,これしかありません。正直なところ,今の動きを見る限りそんなことができるとは到底思えませんが,関係者の1人でも多くの方が,3枠喪失をもっともっと重大なこととして捉え,五輪に向けて選手のためにできることは何なのかを徹底的に考えて実践していただきたい,そう強く強く願ってやみません

女子の五輪枠取りは本当に絶望的?

 フィギュアスケート世界選手権シングル女子は,戦前の予想どおり,日本にとって重要かつ難しい試合になってきました。


【女子】

 宮原知子,世界選手権欠場 - 日本にとって痛恨のニュースだった。宮原 は,四大陸選手権とアジア大会に2週連続で出場させられるという日本スケート連盟の無謀な日程を全うしようとしたがために,練習過多になりケガにつながったと考えるべきだろう。ケガによって四大陸選手権とアジア大会を回避したことで,世界選手権に間に合うのではないかという周囲の期待は落胆に変わった。五輪の枠取りに非常に大きな影響が出ることは疑いようがなく,結果がどうなろうと,日本スケート連盟には猛省を求めたい

 ニュースなどでよく言われている「五輪の枠取り」について説明しておきたい。世界選手権の各国選手の成績によって,翌年の五輪に各国から何名が出場できるかが決まる,これが五輪の枠取りである。上位2名の順位の合計が13以下なら,その国からは3名が五輪に出場できる。例年は,世界選手権の成績が翌年の世界選手権の枠取りになるのだが,五輪前年だけは,世界選手権が五輪の枠取りも兼ねるのだ。だから,今年の世界選手権は重要度が違うのだ。

 五輪というスポーツ選手の晴れ舞台は,一人でも多くの選手が経験すべきである。正に「参加することに意義がある」のであり,五輪に何名が出場できるかという問題は,五輪での成績よりもはるかに重要な問題だ。もし3名ではなく2名しか出場できなくなるとしたら,日本フィギュアスケート界にとって非常に大きな損失ではないか,と私は強く思う。

 感覚的に言うと,宮原 が出場していれば3名枠取り確率60%だったものが,世界選手権開始前は30%程度という印象だった。SP(Short Program)が終わった今,その確率は15%ほどに私には感じられるし,もっと低いと考える人もいるだろう。でも,本当にそうだろうか? 勝手に悲観的な観測をしていても始まらない。冷静に分析してみよう。

<SP の順位とスコア(あえて整数で四捨五入)>

  1. メドベージェワ (RUS) 79
  2. オズモンド (CAN) 76
  3. デールマン (CAN) 72
  4. ポゴリラヤ (RUS) 72
  5. チェン (USA) 70
  6. ソツコワ (RUS) 70
  7. ワグナー (USA) 69
  8. コストナー (ITA) 66
  9. 樋口新葉 66

 12. 本郷理華 63
 15. 三原舞依 60

 スコアを整数で書くと,それほど点数の差がないことがわかるだろう。樋口 は表彰台はさすがに厳しいが,5位くらいならまだまだ手が届くし,本郷 や 三原 も8位入賞圏内なら可能性はかなりあるのだ。

 樋口 は FS(Free Skating)でベストの演技をすれば,SP との合計で200点に届く。三原 は転倒にもかかわらずほぼ60点なのが不幸中の幸いで,FS がベストなら合計195点までありうる。メドベージェワ と ポゴリラヤ の安定感は別格でこの2人を抜くのは不可能と思うので,それ以外の6人(オズモンド,デールマン,チェン,ソツコワ,ワグナー,コストナー)が事実上のライバルと考えてよい。この6名の今季の出来から考えて,このうち3人が200点を超え,3人が195点を下回る,というのは十分にありうるシナリオだ。つまり,樋口 と 三原 が6位と7位に入る可能性は案外高いということが言える。もし6人のうち200点超えが1人だけならば,樋口 が4位に食い込み,この場合 三原 は9位でよくなる。これは6人のうち1人だけを抜けばよい計算なので,十分に現実味がある。

 このように,女子の SP はさほど点数の差がつかないので,順位だけを見て絶望的と考えるのは早すぎる。もちろん,樋口 と 三原 の2人がベストパフォーマンスで,他の選手の一部がベストでないという条件が必要だが,マスコミが喜びそうな「奇跡の3枠確保」という結果になる可能性はまあまああるとみてよい。上で確率15%と書いたが,これを書いた後では30%キープでいい気がしている。厳しいことに変わりはないが,全く悲観する状況ではなく,人事を尽くして天命を待ちたい。

 本郷 については上で触れなかった。今季の出来から考えればベストでも合計190点程度であり,SP の上位9人から190点を割る人が出るとは思えないので,枠取りへの貢献は難しいだろう。ただ,開き直ってものすごい演技になり,合計195点まで届くようなことがあれば,樋口 と 三原 のどちらかに不運があった場合にカバーできるかもしれない。本郷 は波がある分,時折素晴らしい演技を見せてくれることがあるので,とにかく良い演技をしてほしいと願わずにはいられない。

 実は枠取りがかかっているのは日本だけではない。ロシアは3枠間違いないだろうが,アメリカ,カナダは日本と同じような状況にある。SP が良かったカナダは,FS で大崩れがなければ3枠を獲れるだろう。アメリカは日本よりは良い状況にあるが油断はできない。日本が3枠を獲るようなことがあれば,そのあおりでアメリカが2枠に沈むことも考えられる。日米で3枠目を争うのはなかなか辛い構図だが,これが現実だ。このプレッシャーがどの国にもかかっている以上,何が起こるかは最後までわからない。

1ヶ月前のフィギュアスケート世界選手権展望

 先々週,四大陸選手権が行われ,シーズン終盤の状況が見えてきました。世界選手権がどんな大会になりそうか,気が早いですが今からスポーツ雑誌風に占ってみたいと思います。


【男子】

 優勝争いは,羽生結弦,宇野昌磨,ハビエル・フェルナンデス(ESP),ネイサン・チェン(USA)の4選手の争いになるだろう。

 その最右翼はやはり 羽生結弦 である。全員がベストな演技をした場合,SP (Short Program),FS (Free Skating) どちらも最高得点を出せるのは 羽生 であり,その意味で優勝に最も近いのは間違いない。ただ,気がかりなのは,FS 後半最初の4回転サルコウ+3回転トウループのコンビネーションジャンプが,四大陸選手権でもグランプリファイナルでも成功しなかったことだ(四大陸選手権では SP でもこのコンビネーションジャンプに失敗)。4回転ループを入れて4回転ジャンプの本数を増やしたことで,そのしわ寄せが演技後半のジャンプに及んでいるとの指摘もあるが,四大陸選手権では,予定していなかった "後半4回転トウループ2本" を成功させたことから,体力面の問題ではないことは明らかだ。おそらく,音楽の細部に敏感な 羽生 にとって,音楽の流れとジャンプがかみ合っていないことが問題なのだろう。あと1ヶ月でこのチューニングを完成させられるのか,FS 後半最初のコンビネーションジャンプが注目点だ。

 四大陸選手権は,平昌五輪と同じリンクを経験することが目的であり,順位は気にしていなかったはずだ。完全な演技ではなかったにもかかわらず チェン との差がほとんどなかったのは収穫だと感じているだろう。ピークを世界選手権に持っていくことは今シーズン最大のテーマ(別記事参照)であり,宇野 や チェン の実力や フェルナンデス の今季の調子を考えると,世界選手権は当然勝つべき大会である。逆に負けるようなことがあれば,平昌五輪に暗雲が漂うことになるだろう。

 グランプリファイナルに続き,四大陸選手権でも 羽生 と チェン の後塵を拝した 宇野昌磨 は,内心では悔しい想いを抱きながらも,それによってモチベーションが維持されるのは好材料だ。四大陸選手権では,SP でジャンプを全て成功させ初の100点台を達成,FS では4回転ループジャンプを成功させ,一歩一歩着実に進化している。4回転ループは 羽生 が先にプログラムに組み込んだこともあり,宇野 の4回転ループの成功はさほど話題になっていないが,実はかなり意味があると私は考えている。4回転ジャンプの種類を書き並べてみると,それが見えてくる。

  • 宇野: 4F, 4T, (4Lo)  (  ):四大陸選手権で追加
  • 羽生: 4Lo, 4S, 4T
  • チェン: 4Lz, 4F, 4S, 4T

 4回転ループを入れる前の 宇野 は,チェン が飛べるジャンプ2種類しか飛べていなかった。4回転フリップは 宇野 が最初に飛んだが,チェン がすぐに追いついてきたためアドバンテージを失ったのだ。しかし,4回転ループを入れたことで,チェン が飛べないジャンプを入れ,4回転ジャンプの組み合わせにオリジナリティーが生まれた。また,羽生 が飛べるジャンプを入れて 羽生 と同じ種類数になったことで「羽生 に肩を並べた」という印象を与えることができた。宇野 は4回転サルコウジャンプの導入も視野に入れているという。五輪シーズンにそこまで到達するかは未知数だが,もし到達すれば,羽生 が飛べるジャンプを全て入れた上でジャンプの種類数は超えるので「羽生超え」という印象を与えることになり,これは強烈なインパクトになる。

 私は,宇野 が4回転ジャンプを4種類にする必要はないと考える。4回転ループもシーズン途中から入れているものであり,まずは3種類の4回転ジャンプの精度を高めることが先決だろうし,五輪シーズンになってから新たなジャンプを入れるのはリスクが大きいので,五輪は現在の3種類で臨むべきだと思うし,それでも金メダル争いの勝機は十分にある。それに向けて,世界選手権では,チェン の華やかなジャンプ構成に惑わされることなく,現在のジャンプ構成の完成形を披露できれば,表彰台どころか優勝も十分にありうる

 ハビエル・フェルナンデス(ESP)は,今シーズンは昨季ほど素晴らしい出来ではないが,それでもヨーロッパ選手権をきっちり5連覇し,世界選手権は3連覇を狙う。4回転ジャンプを FS で4本以上入れる風潮が強くなる中,昨季同様4回転3本のまま高い完成度で勝負する戦略は実に手強い。宇野 や チェン が成長著しいとはいえ,フェルナンデス が 羽生 対抗の一番手であることは揺るがない。例年,世界選手権はきっちり仕上げてくるが,今季の調子,宇野 や チェン ら若手の台頭,3連覇への重圧を考えると,今年は少し難しい戦いを強いられるだろう。

 グランプリファイナル2位,全米選手権と四大陸選手権の優勝で,一気に注目を集める ネイサン・チェン(USA)。チェン の評価に関しては「羽生 危うし」「まだまだ 羽生 の域ではない」など両極端な論調が目立つが,どちらも的確ではない。SP と FS が失敗なく実施できた場合,羽生 は合計 320 点に届くが,チェン は合計 310 点程度で,これが出来栄えやミスによって上下することになる。この点数の差は実力が並んだとまでは言えないが,けして楽観もできない。

 チェン はジャンプだけでトータルプログラムとしては弱い,といった評価があるが,その見方は過小評価だ。バレエの心得がある チェン の表現力は大会のたびに良くなっており,芸術点に相当する PCS (Program Component Score) の点数もどんどん上がっている。羽生 や 宇野 を見慣れている我々にとって チェン の演技はたしかに物足りなく感じてしまうのだが,羽生 や 宇野 の表現力が超一流レベルなのであり,チェン の表現力も既に一流のレベルに到達している。世間の風評よりも PCS の差は小さいと思った方がよいだろう。

 チェン の4回転ジャンプは成功確率が高く,転倒や抜けの可能性はほとんどないが,GOE(Grade Of Execution,出来栄え点)はさほど高くない。ジャンプの基礎点はたしかにすごいのだが,技術点にあたる TES (Technical Element Score) は GOE によってかなり上下するので,ジャンプの完成度も重要である。羽生 や 宇野 は,ジャンプの失敗・転倒があるものの,成功したときは完成度が高いので GOE が高くなるのだ。つまり,技術点の差は世間で報じられているような脅威とまでは言えないだろう。

 ソチ五輪プレシーズンの 羽生結弦 と パトリック・チャン(CAN)の差は,現在の 羽生 と チェン の差よりもっと開いていた。ということは,チェン が平昌五輪で金メダルをとっても何ら不思議ではないが,ソチ五輪では 羽生 よりも チャン のミスが多かっただけで,普通の出来なら チャン が金メダルだったことを忘れてはならない。このときの 羽生 は,10代でありながらシニア4年目であり,そこまでの積み上げがあったが,まだシニア1年目の チェン は,羽生 に追いつきそうに思えても,実はこの差を詰めるのが案外難しいことを,これから平昌五輪までの間に感じることになるだろう。その前哨戦となる世界選手権は チェン が 羽生 にどこまで迫れるかが注目点だが,チェン にとっては,技術面では GOE や PCS をどこまで高められるか,メンタル面では追う立場の勢いや重圧にどう向き合うか,その両面が問われる大会になる。

【女子】へ続く

なぜ女子はダブルアクセルを2本飛ぶのか?:フィギュアスケートのジャンプ戦略

 フィギュアスケートのフリースケーティング(FS: Free Skating)では,男子は8回,女子は7回のジャンプを飛びます。ジャンプはスコアの半分以上に影響しますので,どのジャンプをプログラムに組み込むかが,フィギュアスケートの重要な戦略の1つになるわけです。ところが,よく観ている方の中には「3回転ジャンプがあるのに,女子の FS でダブルアクセルを2回飛んでるのはなぜだろう?」とか,なんでこのジャンプを選んでいるのかな?と思いながら観ている方もいると思います。そこで,ジャンプの種類がどのように決まるのか,そこにどんな戦略があるのかを,ざっくり紹介したいと思います。

 まず,ジャンプの用語や表記を整理します。

  • 【ジャンプの種類】 A =アクセル [8.5],Lz =ルッツ [6.0],F =フリップ [5.3],Lo =ループ [5.1],S =サルコウ [4.4],T =トウループ [4.3] ([  ]:3回転ジャンプの基礎点)
  • コンビネーションジャンプ」…2つ以上の連続ジャンプ,「ファーストジャンプ」「セカンドジャンプ」「サードジャンプ」…コンビネーションジャンプの中の1つ目,2つ目,3つ目のジャンプ
  • 本記事では,単独ジャンプやコンビネーションジャンプといった個々のジャンプ要素を「1」,単独ジャンプや "連続ジャンプの中の個々のジャンプ" を「1」と数えます。例えば,3連続ジャンプは1回で3本のジャンプを飛ぶことを表します。
  • 【表記例】 3A =トリプルアクセル,4F =4回転フリップ,3Lz+3T =トリプルルッツ→トリプルトウループのコンビネーションジャンプ
 FS におけるジャンプのルールは,以下のように規定されています。
  • [A] 男子は8回,女子は7回。
  • [B] アクセルジャンプを1本は必ず入れる。
  • [C] コンビネーションジャンプは3回まで。その中で3連続ジャンプは1回まで。よって,男子:8回・12本,女子:7回・11本までとなる。
  • [D] 3回転以上の同じ種類のジャンプは2本まで。その2本のうち1本は必ずコンビネーションジャンプに含める。(2A も2本までだが,2本とも単独ジャンプでも構わない)
  • [E] 2本飛ぶ3回転以上のジャンプの種類は2種類まで。
 [D] のルールにより,例えば 3Lz が得意な選手でも 3Lz は2本までしか飛べませんし,一方はコンビネーションにしなければならないので,例えば,3Lz+3T と 3Lz というような構成にする必要があります。

 [E] のルールはさらに悩ましい制約です。例えば,3Lz+3T, 3Lz, 3F+3T, 3F というジャンプ構成は不可能です。なぜなら,3Lz, 3F, 3T の3種類が2本ずつ入っているからです。2本飛んでいいのは2種類までなので,この例の場合,どれかを1本に減らす必要があります。

 上記のルールを総合すると,3A を飛べない大多数の女子選手は,FS で7回11本あるジャンプの中に,3回転ジャンプを5種類7本しか入れられません。よって残り4本のうち2本を 2A でカバーするのは必然的な選択になります。だから,女子は FS で 2A を2本飛んでいるのです。

 スコア戦略を紐解くために,具体的なジャンプ構成を例示します。3A を入れないケースでは,点数が高い Lz と F を2本ずつ飛び,コンビネーションジャンプも点数が高いものを組み入れると点数が高くなりそうです。考えられる典型的なジャンプ構成が下記です。

【パターンA】 3Lz★, 3F★, 3Lo, 2A★; +3T, +2T, +1Lo+3S 《基礎点:44.8》

 表記の見方を説明します。

  • 」はそのジャンプを2本飛ぶことを意味します。「」から始まるのはコンビネーションジャンプのセカンド&サードジャンプです。セカンド&サードジャンプはどのジャンプと組み合わせてもスコアは同じなので,これらを分離して書いています。例えば,"3Lz+3T と 3F" でも "3F+3T と 3Lz" でもスコアは同じなので,これらは "3Lz, 3F, +3T" と表しています。
  • 基礎点》は,ジャンプの回転数や種類に応じて与えられる点数です。実際には,演技後半の時間帯に実施した場合のボーナス点(基礎点が1.1倍になる),ジャンプの回転が不完全(回転不足やダウングレード)な場合の減点(回転不足だと基礎点が0.7倍になる),上述のルールに違反した場合の減点によって基礎点が変わりますが,これらを考えない点数を記しています。
 【パターンA】は 3Lz と 3F を2本ずつ入れ,3T と 3S をセカンド(サード)ジャンプで使うので,残る3回転ジャンプである 3Lo を単独ジャンプ(またはファーストジャンプ)に入れると,単独ジャンプとファーストジャンプが計5本となり,残りの2本が 2A になります。

 しかし,実際に【パターンA】を採用する選手はめったにいません。今季のトップ選手では ソツコワ 選手(RUS)だけがこの構成を採用しています。なぜなら,Lz と F の両方をきちんと飛べて(これを「Lz と F の飛び分けができる」なんて言います),かつ Lz と F の両方でコンビネーションジャンプを飛ぶというのは,女子にとってはとても難度が高いのです。ほとんどの女子選手は Lz と F の飛び分けが不得手なので,得意な方だけを2本にします。Lz が得意な選手なら【パターンA】の F を1本 Lo に変えると,

【パターンB】 3Lz★, 3F, 3Lo★, 2A★; +3T, +2T, +1Lo+3S 《基礎点:44.6》

になり,これなら点数もほとんど変わりません。これは今季 ポゴリラヤ 選手(RUS)が採用しています。ところが,+1Lo+3S 自体は点数が高いのですが,これを入れるとルールの制約上 +2T を入れざるを得なくなり,合計点が思ったほど高くなりません。実は +1Lo+3S よりも,+3T を2本入れる構成の方が合計点が高くなります。

【パターンC】 3Lz★, 3F, 3Lo, 3S, 2A★; +3T★, +2T+2Lo 《基礎点:45.1》

 これは今季の 宮原知子 選手が採用していて,素晴らしいスコア戦略だなぁと感じます。多くのトップ選手は【パターンB,C】のどちらかの構成をベースに,3Lz の代わりに得意なジャンプを2本飛びます。現世界女王メドベージェワ 選手(RUS)でさえ,

【パターンD】 3Lz, 3F★, 3Lo, 3S, 2A★; +3T★, +2T+2T 《基礎点:43.9》

の構成です。Lz ではなく F を2本飛び,+2T+2Lo より点数の低い +2T+2T を入れているので,けして高いスコアではありません。彼女の強さは,基礎点ではなく出来栄え点(GOE: Grade Of Execution)と演技構成点(PCS: Program Component Score)にあると言えます。

 ところで,ここまで紹介したパターンは,スコアの差が1点程度で,大きな差ではありません。ですから「女子のジャンプ構成はほぼ上限まで来ていて,出来栄えの差が勝敗を分ける」と言われているのです。では,スコアを伸ばすにはさらにどのような策があるでしょうか。代表的な戦略を2つ紹介します。

 1つめは,セカンドジャンプに Lo を入れることです。+3T を +3Lo に変えれば +0.8点,+2T+2Lo を +2Lo+2Lo に変えれば +0.5点 と少なからぬプラスが得られます。しかし,セカンドジャンプの Lo は難度が高く,この戦略が使える選手はほとんどいません。ただ,今のジュニア世代は Lo のセカンドジャンプを習得している選手が多く,平昌五輪後は +3Lo を観る機会が増えそうです。

 もう1つは,言わずもがなの 3A です。これが飛べれば 2A を1本にすることができます。3A を飛ぶ 浅田真央 選手のジャンプ構成は,

【パターンE】 3A, 3Lz, 3F★, 3Lo, 3S, 2A; +3Lo, +3T, +2Lo+2Lo 《基礎点:50.9》

で,メドベージェワ 選手(RUS)の【パターンD】より7点も高いのです。3A に加え,Lo のセカンドジャンプを2本入れていることが効いていて,この構成は今でも世界トップを独走しています。高難度なので失敗のリスクも高いですが,成功すると世界最高得点も狙える構成なので,ぜひ成功させてほしいです。

 このように 3A が入ると,点数面のメリットに加え,3回転ジャンプが6種類8本に増やせるので,ジャンプ構成の自由度が上がります。3A に挑戦する女子選手が増えてきているのは,話題性だけでなく,スコア戦略という側面もあるのです。

 さて,これが男子になると,3A や4回転ジャンプが加わってきますので,スコア戦略はさらに多様になります。男子のスコア戦略については,別の機会に考えてみたいと思います。

 以上,ジャンプに関する戦略の一端をご紹介しました。どんなジャンプ構成なのかを意識しながら観戦すると,また違ったフィギュアスケートの楽しみ方ができると思います。まずは「2本飛ぶのが Lz か F か?」や「3連続ジャンプは +1Lo+3S か +2T+2Lo か?」などに注目しながら観ると面白いと思います。

今季のジュニアは逸材揃い。本田真凛 より注目すべき選手は?

 今週末に開催されるフィギュアスケートのグランプリファイナル大会は,羽生結弦 選手をはじめ,ある年齢以上の選手が出場するシニア大会と,本田真凜 選手など若手が出場するジュニア大会が併催されるのが大きな特徴です。私は2013年の福岡大会を生観戦しましたが,ジュニアも全試合を観戦し,ジュニア選手の演技の素晴らしさに感嘆しました。そのときジュニアで出場していた,メドベージェワ(RUS),ソツコワ(RUS),ネイサン・チェン(USA),タラソワ & モロゾフ ペア(RUS)といった選手たちは,今年のシニアのファイナルに出場しますが,彼らはジュニアの頃からキラッと光る存在感を放っていました。今回のジュニアは逸材揃いと言われているので,地上波(シングル女子のみ)やBS・CSでチェックしてほしいと思います。

<ジュニアグランプリファイナル シングル女子 出場選手>

  • 日本勢: 紀平梨花坂本花織本田真凜
  • ロシア勢: グバノワ,ザギトワ,ヌグマノワ

 昨今のジュニアシングル女子は,シニアと比べても何ら遜色ない演技を魅せてくれるので,観ていて満足感が高いです。今年も日本vsロシアの一騎打ちの構図ですが,日本勢はタイプの違う3人が出場する強力な布陣です。

 トリプルアクセルに注目が集まりがちな 紀平梨花 選手ですが,ジャンプ全般がとても得意で,ジュニアにして8トリプル(フリースケーティングで3回転ジャンプを8回入れること)にチャレンジしています。8トリプルはトリプルアクセルを飛べるだけでなく,他の5種類のトリプルジャンプをきちんと飛べなければなりません。浅田真央 選手がソチ五輪のフリースケーティングで8トリプルにトライしましたが,全て着氷はしたものの,いくつかのジャンプでは回転不足がありました。そのくらい難しい8トリプルに成功すれば,金メダルの可能性もあります。

 坂本花織 選手はファイナル優勝候補筆頭といってもいいほど今季絶好調。先日の全日本ジュニアも優勝しました。ジャンプと表現が両方ともできる万能型の選手で,リンク外での明るい振る舞いも話題になっています。若い 紀平 選手や緊張しいの 本田 選手にとっても心強い存在だと思います。

 本田真凛 選手は,子役女優 本田望結 の姉でもあり注目されていましたが,世界ジュニア選手権を優勝したことでさらに注目度が上がりました。ですが,世界ジュニア選手権は強力なライバル2人が棄権するという幸運がありましたので,今回優勝して実力を示したいと思っていることでしょう。大舞台の度胸は一級品ですが,今季は成績が不安定で,表彰台なら御の字だと思います。とはいえ,手先,体の使い方,表情などの表現力は素晴らしいものを持っていますので,それをファイナルで存分に魅せてほしいです。

 ロシア勢は,実力が抜きん出ている ツルスカヤ 選手が,世界選手権に続き棄権となってしまいとても残念です。ところが,繰り上がりで出場する ヌグマノワ 選手がすごいんです。紀平 選手よりも1ヶ月若い14歳ですが,表現力は 本田真凛 選手よりも上と感じる方もいると思います。日本のアイスショーに出たときの放送を観たのですが,顔はあどけないのに,体の使い方は完全にシニアの上級者ばりで,表現や雰囲気が完成されているのです。観た方は,若いのにこんな演技ができるのか!?ときっと驚くと思います。競技会の ヌグマノワ 選手を私はまだ観たことがないので,とても楽しみです。

 注目点が多い女子に比べると,日本勢がいないのでどうしても注目度が下がってしまう男子ですが,韓国の チャ・ジュンファン 選手が大注目です。平昌五輪の開催国 韓国 についにメダルを狙える選手が現れたと話題なのです。技術面も芸術面も優れる万能型だそうで,ファイナルで優勝するようなことがあれば,一気にブレイクする可能性を秘めています。この選手も私は観たことがないので,楽しみにしています。

フィギュアスケートNHK杯はアイスダンスも必見

 金曜日から始まるフィギュアスケートのNHK杯。羽生結弦 選手と 宮原知子 選手が出場する男女シングルが注目されるのは当然なのですが,それ以外に注目してほしい競技が「アイスダンス」です。フィギュアスケートにはシングル競技とペア競技があり,シングルは日本に強い選手がいるので注目されますが,ペア競技は日本に強い選手がいないせいかテレビ放送もされず,あまり知らない方が多いと思います。ペア競技には「ペア」と「アイスダンス」があり,「ペア」がシングル同様,技の優劣を競うのに対して,「アイスダンス」は「氷上の社交ダンス」と言われ「ペア」で行うような大技はなく,スケーティング技術や芸術性を競う競技です。

 今年のNHK杯には,以下で紹介する2組が出場しますが,この2組のアイスダンスは技術の高さと芸術性を兼ね備えた本当に素晴らしいスケートを魅せてくれます。ジャンプも派手なリフトもないのにフィギュアスケートってこんなにすごいのか!と新たな魅力が発見できると思います。

VirtueMoir まず紹介したいのが,テッサ・ヴァーチュー & スコット・モイア 組(CAN)(NHK杯 Web サイトの選手紹介ページはこちら)。五輪王者で2大会連続メダル(バンクーバー:金,ソチ:銀)という実力派。ソチ五輪後2年間休養を取り,今シーズン復帰したばかりですが,グランプリシリーズのカナダ大会で優勝し,実力は健在です。私がアイスダンスを観始めてから初めて心をつかまれ,今でも私にとってのベストペアです。モイア 選手(男性)は,けっして目立つことなくそれでいて完璧な動きで ヴァーチュー 選手(女性)をサポートします。ヴァーチュー 選手は容姿端麗なのでついそちらに目を奪われますが,スケーティングは堅実さの中に華があり,派手な振り付けや演出をせずとも,滑れば自然に見事なダンスが展開され モイア 選手とのバランスが最高なのです。他のペアは,振り付けが鮮やかだったり,醸し出すムードが優雅だったり,男女どちらかがリードしていたりするのですが,ヴァーチュー & モイア 組は過度な味付けをしない素材勝負でありながら,スケーティング技術や男女バランスが素晴らしく,特に モイア 選手の黒子に徹する姿が私は大好きです。黒子ですがスケーティングが本当に見事で,スピード,動き,同調性,どれをとっても一切よどみがなく,次から次へと場面転換していく技術は,他の男性アイスダンススケーターと比較しながら観ていただくとそのレベルの高さがわかってもらえると思います。ソチ五輪シーズンの2013年グランプリファイナルで,私は彼らのアイスダンスを生観戦することができましたが,このときの感動は,正直なところ,羽生結弦 選手や 浅田真央 選手を超えるものがありました。

PapadakisCizeron そんな彼らが休養している間に,一気に世界No.1に駆け上がったのが,ガブリエラ・パパダキス & ギヨーム・シゼロン 組(FRA)(NHK杯 Web サイトの選手紹介ページはこちら)。ソチ五輪に出場さえ叶わなかった彼らが,その翌シーズンに急成長を遂げ,一気に世界選手権を初優勝したことはスケート界では奇跡とされています。アイスダンスはテレビ放送がありませんから,エキシビションの放送で初めて彼らの演技を観ることになりました。本当に驚きました。彼らが醸し出す雰囲気が当時 19歳 & 20歳 とは信じがたいほどの妖艶さをたたえ,一流のタンゴダンサーやバレエダンサーが乗り移ったようなスケーティング。観ている最中から鳥肌が止まらず「すごい,すごい」とテレビの前で絶賛してしまいました。2人のムードが目立ちますがスケーティングも完璧で,今後10年彼らの時代になると確信したものです。現に世界選手権を2連覇中の現世界王者です。

 この2組の直接対決が,グランプリファイナルや世界選手権以外の大会で,しかも日本で観られることは,本当に貴重なことだと思います。この2組の直接対決は事実上初めてで,同じ大会で観ることにより,実力が拮抗しているのか,思いのほか開きがあるのかもわかると思います。実は ヴァーチュー & モイア 組はベテランにもかかわらずコーチを変え,パパダキス & シゼロン 組と同じコーチになりましたので,同門対決でもあります。とはいえ勝敗は二の次で,この2組のダンスを純粋に楽しみたいと思います。

 アイスダンスの他の出場者は,日本のペアが2組出場しますし,2014年のソチ五輪直後の世界選手権を制した カッペリーニ & ラノッテ 組(ITA)など豪華なメンバーが集まりました。会場(札幌)で生観戦できる方々は羨ましい限りですが,幸いなことに大会がNHK杯なので,アイスダンスもテレビ放送があります。地上波ではありませんが NHK-BS で生放送してくれます。アイスダンスにもショートとフリーの2回の演技機会がありますが,フリー11/27(日)11:45~ なので,じっくりとテレビ観戦しようと思います。ぜひ,フィギュアスケートのアイスダンスの魅力に触れていただければと思います。

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