マイクを持てば酔っぱらい

~カラオケをこよなく愛するITシステムエンジニアのブログ~

2017/18シーズン(後半,平昌五輪)

フィギュアスケートの刃を開発した 小塚崇彦 さんの思い

 フィギュアスケートのオフシーズンに入りましたが,選手として活躍した 小塚崇彦 さんがスケート靴に付ける刃(ブレード)を開発したというニュースが紹介されていました。

「ジャンプの高難度化など、演技は進化しているのに、ブレードの構造は昔から変わっていない。フィギュアスケートは道具の部分がおざなりだった感は否めません」 (中略)

「ブレードに左右されることなく、選手が安心して、集中できる環境を整えられればと思います」

「選手のために」と小塚崇彦が開発、フィギュア史を変える国産ブレード。(Number Web)

 このニュースに接した当初,私は「小塚 さんはコーチ指導,衣装,普及活動など,あらゆることに関心があるので,ブレード開発もその一環かな」くらいにしか受け取っていませんでした。しかし,きちんと記事を読んでみたら,けっこう抜本的な課題への取り組みだということがわかり,驚きました。

 フィギュアスケートの刃の耐久性はあまり高くなく,男子は平均的には半年で刃の交換を余儀なくされている,と紹介した記事に書かれています。刃は消耗品なので,そのくらいの頻度で交換することはやむを得ないような気がするのですが,1ヶ月程度で刃が欠けてしまったり,それが試合本番で発生し試合の棄権に追い込まれるケースもあるとなると,スポーツ用具としてはかなり心許ない感じがします。また,フィギュアスケートは特に足の裏の感覚が大切だそうで,靴や刃を変えると感覚が変わってしまい,それまで練習で培ってきた感覚を再構築しなければならないのです。できれば少なくとも1年間は刃を交換せずに済ませたいそうですが,現状はそうなっていないようです。

 フィギュアスケートがこれだけ人気のあるスポーツになってきたのに,道具の現状がけっこうお寒い状況とは,なんとも気の毒な話です。リンク,指導者,衣装,経済的負担といった問題は時々語られていますが,靴や刃のことはあまり取り上げられません。しかし,フィギュアスケートの最も重要な道具である靴や刃がこのような状況では,スポーツとしての質が高まっていきません。今までの選手をはじめとする当事者の皆さんは,そういうものだから仕方ない,と思っていたのかもしれませんが,他のスポーツの道具やウェアは,日本の技術力が多大な貢献をしていることを考えると,フィギュアスケートの靴や刃がもっと良くなる余地は大いにあるのではないでしょうか。

 そう考えると,刃そのものを開発するという 小塚 さんのアプローチは,とっても彼らしい行動だと思います。刃の問題を選手として実感していたでしょうし,大学院ではフィギュアスケートの力学的特性みたいなことを研究していたと思いますので,その知識も今回の開発に生かされたことでしょう。世界レベルの実績を残した 小塚 さんが,このような開発を行うことは極めて意義があることと思いますし,様々な課題を克服した刃が開発されるという期待感が持てます。ぜひ,製品化や継続的な改善にも取り組んでいただき,多くの選手に行き渡ることを願っています。そうなれば,道具の優劣ではなく,スケート技術の優劣を競う本来の競技の姿に近づいていくことでしょう。

五輪2連覇でも満たされぬ 羽生結弦 【スポーツ雑誌風】

 平昌五輪の狂騒から2カ月。羽生結弦 の金メダルは劇的だった。ケガ明けぶっつけ本番,4回転ジャンプの種類も限定的という,これ以上ない「設定」(本人談)で獲った金メダルには確かな価値がある。しかし,2ヶ月が経っても,五輪2連覇のすごさが私の心に響いてこない。とても冷静に受け止めている自分がいる。

HanyuYuzuruPyeongChang2018

 世界選手権の欠場は,そう思わせる要因の1つだ。結局,ケガしたことで,NHK杯,グランプリファイナル,全日本選手権,さらには五輪団体戦まで回避し,ケガが癒えない状態でどうにか平昌五輪の金メダルは獲れたものの,世界選手権も欠場せざるを得なかった。平昌五輪のときだけ,瞬間的に熱狂が生まれたが,その後は穏やかな時間が流れている。全日本選手権欠場ながら特例での五輪出場や,団体戦回避という「優遇」がなされ,正々堂々の戦いとは言い難いものになってしまったし,もし金メダルを逃していたら,どれだけの非難が巻き起こったかわからない。だからこそ 羽生 は金メダルを獲るしかなかったのだ。

 この経緯を 羽生 は十分理解していたのだろう。五輪直後こそ多くの取材に応えていたが,その後の発言は聞こえてこない。五輪2連覇を達成はしたものの,表舞台でその栄光にひたる時間が長くなるのは許されないことを,羽生 は誰よりも感じとっていたに違いない。五輪2連覇の真の価値を 羽生 が享受するには,もう少し時間が必要なのだろう。

 もう1つ,私がもやもやするのは,ソチ五輪からの4年間,羽生 が圧倒的な強さを示せなかったことである。ソチ五輪シーズンの急成長と,ライバルたちの動向から,この4年間は 羽生 の独走が予感された。しかし実際のところは,毎シーズン前半のグランプリファイナルでは昨シーズンまで優勝し続けた(今シーズンはケガの影響で出場資格なし)が,シーズン締めくくりの世界選手権では,ソチ五輪直後は薄氷の優勝,そしてその後の2シーズンは ハビエル・フェルナンデス (スペイン)に連覇されて2位に終わり,昨シーズンやっと3年ぶりに優勝した。

 世界選手権は1位か2位であり,さらに2015-16シーズンには 330 点台という歴代最高得点を記録し,この記録は現在でも破られていない。世界ランキングもずっと1位に君臨し続けた。これらは十分に素晴らしい戦績だが,世界選手権を4連覇するだろうと勝手に期待した私からすると,物足りなさを感じてしまうのだ。また,この4年間,ケガや故障なしで過ごしたシーズンは1度もなく,アスリートとして最も大事なコンディション維持の面では,ずっと課題を抱えてきた。

 肝心な今シーズンに大きなケガに見舞われた要因の1つは,4回転ジャンプの種類や回数の急激な増加である。4回転ジャンプの精度や完成度が高い若手選手の台頭を受けて,羽生 は 4Lo や 4Lz(4回転ループ&ルッツジャンプ)に挑戦したが,今シーズンのケガは 4Lz の練習のときに起こった。羽生 は 4Lz を五輪シーズンになってプログラムに組み込んできたが,五輪シーズンに新たなジャンプを導入するのはリスクが大きい,ということを改めて示すものとなった。結局,ケガで 4Lo や 4Lz を使えず,4S と 4T(4回転サルコウ&トウループジャンプ)だけで平昌五輪の金メダルを手にしたのは,ケガの功名というよりは,やや消化不良感が否めないものだった。

 とはいえ,平昌五輪の戦いぶりは,羽生結弦 という選手が「逆境をエネルギーに変える能力がいかに傑出しているか」を示すものだった。東日本大震災でリンクの被災を経験。4年前,中国激突事故から1ヶ月後のグランプリファイナルをシーズンベストで優勝。このように何度も逆境を乗り越えた経験はあったが,それを五輪という究極の舞台で魅せたことは,圧巻としか言いようがないものだった。

 だがそれは「他の幸せを捨てる」(本人談)ことで達せられたことだった。五輪という大舞台に向けた逆境の乗り越え方がこれだったのだろう。ケガの回復状況が思わしくない中で,五輪という極めて特殊な大会の勝利を手繰り寄せるには「敵は自分」「自分が納得する演技をすれば結果は後から付いてくる」といった美しく理想を追究するアプローチは通用しない。羽生 は,歴代最高得点保持者のプライドを捨て「他者より0.01点上回ればよい」という現実的な戦いを思い描いたのではないだろうか。そしてこの考えは,昨シーズンから実践してきたことだったと私は推察している。

 ソチ五輪の翌年から2年間,世界選手権で優勝を逃した頃の 羽生 は,自分にとって最高の演技で優勝したいという思いにとらわれ,自分を追い込んでしまっていたように思う。昨シーズン,3年ぶりに世界選手権を優勝できたのは,他者に勝てばいいんだという現実的な考えを実践したからではないかと私は感じた。そしてこの成功体験が,平昌五輪にも生かされたのではないかと思う。

 その境地に達していなければ,4Lo を飛べない不安に押しつぶされたに違いない。4回転ジャンプが 4S と 4T だけでも十分戦えると考え,五輪直前はこの2種類のジャンプの回復に重点を置いていたはずだ。このジャンプが安定すれば,SP(Short Program,ショートプログラム)で先行して逃げ切るパターンでも,FS(Free Skating,フリースケーティング)で逆転するパターンでも大丈夫と考えたのだろう。結果はSP先行逃げ切りの形になった。

 各種インタビューを総合すると,FSのジャンプ構成は 羽生 自身が当日の朝に最終決断したそうだ。普通は,コーチと相談したり,コーチが決めたりすると思うのだが,難しい状況の中で自ら決断したとは驚きである。しかし,これだけの難しい状況の中でそれができるのが 羽生 なのだ。自分ができることを冷静に見極めたことが,上々の演技の実施になり,会場に熱狂の渦を生み,他の選手のミスを誘った。これほど会心の戦いは 羽生 史上最高と言って間違いない。それを負傷3ヶ月後の復帰戦,しかも五輪で遂行したのだから,羽生 の逆境への強さは,もう神の領域に到達したとしか言いようがない。

 ドラマティックな五輪2連覇ではあったが,自己ベストには10点以上及ばず,他者のミスによって獲れた金メダルでもあった。難しい状況の中で優勝をつかみ取ったという意味では価値ある金メダルだが,グランプリファイナル→全日本選手権→五輪団体戦 というステップをきちんと経て獲ってこそ本物であり,厳しい言い方をすれば「ただ五輪の金メダルだけを獲った」という,結果だけを手にしたような形になった。羽生 は五輪2連覇は手にしたものの,手にする過程には納得していないのではないか,心の中は満たし切れていないのではないか,そう私は察している。

 この4年間,羽生結弦 はライバルのスケーターよりも,自分の身体や気持ちと戦っていたように思う。次々と見舞われるケガや故障により,自分との戦いに集中せざるを得ず,ライバルとの戦いという本来の形にはなかなか至らなかった。しかし,宇野昌磨 や ネイサン・チェン (米)が 羽生 と互角に戦える実力を付けてきた今後の4年間は,羽生 にとって今までの4年間よりもはるかに厳しい戦いになるだろう。しかし,この厳しくしびれる戦いを 羽生 は待ち望んでいたはずだ。まずはケガを治し,ライバルとのハイレベルな戦いを1試合ずつ,1シーズンずつ,故障なく過ごしてほしい。それがさらに 羽生結弦 を強くし,その積み重ねの先に,五輪3連覇への挑戦が待ち受けているだろう。 (選手敬称略)

樋口新葉,友野一希 大躍進! 【世界選手権2018感想】

 五輪直後のフィギュアスケート世界選手権は,わりと退屈な大会になるのがお約束でしたが,今年の世界選手権は違いました。スコアは低調でしたが,番狂わせやドラマがあって,良い大会だったなぁと思います。

HiguchiWakaba2018WC 女子シングルでは 樋口新葉 選手がSP(Short Program,ショートプログラム)でミスしたのを見て,またしても大舞台で力を発揮できない悪癖が出るのかととても心配でしたが,今回は乗り越えました。FS(Free Skating,フリースケーティング)の 樋口 選手は,躍動感が素晴らしかったです。FSの 145 点に驚きはありませんが,PCS(Program Component Score,演技構成点)が 70 点に乗ったのは,今後に向けて大きな収穫だったと思います。他の選手が振るわなかったことで2位となり,五輪直後のチャンスをうまく生かして世界選手権銀メダリストの称号を手に入れました。

 例年の五輪直後は休養などを取る選手が多く,世界選手権の出場選手のレベルが下がりがちですが,今年はそんなことはありませんでした。ケガを抱える メドベージェワ 選手と,元々五輪だけで世界選手権の代表になっていない 坂本花織 選手以外,五輪に出場した主要選手が揃いました。樋口 選手は五輪に出場していませんので,彼らと条件が同じではありませんが,樋口 選手は五輪代表落選から立ち直るという厳しい道を歩んできましたから,今回の成績は胸を張れますね。とはいえ,やっぱり五輪直後の世界選手権ですし,スコアは平凡。世界選手権銀メダリストの称号を自信に変えて,来季以降長くトップレベルに君臨してほしいと願っています。

 宮原知子 選手も見事に3位に入りました。回転不足があったり転倒があったりしましたが,最高の演技を魅せた平昌五輪の後ということを考えれば,大崩れしなかったのがすごいです。ケガ明けでシーズンに出遅れながらも,きっちり責任を果たした 宮原 選手に,スケートの神様が,平昌五輪で獲れなかったメダルをここで授けてくれたような,そんな気がしました。

TomonoKazuki 男子シングルは何といっても 友野一希 選手。代役の代役(羽生結弦 選手欠場,補欠の 無良崇人 選手引退)でベストスコアが 230 点台だった選手が,一気に 256 点まで伸ばしてなんと5位入賞! 来年の世界選手権(日本開催)の日本出場枠3枠確保に貢献しました。友野 選手は11月のNHK杯で良い演技をして,それ以来私も注目していました。彼は「やってやろう」という雰囲気があって,大舞台に強い感じがしますね。

 FSは,冒頭の 4S(4回転サルコウジャンプ)で着氷が乱れましたが,それでも +2T(ダブルトウループジャンプ)を付けて連続ジャンプにしたので,次の 4S が単独ジャンプで良くなり,これを決めたことで波に乗りました。もし冒頭の 4S に +2T を付けなかったら,次の 4S を連続ジャンプにしないといけないので失敗する可能性はかなり高かったと思います。なので冒頭に連続ジャンプを入れたのは良い判断だったと思います。さらに,友野 選手は 3A(トリプルアクセルジャンプ)が安定しているのが素晴らしかったです。3A は2本とも連続ジャンプで,しかも +3T と +2T+2Lo という難しい2つを両方 3A に付けるというのは,それだけ 3A に自信がある証です。今シーズンはシニアデビューの年で,ビギナーズラック的な面もあったと思いますが,上述のように技術面もしっかりしており,かつメンタルも強そうなので,来シーズン本格的にどこまで戦えるのか,とても楽しみです。

 宇野昌磨 選手は靴の調整に失敗して,さらに足を痛めた中で,それでも2位を獲るあたりは強いなぁと感じさせてくれる結果でした。4回転ジャンプで3回転倒して普通なら心が折れるところですが,最後の3つの連続ジャンプを全て成功させるあたりに,宇野 選手の真骨頂を観ました。男子シングルで平昌五輪と世界選手権で両方表彰台に乗ったのは 宇野 選手だけなので,この安定感は高く評価されていいと思います。しかし,思い返すと,グランプリファイナル,四大陸選手権,平昌五輪,世界選手権の4大会連続銀メダルなんですよね。五輪までの3大会は優勝のチャンスが十分にありましたし,今回の靴の調整失敗やケガも選手としては反省すべき点です。性格が弟キャラなのはよしとしても,成績まで弟キャラではもったいないです。来年の日本開催の世界選手権に優勝を取っておいた,そう信じたいと思います。

 ネイサン・チェン 選手(米)は,見事に平昌五輪の雪辱を果たしました。平昌五輪は本当に地獄だったと思いますし,五輪のFSで超絶演技をしても「あれはSP失敗で開き直ったからこそできた」という評価になってしまうので,SPとFSを両方揃えたい気持ちは人一倍強かったと思います。他の選手が転倒祭り状態の中,強いメンタリティーと技術で,FSで平昌五輪を超えるスコア 219 点を記録したことは,世界チャンピオンに値するものでした。ボーヤン・ジン 選手(金博洋,中国),ヴィンセント・ジョウ 選手(米),また女子シングルでは アリーナ・ザギトワ 選手(ロシア)らが大崩れし,五輪からコンディションを維持する難しさをまざまざと思い知らされた一方で,チェン 選手や 樋口新葉 選手のように悔しさがバネになり,結果を残した選手の強さには本当に感動しました。

 悔しさからの復活に涙,ケガに耐える演技に涙,大崩れに涙。五輪直後の,過酷でドラマティックな世界選手権でした。

平昌五輪 男子シングル スコア分析:羽生結弦 は薄氷の勝利だった

 平昌五輪のフィギュアスケート男子シングルは,羽生結弦 選手が2連覇を達成しました。ケガ明けの2連覇という美談がどうしても目立ってしまいますが,どのようにして勝利を手繰り寄せたのか,そのスコア戦略や実際のスコアに言及する記事はほとんどありません。フィギュアスケートはスコアを争う競技なので,スコア戦略に着目して,羽生 選手の金メダルの要因を考えてみたいと思います。

 まず,主な選手に関する,FS(Free Skating,フリースケーティング)でのジャンプ構成やスコアの内訳を比較表にまとめましたのでご覧ください。下記画像をクリックすると,拡大表示されると思います。

FigureSkateScoreList2018MenResult

 この表は,本ブログ記事「男子シングル ジャンプ戦略比較」で作成した表を発展させたもので,技術点の高い順に一覧にしています。表の見方を,羽生 選手のデータを例にとって説明します。

 「4回転」「3回転(トリプル)」「2回転」の列は,メインジャンプ(単独ジャンプと,連続ジャンプの1本目)の本数を表します。上段(白い行)は演技時間前半,下段(水色の行)は後半に入れたジャンプの本数を示しています。羽生 選手のメインジャンプは,前半に 4S,4T,3F,後半に 4S,4T,3A,3Lz,3Lo を入れたことがわかります。「2連続」「3連続」の列は,連続ジャンプを表します。羽生 選手は2連続ジャンプで +3T(実際の組み合わせは 4S+3T)を後半に飛び,+2T は予定していたものの実際には飛べませんでした。3連続ジャンプは,+1Lo+3S(実際の組み合わせは 3A+1Lo+3S)を入れたことがわかります。

 「ジャンプBV」の列は,ジャンプで取るべき基礎点を表し,羽生 選手は 82.09 点を取れるはずだったことを示しています。そのうち,後半のジャンプで取る点数が 55.99 点で,それは全体の 68.2% であることがわかります。

 「スピン」の列は,実施するスピンの種類を表します。Sはシットスピン,Cはキャメルスピン,Co はコンビネーションスピンを表し,その前にF(フライング)とC(チェンジフット,足換え)の一方あるいは両方が付きます。

 「基礎点合計」の列は,ジャンプ・スピン・ステップ全て合わせた基礎点について,完全に実施できれば取れる点数(表の「完全」欄),そこから取りこぼした点数(表の「損失」欄),実際に獲得した点数(表の「実際」欄)を表します。羽生 選手は,完全に実施できれば 97.99 点の基礎点を取れるところ,5.43 点を取りこぼし,実際に獲得した基礎点は 92.56 点だったことを示しています。

 「基礎点損失詳細」の列は,基礎点を取りこぼした理由を記しています。羽生 選手の場合,以下の取りこぼしがありました。

  • 2本目の 4T を連続ジャンプにできなかったため,同種ジャンプの単独ジャンプが2本になり,2本目の基礎点が70%になった。この分の損失点数は,10.3(4T 基礎点)×1.1(後半ボーナス)×0.3(損失分は30%)= 3.40 点
  • +2T の連続ジャンプをどこにも付けることができなかった。この分の損失点数は,1.3(2T の基礎点)×1.1(後半ボーナス)= 1.43 点
  • ステップ(記号 StSq)が,レベル4を取れずレベル3になった。この分の損失点数は,3.3(レベル3基礎点)-3.9(レベル4基礎点)= 0.6 点

 これらの取りこぼし点数の合計が 5.43 点になるわけです。そして,表内のピンクの網掛けは,この取りこぼし箇所がどの要素なのかを示しています。×が付いている要素は,予定どおり実施できなかったことを表します。

 残りの列は「GOE による加点」「技術点」「演技構成点」「減点」「総得点」を表します。スコアの計算方法を知りたい方は,本ブログ記事「フィギュアスケートのスコアはどのように決まる?」をご参照ください。羽生 選手は,GOE の加点 16.99 点が基礎点に加算され,技術点が 109.55 点となり,演技構成点 96.62 点との合計で総得点 206.17 点を獲得しました。

 では具体的に,羽生 選手の戦略と,実際に何が起きたかを見ていきます。羽生 選手は,SP(Short Program,ショートプログラム)でトップに立ち,フェルナンデス 選手に 4.1 点差,宇野昌磨 選手に 7.5 点差をつけました。この点差なら,確実な演技をすれば勝てると考え,4Lo を回避して 4S と 4T を2本ずつ入れる構成にしたのだと思います。この構成は,私は事前に,本ブログ記事「羽生結弦,ネイサン・チェン のジャンプどうなる?」で,あまり好ましくない構成だと指摘していました。4回転4本は後半の体力が心配なので,4回転を3本にして 3A を2本にする方が得策だと私は思っていました。

 ですから,後半の 4T で着氷が乱れ,連続ジャンプにできなかったのを観て「だから 3A にしておけばよかったのに」と私は地団駄を踏みました。4T の失敗により基礎点が70%(7.93 点)になり,3A の基礎点(9.35 点:演技時間後半)よりも低くなってしまったからです。転倒なしで4回転が4本認定されたとはいえ,4本目はスコア上の貢献が小さかったのです。もしここで転倒していれば,今回のスコアから GOE で -2 点,転倒減点が -1 点,転倒によって全体の完成度が下がるので演技構成点で -2 点の可能性があり,計5点程度落としていたと思います。転倒しなかったので結果オーライですが,転倒していたらさらに僅差になり,他の選手の出来次第では危なかったと言えます。

 ただ,このあたりは 羽生 選手自身も十分に吟味したはずです。あえて 3A を1本にしたのは,4S や 4T でどれか1本回転が抜けてダブル(2回転)になってしまった場合に,後半の 3Lo を 3A に変えて基礎点を上げるリカバーを考えていたからだと思います。後半のしかも遅い時間に 4S や 4T をリカバーするのは,今回の 羽生 選手の状態では不可能でしたが,3A ならかなり遅い時間でも飛べると考えていたと思います。初めから 3A を2本入れると,良いリカバープランが組めないので,これらのことを総合的に考えて 3A を1本にしたのだと思います。

 3A の2本目というリカバープランは発動せずに済みましたが,4T+1Lo+3S が入れられなかった点は,3A+1Lo+3S を決めてリカバーしました。これは 3A が得意な 羽生 選手ならではの,プランどおりのリカバーだったと思います。このリカバーによって残った +2T は最後まで入れられませんでしたが,この損失は 1.43 点と小さなものでしたから,3A+1Lo+3S のリカバーが金メダルを引き寄せたと言っていいと思います。

 GOE の加点が 16.99 点というのは他の選手と比べればかなり多いですが,過去に 23 点もの加点を得たことがある 羽生 選手としてはやや物足りない点数です。着氷が乱れたジャンプが2回ありましたから致し方ないことですが,基礎点の5点以上の取りこぼしも合わせて,FSのスコアはけして高い点数ではありませんでした。結果は11点差がつきましたが,転倒していたら金メダルはなかった,と言っていい内容だったと思います。

 それでも,ケガ明け久々の実戦でありながら転倒なく演技を終えたことで,すごい演技だという印象を観客に与え,会場内の大歓声を生み出すことに成功しました。スコアよりも,会場の興奮や熱狂が 羽生 選手こそ王者に相応しいという雰囲気を醸成したと思います。直後に演技した フェルナンデス 選手(スペイン)や,演技を観ていた 宇野昌磨 選手が,その雰囲気に多少なりとも影響を受けたことは否めないでしょう。

 実際に,トータル 317 点台となった 羽生 選手は,ほぼ金メダルを手中に収めてはいましたが,わずかながら フェルナンデス 選手や 宇野 選手にもチャンスがありました。フェルナンデス 選手は,演技時間後半冒頭の 4S の回転抜けが全てでした。これで基礎点を約10点失っていますし,4S が綺麗に飛べれば GOE で2点の加点を得る可能性は十分にありますので,これらの12点があれば 羽生 選手との点差を埋められたのです。シーズン当初の不調を考えれば,よくこの1ミスで収めたという見方ができるのですが,その不調が五輪でも埋めきれなかったのは,フェルナンデス 選手の本来の実力を考えるともったいなかったと思います。

 宇野 選手は,基礎点の取りこぼしはほとんどなかったのですが,GOE 加点があまり得られなかったことと転倒減点が響きました。冒頭の 4Lo で転倒しましたが,4回転ジャンプで転倒すると GOE が自動的に -4 点になってしまうので,GOE 加点が伸びないのです。もし 4Lo が成功していれば,転倒減点 -1 がなくなり,GOE も +2 点の加点は可能なので,今回のスコアに7点ほど上乗せできました。羽生 選手が帰国後「宇野 選手の 4Lo が成功しても自分が勝つことはわかっていた」という趣旨の発言をしましたが,7点上乗せしても 羽生 選手との11点差は埋まらないので,この発言は的を射ています。

 ただ,それはあくまで今回のスコアに 4Lo の成功を当てはめた場合の話であって,他の要素も出来が良ければさらに GOE が上がり,ステップやスピンのレベルの取りこぼしもなかったかもしれませんし,ミスがなければ演技構成点もさらに上がったはずです。つまり,宇野 選手の演技全体が素晴らしければ,あと4点が埋まっても不思議ではありませんでした。宇野 選手が「ベストの演技をすれば勝てると思っていた」と発言したのはそういうことであり,4Lo が成功すればその後の演技も素晴らしいものになった可能性はあったわけです。4Lo の失敗によって 羽生 選手の金メダルが決まった形になりましたが,宇野 選手が 4Lo も含め全ての要素が成功していたら,どちらが金メダルなのかという点で最後の得点発表はもっと盛り上がったでしょう。

 ただ,もしそれで 宇野 選手が金メダルを獲ったら,それはそれで釈然としない雰囲気になった可能性もあったわけで,宇野 選手は実にわきまえた順位に収まったと言えるでしょう。羽生 選手がギリギリのところで転倒しなかったことが,会場の熱狂を生み,それが フェルナンデス 選手に 4S の回転抜けを起こさせ,宇野 選手の 4Lo 転倒につながった…正に 羽生 選手の五輪に全てを注ぎ込んだ執念の演技が,その後登場した2人のわずかな綻びを呼び込んだ,と言える戦いだったのではないかと思います。

 SPを完璧にしFSで逃げ切る。これが,今回の 羽生 選手が置かれた状況で打った最善手であり,これをきちんと遂行することでライバルのミスを誘いました。4回転ジャンプの種類を 4S と 4T に絞ったことは,ケガでやむを得なかったとはいえ,本当にプライドを捨てて勝利だけを獲りにいく戦略でした。羽生 選手がこれほどまでに勝負に徹した試合は今までなかったと思います。平昌五輪で魅せた勝負強さには 羽生結弦 というスケーターの神髄が凝縮されている,そう強く感じたのでありました。

平昌五輪 女子シングル 感想

 フィギュアスケートの全競技が終わりました。今回も始まってみればあっという間でしたね。女子シングルは,6位までは実力どおりの順位に落ち着いたという結果でしたが,感動しつつもなんだかモヤモヤするなぁという方もいらっしゃるようです。私のブログでは,試合の結果に対して感想を述べるときには,順位に対する言及は極力しないよう努めているのですが,今回は世間でも議論を呼んでいる話題なので,やや踏み込んで書いてみようと思います。

 まずは,宮原知子 vs オズモンド (カナダ)の銅メダル争い。宮原 選手はSP(Short Program,ショートプログラム)とFS(Free Skating,フリースケーティング)共に,ノーミスどころか着氷のぐらつきも全くない完全完璧な演技で,SP約 76 点,FS 146 点台,トータル 222 点台と,全てのスコアが自己ベストでした。五輪という大舞台で,しかもケガ明け復帰からわずか3ヶ月しか経っていないことを思えば,内容,スコア共にパーフェクトでした。応援していた多くの方々が感涙されたと思いますし,特に現役や OB/OG のスケーターから大絶賛されていますね。無駄な動きが一切ない,研ぎ澄まされた様式美が 宮原 選手の持ち味ですが,それに加え今シーズンは,今までよりもスケートの伸びやかさが増し,感情の発露も増えました。ケガが癒え,スケートができる喜びにあふれ,体重も増やし(これを言われるのはご本人は照れくさいでしょうね),宮原 選手のバージョンアップが五輪で結実しました。

 一方の オズモンド 選手は,今シーズンFSがなかなかまとまらず,私は失礼なことにミスが出ると予想しましたが,実際には見事にまとめました。3Lz のエッジ違反疑い(エッジ違反までは取られなかった)とステップアウトで少し綻びが出ましたが,それ以外は崩れることなく全てのジャンプを決めました。終わった瞬間,詳しい方なら「宮原 選手のメダルはなくなったな」と分かったと思いますが,それでも 152 点台という点数が出たときは,150 点を超えるような内容だったかな?と首をひねった方もいたと思いますし,私もその1人です。

 宮原 選手がメダルに届かなかった要因,すなわち オズモンド 選手との差について,何人かの専門家が言及していますが,結果論で言っているような印象で,腑に落ちる論評を見つけることがまだできていません。GOE(Grade Of Execution,出来ばえ点)と PCS(Program Component Score,演技構成点)の両方で差がついたのですが,GOE に関しては,オズモンド 選手について「ジャンプの幅や着氷後の流れが良かった」という意見が多くありました。着氷後の流れについては私も同意しますが,ジャンプの幅の評価についてはやや疑問を感じます。幅で飛ぶ選手もいれば,高さや回転の速さで飛ぶ選手もいるわけで,高さや速さだって良い評価を受けるべきです。宮原 選手は回転の速さが素晴らしいので,その点はもっと評価されていいと思います。ただ 宮原 選手は,回転がギリギリで着氷後の流れがあまり出ないのは確かで,それが GOE の評価が高まらない理由だとすれば,そこについては同意せざるを得ないところです。

 もっと解せないのは PCS です。宮原 71.24 vs オズモンド 75.65。1項目平均では,宮原 8.90 vs オズモンド 9.45 (小数点第3位以下切り捨て)。こんなに差があるとは到底思えないというのが私の感想です。宮原 選手を贔屓目に見てしまう点を差し引いても,宮原 選手の方が上か,もっと僅差であるべきだと思います。オズモンド 選手のダイナミックさは確かに素晴らしく,9点台に値するとは思いますが,1項目平均 9.1 前後が妥当な水準ではないかと個人的には考えます。一方,宮原 選手の余計なものが削ぎ落とされた洗練された美は,PCS の5項目のうち「パフォーマンス」(Performance)や「音楽解釈」(Interpretation of the Music)の項目においてもっと評価されてよく,1項目平均 9.2 程度出るべきだと思います。宮原 選手のような洗練された美というのは,欧米勢が大半を占める審判の方々にはきっと本質的に理解できないのではないかという気がしてきますし,何かと動作が多いロシア勢と比べ「もっといろいろできるのにサボっている」みたいに思われているのでは?とさえ思ってしまいます。

 宮原 選手に五輪メダルを獲ってほしかった気持ちは強いですが,既に世界選手権とグランプリファイナルのメダルは手にしていますし,何より世界中のファンやスケーターから寄せられた称賛は,メダルよりもはるかに価値が高いです。宮原 選手はSPとFSが両方ノーミス(転倒・回転不足・回転抜け・レベル取りこぼし・出来ばえ点マイナス 全てなし)でしたが,これは ザギトワ,メドベージェワ の両ロシア選手と計3人だけが達成しました。また,五輪でのSP・FS両方ノーミスは,現行の採点方式になった2006年トリノ五輪以降,日本男女シングル選手では初めて(現時点では唯一)の偉業です。こういったことで私たちは自分を納得させつつ,オズモンド 選手の銅メダルに拍手を贈りたいと思います。

 続いて,ザギトワ vs メドベージェワ 両選手の金メダル争いを見ていきます。ザギトワの勝因として,演技時間後半に全てのジャンプを入れたことを挙げる記事が多いですが,これは本質を突いているとは言えません。確かに最もわかりやすい ザギトワ 選手の特徴ではあるのですが,メドベージェワ 選手もSPでは全てのジャンプを後半に配置し,FSでも他の選手より多い後半5本という策を採っています。後半全ジャンプより重要なポイントは「ザギトワ 選手が 3A を入れないジャンプ構成としては最高の構成を組んでいる」ことと「メドベージェワ 選手のジャンプ構成はかなり難度が低い」ことです。

 両選手のFSのジャンプ構成を比べてみます。★印は2本入れることを表します。

  • ザギトワ: 3Lz★, 3F★, 3S, 2A★; +3T, +3Lo, +2T+2Lo
  • メドベージェワ: 3Lz, 3F★, 3Lo, 3S, 2A★; +3T★, +2T+2T

 ザギトワ 選手は 3Lz と 3F を2本ずつ入れていますが,まずこれが高難度です。Lz と F は一方が苦手な選手が多く,どちらかは1本にせざるを得ない選手が多い中,どちらも苦にせず2本ずつ入れられる ザギトワ 選手のジャンプ技術が素晴らしいのです。そしてもう1つの武器は +3Lo の連続ジャンプです。もちろん,これを飛べること自体がすごいのですが,+3Lo を入れるもっと重要な意義は,3A を入れない場合の最高得点となる構成を組むことができる点です(なぜ最高得点の構成になるかの説明は割愛します)。ザギトワ 選手の技術点が高いのは「演技時間後半に全てのジャンプを入れている」や「3Lz+3Lo が飛べる」ことよりも「技術点が高くなるようにジャンプ構成を組んでいる」ことが根本的な要因なのです。

 一方,メドベージェワ 選手は 3Lz が苦手なので1本しか入れず,また3連続ジャンプでは,一般的な +2T+2Lo より難度が低い +2T+2T を採用しています。これは,ザギトワ 選手だけでなく他のトップレベルの選手と比べても基礎点がやや低い構成です。基礎点では無理をせず,ジャンプの完成度を極限まで上げて高い GOE を得ることでカバーするのが メドベージェワ 選手の戦略です。

 技術点の点差は,今までなら PCS で メドベージェワ 選手が跳ね返すことができていたのです。ところが,五輪直前のヨーロッパ選手権で ザギトワ 選手の PCS が跳ね上がり,6~7点あった差が2~3点に詰まったのです。メドベージェワ 選手は PCS で跳ね返すことができなくなり,ザギトワ 選手のミスを待つか,究極の演技で PCS をFSで 79 点台(1項目平均 9.875 点以上)にするしかなくなりました。メドベージェワ 選手の PCS は77点台に留まり,FSも ザギトワ 選手と同点にするのが精一杯でした。とはいえ,PCS 77 点台は1項目平均 9.68 点であり,もう満点に近い点数です。ですから,ザギトワ 選手の金メダルに疑問を抱くことは「ザギトワ 選手の PCS 75 点台は高過ぎるのでは?」と思うことと等しいのですが,私の意見は「ザギトワ 選手の PCS は妥当」です。絶対値としては高過ぎると思うのですが,それは メドベージェワ 選手にも当てはまると思っているので,両選手の差はこの程度だと考えます。

 ザギトワ 選手は,SPの完成度が素晴らしかったです。動作がキビキビとしていて,メリハリが今までと段違いでした。SPの PCS を,ヨーロッパ選手権の 36.28 点から平昌五輪で 37.62 点まで引き上げましたが,この 1.34 点の上積みは,奇しくも メドベージェワ 選手との 1.31 点差とほぼ同じであり,ヨーロッパ選手権から1ヶ月弱の成長分が ザギトワ 選手に金メダルをもたらしたことになります。

 FSで7本のジャンプを全て演技時間後半に入れている点について,アシュリー・ワグナー 選手(米)が異を唱えて話題になりましたが,彼女らしくない言い掛かりに近い指摘だと感じました。もし後半のジャンプがプログラム全体に調和していないなら,審判がもっと PCS を低くするはずですが,実際には メドベージェワ 選手に迫る PCS が出ていますし,私もそれを妥当だと感じています。ザギトワ 選手のFSプログラム「ドン・キホーテ」は,構成が実によくできています。このプログラムの良さを,私は昨年のフランス大会の感想のブログ記事で下記のように記しました。

冒頭→ステップ→連続ジャンプ3回→単発ジャンプ4回と進んでいく場面ごとに曲調が変化し,スピンやジャンプの各要素と音楽の同調性も非常に高いので,技が決まるととても映えるのです。前大会では,3回の連続ジャンプが「演技後半の時間帯に入ったからどんどん飛ぶぞ」的なせわしなさが感じられたのですが,今回はその部分にも流れがあって悪くなかったです。

 フランス大会では,演技時間後半にジャンプが矢継ぎ早に入る箇所に,以前感じていた違和感がなくなり,しっくりくるようになってきたと私は感じました。その後,グランプリファイナル → ロシア選手権 → ヨーロッパ選手権 と大舞台で実戦経験を積む中で,後半のジャンプがプログラムによく溶け込むようになっていったと思います。平昌五輪では,最初の 3Lz に +3Lo を付けられず,2回めの 3Lz に付けてカバーしましたが,それにより「連続ジャンプ3回の重厚さ」から「単発ジャンプ4回の小気味よさ」へと続く流れが崩れました。それで PCS が 75 点台になりましたが,ジャンプが全て予定どおりで完璧だったら,PCS がさらに上がり,メドベージェワ 選手の歴代最高のトータルスコア(241 点台)が塗り替えられていたと予想します。

 結局のところ,ザギトワ 選手の勝因は「高い技術点を実行し演技構成点の不足を補おうとしたが,実戦経験を経て演技構成点が急伸し,技術力,芸術性,完成度がバランスよく揃った」ことなのです。神プログラムである「ドン・キホーテ」を手に入れ,完璧に遂行した ザギトワ 選手が金メダルを手にしたことを,私は心から称賛したいと思います。

 一方の メドベージェワ 選手は,直近3シーズン,頂点を維持し続けたにもかかわらず,ケガと若手の突き上げによってまさかの銀メダルに終わったことで,同情を集めているところもあるのかなと思います。私も,ソチ五輪後の4年間という視野で見れば,メドベージェワ 選手が金メダルに最も相応しいとは思いますが,肝心の五輪シーズンにケガをしてしまっては,金メダルを逃すのもやむを得ません。彼女自身,シニアデビューシーズンでいきなり世界女王に輝きましたから,ザギトワ 選手の飛躍に納得していると思います。

 私は,彼女の今シーズンのFSプログラム「アンナ・カレーニナ」が,ずっとしっくりきませんでした。シーズンが始まってからプログラムを変更したようですが,そうしたことが準備の面で響いたことは否めないでしょう。ヨーロッパ選手権や平昌五輪では,ある種の気迫のようなものが感じられ,私はその気迫を好意的に捉えていましたが,プログラム全体の完成度を上げ切る前に平昌五輪を迎えてしまったのかもしれません。個人的には,昨シーズンやその前に演じていた,抒情性の高いプログラムで主人公の内面をしっとりと表現する方が,メドベージェワ 選手らしさが出たのではないかと,結果論ですが思ってしまいました。

 とはいえ,この2人の息詰まる同門生対決は,後世に語り継がれる名勝負でした。ヨーロッパ選手権で,後輩の ザギトワ 選手から優勝という形で挑戦状を叩きつけられた メドベージェワ 選手は,ケガからの復帰で一息つくことも許されず,モチベーションも緊張感も極限の日々を過ごしたことと思います。そして,それは五輪直前に思わぬアドバンテージを手にした ザギトワ 選手も同じだったと思います。そんな極限の状態でも,ミスとは無縁の,GOE や PCS でスコアの小数点以下を争う,本当に異次元の戦いでした。2人が記録した 238~239 点台は,当然,五輪史上最高スコアであり,それに相応しい極めて完成度の高い感動的な演技でした

 最後に,坂本花織 選手に触れておきます。FSはジャンプをふわっと着氷していて余裕がありましたし,パントマイムもとても自然にできていて,これは神演技になる…と思った6つ目のジャンプ 3Lo でステップアウト。それでも,209 点台という200点超えのスコアで6位に入賞したのは見事でしたし,SPで自己ベストを出しFSを最終グループで演技することができたのは,貴重な経験になったと思います。全日本選手権の直前から急成長して代表の座をつかみ,四大陸選手権で優勝して良い流れで平昌五輪を迎えましたが,団体戦FSでは不本意な出来で,これで個人戦が不甲斐ない成績だと「なぜ 坂本 選手を代表にしたのか」という声が出かねないところでした。日本女子2枠という難しい状況の中で,本当に素晴らしい成績を残したと思います。

 1年前,坂本 選手が世界ジュニア選手権で表彰台に一緒に上った ザギトワ 選手が,今や世界一。その演技を観て,いろいろ思うところがあったのではないかと思います。現役の日本女子選手で2人しかいない五輪出場者の1人として,今後もっともっと成長して,世界一を争える選手になっていくのではないか,そんな大きな期待をしながら,坂本 選手を今後も応援していこうと思います。

LadiesMedalistPyeongchang2018

日本勢メダル濃厚:平昌五輪女子シングルSP終えて

 平昌五輪フィギュアスケート女子シングル。21(水)に行われたSP(Short Program,ショートプログラム)は,上位5選手がパーフェクトで自己ベストという,かつてないハイレベルな戦いになりました。その中に日本の2選手,宮原知子坂本花織 がいることは,とても嬉しいですね。

 ザギトワ,メドベージェワ の両ロシア選手は完全に実力が飛び抜けていますので,日本選手の現実的な目標は銅メダルとなります。ライバルは,SP3位の オズモンド 選手(カナダ)と,6位の コストナー 選手(イタリア)に絞られたと考えていいと思います。2選手が絶好調なら銅メダルは彼らの争いになりますが,今シーズン,彼らのFS(Free Skating,フリースケーティング)はジャンプが揃ったことがなく,スコアが130点台にとどまることも珍しくありません。五輪に照準を合わせてきているとは思いますが,逆に五輪だからこそごまかしがきかずに苦手な技でミスが出るのが平昌五輪の傾向であり,おそらくミスが出てしまうでしょう。特に,オズモンド 選手は,滑走順が ザギトワ 選手の直後なのでとてもやりづらいと思いますし,日本選手が良い演技だった場合,オズモンド 選手にはかなりの重圧がかかるので,ノーミスはなかなか難しいと思います。

 ですから,宮原,坂本 両選手がノーミスなら彼らより上位に行く可能性が高いです。両選手は最も重圧のかかる全日本選手権でノーミスの演技を魅せ,日本の2枠という世界一狭き門をくぐり抜けてきましたので,ノーミスの可能性は極めて高いです。よって,両選手が銅メダルを争うという,嬉しいやら辛いやらという展開になると思います。

 両選手の基礎点はほぼ同じなので,SPの点数差と演技構成点の差で,宮原 選手が優位に立っています。ノーミスの演技ができれば銅メダルを手にできる可能性はかなり高いと思います。宮原 選手は,ソチ五輪後の4年間ずっと世界トップレベルを維持した数少ない選手の1人ですので,五輪メダリストになってほしいと多くの関係者が願っていると思います。

 ただし,宮原 選手に1つでもミスが出れば,坂本 選手が上位に来る可能性も十分にあります。坂本 選手は,単なるノーミスでは 宮原 選手を超えるのは難しいですが,全てが完璧であれば,出来ばえ点が多く加算され,演技構成点も今までより高くなることが見込まれるので,逆転できると思います。団体戦FSでは今一つだったので,個人戦では完璧にしたい気持ちが強いと思うので,完成度の高い演技を魅せてくれることでしょう。

 以前のブログでも指摘したのですが,現行の採点方式で,五輪でSPとFS両方ともノーミスを達成した日本選手は,今まで1人もいません。トリノ五輪金メダルの 荒川静香 選手も,FSで3回転の予定が2回転になるジャンプが1つだけあったのです。宮原,坂本 両選手にはぜひ日本選手初のノーミスを達成して,メダルを手にしてほしいと願っています。

 さて,ザギトワ vs メドベージェワ 両選手による金メダル争いは,SPで既に ザギトワ 選手がリードするというまさかの展開。ザギトワ 選手のSPは,気持ちが前面に出ていて,メリハリも今までより格段に良くなっていたので,82 点台という歴代最高スコアを記録するのは当然という演技でした。FSも同じ程度の出来なら ザギトワ 選手の方がスコアが高いので,このまま ザギトワ 選手が金メダルを獲る可能性が高く,メドベージェワ 選手はかなり追い込まれました。

 ただ,メドベージェワ 選手が全てを完璧に入れ,感情が前面に出る演技ができれば,出来ばえ点と演技構成点が伸び,ザギトワ 選手を上回る可能性もあります。ヨーロッパ選手権では,今までにないような,感情が表に出る演技が観られたので,それが再現できれば勝負の行方はもつれそうです。ザギトワ,メドベージェワ 両選手とも,少しの傷も許されない,究極の演技合戦になることは間違いなく,トータルスコアが 245 点に届く可能性さえあるかなと思います。

 平昌五輪のフィギュアスケートの1位と2位は,奇しくも「後輩が先輩を立てる」法則が成り立っています。男子シングルは日本勢の先輩である 羽生結弦 が,アイスダンスは同門生の先輩である ヴァーチュー & モイヤー 組(カナダ)が金メダルを獲りました。この法則に則れば,メドベージェワ 選手が優勝なんですが,女子シングルはその法則が崩れ,ザギトワ 選手が金メダルを手にする可能性が高い状況です。果たしてどうなるでしょうか?

平昌五輪 男子シングル レポート 【スポーツ雑誌風】

 SP(Short Program,ショートプログラム)を終え,羽生結弦 が1位,宇野昌磨 が3位という好位置につけ,羽生 2連覇,日本勢1&2フィニッシュへの期待が否が応でも高まる中,FS(Free Skating,フリースケーティング)が始まった。

 第1グループから,ヴァシリエフス(ラトビア),ハン・ヤン(閻涵,中国),田中刑事 など,見応えあるメンバーが並ぶ。彼らが第1グループとは信じ難いが,それだけかつてないレベルの試合になった。世界選手権や五輪では,国別の出場枠(1ヶ国あたり最大3名)が設けられ,その分,多くの国の選手が出場する。競技普及の観点では大切なことだが,演技がトップレベルより見劣りする選手の出場が多くなってしまうのは,やむを得ないことだ。しかし,平昌五輪のFSに進出した24名は,誰もが250点以上出す力がある実力者揃いだった。この点は,ソチ五輪から大きく進化した点の1つだ。

 第2グループには,早くも ネイサン・チェン(米)が登場。団体戦で,米国のメダル獲得を確かなものにするべく,男子SPに起用されたが,全てのジャンプを失敗し失意の底に沈んだ。1週間後,勝負の個人戦SP。団体戦では冒頭のジャンプに 4F を選択したが,個人戦ではより難度の高い 4Lz に挑んだ。SP冒頭のジャンプが チェン の命運を左右すると思いながら観ていたが,4Lz を転倒しその選択は凶となった。冒頭のジャンプを失敗したことで,団体戦の悪夢が頭をもたげ,もう失敗が許されない極度の重圧に襲われたことだろう。SPでも全てのジャンプを失敗し,トップの 羽生 に29点もの差が生じてしまった。

 この状況に,多くの日本人の方々が,4年前のソチ五輪の 浅田真央 選手の姿を重ねたに違いない。あの時,浅田 選手のSPとFSは中1日空いていた。だが,チェン はSPから連日のFS。気持ちの切り替えが極めて難しい状況だったはずだ。しかし,人間は追い込まれると恐るべき力を発揮することがある。メダルの重圧から解放され,失うものがなくなった チェン は,8回のジャンプのうち4回転を6本入れ,見事に5本を成功させた。国内では「4回転5本成功」という報道がほとんどだが,失敗した1本も着氷が乱れただけで回転不足にはならなかったので,4回転ジャンプとして認定されており「4回転6本認定」でもあったのだ。6本が「認定」されたのは,公式記録上初めてではないかと思う。

 4回転6本は,金メダルへの秘策の選択肢として用意されていたとは思うが,ハイリスクであり採用は難しいと私は予想していた。メダルが絶望的になったことで爪痕を残すべく挑戦し,結果は 215 点台でFS自己ベストFSだけなら全選手中トップのスコアを記録した。トータルは 297 点となり,上位者が崩れればメダルの可能性が残るスコアだった。正に,ソチ五輪の 浅田真央 選手の復活劇を彷彿とさせる,地獄からの生還だった。ジャンプの成功に意識が強かったためか,出来ばえ点や演技構成点は チェン の好調時には及ばなかったが,SP時点の絶望を思えば,本当に素晴らしいパフォーマンスだった。

 続く第3グループ。私が注目したのは,ヴィンセント・ジョウ(米)と ミハイル・コリヤダ(ロシア)の2人。ヴィンセント・ジョウ はFSの基礎点が全選手中最も高い予定であることを本ブログで紹介したが,予想した構成どおり 4Lz に2回挑戦し,冒頭の 4Lz+3T を綺麗に成功,演技時間後半冒頭の単独 4Lz も良いジャンプだったが回転不足と判定された。結果として,基礎点合計トップは4回転ジャンプを6本入れた ネイサン・チェン に譲ったものの,4回転4種類5本を着氷し技術点だけで 110 点以上を稼いだ。今シーズンがシニアデビューであり,まだジャンプだけという印象の選手ではあるが,この若さで五輪で6位入賞を果たしたことは貴重な経験だ。今後トップレベルに到達するのを楽しみにしたい。

 ミハイル・コリヤダ は,団体戦のSPでまさかの8位に終わり,ロシアの団体戦が目標の金メダルではなく銀メダルに終わる主因となってしまった。さらにFSにも動員されたため,個人戦には強い疲労を抱えて臨まざるを得なかった。団体戦と個人戦の4回の演技全てに組み込んだ 4Lz は結局一度も成功せず,他のジャンプにもミスが出て,ベストな演技はできなかった。団体戦SPのショックから立ち直れないまま個人戦も終わってしまった印象で,8位に入賞したものの本当の実力はこんなものではない。今後,今回の五輪の苦い経験をどう強さに変えていくか,注目していきたい。

 最終グループ。SP上位4選手で最初に登場したのは,SP4位の ボーヤン・ジン(金博洋,中国)。大舞台に強く,直近の2年連続で世界選手権3位,1月の四大陸選手権に優勝して五輪を迎えた。その強さがSPでも発揮され,高さも幅もある 4Lz+3T を完璧に決め,自己ベストの 103 点台を記録した。ノーミスならばメダルが大きく近づくFS。演技時間前半は,3つのジャンプが完璧。後半は安定している 4T,得意な 3A へと続く流れ。これはノーミスの気配濃厚,そう思った後半冒頭の 4T でまさかの転倒。ジン の 4T 転倒は珍しく,五輪の重圧は大舞台に強い ジン にも及んだ。しかし,直後の同じ 4T をきちんと連続ジャンプにし,残りのジャンプも決めた。転倒を1回に留め,FS 194 点台,トータル 297 点台としたが,300 点には及ばず,上位3選手に重圧をかけるには至らなかった。それでも,シーズン途中にはケガで 4Lz が飛べない時期もあったことを思えば,メダルの可能性を残す演技は見事だった。

 そしていよいよ,SP上位3選手の先陣として 羽生結弦 が氷上へ。SPは,7つの要素(ジャンプ,スピン,ステップ)全ての GOE(Grade Of Execution,出来ばえ)評価が審判全員2以上という,非常に高い完成度でスコアが 111 点台に乗った。ネイサン・チェン が脱落し,FSで高いスコアを持つ 宇野昌磨 と7点差がついたことから,4Lo を回避しても大丈夫と判断したのだろう。FSは4回転2種類4本(4S,4T 2本ずつ)で臨んだ。演技前半の3本のジャンプは申し分なく,特に 4T は,全く無理のない回転からの柔らかい着氷で,完璧だった。さらに演技時間後半冒頭の 4S+3T も見事に成功。パーフェクト演技への期待感が一気に膨らんだが,次の 4T で着氷が乱れた。4T は前半が単独ジャンプだったので,ここでは連続ジャンプにする必要があったのだが,それができず減点(同種単独ジャンプ2本目は基礎点3割減)となった。

 しかし,次の 3A が 羽生 を救った。予定では 3A+2T だったが,4T に付ける予定だった連続ジャンプ +1Lo+3S をリカバーして 3A+1Lo+3S としたのだ。3A に絶対の自信を持つ 羽生 だからこそできるリカバープランを遂行し,ミスを最小限に食い止めた。そして,4ヶ月ぶりの実戦で心配された,FSを通し切る力が問われる最後の 3Lz では,かろうじて転倒は免れたものの着氷が大きく乱れた。羽生は 4Lz の練習でケガをしており,ルッツジャンプの不安がここで出てしまった。3A で +1Lo+3S をリカバーしたことで残っていた連続ジャンプ +2T を付けることもできなかった。

 それでも,演技を終えた 羽生 は,満足感に包まれていたようだった。「勝ったー!」(本人談)と叫び,右足や氷に手を当て,感謝の言葉を発した。着氷の乱れが2回あり,単独 4T の重複による減点と,+2T が付けられないミスはあったが,転倒しそうなところをこらえ,氷に手を付くこともなかった。FS 206 点台,トータル 317 点台は 羽生 の自己ベストより10点以上低いが,ソチ五輪よりははるかに良い内容で,しかもケガ明け久々の実戦であることを考えれば,十分に納得できる演技とスコアだった。

 これで,残る2人が金メダルに必要なFSのスコアは,ハビエル・フェルナンデス(スペイン)は 210 点台,宇野昌磨 は 213 点台となった。共に不可能ではないものの,今シーズンの調子を考えるとかなりハードルが高いスコアである。続いて登場した フェルナンデス は,普段より躍動感が抑え気味に見えたが,完璧な 4T から始まり,次の 4S でわずかに着氷が乱れ +3T を予定していた連続ジャンプが +2T になっても,次の 3A に +3T を付けてリカバーに成功し,金メダルが微笑みかけた。だが演技時間後半冒頭,4S の予定が2回転になり,金メダルがすり抜けていった。しかしミスはこれだけで,ジャンプの着氷の乱れもなく,プログラム全体の完成度は素晴らしかった。ジャンプの難度が4回転2種類3本と低めで,しかもそのうち1本が抜けてしまったので,FSのスコアが200点に届かずトータル 305 点台だったが,今シーズンベストスコアを出し フェルナンデス のメダルが確定した。今シーズンはやや低調で,メダル獲得が危うい状況だったことを思えば,ピーキングに長けた フェルナンデス の実力が発揮された結果だった。

 この時点で,日本選手の金メダルは決まった。それが 羽生 なのか 宇野 なのか。最終滑走の 宇野昌磨 は,他の選手の演技を全て観ていて,完璧な演技なら金メダルを獲れると思いながら演技に臨んだそうだ。冒頭の 4Lo は成否相半ばするジャンプ,これを決めて波に乗りたかったが,あえなく転倒。この時点で金メダルはほぼなくなり,宇野 は「笑えてきた」(本人談)。冒頭から転ぶなんてという苦笑いなのか,リラックスするための自己防衛反応なのか,いずれにせよ,この先ミスすればメダルも危なくなる状況で,笑みをたたえられる精神力は尋常ではない。ここから 宇野 の真骨頂である切り替えと粘り強さがいかんなく発揮されていく。

 転倒直後,世界で初めて 宇野 が成功させた,自身の代名詞ジャンプ 4F をきっちり決めて持ち直す。演技時間後半の 3A → 4T 2本 → 連続ジャンプ2回 という流れは,華麗だが難度が極めて高く,しかも最後の2回の連続ジャンプは失敗するとリカバーできない,緊張感の高い構成だ。2本の 4T。1本目は着氷が乱れたものの強引に +2T の連続ジャンプを付けた。これで2本目は単独ジャンプでよくなり,これを綺麗に決めた。続く 3A+1Lo+3F は,ほとんどの選手が3番目を 3S にするところ,フリップジャンプに絶対の自信を持つ 宇野 が 3S に替えて 3F を付ける3連続ジャンプ。そして最後に 3S+3T という +3T の連続ジャンプ。高難度の連続ジャンプを最後に2つ並べ,それらを見事に決めたことで,会場の盛り上がりは最高潮に達する。冒頭の転倒を忘れさせる安定した演技で,最終滑走を締め括った。

 FSの内容では 宇野 が フェルナンデス を上回ったことは確実。あとはSPの点数差 3.41 以上の差を付けられたか? スコア発表。FS 202 点台,トータル 306 点台。宇野 がフェルナンデス を上回った! この瞬間,羽生結弦 の五輪2連覇,羽生結弦 & 宇野昌磨 による日本勢1&2フィニッシュが現実となった

 全てが決まり,羽生結弦 は両手で顔を覆い,万感の涙を流した。同門生の フェルナンデス も銅メダルを獲得し,お互いの健闘を称え合うと,羽生 はまた涙。2人の万感の思いに接しても,実感が湧かずたたずむ 宇野。3選手の姿は,平昌五輪に全てを注ぎ込み,戦い終えた充実感に満ちていた。 (選手敬称略)

羽生結弦,宇野昌磨 歴史的大偉業成す

 羽生結弦 選手の五輪2連覇宇野昌磨 選手の銀メダル,そして両選手による日本勢1&2フィニッシュ。選手,関係者の皆さん,応援した方々にとって,最上の結果になったと思います。私も,両選手のファン,そしてフィギュアスケートを少しだけ詳しく観てきた1人として,今日ほど嬉しい日はありません。

 私は,昨シーズンの世界選手権が終わった時点で,平昌五輪の1&2フィニッシュの可能性が高いことを予想しました(←本ブログ記事参照)。今シーズンが始まり,しばらくはその確信が続いていましたが,羽生 選手のケガによりその確信が大きく揺らぎました。羽生 選手は,グランプリファイナルも全日本選手権も欠場し,ケガの回復に関して不透明な状況が続きました。宇野 選手はシーズン序盤の2戦で300点超えを記録した後,平昌五輪前までの4戦は300点を超えられず,波に乗り切れない時期が続きました。そんな2人の状況から,1&2フィニッシュなど夢物語に過ぎないのか,という思いを抱くこともありました。ブログでは「羽生 選手は逆境に強い」「宇野 選手はピーキング能力が高い」と,1&2フィニッシュを信じる理由を書き記してきましたが,半ば精神論にすがっていたように思います。

 1&2フィニッシュが現実のものとなり,こんな劇的なシーンを目撃できるだけでも素晴らしいことですが,約1年もの間1&2フィニッシュの実現を信じ,ささやかながらそれを発信・共有し,ついに成就された喜びは,今までのスポーツ観戦の中で最高に気分が良い瞬間です。

 それにしても,この2人の実行力と精神力には,改めて驚嘆させられました。羽生結弦 選手が平昌五輪に全てを賭けることができたのは,五輪前後の環境の激変に身を置き,五輪がもたらす功罪の全てに向き合ってきたことで,2連覇が何をもたらすのかを誰よりも深く理解していたからだと思います。ですから,日本スポーツの歴史上でも十指に入るほどの期待や重圧を背負い,それを全て跳ね返し2連覇を果たした 羽生 選手に対しては,称賛の言葉を送りたくても相応しい言葉が見つかりません。ただただ「すごい」という感情が,私の心を埋め尽くしています。

 宇野昌磨 選手は,銀メダルを首にかけての放送局行脚の場で「羽生 選手が重圧を背負ってくれたから自分は楽だった」という趣旨の発言をしていました。まぁ,確かに国内2番手だしなぁ…ってそんなはずないです。羽生 選手にかかる期待の大きさを間近で感じ取り,しかしその 羽生 選手のケガによって 宇野 選手にもさらなる期待の目が向けられ,自身も世界ランク2位で金メダルさえ狙える実力を有する,そんな状況が「楽」なわけがありません。五輪も1つの試合として捉えるという 宇野 選手の思考は,言うは易しですが,競技ごとの世界大会とは別次元の華やかな五輪の場では,よほど強靭な精神力がなければそれを貫くことはできません。

 五輪を強く意識した 羽生結弦 と,五輪の意識を封じ込んだ 宇野昌磨。対照的に見える2人ですが,とてつもない精神力によって自分を保ち,スポーツ選手の最高栄誉の場において自身の実行力を十分に発揮したという点では,完全に共通しています。テレビに映る2人のメダリストから同じオーラを感じるのは,そんな共通のミッションを達成したからかもしれない。そんなことを感じながら,1&2フィニッシュの偉業を改めて実感しているところです。

figureSkateMenMedalistPyeongchang2018

平昌五輪 男子シングル SP終えFS展望

 今晩,SP(Short Program,ショートプログラム)の録画映像を観ました。明日も第1グループからしっかり観戦したいので,手短に。

 SPは,ネイサン・チェン 選手(米)を除く有力4選手は,ほぼ今シーズンの実力どおりの順位となりました。宇野昌磨 選手はもう少しスコアを伸ばしたかったところだとは思いますが,団体戦より良いスコアだったことを前向きに捉えたいです。

 羽生結弦 選手は,FS(Free Skating,フリースケーティング)の予定構成では4回転3種類5本(4Lo,4S×2,4T×2)となっているようですが,これは陽動作戦だと思われます。もはや陽動の相手である チェン 選手と点差がつきましたので,5本入れる必要は全くなく,4回転を4本に留めて 3A を2本飛ぶのが得策。変に4回転5本にこだわると,思わぬ落とし穴が待っていると私は思います。SPが良くてもFSが案外良くないのが最近の 羽生 選手の傾向。ケガ明けのFSはそんなに甘くないと思っておいた方がいいです。

 宇野昌磨 選手は,羽生 選手と7点差なので,予定どおりの構成だと 羽生 選手のミス待ちとなります。ミスの差が大ミス1個または小ミス2個なら 宇野 選手の金メダルもあります。ただ,羽生 選手がノーミスだと滑走前から逆転の目がほぼなくなるので,その場合に銀メダルで良しとするのか,牙をむいて 4S 追加の秘策を繰り出すのか,後者の可能性はかなり少ないとは思いますが注目点ではあります。団体戦出場の疲労がFSの後半に影響してくると思うので,後半の2本の 4T,そして最後の 3S+3T の出来が,メダルの色を変えることになると思います。

 ハビエル・フェルナンデス 選手(スペイン)にはベストの演技を期待したいですが,羽生 選手の直後の滑走なので,羽生 選手が良い演技なら会場の熱気が,そうでもなければ微妙な空気が会場を支配し,どちらにしてもタフな状況です。もし ボーヤン・ジン 選手(金博洋,中国)がパーフェクトだと,フェルナンデス 選手にもパーフェクトに近い演技が必要になりますが,今シーズンのFSの出来を考えるとかなり難しいミッションになるでしょう。

 この試合展開だと,大舞台に強い ボーヤン・ジン 選手が輝きを放つ可能性大。そして,ネイサン・チェン 選手には,ソチ五輪の 浅田真央 選手のような,地獄からの生還を魅せてほしい。

 私が思うFSの勝負の鍵は,4T3A,そして最後のジャンプ

 さぁ,歴史的瞬間を見届けよう。

平昌五輪 男子シングル プレビュー

 羽生結弦 選手の2連覇と,宇野昌磨 選手との1&2フィニッシュに大いなる期待がかかる平昌五輪のフィギュアスケート男子シングル。有力選手の見どころや勝負における注目点を見ていきます。ジャンプ構成にも言及しますので,各選手のジャンプ構成をチェックしたい方は,本ブログ記事「男子シングル ジャンプ戦略比較」をご参照ください。

 以下,有力選手ごとに見ていきます。金メダルを獲る可能性が高いと私が思っている順です。

《凡例》 ◎:好材料 ▲:不安材料

羽生結弦 選手

 練習映像を見る限り,スケーティングは普通にできそうですね。SP(Short Program,ショートプログラム),FS(Free Skating,フリースケーティング),トータルの3つ全てで史上最高スコアを持っていますので,普通に演技ができれば金メダル候補筆頭なのは間違いありません。ただ,羽生 選手は今までに,シーズン中に4ヶ月の実戦ブランクを経験したことがありません。試合になると練習と全く別のアドレナリンが出るタイプのように思えるので,久々の試合かつ五輪ということでアドレナリンが出過ぎると,身体とのバランスを欠く恐れはあります。

 ジャンプ構成は,FSに4Lo を入れられるかどうかが注目点です。4Lo が入らないと,4回転ジャンプを4本(4S,4T 各2本)入れても案外スコアが低くなってしまいます(詳細は本ブログ記事「羽生結弦,ネイサン・チェン のジャンプどうなる?」へ)。前日練習で 4Lo を飛んでいましたので,おそらく入れる構成になると思います。

◎ プログラムが史上最高スコアの再演
◎ 昨年の四大陸選手権で今回のリンクを経験
◎ シーズンや団体戦の疲労蓄積が少ない
◎ SPは1番滑走(6分間練習直後)
五輪2連覇のモチベーション
◎ ソチ五輪ではFSで崩れたので,SPとFS両方ノーミスでこそ真の金メダルという意識
逆境を跳ね返してきた経験と強靭過ぎるメンタル
▲ 想像以上のメディアの狂騒
プログラムをまとめ上げるための持久力がどれほど戻ってきているか (町田樹 氏談)
▲ FSで 4Lo を入れられないと,点数的には他選手と接戦になる

宇野昌磨 選手

 現時点の不安材料が最も少ないですね。主要大会で優勝していないことを問題視する意見もありますが,羽生 選手が出場しない大会では気持ちが乗らなかったと見るべきで,ここ一番の集中力は昨年の世界選手権で実証済み。団体戦SPで他選手の相次ぐ転倒を引きずらなかったのは,宇野 選手特有の「鈍感力」の賜物と思います。羽生 選手が引き連れるメディアを見た他選手は動揺する可能性がありますが,宇野 選手にとっては慣れたものですし,鈍感力で気に留めないので,羽生 選手をめぐる狂騒は 宇野 選手の味方になる可能性さえあります。

 ジャンプ構成は,4S を諦め,演技時間前半に 4F,4Lo,後半に 4T,3A 2本ずつという確度の高い構成になりそうです。個人的には,4F を後半の最初に置いた方がプログラムが盛り上がるとは思いますが,状況次第ではこのような変更もあるかも。

◎ 昨年の四大陸選手権で今回の会場を経験
今シーズンの平均スコアはトップ
団体戦SPで100点超え
◎ 4F の安定感 (団体戦で転倒を免れたのも安定感のうち)
◎ 羽生 選手との久々の対戦でモチベーションアップ
▲ ステップがなかなかレベル4を取れない
▲ 団体戦の疲労 (他の団体戦出場選手よりは少ないか)
接戦を勝ち切る力があるか (無用な小ミスが出がち)
▲ 朝が苦手 (団体戦はたまたま乗り切れたのかも)

ハビエル・フェルナンデス 選手 (スペイン)

 もったいないミスで4位に終わったソチ五輪から4年。今までに世界選手権を2連覇し,五輪メダルを射程圏内にしています。しかし,昨年の世界選手権で3連覇と表彰台を逃して以降,今シーズンはくすぶり続けていて,未だに300点超えがありません。完璧な演技をして,ライバルのミスを待つ展開です。

 ジャンプ構成は,安定の4回転2種類3本。安定した 4S は フェルナンデス 選手が最も早く確立しましたが,演技時間後半の 4S が今シーズン安定していないので,これが入ると高得点が期待できます。また,3A もやや不安定なので,2本ある 3A の出来も注目点です。

◎ 今シーズン不調だったが徐々に取り戻している
◎ 団体戦に出場していない
◎ 4年間の五輪メダルへの渇望感
◎ 世界選手権2連覇のプライド
▲ 今シーズンFSで一度も完璧な演技ができていない
▲ 今回の会場が初経験
▲ 大舞台にやや弱い印象 (世界選手権は 羽生 選手のミスのおかげ)

ネイサン・チェン 選手 (米)

 団体戦SPの大過失をどう見るかですが,いくら団体戦と個人戦が別物とはいえ,あれだけのミスがあると個人戦への影響がないはずはありません。完璧に演技ができればよいのですが,演技の序盤でミスが出ると,団体戦の再現になってしまうのではないかという恐怖と戦わなければならず,そうなると要素をこなすことで精一杯になり,出来ばえ点や演技構成点が伸びない恐れがあります。わりと繊細な性格なのかなという印象もあり,注目度が高くメディア取材が非常に多い状況に耐えられるのかも気になります。

 ジャンプ構成をどうするかは,SPの出来や,羽生 選手の出方などを勘案して決めると思いますが,4回転5本にせよ6本にせよ,4Lz の扱いが注目点になります。4Lz が2本入ると,好調な証と言えると思います。

◎ 今回の会場で開催された昨年の四大陸選手権で優勝
◎ 今シーズン全勝の安定感 (特にSPは安定)
◎ 団体戦銅メダル獲得の安堵感
◎ 昨年,世界選手権で失速した経験から,ピーキングを強く意識
▲ 団体戦の疲労と嫌なイメージ
▲ 今シーズン,ジャンプ構成を固めなかった
▲ 出来ばえ点がなかなか伸びない
▲ 苦手な 3A の出来

ボーヤン・ジン 選手 (金博洋,中国)

 ケガもありシーズン序盤は精彩を欠いていましたが,先日の四大陸選手権で良い演技を魅せ,仕上げてきました。世界選手権は2年連続3位と,大舞台の強さは一級品。五輪メダルへの重圧が他の選手より小さいのも不気味。金メダルはなかなか難しいと思いますが,銀や銅なら案外可能性があると思います。

 助走が少なく美しい 4Lz は安定感抜群で,これが計算できるのも大きな武器。4T も 3A も安定していて,苦手なジャンプがないのも強み。全体が完璧なら演技構成点も伸びる可能性があるので,トータル310点くらいまで狙えます。もっと高得点を狙って 4Lz をFSに2本入れたら面白いと思いますが…。

◎ 昨年の四大陸選手権で今回の会場を経験
◎ 直前の四大陸選手権で優勝
◎ 4Lz,4T,3A 等ジャンプの安定感
◎ 大舞台での強さ
◎ メダル獲れなくて当然という気楽な立場
▲ 出来ばえ点と演技構成点が両方伸びないとメダル圏内に入れない

◆ 他の注目選手

 パトリック・チャン 選手(カナダ)や,ミハイル・コリヤダ 選手(ロシア)もメダルを獲れる力を持っていますが,2選手とも,団体戦でSPとFSの両方に出場しましたので,体力面ではかなり不利です。メダリストは,上に挙げた5選手から決まると考えていいと思います。

 田中刑事 選手は8位入賞が現実的な目標になるでしょう。ほかには,FSで200点超えもありうる ヴィンセント・ジョウ 選手(米),かつての名選手 ランビエール コーチの愛弟子 デニス・ヴァシリエフス 選手(ラトビア),アジアから出場する,マイケル・クリスチャン・マルティネス 選手(フィリピン)と ジュリアン・イー・ジージエ 選手(マレーシア)に注目しています。

◆スコア比較とメダルの行方

 どのくらいのスコアが獲れそうかを知っておくと,観戦を楽しめると思いますので,有力選手のトータルスコア(SPとFSの合計点)を予想してみます。

《凡例》
*:可能性あり ◎:自己ベスト ★:今シーズンベスト

スコア羽生宇野フェチェ
330~
325~
320~
315~◎★
310~
305~
300~◎★
295~
290~
スコア羽生宇野フェチェ
  • 羽生 選手は,330点までは難しいかもしれませんが,完璧なら325点に届く可能性は十分にあります。
  • 宇野 選手は,完璧なら324点くらいまではあると思います。
  • フェルナンデス 選手(上表「フェ」)は過去最高が314点台で,そこにどれだけ迫れるかでしょう。
  • ネイサン・チェン 選手(上表「チェ」)は,自己ベストを超えて313点くらいまでは可能でしょう。全米選手権の315点は国際大会では難しいと思います。
  • ボーヤン・ジン 選手(上表「金」)は,先日の四大陸選手権の出来を再現すれば,305点くらいまで伸びると思います。

 全員ノーミスなら,1・2位:羽生宇野,3位:フェルナンデスチェン となるでしょう。この4選手の中から300点を割る選手が2人出てくると,ジン 選手がメダルを手にするでしょう。

 羽生・宇野 両選手が310点以上なら,フェルナンデス,チェン 両選手の超絶演技がない限り1&2フィニッシュが現実になるでしょう。羽生・宇野 両選手が複数のミスをし,スコアが310点を切るところまで下がれば,5選手がどんな順位にもなりうると思います。

 さぁ,いよいよ,明日(金)SP明後日(土)FSですね。SPは時間的にリアルタイムで観られない方が多いと思います(私もです…泣)が,FSは土曜日のお昼なので,リアルタイムで観戦し,歴史的瞬間を目の当たりにしましょう!

タグ絞り込み検索
記事検索
プロフィール

まっく・けぃ(Mak....

  • ライブドアブログ