マイクを持てば酔っぱらい

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2018/19シーズン

宇野昌磨 またも 羽生結弦 を超えられず 【世界フィギュア2019感想:男子シングル】

 フィギュアスケートの世界選手権。表彰台を逃した 宇野昌磨 選手は,母国開催で期待に応えられなかった自分を責め,打ちひしがれたことでしょう。順位は気にしないという今までのスタンスを変え「優勝する」「周囲の期待に応える」と宣言して臨んだ今シーズン。四大陸選手権では,コンディションが良くない中でFS(Free Skating,フリースケーティング)の今季最高得点を上げ,良い流れで世界選手権を迎えました。しかし,宇野 選手を象徴するジャンプである 4F が,SP(Short Program,ショートプログラム)もFSも共にミスになり,全体的に精彩を欠く演技になってしまいました。

 ケガの快復が思わしくなく,練習が十分に積めない状況だったとはいえ,それでも試合を成り立たせる力は四大陸選手権で確立したはずでしたが,母国開催,羽生結弦 選手との勝負などの様々なプレミアム感が,宇野 選手の正確さや冷静さを奪ったのかもしれません。SPで先行すれば,FSが今シーズン比較的良かったので,ライバルにプレッシャーをかけられたのですが,SPで ネイサン・チェン 選手(米)に先行を許す展開になってしまい,FSが完璧でなければ,という状況に追い込まれてしまいました。追い込まれたとき強い選手もいますが,今大会の 宇野 選手はその強さを発揮できませんでした。

 周囲の期待に応えると宣言したものの実力を発揮し切れなかったとなると,結果論としてこのアプローチは 宇野 選手に合っていなかったのかもしれません。出場する大会に優勝したい気持ちはどの選手も持っているでしょう。しかしそれを言葉にすると,気持ちが不十分な場合,自分が発した言葉の大きさに気持ちが負けてしまうことがあります。さらに練習不十分という状況が重なれば,言葉・心・体がうまくかみ合わず,何かしっくりこないまま試合を迎えてしまったのかもしれません。宇野 選手は今,言葉を発することの難しさを痛感していることでしょう。

 羽生 選手の生き様に触発される気持ちはとてもよくわかりますが,やっぱり 宇野 選手は,表向き順位に興味がない顔をしながら,内に秘めた闘志をスケートに凝縮させる,という姿が似合っているように思います。様々な心の動きを自身の中に封じ込め「五輪は他の大会と変わらなかった」と言い放った姿こそ 宇野 選手らしさだなと思うんです。この姿に戻るにせよ,今シーズンの姿勢を今後も貫くにせよ,今回の経験で 宇野 選手は,自分の心と体の奥深くにある高いレベルの闘争心を呼び起こし,来シーズンさらなる覚醒を魅せてくれると期待しています。

 宇野 選手との直接対決で今回も上位になった 羽生結弦 選手は,いかにして言葉を発するか,ケガを抱えながらいかに最高のパフォーマンスを発揮するか,これらを 宇野 選手に身をもって示すかのようでした。これまでの 羽生 選手は,ケガ明け4ヶ月ぶりの実戦での五輪2連覇が記憶に新しいですが,それ以外にも,東日本大震災の被災経験6分間練習での衝突事故からの復活など,極めて難しい状況を何度も乗り越えており,言葉の発信の仕方,気持ちモチベーションの高め方,身体の状態の見極め試合本番への調整力,こういったスキルが常人離れしたレベルにあります。

 今大会も昨年の平昌五輪と似たような状況になりましたが,母国開催ということもあり,高い集中力を発揮しました。FS前日の公式練習で 4Lo がうまく決まらず,氷上練習の後リンクの脇でイメージトレーニングをするという珍しい光景が見られましたが,これも 羽生 選手の傑出した調整能力を示すものでした。羽生 選手は,FSで最も重要なのは冒頭の 4Lo だと考え,4Lo を必ず成功させるという点に注力していました。他のジャンプにも不安はあったはずですが,鍵は 4Lo にあるという見極めと,それを成功させるための調整法(今回はイメージトレーニング)が見事だなぁと感嘆させられました。

 実際のFSでは見事に 4Lo を成功させて波に乗り,4S が回転不足になったもののミスはこれだけで,4T+3A のシークエンスジャンプも決まり,FSの得点が 200 点,SPとのトータル300 点に到達しました。しかし,演技をよく見ると,ジャンプの間のつなぎの部分や,ステップなどは全力で実施していないように見え,ジャンプを揃えることを第一に考えていたように感じました。これもまた,コンディションが万全ではない中で,スコアを最大にするために何が大事かを考えた結果ではないかと考察します。例えば,FSのステップはレベル3にとどまり,レベル4に比べ(基礎点と GOE 加点の合計で) 0.8 点落としていますが,4回転ジャンプで少し着氷が乱れただけでも2~3点下がることを考えれば,ジャンプに注力することは現実的な判断なのです。こういう戦略を自分自身で徹底的に考え抜き,それを実行できることが 羽生 選手の強さの秘訣でもあります。

 結局,今大会のシングル日本選手で表彰台に乗ったのは 羽生 選手だけであり,大舞台での 羽生 選手の強さが改めて浮き彫りになりました。しかし,ケガ明けの難しさがあった半面,出場した試合数が少なく,疲労の蓄積に関しては他の選手と条件が同じではありません。他の日本選手は 羽生 選手も出場したグランプリシリーズ2戦の後,グランプリファイナル,全日本選手権,四大陸選手権という,いずれも緊張感の高い試合に出場しているのですから,シーズン終盤の世界選手権でミスが出てしまうのもやむを得ないことなのです。今大会の結果は,もったいないなぁと思う反面,それを責める気に全くなれないのは,日本選手がどの試合も全力で取り組んでいることを観てきたからです。

 羽生 選手が他の選手と同じ大会に出場した上でこの成績を残したのであればもっと喜べたはずで,今回の世界選手権の結果はやや複雑な気持ちで受け止めています。ただ,それは 羽生 選手が一番わかっていることであり,だからこそ優遇措置で出場した世界選手権で結果を残そうと,全力を尽くした結果でもあります。ただ,スポーツ選手はまず試合に出ることが最も大事であり,自分責任の負傷による欠場は問題ありなのです。私はこの点において,シニアデビュー以来,主要大会の欠場がない 宇野 選手は素晴らしいと思いますし,だからこそ,今大会は 宇野 選手が 羽生 選手より上位に来るという結果も得てほしかったのです。来シーズンはシーズンをフルに戦ってもらい,羽生 vs 宇野 の対決を何度も観たいものです。

 その 羽生 選手を完全に上回ったのが ネイサン・チェン 選手でした。4回転ジャンプの安定感は抜群で,4Lz と 4F を両方決めたのは チェン 選手だけでしたし,苦手の 3A でもかなりの GOE 加点を得ていました。身体や手先の動きに余裕が感じられ,ジャンプだけでなく演技全体の躍動感がすごかったです。羽生 選手のような滑らかでしなやかなスケーティングとは異なり,チェン 選手は力強さや躍動感がありながらも力みの少ないスケーティングで,今大会は間違いなく チェン 選手史上最高の演技でした。PCS (Program Component Score,演技構成点)も 羽生 選手に迫る得点が出ており,仮に 羽生 選手や 宇野 選手が完璧でも歯が立たない内容でしたから,チェン 選手の完勝でした。羽生 選手も 宇野 選手も,来シーズンは基礎点を上げるための対策を迫られるでしょう。

 チェン 選手は昨シーズンの世界選手権でも優勝していますが,これは五輪直後なので割り引いて考える必要があり,今シーズンの世界選手権制覇によって,真の世界王者になったと言えるでしょう。それでも今シーズンはルール改定直後だったこともあり,4回転を3種類4本にして様子見だったところがあります。今後は,現在 チェン 選手にしかできない4回転5種類に挑んでほしいと思います。

 ソチ五輪以降,挑戦を受ける立場だった 羽生 選手が,ついに追いかける立場になりましたが,これは 羽生 選手が待ち望んでいたことだったと思います。追う立場になった 羽生 選手が,今後 4F や 4Lz,そして夢の 4A をどう切り開いていくのか,それともケガによってさらに追い込まれてしまうのか,本当に目が離せません。そして,宇野 選手もその流れに追随しながら,羽生 選手や チェン 選手を追い越す機会を虎視眈々と伺う,これが来シーズンの展開になるでしょう。

地の利を生かせず 表彰台は遠く 【世界フィギュア2019感想:女子シングル】

 私の予想(という名の願望)はことごとく外れ,女子シングルは一人も表彰台に乗れず,男子シングルは私が優勝を予想した 宇野昌磨 選手はメダルを逃し,苦戦を予想した 羽生結弦 選手が日本選手唯一のメダルを獲得しました。予想を外したからではなく,各選手の心情を思うと悔しい気持ちでいっぱいになってしまいます。

 女子シングルは,順位だけ見て日本選手の力不足という論評をするのは気の毒です。2位と5位のスコアは2点未満。1つミスすれば4点以上点数が変わる女子において,2点というのは差のうちに入りません。この点差でメダルを逃すのは,運が悪かったとしか言いようがなく,しかも5位の 坂本花織 選手は 222 点台,4位の 紀平梨花 選手に至っては 223 点台でもメダルが獲れませんでした。平昌五輪のとき 222 点台でメダリストになれなかった 宮原知子 選手を思い出してしまう状況です。なんとかしてメダリストになってもらいたかったですし,メダリストと同等のスコアを出したことには胸を張ってほしいです。

 しかし,だからこそ当の選手たちは悔しい思いをしているでしょう。メダルを逃す原因は自分たちのミスによるものだからです。ミスがなければ 紀平,坂本 両選手は表彰台に乗れました。2位の トゥルシンバエワ 選手(カザフスタン)と3位の メドベージェワ 選手(ロシア)は,SP(Short Program,ショートプログラム)もFS(Free Skating,フリースケーティング)もミスがありませんでした。ミスをするとスコアが低くなる,それが今シーズンのスコアルール改定の肝ですから,正にそのとおりの結果が出たわけです。

 紀平 選手は,生命線である 3A がSPとFSの計3本のうち1本しか成功しませんでした。これでは表彰台を逃すのも致し方ないことだと思います。シニアデビューシーズンは,ずっと活躍していたのに世界選手権で息切れすることがあり,過去には 宇野 選手や ネイサン・チェン 選手(米)もそれを経験しています。紀平 選手はその罠にハマることはないと私は思っていましたが,デビューシーズン大活躍の期待感に日本開催(しかも観客が1万人以上入るさいたまスーパーアリーナという大箱)が重なり,舞台が揃い過ぎたことが 紀平 選手を微妙に狂わせてしまったのかもしれません。

 坂本 選手はFSの 3F でミスが出ましたが,3F は 坂本 選手が最も得意な3回転ジャンプであり,めったにないミスによってメダルを逃したのですから,坂本 選手のショックは計り知れません。四大陸選手権では,3F の直前に飛ぶ 2A+3T+2T という,これまた得意かつ得点源のジャンプでのミスでメダルを逃していたので,今回はその 2A+3T+2T が成功したことで,ホッとした気持ち,あるいは得意なジャンプだからこそ失敗してはいけないという意識が出てしまい,平常心で 3F に入れなかったのかもしれません。SPが完璧と言っていい出来だっただけに,そのミス1つだけで表彰台をも逃すというのは,天国から地獄という言葉が大げさとは思えないほどの,あまりに厳しい結果でした。

 宮原 選手は,SPの回転不足が偶発的なものだったことをFSで証明しました。FSでは回転不足が全くない,技術面ではパーフェクトな演技でした。私は,SPの回転不足がFSに影響するというたいへん失礼な予想をしてしまったのですが,宮原 選手の修正能力に改めて感嘆いたしました。ただ,仮にSPの回転不足がなかったとしても,表彰台には乗れなかったと思います。今大会では,表現面が今までの 宮原 選手よりわずかに見劣りする感じがあり,PCS (Program Component Score,演技構成点)でやや差が出てしまったからです。PCS が低めだった要因は,日本開催の世界選手権への緊張と,回転不足を防ごうとジャンプへの意識がやや強くなってしまったことにあるのではないかと推察いたします。

 強力な布陣の日本選手を抑えて優勝したのは,実力を出し切った ザギトワ 選手(ロシア)でした。私は,今シーズンの苦難が世界選手権まで続くと予想しましたが,結果は逆でした。演技は完璧ではなかったものの,ミスなくきっちりまとめました。昨シーズンはクールで精密機械のような印象もありましたが,今大会はジャンプを絶対に決めるんだという,人としての強さが感じられるような演技でした。シーズンの不調を世界選手権で払しょくするシーンはここ数年の世界選手権ではなかったことであり,ザギトワ 選手の本当の強さを目の当たりにしました。

 ザギトワ 選手が所属する トゥトベリーゼ コーチのチームでは,メドベージェワ 選手が抜けたことで ザギトワ 選手が一枚看板として注目を集める一方で,ジュニア世界選手権の金・銀メダリストも在籍するなど,著しい若手の突き上げがあります。ザギトワ 選手は,世界選手権の成績によっては,五輪女王でありながら冷遇されかねない状況に追い込まれていたと言えます。今回の優勝によって早くも引退がありうるのでは,と推測する外国のメディアもあるようですが,ロシアの若手は4回転ジャンプの確率がかなり高く,彼らがシニアに上がってくると ザギトワ 選手でも厳しい戦いになることから,そのような報道が出るのでしょう。彼女はまだ16歳。引退がささやかれるとはあんまりだと思いますが,今シーズンを逃すと今後いつ金メダルが獲れるかわからない,そういう危機感が ザギトワ 選手にあったことは間違いないでしょう。

 2位に入った トゥルシンバエワ 選手は,SPが今までとは別人のように生き生きとした演技だったので,FSの 4S が成功するのではないかと私は予感していました。冒頭の 4S が成功したことでFSは完全に波に乗りました。こんなにしなやかで表現豊かな トゥルシンバエワ 選手を初めて観ました。PCS が1項目平均9点台に急伸したことで銀メダルを獲得しましたが,納得のスコアだったと思います。ブライアン・オーサー コーチに師事していた昨シーズンまでは,サイボーグ的な印象が拭えませんでしたが,今シーズンから トゥトベリーゼ コーチの元に戻り,トゥルシンバエワ 選手の気性の強さがハマったのでしょう。また,昨年暴漢に襲われ急逝した母国のソチ五輪銅メダリスト デニス・テン さんに捧げる気持ちの強さもあったと思います。彼女の素晴らしい演技には,テン さんのご加護があったようにも感じましたね。

 その トゥルシンバエワ 選手と入れ替わる形で,今シーズン,オーサー コーチの元に移った メドベージェワ 選手も,今シーズンの不調から甦り表彰台に乗りました。紀平,坂本 両選手のミスによって転がり込んできた銅メダルではありましたが,ギリギリで出場を決めた世界選手権で結果を出すのは,やはり並大抵のことではありません。このような形でシーズンを締め括り,今後の復活に向け大きな自信を得たと思います。

 表彰台に乗った3選手の演技で感じたことは,気持ちの強さが前面に出ていたことです。今までの彼らは,正確無比でミスが極めて少ないという演技の完成度で勝負してきました。ところが,今回の世界選手権は違いました。ジャンプの着氷でぐらついたりもしていたのですが,「絶対に成功させるんだ」という集中力でジャンプを飛んでいたように私の目には映りました。それは私の思い込みかもしれないのですが,そう感じずにはいられませんでした。

 きっと彼らは,背負っているものがとても大きかったんだと思います。五輪シーズンの絶頂から1シーズンで滑り落ちそうになっていた ザギトワ 選手。コーチを変えたことによる周囲の雑音を払いのけたかった トゥルシンバエワ,メドベージェワ の両選手。世界選手権で結果を出さなければ,今まで築いてきたものが崩れ落ちてしまう,そんな危機感が彼らを甦らせたのだと感じます。しかし,危機感だけで勝てるほど今のフィギュアスケートは甘くありません。追い込まれた状況でも優れたパフォーマンスを出せるだけの技術を持っているんですね。わずか2点のスコアの差,メダリストとメダルを逃した選手との差は,詰まるところその技術の差だということになるのです。

 日本の3選手は,そこまで大きなものを背負っていませんでした。母国開催で世界女王に「なりたい」という気持ちは強かったと思いますが,世界女王を「獲らねば」というほどではなかった。極限の緊張の中で,その差がミスという形で現れてしまったのかなと思います。日本開催に関しては,日本の観客は海外の選手にも分け隔てなく声援を送りますし,ザギトワ 選手や メドベージェワ 選手は日本が大好きですから,彼らが不利を感じることはほとんどなかったはずで,日本選手が母国開催という地の利をさほど享受できなかったと言えます。さいたまスーパーアリーナは世界的に見ても最も観客数が多い会場であり,会場の熱気がすごいことに加えて,試合が進むにつれて氷の状態が刻々と変わったそうです。大箱の緊張と氷の変化の両方に対応しなければならなかった点は,経験値が高い選手を利することになったかもしれません。

 なぜミスが出たのか,各陣営はよくわかっていると思います。紀平 選手は 3A の成功確率をもっと上げていくことに尽きるのですが,今シーズンのSPは,紀平 選手にとって 3A を飛びづらい音楽だったのではないかと私は推察しています。なので,来シーズン音楽が変われば状況は好転するでしょう。坂本 選手は,ここ2年間の全日本選手権では素晴らしい演技を見せていますので,緊張感がミスを誘発するという単純な話ではありません。全日本選手権のようなパフォーマンスを,国際大会でも披露するにはどうすればよいかを突き詰めていくことが求められます。

 今シーズンは五輪の翌シーズンであり,北京五輪はまだ先だからこの結果で十分,という考えがあるとしたら私は賛同しかねます。1年1年のグランプリファイナルや世界選手権の結果こそが競技スケーターにとって大切だと思うからです。五輪は4年に一度のお祭りであり,メダルを獲るにはそのときの好不調や運も関係してきます。五輪のメダリストが過度に評価されるのではなく,1年1年の実績が評価されるべきです。世界トップの大会(世界選手権,五輪シーズンは五輪)で ザギトワ 選手が2連覇,メドベージェワ 選手が4年連続表彰台に上ったことは,五輪のメダリストであることよりも輝かしい実績だと思います。日本選手は,母国開催のチャンスを生かせず表彰台を逃したことを,五輪で力を出せなかったことと同じくらい大事なこととして受け止めてほしいです。

 とはいえ,紀平,坂本 両選手がメダリストと同等の力を示したことも,紛れもない事実です。紀平 選手は,3A 以外のジャンプ・スピン・ステップが高い完成度だったことは素晴らしかったです。坂本 選手は,スケーティングが格段に美しくなり,FSでは PCS が1項目平均9点を超えました(坂本 選手にとって国際大会初)。PCS だけ見れば,メドベージェワ 選手より高い評価を受け,ザギトワ 選手に次ぐ2位でした。これは 坂本 選手にとってはとてつもなく大きな自信になったと思います。

 日本の選手たちは,これらの成果を糧としつつ,この悔しさがバネになることでしょう。母国開催のメダルを逃したことは苦い経験ではありますが「この経験があったから強くなれた」と言えるような活躍を来シーズン以降期待したいと思います。

世界フィギュア2019 ショートプログラムを終えて

 さいたまスーパーアリーナで開催中のフィギュアスケート世界選手権は,SP(Short Program,ショートプログラム)が終わりました。FS(Free Skating,フリースケーティング)はどうなるでしょうか?

◆女子シングル

 坂本花織 選手が素晴らしい演技を披露しました。スケーティングがとても柔らかく,ジャンプがプログラムに溶け込んでいました。FSも全日本選手権を超える演技になると私は確信しています。紀平梨花 選手がミスしたら 坂本 選手が優勝をさらう,という展開になってきました。世間では「ザギトワ 選手(ロシア)が逃げ切るか 紀平 選手が逆転か」という報じ方になっていますが,優勝候補の筆頭に 坂本 選手が躍り出たと私は思います。滑走順が ザギトワ 選手より前になったことも幸運ですね。坂本 選手が完璧なら,ザギトワ 選手がわずかな綻びを見せただけで逆転できると思います。

 紀平 選手は,3A の予定が 1A になり0点になった(←SPでは 2A 以外の2回転以下の単独ジャンプは0点)にもかかわらず,スコアが70点に乗ったのがせめてもの救いで,まだ逆転の目があります。FSで 3A を2本成功させることは優勝の絶対条件になりますが,FSのプログラム「A Beautiful Storm」は 紀平 選手にとてもフィットしていますし,開き直るしかない状況なので,完璧な演技になる可能性がかなり高いです。

 今大会は PCS (Program Component Score,演技構成点)が厳しめな印象があるので,スコア 160 点は難しいですが,158 点までは到達可能でしょう。その場合,ザギトワ 選手は 147 点,坂本 選手は 152 点で 紀平 選手より上位になりますが,この点数は2選手にとってかなり高く,これが 紀平 選手に逆転の目があると考える根拠です。ただ,今大会絶好調の 坂本 選手なら,全日本選手権で出した 152 点を国際大会である世界フィギュアでも出せると思いますので,坂本 選手の優勝の可能性が最も高いと上述したのです。

 宮原 選手は,ジャンプの回転不足が出てしまったのが厳しいですね。気をつけていたにもかかわらず回転不足を取られたことで,FSではジャンプをきちんと飛ばなければ,という重圧がかかってきます。修正能力の高い 宮原 選手ではありますが,FSでも回転不足やジャンプミスが出てしまいそうです。表彰台は限りなく厳しくなってきました。

 ザギトワ 選手は,全てが完璧なら上述した 147 点は超えられると思いますが,どこかでミスが出るか,ミスはなくても完璧とは言えない出来の場合,今シーズンの実績から考えると 147 点に及ばない可能性がかなりあります。SPが完璧だったことでやっと優勝争いに絡める状況になっただけであり,今シーズンの鬼門であるFSを完璧に演じられるかどうかは,まだまだ予断を許しません。表彰台はほぼ手中にしたと言えますが,優勝を手にするには,坂本,紀平 両選手のミスが出た状況で,ザギトワ 選手が完璧に演じることが条件になりそうです。

 優勝は僅差で 坂本 選手,2位と3位を 紀平 選手と ザギトワ 選手が争うと予想します。3選手の誰かがかなり崩れた場合,四大陸選手権から好調を維持する トゥルシンバエワ 選手(カザフスタン)が表彰台に乗る可能性が出てきました。SPの調子を見る限り,FSの 4S は成功の可能性が高いと思いますので,どこまで迫れるか楽しみです。

◆男子シングル

 羽生結弦 選手は,SPはミスなく演じられると予想していたのですが,やはりケガのブランクによる試合勘の弱さが出てしまいました。どんなに練習が順調でも,試合は別物だとよく言われますからね。追い込まれたときの 羽生 選手は強い,という過去の実績から逆転を期待したくなりますが,FSはSPよりもさらに正直に選手のコンディションが表れますので,厳しい戦いになると思います。FS演技時間後半の3つの連続ジャンプ,特に 羽生 選手にしかできない 4T+3A を成功させてほしいですね。

 宇野昌磨 選手は,リードを奪う絶好のチャンスだったにもかかわらず,羽生 選手に付き合ってしまいました。今シーズンのSPは 4T+3T に苦労していたのですが,今大会ではその前の 4F を失敗するという予期せぬ展開でした。ただ,そこですぐに切り替えてあえて 4T+2T を選択し踏みとどまりました。4T+3T を成功させた場合より4点ほど下げた形ですが,失敗すれば優勝は絶望的だったことを思えば,首の皮1枚つながったと言えます。今シーズンのFSは比較的良いですし,無心で集中し完璧な演技をしてスコア 200 点を出せれば奇跡の逆転の目も出てきます。ただ,その可能性は,女子の 紀平 選手の逆転優勝よりも難しいでしょう。

 ネイサン・チェン 選手(米)が今シーズンの好調さそのままに,SPで貯金を作りました。大舞台で力を出し切れないかも,とは言ってもSPを見る限りその可能性は低そうですし,羽生 選手と 13 点差,宇野 選手と 16 点差は,よほど大崩れしない限り追いつかれない点差です。ただ,4回転ジャンプは失敗すると一気に点数が減ってしまうので,2回大きなミスが出ると勝負はもつれます。しかし,その可能性はかなり低いでしょう。チェン 選手が優勝をほぼ手中にし,宇野,羽生 の両選手がわずかな可能性に賭ける,という展開です。

 素晴らしかったのは ジェイソン・ブラウン 選手(米)。大好きな日本で,やっと会心の演技ができました。ほとんど準備動作なく,流れの中で飛ぶジャンプの質が凄い。順位は二の次で,FSも完璧な演技を魅せてほしいと願っています。

世界フィギュア2019 プレビュー 【スポーツ雑誌風】

 さいたまスーパーアリーナで開催される,フィギュアスケート世界選手権の見どころと勝負の予想をスポーツ雑誌風に記します。


◆男子シングル

 優勝争いは,羽生結弦宇野昌磨ネイサン・チェン (米)の3選手が有力で,ヴィンセント・ジョウ (米),ボーヤン・ジン (金博洋,中国)らが表彰台を狙う。彼らの4回転ジャンプはSP(Short Program,ショートプログラム)で2本,FS(Free Skating,フリースケーティング)で4本と横並び(→ジャンプの分析:本ブログ過去記事参照)なので,本番の演技の完成度が勝敗を分ける。

 中でも最も優勝に近いのが 宇野昌磨 だ。世間の下馬評は 羽生 や チェン の声が多いかもしれないが,私は 宇野 に勝機ありと見ている。2月の四大陸選手権で,ケガを抱えながらFSの今シーズン世界最高得点を叩き出して優勝したことは,宇野 にとって大きな自信となり,主要国際大会6大会連続2位から脱したことで胸のつかえも取れただろう。今シーズンは,周囲の期待に応え勝ちにこだわる姿勢を貫いており,日本開催の地の利も生かし,初めて 羽生 を破って初優勝という大願成就を果たしたい気持ちは誰よりも強いだろう。安定感やピーキング能力はここ3シーズン発揮されており,SPとFSが両方ノーミスで実施できれば初の世界王者を手にするだろう。

 羽生 はケガ明け4ヶ月ぶりの実戦であり,ノーミスは可能かもしれないが,完成度の高い実施は難しいだろう。平昌五輪の再現を期待するファンは多いが,五輪という特別な舞台であり,過去のプログラムの再演だった 平昌 の状況とは異なり,今シーズンはプログラムを試合で滑る機会が少なかったので,いくら練習で好調だったとしても,いきなり世界選手権で完成度を高めるのは難しいと予想する。SPは大丈夫と思うが,FSは転倒や回転抜けが無ければ上出来と考えた方がよいだろう。

 チェン は今シーズン絶好調で,SPとFSを完璧に揃えた1月の全米選手権の出来が再現できれば間違いなく優勝できる。ただ チェン は,2017年の世界選手権,2018年の平昌五輪と2年続けてシーズン終盤の大舞台で優勝はおろかメダルさえも逃しており,大舞台で力を発揮する技術とメンタルが試される。不得手の 3A の出来が勝負を分けるかもしれない。

  • 私の順位予想 … 1位: 宇野,2位: チェン,3位: 羽生
  • 全員完成度が高い場合 … 1位: チェン,2位: 羽生,3位: 宇野

◆女子シングル

 日本選手の表彰台独占という夢のような光景が見られるかもしれない。その可能性が60%くらいあると思う。スコアの観点では,紀平梨花 を ザギトワ (ロシア)が追いかけ,さらにその後ろに他の選手が僅差でひしめく状況(→ジャンプの分析:本ブログ過去記事《日本選手ロシア選手》参照)だが,日本3選手の地力・地の利と,ロシア選手の今シーズンの停滞を考えると,日本選手の表彰台独占の可能性はけして贔屓目ではない。

 優勝候補の筆頭はもちろん 紀平梨花 である。技術点が抜群に高く,PCS (Program Component Score,演技構成点)も ザギトワ と肩を並べトップクラス。状況に応じて,ジャンプの難度を落としたり,その場で構成を変更する対応力も過去の試合で証明済みだ。日本開催が逆プレッシャーとなり,シーズンの最後に息切れという可能性もゼロではないが,今シーズンはSPとFSのどちらかにミスが出ており,この大舞台で両方ノーミスでの実施を強く誓っているはずだ。SP 80 点FS 160 点計 240 点という驚異的な得点を期待せずにはいられない。

 全日本を制した 坂本花織 は,優勝を狙うと公言している。これほどはっきり優勝を口にすることは珍しく,並々ならぬ決意がうかがえる。四大陸選手権で優勝を狙うもメダルを逃す経験をしたことで,無心で試合に臨むことの大切さを再認識できたことも好材料だ。完璧な演技ができれば GOE (Grade Of Execution,出来ばえ点)も PCS も高騰する可能性はあり,紀平 にミスが出れば 坂本 が女王の座を射止める可能性が高い。

 世界選手権の銀と銅のメダルを持つ 宮原知子 も,金メダルを渇望している。全日本選手権から3ヶ月,プログラム細部の精緻化と,ジャンプの回転不足の解消に取り組み,演技全体を研ぎ澄ませてきただろう。シーズン途中では細かいミスがあっても,世界選手権や五輪の大舞台で完成形を披露しシーズンベストを更新する,これが 宮原 の例年の姿だ。今シーズン,全日本選手権では若手2人の突き上げを受けているが,先輩のプライドにかけて,日本開催である今年の世界女王は是が非でも手にしたいところだ。ミスがないことにはもはや驚かないが,全てが完璧に演技できれば優勝に手が届くだろう。

 ここ数年,日本勢より力が上だったロシア勢だが,今シーズンは様相が異なる。五輪女王 ザギトワ,欧州女王 サモドゥロワ に加え,世界女王2連覇の実績を持つ メドベージェワ も参戦し,名前だけを見れば手強い相手に思える。しかし,今シーズンのロシア勢は完全に追う立場にいる。

 ザギトワ の不調は,五輪女王の重圧,身長の伸びなど様々に報じられているが,私が感じる要因は「FSの選曲」と「紀平 の急成長」である。ザギトワ のFSは「カルメン」。この曲は五輪で演じることを ザギトワ 自身が希望したものの,エテリ・トゥトベリーゼ コーチが賛同しなかったと言われている。五輪女王になったこともあり「カルメン」の採用を許したのだろうが,五輪女王とはいえまだ16歳,風格があるタイプではない ザギトワ にとって「カルメン」のスケール感を表現するには時期尚早という印象だ。ジャンプもどこか飛びづらそうに見えるのは,ジャンプが曲にうまくハマっていないからかもしれない。

 紀平 の急成長に関して,3A によって技術点を高めてくることは予期できても,PCS が自分に追いついたことは予想外だっただろう。グランプリファイナル完敗の衝撃(→本ブログ過去記事)の大きさは,その後のロシア選手権(5位)とヨーロッパ選手権(2位)が物語っている。ノーミスは当然で完璧な演技でなければ世界女王は取れない,という状況に追い込まれたことが ザギトワ の焦りを生み,演技の綻びをなかなか塞げずにいる。表彰台に乗れるかどうかの厳しい試合になると私は予想するが,今シーズンの不調を払拭する演技ができれば,当然優勝争いに加わってくる。

 むしろ,ネームバリューはロシア勢で最も低い サモドゥロワ が,表彰台の可能性としては最も高いと私は考える。シニアデビューの今シーズン,グランプリファイナルに出場(5位)し,ヨーロッパ選手権で ザギトワ を破って優勝したことで,世界選手権の切符をつかんだ。ヨーロッパ選手権は欧州各国では権威のある大会であり,ここでの優勝は我々が思う以上に大きな自信になっているはずだ。FSの「バーレスク」は サモドゥロワ によく合ったプログラムなので,完璧な演技なら,日本勢の表彰台独占を阻む役を担うかもしれない。

 直前の国内選考で出場をつかみ取った メドベージェワ は,大好きな日本での出場に安堵していると思うが,昨シーズンまでの実力は現在の彼女にはない。コーチを トゥトベリーゼ からロシア国外の ブライアン・オーサー に変更し,全く違う生活・練習環境に慣れるだけでも大変な作業なのに,さらにスケートも全てを一から再構築しているのだから,今回は出場できたことが奇跡的なのだ。私は,以前の メドベージェワ は PCS が高過ぎると感じていたので,現在のスコアは妥当な水準だと感じている。ここから再び頂上をめざしていく上で,今大会は メドベージェワ が何合目まで上ってきたかがわかる試合になる。だがもちろん,メドベージェワ 自身は出場だけで満足と思うはずがない。順位はともかく,完璧な演技で自身が進む道の正しさを証明してほしい。

 ここ数年の世界選手権を見ると,それまで順調だった選手が力を発揮できないことは時々あるのだが,不調だった選手が甦ることはほぼない。フィギュアスケートは現在の採点方式が導入されたことで,ネームバリューで戦える世界ではなくなった。ザギトワ や メドベージェワ の経験や舞台度胸は脅威だが,それでシーズンの不調をカバーできるほど甘くはない。仮に 紀平 選手が崩れた場合は,坂本,宮原 のどちらかが世界女王初戴冠となるだろう。

  • 私の順位予想 … 1位: 紀平,2位: 坂本,3位: 宮原
  • 全員完成度が高い場合 … 1位: 紀平,2位: ザギトワ,3位: 宮原

ジャンプ戦略考察:男子シングル編

 前回と前々回は,フィギュアスケート女子シングル選手のFS(Free Skating,フリースケーティング)のジャンプ構成をチェックしました。今回は男子シングルの有力選手をチェックしていきます。まずは 羽生結弦 選手から。

figureSkateScoreHanyu

 4回転は 4Lo, 4S, 4T×2本の計4本。今シーズンから「4回転2本飛べるのは1種類」というルールになりましたので,優勝争いに必要な4回転の種類・本数は,3種類3本,3種類4本,4種類4本あたりになるでしょう。4種類5本も可能性としてはありますが,今シーズンは様々なルール改定があったシーズンなので,そこまで無理してくる選手はいないようです。

 4回転の中でも 羽生 選手の目玉は 4T+3Aシークエンスジャンプでしょう。シークエンスジャンプとは,連続ジャンプの第2ジャンプとして A (アクセルジャンプ)を付けるものです。第1ジャンプを右脚(リバースジャンパーは左脚)で着氷した後,後向きから前向きに体の向きを変える際に軸足を左脚(リバースジャンパーは右脚)に変え,すぐに A を飛びます。軸足を変える動作が入るので,連続ジャンプではなくシークエンスジャンプという扱いになり,基礎点が各ジャンプの基礎点合計の 0.8 倍になります。

 +2A のシークエンスジャンプは女子ではたまに見かけますが,+3A のシークエンスジャンプは史上初だと思います。点数が 0.8 倍になるのがもったいないので,プログラムに組み込む選手はほとんどいませんし,普通に飛ぶのさえ難しい 3A を第2ジャンプに持ってくることは,まずあり得ません。これは 3A高い完成度で飛ぶことができ,新しいことに挑戦し続ける 羽生 選手らしい選択だと思います。今シーズンは,勝負よりも自分が演じたいことを優先しているそうで,だからこそ点数面では損なシークエンスジャンプでも入れたかったのでしょう。実は,羽生 選手は今までのエキシビションやアイスショーの中で,4T+3A+3A というものすごいジャンプをたびたび披露しており,2013年のグランプリファイナル(福岡)を現地観戦した際にこのジャンプを観たときは,4回転が3本続いたのかと思うほどの大迫力でした。なので,4T+3A はチャレンジというよりは,プログラムの流れの中にどう入れていくかが 羽生 選手にとっての課題だと思います。

 このシークエンスジャンプも含め,3つの連続ジャンプを全てボーナスタイムに入れているのもすごいです。連続ジャンプを演技の後の方に持ってくると,失敗したときリカバーできないというリスクがあります。羽生 選手はこの構成を成功させる自信があるでしょうし,失敗できないという緊張感が逆に高い完成度につながる,という気持ちもあると思います。演技時間の前半は4回転,後半は連続ジャンプでずっと見どころが続くプログラムになっていると思います。

 ジャンプ構成表をよく見ると,3Lz を入れていないことがわかります。羽生 選手は 4Lz も成功させていますから Lz が苦手ということはありません。昨シーズン,4Lz の練習でケガをしましたので,今シーズンは無理をしなかったと見るべきでしょう。ケガの快復が順調なら,3Lo の代わりに 3Lz を入れてくるかもしれません。

 続いては,宇野昌磨 選手のジャンプ構成です。

figureSkateScoreUno

 4回転は 羽生 選手同様の3種類4本(4F,4S,4T×2本)。今シーズンはケガを抱えていたため,4S を入れない試合も多かったですが,世界選手権では入れてくると思います。公式戦成功世界初の 4F が武器ですが,4T が安定しているので2本入れ,4F は1本を確実に決める,という作戦のようです。個人的には 4F からの連続ジャンプや,ボーナスタイムの 4F も見てみたいところです。

 この表では,F が得意な 宇野 選手が 3F を入れてないように見えますが,3F は連続ジャンプの +1Eu+3F で使っています。これは +1Eu+3S の亜種で,得意だからこそ連続ジャンプの第3ジャンプに持ってきているのです。ここで使わずに済んだ 3S は 3S+3T で使っていますが,これが最後のジャンプなので,この連続ジャンプも鍵を握ります。

 しかしながら,+1Eu+3F を除けば,以下に示すように実はかなり堅実な構成です。

  • 4回転→3回転の連続ジャンプを入れていない (宇野 選手は 4T+2T)
  • ボーナスタイムは全て第1ジャンプが3回転
  • 3Lz や 3Lo を避け 3S を入れている

 ジャンプでは失敗リスクを抑えて GOE (Grade Of Execution,出来ばえ点)を高めて勝負する戦略であることがうかがえます。とはいえ,ジュニア時代 3A に苦労していたことを思うと,3A がこれだけの得点源になっていることは素晴らしいです。3A をボーナスタイムに置けるからこそ,4回転を先にこなすことで失敗のリスクを抑えることができるのです。

 最後は,羽生,宇野 両選手と優勝争いをする米国の2選手を見てみましょう。

figureSkateScoreChen

figureSkateScoreZhou

 両選手とも 4Lz4F を両方組み込み,羽生,宇野 両選手より高い基礎点を持っています。ネイサン・チェン 選手は,あまり得意ではない 3A を1本にしているものの,連続ジャンプに基礎点が高い +3T 2本と +1Eu+3S を使い,これら3回を全てボーナスタイムに持ってくることでスコアを高めています。一流の男子選手は 4T と 3A を2本ずつ入れるのが定石ですが,チェン 選手は 3A 1本という弱みを +3T を2本入れることでカバーしているわけです。4回転ジャンプの安定感は抜群で,基礎点が高い 4Lz,4F に始まり,4T と +3T が2本ずつという,3A 1本パターンの王道とも言える,見事なジャンプ構成だと思います。

 チェン 選手を上回る基礎点を持ち,4回転を4種類入れているのが ヴィンセント・ジョウ 選手です。チェン 選手を超えている要因は,3A を2本入れていることと,3連続ジャンプに 宇野 選手と同じ +1Eu+3F を使っていることです。点数の面でもったいないのは 3A+2T で,これを 3A+3T にすれば基礎点が80点を超える計算になります。ただ,4回転4本に 3A も2本となると,+3T を2本入れるのは体力的にかなり厳しいので,やむを得ないところでしょう。目玉は 4Lz+3T ですね。実際にプログラムに組み込まれるジャンプの中で最も基礎点が高いので,これが成功するとスコアの面でも気持ちの面でも大きなプラスになる連続ジャンプです。ジョウ 選手は回転不足が多いので,回転不足を出さないことが鍵になりますが,この基礎点の高さが脅威であることは確かです。

 上述した4選手と ボーヤン・ジン 選手(金博洋,中国)が優勝および表彰台争いを繰り広げることになると思います。全てのジャンプが良い出来であれば,皆FSで 200 点を取る力があります。今シーズン初の 200 点を誰が記録するのかも楽しみです。

ジャンプ戦略考察:女子シングルロシア選手編

 フィギュアスケートの世界選手権の開催が近づいてきました。そこで,出場選手がどんなジャンプを選んでいるのかを見ていこうということで,前回は女子シングル日本選手のFS(Free Skating,フリースケーティング)のジャンプ構成を紹介しましたが,今回は優勝争いの相手となるロシア選手のFSのジャンプ構成を見ていきましょう。

 まずは,平昌五輪女王 ザギトワ 選手です。

figureSkateScoreZagitova

 表の見方は前回の記事を参照してください。ザギトワ 選手の11本のジャンプは,平昌五輪のときと同じです。五輪のときは,全てのジャンプを演技時間後半に入れ7回のジャンプの基礎点を全て1.1倍にするという荒業でスコアを最大化しましたが,今シーズンのスコアルールの改定により,点数が1.1倍になるボーナスタイムは演技時間後半のうち最後の3回だけに制限されました。それでも,ザギトワ 選手のスコアを高める戦略は相変わらずで,連続ジャンプ2回と(単独ジャンプでは最も基礎点が高い) 3F をボーナスタイムに持ってきています。連続ジャンプを3回全て持ってきたかったと思いますが,それだと前半に単独ジャンプが続き退屈なので,前半に 3Lz+3T を入れてメリハリを付けたと考えられます。

 3Lz と 3F が2本ずつというのは ザギトワ 選手のジャンプ能力の高さを示しています。当ブログでたびたび話題にしていますが,女子選手は Lz と F の飛び分けに苦労する選手が多く,一方は得意でも他方は苦手という選手が多いのです。そういう選手は,得意な方を2本入れ,苦手な方は1本しか入れないのが通例です。ですから,3Lz と 3F を2本ずつ入れるのはなかなかできないことですし,3Lz と 3F は他のジャンプより基礎点が高いので,スコア戦略の面でもとても有効です。

 しかしながら 3Lz と 3F を2本ずつ入れただけでは,意外とスコアが伸びないのです。「3回転以上のジャンプで2本入れられるのは2種類まで」というルールがあるので,他の3回転ジャンプ(3Lo,3S,3T)が1本ずつしか入れられません。これだと2回ある2連続ジャンプを両方 +3T にすることができないので,2連続ジャンプの一方を +2T にせざるを得なくなります。+2T を使うくらいなら,3Lz か 3F を1本に減らして,+3T を2本入れた方がスコアが高くなるのです。そこで ザギトワ 選手は,3Lo を第1ジャンプではなく第2ジャンプに使う,つまり +3Lo を入れています。+3Lo は,単に +3T より点数が高いというだけではなく,3Lz と 3F を2本ずつ入れるメリットを生かすためでもあるのです。

 しかし,第2ジャンプを +3Lo にするのは非常に難易度が高いです。+3T は第1ジャンプを右脚(リバースジャンパーは左脚)で着氷した後,空中にある左脚(リバースジャンパーは右脚)のトウ(つま先)で氷を蹴って第2ジャンプを飛ぶので,ジャンプの推進力が得られます。一方,+3Lo は第1ジャンプを着氷した右脚エッジ(刃)で氷を蹴って第2ジャンプを飛ぶので,+3T より推進力が落ちます。なので,+3T よりも第1ジャンプをクリーンに着氷しないと +3Lo が失敗したり回転不足になる可能性が高いのです。その割に +3Lo は +3T より 0.7 点高いだけなので,そこまでリスクを負って +3Lo を入れる選手がほとんどいないのです。以前は 浅田真央 さん(ソチ五輪で 3F+3Lo)以外プログラムに入れる選手はいませんでしたが,最近は ザギトワ 選手のほかにも,テネル 選手(米)や何人かのジュニアの選手が取り入れています。

 3Lz と 3F の各2本投入,+3Lo の採用,この2つを同時に実行する ザギトワ 選手のジャンプ能力は極めて高く,3A を飛ばないという条件下で最高のスコアになるジャンプ構成を実現しています。あえて私見として難点を挙げるならば,平昌五輪では 2A+3T だった連続ジャンプを,今シーズンは 3Lz+3T にしていることです。これだと,3Lz は2本とも連続ジャンプ,2A は2本とも単独ジャンプなので,3Lz の依存度が高く,やや偏った構成になっているので,平昌五輪のジャンプ構成の方が,バランスが取れていて良かったなぁと感じます。とはいえ,今回の構成も超ハイレベルであり,世界選手権では完璧な演技を観たいと願っています。

 続いては,ヨーロッパ女王に輝いた サモドゥロワ 選手です。

figureSkateScoreSamodurova

 3F と 2A の依存度が高いという点で,坂本花織 選手と類似したジャンプ構成になっていますが,2A2本とも連続ジャンプで,しかも両方ともボーナスタイムに入れている点で,2A をより重視した構成です。連続ジャンプは3回転に付けようが 2A に付けようが基礎点は同じなので,ジャンプの難度を下げてもスコアは稼げるというなかなか巧みな戦略です。ただ,アクセルジャンプは男女を問わずさほど得意ではない選手が多く,しかも 2A+3T は第2ジャンプの方が回転数が多いというなかなか手ごわい連続ジャンプなので,2A を2本ともボーナスタイムの連続ジャンプにするには,2A に絶対の自信が必要です。サモドゥロワ 選手はアクセルジャンプが得意だということがよくわかりますね。

 最後は,滑り込みで世界選手権の出場を果たした メドベージェワ 選手です。

figureSkateScoreMedvedeva

 このジャンプ構成は,昨年末のロシア選手権で実施されたものですが,それ以前の大会とはジャンプ構成が異なっているので,世界選手権でもこれとは異なる構成になる可能性はありそうです。一見 +3Lo が目を引きますが,ジャンプの種類は平昌五輪とほとんど変わっておらず,2本あった +3T の1本が +3Lo に変わっただけです。

 メドベージェワ 選手も Lz が苦手なので,3F を2本にしています。連続ジャンプが 3F+2T+2T なんですが,+2T+2Lo が通例のところ,それより基礎点が 0.4 点低い +2T+2T を入れています。3S+3Lo は今シーズンのチャレンジですが,第1ジャンプは比較的飛びやすい 3S を使っています。ボーナスタイムは 2A+3T, 3F, 2A の3回ですが,2A が2本,2連続ジャンプ1回,3連続ジャンプなしという堅実な選択です。これらからわかることは,メドベージェワ 選手のジャンプは基礎点の高さに頼らず,全てのジャンプを確実に飛んで GOE (Grade Of Execution,出来ばえ点)を高める戦略を採っているということです。

 メドベージェワ 選手は,ジャンプを含む全ての要素を完璧に実施し,ミスがほとんどない印象がありますが,ジャンプが大得意というわけではなく,基礎点がさほど高くないジャンプの完成度を上げることを突き詰めた結果,ミスがないだけでなくジャンプが演技の中に溶け込み,GOE に加えて PCS (Program Component Score,演技構成点)も上がったことで,平昌五輪までは驚異的なスコアを出し続けてきました。今シーズンから指導する ブライアン・オーサー コーチは,このままの基礎点では今後は戦えないと考え,基礎点の高いジャンプを飛べるように,一からジャンプを見直しているのではないか,と私は推察しています。世界選手権は,その途上の姿を観ることになると思いますが,+3Lo 以外のチャレンジがあるかどうかも含めて,新たな理想をめざす メドベージェワ 選手に注目しましょう。

 ロシア 選手もジャンプに関しては三者三様で個性が表れています。開催国として地の利を生かす日本勢に対して,ロシア 選手がどこまで壁として立ちはだかるか。世界選手権は史上まれに見るハイレベルな大会になりそうです。

ジャンプ戦略考察:女子シングル日本選手編

 フィギュアスケートの世界選手権の開催が近づいてきました。今年は日本開催なので,日本勢の活躍に期待がかかります。そこで,出場選手がどんなジャンプを選んでいるのかを見ていこうと思います。

 私は,あくまでも「フィギュアスケートはスコアを競う競技である」という視点に立ち,スコア分析をこのブログの1つの柱にしています。そこで,各選手がFS(Free Skating,フリースケーティング)でどんなジャンプを飛ぶのかがわかる表を作成しました。まずは,宮原知子 選手のジャンプ構成表を見てください。

figureSkateScoreMiyahara

 表の見方を説明します。11.1 と書いてあるのが,どのジャンプを飛ぶのかを示しています。1.1 は数字のとおりスコアが 1.1 倍になるボーナスタイム(演技時間後半のラスト3回)のジャンプです。宮原 選手の場合,単独ジャンプは 3Lz, 3Lo, 3S, 2A (記号の説明は割愛します)を飛び,2A にボーナスが付きます。連続ジャンプ(表では「コンビネーションJump」と記載)は 3Lz+3T, 2A+3T, 3F+2T+2Lo を飛びます。

 表の右側の「回数」は,第1ジャンプ(単独ジャンプ,および連続ジャンプの最初のジャンプ)としてどのジャンプを何本飛ぶかを示し,整数部はトータルの本数,小数部はボーナスタイムの本数を示します。3Lz の回数 2.0 は「2本飛びボーナスタイムは無し」を表し,2A の回数 2.2 は「2本飛び,その2本ともボーナスタイムに飛ぶ」を表します。回数欄を縦に眺めると,宮原 選手の第1ジャンプは,3Lz と 2A が2本ずつ,3F, 3Lo, 3S が1本ずつで,そのうちボーナスタイムに飛ぶのは 3F (1本)と 2A (2本)であることがわかります。

 「基礎点内訳」は,ジャンプの基礎点を第1ジャンプごとに合計したものです。宮原 選手は 3Lz で 16.00 点,3F で 9.13 点を獲得することがわかります。「基礎点増分」は,基礎点内訳の点数から各ジャンプ1回分の基礎点を差し引いた値で,この値が大きいほどそのジャンプが得点源になっていることを示しています。宮原 選手の 3Lz を例にとると,3Lz が第1ジャンプになるのは 3Lz 単独 と 3Lz+3T の2回で,これらの基礎点合計は 3Lz の「基礎点内訳」に記載されている 16.00 点です。3Lz 1本の基礎点が 5.9 点なので,16.00 - 5.9 = 10.10 点が 3Lz の「基礎点増分」になります。宮原 選手の 3Lz は,単独ジャンプ1本の点数と比べて 10.10 点のプラスを得ているという計算になります。

 「ボーナス加点分」は,ボーナスによって通常のスコアから上乗せされた分を示します。これは,ボーナスが付くジャンプの基礎点の 10% です。表の下側の集計欄を見ると,宮原 選手はボーナス無しなら 44.3 点のところ,ボーナスによって 1.91 点が上乗せされ,合計で 46.21 点になることがわかります。

 では,宮原知子 選手のジャンプ構成を具体的に見てみましょう。3回転ジャンプで同じ種類を2本飛べるのは2種類までなので,3T を連続ジャンプ(第2ジャンプ)で2本使い,もう1種類を 3Lz にしています。第2ジャンプの 3T は 3Lz と 2A に付け,3連続ジャンプは 3F を使っています。

 宮原 選手の構成は,とても練られていると感じます。3Lz が得意な 宮原 選手ですが,2回の 3Lz のうち連続ジャンプは1回だけで,しかも2回ともボーナスタイムではありません。3連続ジャンプは 3F に付け,しかもボーナスタイムに持ってきています。3Lz に頼り過ぎず 3F とのバランスを示す構成になっています。

 2本飛ぶ3回転ジャンプ3Lz3T を使っていますが,この選択は実は,3A や +3Lo を入れないオーソドックスな構成において,スコアが最も高くなるのです。また,連続ジャンプの 3T を 3Lz と 2A に付けているのも素晴らしいです。2A は2本とも単独ジャンプにしても問題ないのですが,単独の 2A が2本入るとどうしても退屈な印象になりがちです。2A+3T を入れると華やかな印象になるほか,GOE 加点を最大 ±2.1 にすることができる(2A 単独や 2A+2T だと ±1.65)ので,わずかですがスコアが上がるのです。

 宮原 選手は 2A も得意なので,2A2本ともボーナスタイムに入れています。また,ボーナスタイムに連続ジャンプ2回入れることでスコアを上げています。オーソドックスなジャンプを選択しながらも,Lz と F のバランス,スコア戦略,得意なジャンプの配置などの策をうまく盛り込んでいる 宮原 選手のジャンプ構成は,理想的だと言っていいと思います。

 続いて,全日本女王の 坂本花織 選手のジャンプ構成表を見てみます。

figureSkateScoreSakamoto

 「基礎点増分」欄から,3F2A の依存度が高い構成であることが分かります。坂本 選手は Lz が苦手で F が得意なので,3Lz は単独ジャンプ1本のみで,3F は2本とも連続ジャンプにして,3F でスコアを稼ぐ作戦を採っています。女子選手は,Lz と F の一方が得意で他方は苦手という選手がけっこう多いので,Lz と F の一方に大きく依存するジャンプ構成は珍しくありません。

 ボーナスタイムに 2A+3T+2T という大技を持ってきているのも 坂本 選手の大きな特徴です。3連続ジャンプは,間に1回転を挟む +1Eu+3S タイプと,2回転を連続させる +2T+2Lo タイプの2種類が主流で,+3T+2T を入れている選手は珍しいです。しかもそれをボーナスタイムに入れているのは,2A が得意な 坂本 選手ならではのジャンプと言えます。

 ただし,スコア戦略の面ではこの大技はちょっともったいない感じになっています。坂本 選手の連続ジャンプが +3T+2T, +3T, +2T なのに対し,前述した 宮原 選手は +3T, +3T, +2T+2Lo なので,宮原 選手の方が 2Lo を使っている分だけスコアが高い(2Lo と 2T の基礎点差は 0.4)のです。この分を少しでもカバーするため,坂本 選手は,ボーナスタイム連続ジャンプ2回と(単独ジャンプでは苦手な 3Lz の次に基礎点が高い) 3Lo を持ってくることで,基礎点を2点以上上乗せしています。

 最後は,シニアデビューシーズンでの初出場初優勝を狙う 紀平梨花 選手です。

figureSkateScoreKihira

 なんといっても2本3A,そのうち1本の連続ジャンプが 3A+3T という大技,というのが圧巻です。そして,3A が2本あるにもかかわらず 3Lz2本あり,しかも両方とも連続ジャンプという,女子としてはとんでもないジャンプ構成です。3A と 3Lz でジャンプのスコアの7割以上を占めていますが,これは単純に基礎点が高いジャンプを多く入れた結果だと思います。

 つい 3A に注目しがちですが,実は 3Lz の安定感が大きな武器です。3A はどうしても失敗のリスクが高いですから,3Lz できっちりスコアを稼げる点が 紀平 選手の高得点を支えていると言えるでしょう。ちなみに,紀平 選手は F が苦手なわけではありません。Lz が非常に安定しているのでこのような構成にしているだけで,SP(Short Program,ショートプログラム)では 3Lz は単独ジャンプにして,3F+3T の連続ジャンプを入れています。

 ちょっと面白い特徴として,紀平 選手のジャンプには 2A がありません。7本ある第1ジャンプ全て3回転というのは,他の女子選手には見られない大きな特徴です。ほとんどの一流選手は 2A を2本入れますが,その2本をそのまま 3A に置き換えた構成です。紀平 選手のFSが壮大な雰囲気を感じるのは,2A が無いことも要因の1つかもしれません。

 ボーナス加点率が低いと感じられた方は,なかなか鋭いです。宮原,坂本 両選手の4%台に対し,紀平 選手は3%台で,これは有力選手の中では最も低いです。つまり,紀平 選手はボーナスタイムをあまり活用できていないということなのですが,基礎点が高い 3A がありますので,相対的にボーナス加点率が低くなるのはやむを得ない面があります。また,これは私の推測なんですが,昨シーズンまでのルールであれば 3Lz+2T にもボーナスが付くはずでしたが,今シーズンのルール改定によってボーナスがなくなってもプログラムを変えなかった,ということかもしれません。これでも,ザギトワ 選手(ロシア)に5点近い差をつけ,全シニア女子選手中トップの基礎点を持っていますので,これで十分という判断だったと思います。

 日本の3選手は,バランスとスコア戦略を両立する 宮原 選手,得意なジャンプを前面に出す 坂本 選手,世界一の基礎点を持つ 紀平 選手と,同じ7回11本のジャンプでもその内訳には各選手の個性がよく表れています。大技や得意なジャンプに注目がいきがちですが,単独ジャンプには苦手なジャンプが入っているので,これをどう乗り切るのかを見るのも注目点だと思います。宮原 選手は 3S,坂本 選手は 3Lz が各々苦手なので,ここも見どころです。紀平 選手はやはり 3A の出来が勝負を左右するでしょう。

 次のブログでは,優勝争いの相手となるロシア勢のジャンプ構成を見てみようと思います。

全米史上最年少優勝 アリサ・リウ がすごい!

 フィギュアスケートの2019年全米選手権。五輪翌シーズンで特に女子の一線級が軒並み欠場していることもあり,今年の全米は見どころがないだろうけど一応観ておこう…という感じでのんきに観ていたら,女子シングルですごい選手が出てきていきなり優勝し,フィギュアスケート界に衝撃が走っています。

AlysaLiu2019USNational 彼女の名前は アリサ・リウ (Alysa Liu)。13歳5か月での優勝は,今まで全米史上最年少だった,長野五輪金メダリスト タラ・リピンスキー さんの記録を塗り替え,3A(トリプルアクセルジャンプ)をSP(Short Program,ショートプログラム)とFS(Free Skating,フリースケーティング)で合計3本成功させました。この2つの偉業が特徴的に報じられているのですが,リウ 選手のすごさはこれだけではありません。演技全体,さらにはキス&クライ(得点発表を待つ場所)での振る舞いを観た私は,リウ 選手の実力とスター性に驚嘆し,次世代の北米をリードする存在になると確信しました

 3本の 3A というだけでは語れないのが,強力なスコア戦略です。同じく 3A を3本入れている 紀平梨花 選手と比較しながら見ていきます。まずSPのジャンプ構成を比べてみます。

紀平:3A 3F+3T / 3Lz
リウ:3A 3F / 3Lz+3T

 2人のジャンプ構成は同等です。連続ジャンプを 3Lz(トリプルルッツ)に付けるか,3F(トリプルフリップ)に付けるかの違いだけで,一見同じスコアに思えます。しかし,基礎点1.1倍ボーナス(後半最後のジャンプ)の対象となるジャンプが異なっています。紀平 選手が 3Lz(基礎点のボーナス分:0.59)を入れているのに対し,リウ 選手は 3Lz+3T(同:1.01)という,SPでは最も基礎点が高い連続ジャンプを入れているのです。冒頭に 3A を飛んでいながら,最後に連続ジャンプを入れるという リウ 選手の構成は,スコアがわずか 0.42 点しか上乗せされないことを考えるとかなりリスキーですが,こんなすごい構成が組めるというインパクトは絶大です。

 FSのスコア戦略はさらに興味深いです。2人のジャンプを飛ぶ順番どおりに並べてみます。

紀平:3A+3T 3A 3Lo 3Lz+2T / 3F 3Lz+2T+2Lo 3S
リウ:3A+2T 3A 2A 3Lo / 3Lz+3T 3Lz+1Eu+3S 3F

 / の右側がボーナスタイム(演技時間後半の最後の3回,点数1.1倍ボーナスの対象)です。これらをバラしてどのジャンプを入れているかだけに注目すると,下記のようになります。

紀平:3A* 3Lz* 3F 3Lo 3S +2T+2Lo +3T +2T
リウ:3A* 3Lz* 3F 3Lo 2A +1Eu+3S +3T +2T

 * は2本入れているジャンプです。入れているジャンプの種類だけ見ると,3A を2本入れている2人だけあってよく似ています。リウ 選手の方が(1.1倍ボーナスを考慮しない)基礎点が 0.8 点高いですが,大きな差ではありません。

 しかし(1つ前の比較に戻ると)ジャンプ構成やその順番はかなり違っています。ボーナスタイムのジャンプを見ると,リウ 選手が 紀平 選手より難しいジャンプをここに入れていることがわかります。3Lz+3T3Lz+1Eu+3S は,3A 以外のジャンプの中で基礎点の高さ1位と2位のジャンプであり,これらに1.1倍ボーナスを付けることで基礎点を最大化できます。また,最後のジャンプである 3F も,入れることができるジャンプの中では一番基礎点が高いです。つまり,リウ 選手のジャンプのスコアは,3A を2本入れ +3Lo(連続ジャンプのセカンドループ)を使わないという条件において,基礎点が最も高くなる構成なのです。ジャンプの基礎点を比較すると以下のようになり,リウ 選手のボーナスタイムのスコアがいかに高いかがよくわかります。

基礎点 計Bonus Time 計割合
紀平:52.6520.3539%
リウ:54.2128.7153%

 紀平 選手は 3A+3T という大技があるにもかかわらず,(過去のブログで指摘したように)スコアはまだ伸ばせる余地があります。一方,リウ 選手は 3A の連続ジャンプを +2T にして成功確率を高め,3Lz の連続ジャンプに +3T を付けてそれをボーナスタイムに持ってくることで,スコアを上げることもできているのです。連続ジャンプのスコアは各ジャンプの基礎点の単純な足し算なので,3A+3T 3Lz+2T と 3A+2T 3Lz+3T は基礎点が同じであることをうまく突いており,リウ 選手陣営のスコア戦略が感じられます。

 ただ,3A を2本入れながらさらにボーナスタイムに 3Lz+3T を飛ぶのは非常にリスキーであり,リウ 選手が 3A 以外のジャンプにも自信があるからこそ採れる戦略と言えます。現に,FSでは8トリプル(3回転ジャンプ8本)にも成功しました。そして,さらに驚くべきことに,演技全体の表現力が既にシニアのレベルに達しています。腕や手先の使い方がとても自然で,ジュニア選手が大人ぶって無理があるような動作がほとんどないのです。この「3A 以外のジャンプの安定感」「演技全体の表現力」は,紀平 選手と共通しています。これこそが,リウ 選手の全米優勝が衝撃をもって受け止められている理由ではないかと思います。

 また,リンク外では表情豊か。滑り終えると緊張から解放されて涙。スコアを待つ間は満面の笑顔。スコアが発表されると驚きの後に号泣。13歳でも年齢なりに背負うものがあると感じさせる感情表現に,私は強く惹きつけられました。全米女王という大きなタイトルを史上最年少で手にするという強運も得て,次世代のスターが誕生したという印象を強く持ちました。

 リウ 選手は年齢の関係で,まだジュニアにも上がっていませんので,今シーズンの世界ジュニア選手権には出場できません。来シーズンやっとジュニアに上がり,シニアに上がるのは最早で 2021/22 シーズン,なんと北京五輪シーズンです。まだまだ先の話ですから今後何があるかわかりませんが,女子選手が体系変化に苦しむ年齢になる前に五輪を迎えるので,順調に成長すれば 紀平 選手の強力なライバルになる可能性が高いと思います。シニアデビューシーズンでいきなり五輪ならそこまでのライバルにはならないのでは?と思っている方は,平昌五輪の金メダリスト ザギトワ 選手がシニアデビューシーズンだったこと,そして今シーズンの 紀平 選手もシニアデビューであることを忘れていませんか。女子選手は特に,ジュニアで十分な経験を積めば,シニアデビューで一気にトップ選手に駆け上がることができるのです。アリサ・リウ 選手が今後,ジュニアでどのような成長を遂げていくのか,大いに注目していきましょう。

坂本花織,全日本女王の座に就く

SakamotoKaori2018JapanChamp フィギュアスケート全日本選手権2018。女子シングルは 坂本花織 選手が初優勝を修めました。新進気鋭の 紀平梨花 選手や,5連覇をめざした 宮原知子 選手を抑え,見事な優勝でした。坂本 選手推しである私も,この2選手を抑えて優勝できるとは正直なところ思っていませんでした。こういう状況でこそ,応援する選手を事前にきちんと話題に上げるべきであり,それができなかった自分をとても恥じております。

 SP(Short Program,ショートプログラム)が 75 点台,FS(Free Skating,フリースケーティング)が 150 点超えは,国内外の試合を通じて初。トータルも初の 220 点超えで一気に 228 点台にまで到達しました。国内大会なのでスコアが甘めに出ることを考慮しても,今回のレベルの演技ならば国際試合でも 220 点を超えるでしょう。これは世界選手権で優勝争いができるレベルです。

 全日本選手権の2週間前に開催されたグランプリファイナルの演技からは,ここまでの飛躍を予想できませんでした。グランプリファイナルでは少しミスがありながら,SP 70 点,FS 141 点と悪くないスコアが出ていたので,全て揃えば 217~8 点はあるかなと思っていました。それが 228 点まで伸びたのですから,得点発表の瞬間,坂本 選手が驚いたのも無理からぬことです。これは,単に全部の要素が成功しただけではなく,演技全体の完成度が一気に上がったからだと考えてよいでしょう。

 今回の全日本選手権の PCS (Program Component Score,演技構成点)は,近年では珍しくやや盛られた印象がありますが,それでも 坂本 選手のFSの PCS 73.25 (5項目平均 9.15)は,演技の印象に対して妥当なスコアだと感じました。グランプリファイナルのFSでは 68.00 (5項目平均 8.50)でしたから,この上積みは見事です。この2週間の間に,振付師 ブノワ・リショー 氏の指導も受け,今シーズン蓄積してきた技術が全日本選手権の場で花開いたのかなと思います。思えば昨シーズン,坂本 選手はグランプリシリーズ最終戦のアメリカ大会で,それまで出せなかったトータル 200 点超えをクリアして一気に 210 点に乗せました。坂本 選手がレベルアップするときは,何試合か実践した後で,ここぞというときに全てがかみ合ってスコアが急伸するのかもしれません。

 今季の 坂本 選手のFSのプログラムである「ピアノレッスン」が,私にはピンときていませんでした。表現したいことが見えてこなかった感じがあったのです。しかし,全日本選手権のFSは,前半の静から後半の動への流れや,音楽との調和が素晴らしく,やや難解にも思える リショー 氏の振付が,ダイナミックさと繊細さを併せ持つ 坂本 選手ならではの表現になっていたのです。坂本 選手は,昨季FSの「アメリ」もそうですが,少し抽象的なテーマでもしっかりと世界観を表現できるところに,稀有な魅力があると思います。

 芸術性を高めたことが PCS 急伸の一因ではあると思うのですが,全日本選手権の 坂本 選手に関しては,ジャンプ・スピン・ステップといった各要素がどれも高いレベルで実施されたことによって,各要素が演技に溶け込み演技全体の完成度が上がったことが芸術性にもつながったのではないか,と私は感じました。元々安定しているジャンプに加え,スピンやステップが,グランプリファイナルのときから格段に質が上がりました。全日本に向けてこれらの細部の仕上がりにこだわった結果だったと思います。

 坂本 選手のジャンプは,今までの日本女子選手には少ない,幅も高さもあるダイナミックさが特徴で,回転不足の不安が全くないことも強みです。Lz (ルッツジャンプ)のエッジ問題(=うまくエッジを体の外側に倒せない)を抱えていますが,グランプリファイナルや全日本選手権ではエッジ違反はありませんでした。ただ Lz は苦手でも,F (フリップジャンプ)はとても安定していて,SPとFSで飛ぶ計3本の 3F (トリプルフリップ)は全て連続ジャンプにして,Lz の苦手分を十分に補っています。SPでは 3Lz を入れずに 3Lo (トリプルループ)を入れていますが,この 3Lo がすごいのです。小刻みの連続ターンの後すぐに飛び,着氷がスーッと伸びた後すぐに次の振付に入るのです。FSでは 3Lo を一番最後のジャンプとして飛ぶのですが,コレオグラフィックシークエンスの一部であるかのように流れの中でパッと飛ぶので,一連の動作がとても美しいのです。3Lo は全日本のSP・FS共に,全審判から GOE (Grade Of Execution,出来ばえ評価)3~5の評価をもらい,他の選手にはない得点源となっています。

 A (アクセルジャンプ)が得意なことも 坂本 選手の大きな武器です。FSでは 2A+3T+2T という3連続ジャンプを,点数が 1.1 倍になる演技時間後半に入れています。また 2A の単独ジャンプは,難しい入り,回転途中で体を開く余裕,着氷後の軌跡の伸びと GOE を上げる要因が詰め込まれています。おそらく(勝手な私の予想ですが)来季には 3A を入れてくるのではないかと思います。3A が成功すればSPでは 80 点超え,FSでは 155 点超えが狙えますので,世界トップレベルのジャンプ構成が実現します。3A を加えると他のジャンプが崩れてしまう選手もいるのですが,坂本 選手は今の 2A の延長で 3A が飛べると思いますので,その心配は要らないと思います。3A を入れた 坂本 選手の演技が本当に楽しみです。

 今回の全日本選手権の 坂本 選手は,スピンの質がとても高くなり驚きました。軸がぶれず高速で安定した回転になっていて,宮原 選手のスピンと比べても遜色ないと思うような出来でした。それは採点にもはっきり現れていて,グランプリファイナルで得たスピンの GOE 加点はSP+FS合計で 5.14 点だったのに対し,全日本では 6.89 点もの加点を獲得しました。さらに言えば,GOE 加点よりも PCS への効果の方が大きかったでしょう。ジャンプが良くてもスピンが今一つだと,演技全体の印象が高まらず,PCS が上がらない場合がありますが,全日本の 坂本 選手はスピンも素晴らしかったことで全体のまとまりが感じられ,それが PCS の上昇を生み出したと考えられます。

 坂本 選手の全日本優勝の要因は,上述してきたジャンプの安定感スピンの質の向上演技全体の完成度と芸術性の向上に加え,他の有力選手にミスが出た中で高いレベルのノーミスを達成し,最終滑走だったこともあって審判が高いスコアを出したものと考えます。ミスのない選手が優勝することは,今シーズンから改定された採点の趣旨にも合致するもので,もし 紀平 選手や 宮原 選手がノーミスなら彼らの方が上位に到達していましたので,その点を考えても実に絶妙なスコアになったと言える結果でした。

 坂本 選手は五輪シーズンの昨季,シニアデビューで五輪代表の座をつかみ五輪で6位入賞を果たしましたが,それがまぐれだとは思われたくなかったでしょう。今季は,グランプリシリーズ2戦表彰台グランプリファイナル出場(4位)ときっちり実績を積み上げ,ついに全日本女王となり初めての世界選手権代表になりました。昨季は五輪代表なのに世界選手権の代表にはなれませんでした。選手の負担軽減と選手出場枠(2枠)の関係で,樋口新葉 選手が世界選手権に出場し銀メダルを獲得しました。五輪6位もすごいことですが,坂本 選手は世界選手権でのメダル獲得を熱望していることでしょう。そのチャンスを,紀平・宮原 両選手という強敵を破り,自力でものにしたことは大いなる自信になったと思います。

 全日本選手権で自信を得た 坂本花織 選手,グランプリファイナル優勝で自信を得た 紀平梨花 選手,実力・実績十分の 宮原知子 選手の3選手は,歴代で見ても女子シングル最強の布陣と言っていいでしょう。3月の世界選手権は日本開催であり地の利もあります。ロシア勢が盤石とは言えない今季ですから,2007年の 安藤美姫・浅田真央 以来の日本選手1-2フィニッシュ,さらには表彰台独占という偉業の可能性すら出てきました。今シーズン後半の大会も非常に楽しみです。

紀平梨花,グランプリファイナル制覇,次は全日本選手権 【スポーツ雑誌風】

KihiraRika2018GPF フィギュアスケート・グランプリファイナル(以下 GPF)開催から1週間。やっと感想が書ける時間が取れました。いや~,やってくれました,紀平梨花 選手! シニアデビューシーズンのファイナル優勝は 浅田真央 さん以来ですが,シリーズ3連勝(日本大会:NHK杯,フランス大会,GPF)は男女を通じて日本選手史上初の快挙となりました。書いてみたらかなりくどくなってしまった(笑)ので,雑誌記事アレンジにしてみます。


 FS(Free Skating,フリースケーティング)は,SP(Short Program,ショートプログラム)終了時に私が予想したとおり,3A(トリプルアクセルジャンプ)を1本綺麗に決めた 紀平梨花 が,FSだけ見ても ザギトワ (ロシア)に勝利し,SP・FS共に1位の完全優勝となった。正直なところ,3A が1本しか決まらなければ,FSでは負けてもSPの貯金で勝つ,と思っていたので,3A が1本なのにFSも勝てたのは驚きだった。

 3A を1本ミスしても勝ったということで,ザギトワ が本調子ではなかったからだと思っている方もいるかもしれないが,そうではない。ジャンプ・スピン等個々の要素の完成度を示す GOE(Grade Of Execution,出来ばえ)による加点の合計は,ザギトワ が 14.76 点。これは 紀平 の 14.56 点より高く,ザギトワ の今季のグランプリシリーズ2戦よりも高い加点だ。また,PCS(Program Component Score,演技構成点)も5項目平均9点台に乗せており,個々の要素および演技全体の完成度はけして悪くなかった。

 ザギトワ のFSでは,3Lz+3T(連続ジャンプ:トリプルルッツ→トリプルトウループ)の予定が 3Lz+1T になってしまったので,基礎点が 3.8 点減り,GOE 加点も 0.34 点しか得られなかった。グランプリシリーズ2戦では共に,3Lz+3T で 1.77 点の加点(GOE 平均= +3 )を得ているので,3Lz+3T が成功すれば 3.8+(1.77-0.34)= 5.23 点上乗せされる計算になる。しかし,GPF の ザギトワ はSP+FSトータルで 紀平 に 6.59 点の差をつけられており,その上乗せだけでは逆転できなかったのである(PCS が伸びれば逆転したかもしれないが 1.4 点の伸びが必要)。全要素成功の ザギトワ が,3A で1ミスの 紀平 に負ける計算であり,これは ザギトワ の調子云々ではなく,完全に力負けであることを示している。

 今後,ザギトワ が絶好調ならば,紀平 といい勝負になるだろう。しかし,それは 紀平 がほどほどの出来ならばの話で,紀平 も絶好調だと勝ち目がない,ということが今回の GPF ではっきりした。現在のジャンプ構成のままでは,ザギトワ は 紀平 のミス待ちにならざるを得ない。ザギトワ 陣営はなかなか策が打てない状況に陥ってしまったと言っていいだろう。

 この状況で思い出すのは,ケガから復帰した メドベージェワ (ロシア)が,シニアデビューの ザギトワ に力負けした,昨シーズンのヨーロッパ選手権だ。このとき,ザギトワ の PCS が急伸して メドベージェワ 先輩を追い抜いたが,今回の GPF でシニアデビューの 紀平 も PCS が急伸しており,「シニアデビュー選手が PCS を急伸して追い抜く」という点で類似しているのだ。1年前は追い抜く立場だった ザギトワ が,今度は追い抜かれる立場に立たされたわけだ。1年前の ザギトワ は,ヨーロッパ選手権の勢いそのままに,平昌五輪の金メダルを手にした。追い抜く者のエネルギーの強さを自ら体感した彼女が,追い抜かれた立場で今シーズンのこれからをどう巻き返していくのか,注目していきたい。

 ここまで ザギトワ 目線だったので,紀平 の目線で見ていこう。GPF という注目度の高い大会で,SP 82 点,FS 150 点で優勝を手にするという,最高の結果だったと思う。私はつい前回の記事で「FS 160 点もあるかも」などと煽ってしまったが,内心ではまず不可能だなと思っていた。ところが,GPF の 紀平 のFSのスコアは,失敗した 3A がもし成功していたら本当に 160 点に到達していたという内容だったので,本当に驚いた。160 点の可能性が十分に感じられる 150 点であり 紀平 陣営はかなり満足していると思う。

 ジャンプを1つミスしても 150 点とは,恐ろしいスコアである。しかもそのミスは,小ミスではなく大ミスだった。冒頭の 3A は不完全で,半回転以上回転が足りなかった。基礎点が減点される「回転不足」は,回転が90度(1/4回転)以上180度(半回転)未満の範囲で不足することを指すが,半回転以上回転が足りないと「ダウングレード」という判定になり,基礎点が 2A の点数しか得られない。しかも着氷の仕方も悪かったため GOE が最低評価になってしまい,ダウングレード & GOE 最低という,回転不足で転倒するよりも大きな減点になってしまった。これだけで,単独の 3A と比べ8点以上点数を落とすことになった。もっと正確に言えば,最初のジャンプは 3A+3T の予定だったので,12点ほど点数を落としたことになるのである。

 ミスの仕方が悪かったことから,普通ならかなり精神的なダメージを受けるところだが,ニュースでも報じられたように,ここから 紀平 が驚異的な修正対応力を発揮していく。次の 3A は,直前に失敗したのだからただ飛ぶだけでも尋常でない緊張感に襲われるはず。しかもこの 3A は「連続ジャンプにしたい」ではなく「連続ジャンプにしなければならない」ジャンプだった。もし単独ジャンプにしてしまうと「同じ種類の単独ジャンプは1回まで」というルールにより基礎点が 0.7 倍に減点され,それに伴って GOE 加点も小さくなってしまうからである。

 紀平 は 3A を飛び着氷したが,完璧な着氷ではなかったため,セカンドジャンプが予定の +3T ではなく +2T になった。テレビ中継を観た印象では,+3T を付けようと考えていたものの,身体が反射的に +2T を選んだように見えた。+3T を付けてリカバーしたいという気持ちが強すぎると,思考と動作がかみ合わずに失敗したり回転が抜けたりするものだが,ここで冷静に +2T を付けられるのが 紀平 の身体能力のすごさなのだ。このジャンプを失敗すれば優勝を逃していたので,このジャンプによって彼女自身,これでまだ勝負ができると思ったことだろう。

 次のハイライトが,ステップの後に飛ぶ演技時間後半最初の 3Lz からの連続ジャンプだった。セカンドジャンプの予定は +2T だったが,3A に +2T を付けたことから,ここは +3T にしなければならなかった。もしここも +2T にしてしまうと「同じ種類のジャンプは2本まで」というルールがあるので,後で飛ぶ3連続ジャンプのセカンドジャンプを3回転(3→3→2回転の3連続ジャンプ)にするリカバーが必要になるが,演技終盤の3連続ジャンプのセカンド3回転は,紀平 と言えどもリスクが高すぎる。この場面,3Lz+3T を絶対に成功させる必要があったのである。

 女子では苦手な選手も多い 3Lz を,比較的短い助走から重心を外側にかける正しい飛び方で踏み切り,幅のあるジャンプで綺麗に着氷。そのまま続けて高さのある +3T を飛び,着氷後もスーッと軌跡が伸びていった。これぞ 3A の次に難しい 3Lz も得意とする 紀平 の真骨頂。後半最初の 3Lz+3T が鮮やかに決まり,観客の拍手がひときわ大きくなったように感じた。この連続ジャンプの成功で,紀平 は優勝の目が出てきたと思っただろう。その後,点数が 1.1 倍になる3回のジャンプをきっちり決めたのも,紀平 のスタミナと,チャンスをつかむメンタルの強さの表れだった。ジュニアの頃は大崩れも珍しくなかったことを思うと,メンタルの急成長が今回の快挙を生んだ大きな要因だろう。

 演技が終わっても,紀平 には優勝の確信はなかったはずだ。SPの貯金を使ってギリギリで勝てるかどうか…そんな気持ちだったことだろう。ところが,発表された点数は 150 点台。FSでも ザギトワ を上回ったことは,望外の喜びだったと思う。FSでも決め手になったのは PCS。70 点(5項目平均 8.75)に届けば…という私の予想を超え,いきなり 72 点台に乗せた。72 点は PCS の評価項目5項目平均9点であり,スケーティングや表現力などの総合力が超一流であることを示すものだ。この点数は ザギトワ とほぼ同じ点数であり,SPとFSの両方で 紀平 の PCS が ザギトワ に肩を並べたことになった。

 PCS は客観的評価が難しく,実は審判も探り探り採点しているのではないだろうか。過去に記録した PCS が審判の頭にあり,進歩が感じられると PCS が上がっていくのだと思う。だから,同じ選手の PCS が試合によってコロコロ変わることはなく,一度高い PCS が出ると,短期間で急激に低下することはないと思われる。GPF で PCS を引き上げた 紀平 は,今後は悪くても5項目平均 8.75(SP 35 点,FS 70 点),良い演技なら9点(SP 36 点,FS 72 点)以上をコンスタントに記録していくと思う。

 この PCS の急伸こそ,一流選手が一堂に会する GPF に出場した 紀平 にとっての最大の収穫だ。今季,SPは5項目平均8点そこそこ,FSでも 8.5 点には届いていなかったレベルから,GPF で 8.8~9点に引き上がったのは,他の選手と同時に観た審判が 紀平 をトップレベルと認めざるを得なかったからだと思う。シニアデビューシーズンの GPF で(5項目平均)9点に乗せたのは,2015年の メドベージェワ 以来であり,紀平 が同等の評価を得たことはものすごいことだと感じる。ご存じのとおり,メドベージェワ はそこから一気に世界女王へと上り詰め,世界選手権2連覇,3年間全試合2位以内という驚異的な戦績を修めた。ということは,紀平 に世界女王や五輪でのメダル争いを今から期待することは,早すぎることではなくむしろ当然のことだと思うのだ。

 基礎点が最強でありながら GOE も高く PCS もトップクラスに到達。SP出遅れから逆転する爆発力(日本大会),3A を封印しても勝ち切れる総合力(フランス大会),極限での対応力と勝負度胸(GPF)。これだけの様々なドラマを生み出し,なおかつ勝ち運も持っているシニアデビュー選手。世界のフィギュアスケート関係者が驚嘆・絶賛し,ロシアのスケート界やメディアに脅威を与える選手。これが 紀平梨花 なのである。

 彼女は今,女子シングルに立ちはだかっていた重い扉を開け放った。五輪金メダリストで見ると,バンクーバー五輪 キム・ヨナ(韓国) 228 点から平昌五輪 ザギトワ 239 点まで,8年間でスコアは11点しか伸びていない。3A を飛ぶ選手は少なく,3→3回転の連続ジャンプが得点源という時代が長く続き,その間,スコアの飛躍的な上昇はなく,GOE や PCS を高めることが主な戦略だった。3A と 3→3回転連続ジャンプの両方を高い完成度で使いこなす 紀平 がその重い扉を開け,男子で起こったような技術開発やスコアの上昇が本格化しそうだ。紀平 の活躍が刺激となり,多くの女子選手が 3A や4回転ジャンプへの挑戦に踏み出している。紀平 自身も4回転の挑戦を明言し,他の選手が追いつく前にさらなる高みをめざそうとしている。北京五輪に向けて,女子シングルが競技の面で活性化することは間違いなく,紀平 はその象徴的な存在になるだろう。

 さて,今週末は全日本選手権である。日本大会(NHK杯)から始まった1ヶ月半にわたる 紀平 の快進撃の第一幕が,いよいよクライマックスを迎える。日本大会 → フランス大会 → GPF → 全日本 が同じ隔週の間隔で続き,良いリズムができているのではないかと思う。GPF を制覇した自信はとてつもなく大きく,周囲の注目度といったマイナス面などあっさり跳ね除けるだろう。昨年,紀平 は五輪代表選考の張り詰めた空気の中,全日本3位となり表彰台に上がっており,全日本独特の緊張感も経験済みだ。むしろ,シニアデビューの選手には負けられないと,他の選手たちの方がプレッシャーを感じているのではないか。トップスケーターへの階段を駆け上ってきた 紀平 が,デビュー4連勝でトップスケーターの頂に上り詰める可能性が極めて高い

 国内大会なので公式記録にはならないが,GPF でお預けとなったトータル 240 点という新歴代最高得点への期待もかかる。しかし,そこまで高望みするのではなく,そのスコアは世界選手権まで取っておくことにして,まずは練習チームの先輩である 宮原知子 が完璧な演技を披露し,2人で優勝争いを演じて「日本女子Wエースの誕生」…これが最高のシナリオだと私は思う。 (選手敬称略)

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