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トゥルソワ

グランプリファイナル2019感想:羽生・紀平 打ちひしがれる完敗

 フィギュアスケートの今年のグランプリファイナルは,羽生結弦 選手が2位,紀平梨花 選手が4位に入りました。これはほぼ実力どおりの順位であり,さらに上位を狙ったものの健闘したと言える順位ではあります。しかし内容は点数差以上に完敗でした。来年3月の世界選手権に向け,両選手とも大きな課題を抱えてしまいました。

 羽生 選手も 紀平 選手も,自分たちがめざしていたレベルの演技構成をライバルに完璧に遂行され,歴代最高得点(2018/19シーズン以降の新採点規則)を塗り替えられてしまいました。自分では不可能なほど高度な演技構成だったり,奇策がハマったりしたのであれば,今回は仕方ないと諦めがつきますが,優勝選手は男女共に,彼らと同等レベルの演技構成を,極めて高い完成度で実施しており,自分たちがやりたかったことをやられてしまったのです。こういう負け方はかなりダメージがあると思います。

 まずは,ネイサン・チェン 選手(米)と 羽生結弦 選手の男子シングルから見ていきましょう。FS(Free Skating,フリースケーティング)の演技構成が,大会前に本ブログで紹介した構成よりもグレードアップしていましたので,当日の演技構成と,スコアの結果にどう表れたのかを表にまとめました。他の男子選手には申し訳ありませんが,チェン・羽生 両選手に絞りました。

表: 演技構成表 - グランプリファイナル2019 男子シングル
(各表はクリックしてご覧ください)
FigureSkateScoreList2019GPFmen2

表: 得点結果分析表 - グランプリファイナル2019 男子シングル
FigureSkateScoreResult2019GPFmen

 羽生 選手はFSで2年ぶりに 4Lz を実戦投入して4回転ジャンプを4種類5本にしてきましたが,これは今シーズン初で,過去にもほとんど実施したことがない構成であり,SP(Short Program,ショートプログラム)で点数を離されたことでギャンブルをせざるを得なくなりました。表の中で,3A の所に 1.6 という数字が出てきますが,これは 3A+3A というシークエンスジャンプの点数を表現しています。本来は 2 であるところを,シークエンスジャンプは点数が 0.8 倍になるので,2×0.8=1.6 となります。

 一方,羽生 選手の構成アップを予想した チェン 選手も,4Lz と 4F を同時投入し同じく4回転4種類5本にしてきましたが,チェン 選手は過去に4回転5本の構成を何度も実施しています(平昌五輪は4回転6本)ので,今シーズン初とはいっても経験値が全然違いました。苦手な 3A を1本にして,2連続ジャンプを2回とも +3T にするという盤石なスコア戦略も見事でした。

 観戦された方の中には,羽生 選手が チェン 選手にトータル 40 点以上も離されたことについて,点数が開きすぎでは?と感じた方もいたと思います。しかし,得点結果分析表を見ると,技術点に関して,基礎点だけでなく GOE(Grade Of Execution,出来栄え)加点でも大きく差がついたことが分かります。2018/19シーズン以降の新採点規則では,GOE 加点は基礎点に対する比率として点数化されるので,基礎点が下がると GOE 加点も下がります。羽生 選手は,演技後半のボーナスタイムでミスが相次ぎ,基礎点が下がってしまったことで GOE 加点も伸び悩みました。GOE 加点が武器である 羽生 選手が,チェン 選手に GOE 加点だけでトータル 20 点も差をつけられたのは屈辱的だったと思います。

 羽生 選手のFSは,演技前半は 4Lo も 4Lz も素晴らしい出来で,大逆転が期待できる内容でした。しかし,4Lo と 4Lz を同時投入したツケが演技後半に噴出。やはり急なジャンプ構成の変更は,羽生 選手を持ってしても極めて困難なミッションでした。それを見届けてからリンクに立った チェン 選手は,精神的な余裕もあってか,ジャンプに全く淀みがない完璧な内容で,4回転5本の先駆者としての凄みさえ感じられました。最高でトータル 333 点と見ていた私の予想を超え,基礎点が上がったこともあって 335 点という歴代最高得点に到達しました。

 チェン 選手の演技構成と完成度は,羽生 選手でも遂行可能なレベルのものでした。それなら,羽生 選手が絶好調ならば次の機会には競った戦いができる … 羽生 本人がそのようにコメントしましたし,報道もそのようなトーンが多いですが,あまりにも楽観的だと私は思います。今回の内容を,今までの蓄積として披露し完璧だった チェン 選手と,蓄積不十分なままギャンブルを仕掛け跳ね返された 羽生 選手。この差は非常に大きいです。しかも,羽生 選手はコンディションも万全でありながら敗れてしまった。昨季の世界選手権の負けは,羽生 選手がケガ明けだったという言い訳ができますが,今回の負けは完全なる力負けです。羽生 選手の「点差ほどの差は無い」というコメントは,本心ではないはずです。聡明な 羽生 選手は,自分がやるべき内容を チェン 選手に完璧に遂行されたという,今回の負けの意味を強く理解した上で,自分を発奮させるためにそう言うしかなかったのだと思います。そのくらい,羽生 選手は強い危機感を抱いていると思います。

 しかし,この差を埋めるのは簡単ではありません。PCS(Program Component Score,演技構成点)でも チェン 選手は 羽生 選手と肩を並べており,今回のファイナルで GOE も同等レベルに達しました。こうなると基礎点の勝負になってくるのですが,4回転5本の安定感が高い チェン 選手を上回るには,単に 4A を入れればよいという話では収まりません。4A を入れても4回転5本ではさほど基礎点を引き上げることはできず,4A の失敗リスクが付いて回ります。かといって 4A 入り4回転6本は体力的に無理な構成でしょう。4A はとても魅力的ですが,4A が チェン 選手に勝つ武器になると考えているようでは,この先 チェン 選手に勝てないままだと思います。4Lz が復活した今なら4回転4本と 3A 2本でも十分勝負できますので,足下をしっかり固めて世界選手権を迎えてほしいです。

 続いて,ロシアのシニアデビュー3人娘と 紀平梨花 選手の女子シングルを振り返ります。こちらも男子シングル同様,2つの表を載せます。

表: 演技構成表 - グランプリファイナル2019 女子シングル
FigureSkateScoreList2019GPFladies2

表: 得点結果分析表 - グランプリファイナル2019 女子シングル
FigureSkateScoreResult2019GPFladies

 演技構成をシーズン中よりも引き上げた選手が続出しました。トゥルソワ 選手はSPで 3A に,FSで4回転5本の構成にトライしました。シェルバコワ 選手はFSで 4F を入れ4回転3本にチャレンジしました。そして,紀平 選手はFSで 4S を実戦で初めて投入しました。転倒してしまいましたが,回転は認められたので,女子史上初めて 4S と 3A の基礎点を同時に獲得しました。

 しかし,優勝したのはシーズン中と同じ構成で完璧な演技を実施した コストルナヤ 選手でした。4回転が無くても,3A 3本で歴代最高得点を記録しました。この勝ち方に対して最も悔しい思いをしているのは,演技構成が同等の 紀平 選手でしょう。昨季のグランプリファイナルは,3A を武器に初出場で初優勝をさらいましたが,今回はその武器を持っているだけではダメで,演技の完成度を伴っていた コストルナヤ 選手が優勝を手にしました。得点結果分析表を見ると分かるように,コストルナヤ 選手の勝因,そして 紀平 選手の敗因は GOE です。ジャンプの失敗があった 紀平 選手の GOE 加点率はわずか 8% しかなく,これでは 29% という高い GOE 加点率の コストルナヤ 選手に太刀打ちすることはできません。

 今回のファイナルで実は評価を上げたのが シェルバコワ 選手です。FSでは新たに 4F を入れてきましたが,大きな失敗はこの 4F の転倒だけで,他の演技要素はとても良い出来でした。PCS も素点平均が8点台後半に乗り,トータル 240 点を記録しました。高難度ジャンプと表現力のバランスが良く,今後 4F が安定し PCS も伸びてくれば,トータル 250 点を最初に記録する選手になると思います。

 紀平 選手は本来の力を出し切れなかったとは言え,これだけの差がついてしまうと,今までと同じ演技構成では勝ち目が乏しくなります。今回初めて実戦投入した 4S は,スコアとモチベーションを共にアップさせる意味で大切なジャンプになってくるでしょう。先日の記事でも指摘したように,4S が安定し 3Lz が飛べるようになって初めて,ロシア3人娘と戦う土俵に乗ることができると思います。ザギトワ 選手(ロシア)が競技会を欠場するというニュースが飛び込んできた今となっては,紀平 選手が3人娘に対抗できる唯一の存在になるでしょう。今回の悔しさをバネに,全日本選手権や世界選手権でどんな演技を魅せてくれるのか,紀平 選手の巻き返しに期待したいと思います。

グランプリファイナル出場選手スコア比較:女子シングル編

 フィギュアスケートのグランプリファイナル出場選手のスコア比較表の女子シングル編です。昨シーズンから勢力図がガラッと変わりましたが,変わったのは顔ぶれだけではなく,ジャンプ構成も昨季とは全く違っています。

FigureSkateScoreList2019GPFladies

▲▲▲ クリックしてご覧ください ▲▲▲

 SPは,どの選手も当然のように 3Lz と 3F を入れています。紀平 選手が 3Lo を使っているのはケガの影響で回避しているだけです。女子のSPは4回転が禁止されているので,3A を持っている 紀平 選手と コストルナヤ 選手は有利になります。そこで少しでもスコアの差を埋めるために,トゥルソワ 選手や シェルバコワ 選手は連続ジャンプの2本目を +3Lo にする,いわゆるセカンドループを入れています。しかもそれを 3Lz と組み合わせてボーナスタイムに入れることで,ボーナスを最大化しています。セカンドループは彼らの同門(エテリ・トゥトベリーゼ コーチ)の先輩である ザギトワ 選手の得点源ですが,この3人はFSでもセカンドループをボーナスタイムに入れています。セカンドループが使えるとスコア戦略上たいへん有効ですが,失敗や回転不足のリスクが高く,ボーナスタイムに組み込むということは,それだけジャンプに自信を持っていることの表れです。

 FSに目を移すと,まさかの 4Lz が表記されています。男子でも数人しかプログラムに入れられない大技を飛ぶ選手が,女子2人もいるとは驚くばかりです。シェルバコワ 選手はなんと2本入れる構成です。2本入れると言うことは,1本は連続ジャンプにしなければなりませんが,それが 4Lz+3T という超大技です。そして彼女の 4Lz はただ飛んでいるのではなく,とても綺麗です。彼女は Lz が得意なようで,3Lz も2本入れて完全に Lz を武器にしたジャンプ構成になっています。

 そして,驚異の4回転4本,うちボーナスタイム1本という,羽生 選手並みの構成を組む トゥルソワ 選手。この比較表を見ると,166 点というFS歴代最高得点を獲ったのもうなずけるところです。3Lz をボーナスタイムに2本入れ,そのうち1本はセカンドループの連続ジャンプという,4回転以外でもスコアを最大化するものすごいプログラムです。PCS(Program Component Score,演技構成点)がそこまで高くない彼女にとっては,圧倒的な技術点で勝ちをつかむという,若手らしい戦術と言えます。

 その2人と共に今シーズン,シニアデビューを果たした コストルナヤ 選手は,完成度の高い 3AFSでも2本入れ,紀平 選手と同等のジャンプ構成を組んでいます。SP歴代最高得点を記録し,トータルでも歴代最高まであと1点に迫りました。4回転が無くても,GOE(Grade Of Execution,出来栄え評価)や PCS が高く,完成度はロシアのシニアデビュー3人娘の中で頭一つ抜けています。

 この3人,そして実績十分の ザギトワ 選手も含め,4人のロシア勢と戦う 紀平 選手は,このうち2人を上回らなければ表彰台に立つ(=3位以内)ことができません。なんとしてもロシア勢の表彰台独占は阻止したいところです。ただ,紀平 選手の現状のジャンプ構成では,彼らを上回るのはとても難しいでしょう。競い合う可能性が最も高い シェルバコワ 選手との間に,基礎点で 12 点もの差がありますので,GOE と PCS を高めてもその差は埋まらず,相手のミス待ちになってしまいます。

 そこで,リスクを承知の上で,Lz を回避しつつ戦える状況を作るために,紀平 選手はFS4S を入れることになるでしょう(比較表には 4S を入れた構成を記載)。3S を 4S に代えると,余った 3S を3連続ジャンプ(+1Eu+3S)に充てることができるので3連続ジャンプのスコアも上がり,現状より基礎点が7点上がるのです。これで シェルバコワ 選手との基礎点の差が5点以内になり,GOE と PCS の上積みによる逆転の確率が高まります。基礎点で負けていた コストルナヤ 選手にも,4S 投入によって基礎点が上回ることになるので,GOE と PCS が同じならスコアが上になります。トゥルソワ 選手とはまだ開きがありますが,彼女の 4S は今季成功率が低く,さらにもう1つミスがあればスコアが争える状況になります。4S 投入により,個人的な感覚として 紀平 選手が表彰台に立つ確率が,現状の 20% から 50% に上がる感じがします。

 私は先日まで,紀平 選手は焦って4回転を入れるべきでないと考えていました。しかし,このスコア比較表を見ながら,考えが変わってきました。コストルナヤ 選手は4回転を,トゥルソワ 選手は 3A を,近いうちに実戦投入するのではないかという予想も出てきています。さすがにファイナルでの投入はないと思いますが,ヨーロッパ選手権での投入はあり得る話です。そうなると,4回転と 3A を同時に成功させる最初の女子スケーターは誰か,という記録面の関心が高まってきます。フィギュアスケートの記録は公式の国際試合で成功した場合に成立します。紀平 選手がファイナルで4回転を入れなかった場合,次の機会は来年の四大陸選手権になりますが,これはヨーロッパ選手権より後に開催されるので,コストルナヤ 選手や トゥルソワ 選手がヨーロッパ選手権で4回転と 3A を同時に成功すると,彼らが最初のスケーターとして記録されます。紀平 選手自身はこんなことは意識していないと思いますが,3A の開拓者として4回転との同時成功を達成する最初のスケーターになってほしいのです。その意味でも,ファイナルではぜひ 4S と 3A をFSで成功させてほしいです。

 比較表には,紀平 選手のいくつかのパターンを付記しました。現状は 3Lz を回避していることで昨季よりもスコアが下がっていますが,3Lz が復活してさらに 4S も加わると,基礎点が シェルバコワ 選手に並び,トゥルソワ 選手とも10点差以内に迫ります。今シーズンの世界選手権(3月)までにこの構成を仕上げれば,昨季獲れなかった世界女王が現実的に狙えます。シニアデビュー3人娘を抑えて世界女王に輝けば,これほど価値あるタイトルはありません。先々にはこのような楽しみも広がります。

 ですが,まずはファイナルで風穴を開けてほしいところです。ファイナルのスコアがどのくらいになるかを予測します。

トゥルソワ 選手が全て成功の演技】
 基礎点 123 点+出来栄え点 24 点(GOE 平均 2 を仮定)+ PCS 100 点(満点の83%)= 247 点

紀平 選手が良質な演技】
 基礎点 109 点+出来栄え点 27 点(GOE 平均 2.5 を仮定)+ PCS 108 点(満点の90%)= 244 点

 トゥルソワ 選手が全てのジャンプを揃えるのは至難の業ですし,紀平 選手にとっても上述の GOE や PCS はそう簡単ではありません。優勝争いは歴代最高得点(241点台)超えをめざす,極めてハイレベルな勝負になりそうです。テネル 選手が完璧な演技なら,全員が 220 点を超えることもけして絵空事ではありません。間違いなく,今までで最も難易度と完成度の高いグランプリファイナル女子シングルが観られることでしょう。

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