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ハビエル・フェルナンデス

平昌五輪 男子シングル スコア分析:羽生結弦 は薄氷の勝利だった

 平昌五輪のフィギュアスケート男子シングルは,羽生結弦 選手が2連覇を達成しました。ケガ明けの2連覇という美談がどうしても目立ってしまいますが,どのようにして勝利を手繰り寄せたのか,そのスコア戦略や実際のスコアに言及する記事はほとんどありません。フィギュアスケートはスコアを争う競技なので,スコア戦略に着目して,羽生 選手の金メダルの要因を考えてみたいと思います。

 まず,主な選手に関する,FS(Free Skating,フリースケーティング)でのジャンプ構成やスコアの内訳を比較表にまとめましたのでご覧ください。下記画像をクリックすると,拡大表示されると思います。

FigureSkateScoreList2018MenResult

 この表は,本ブログ記事「男子シングル ジャンプ戦略比較」で作成した表を発展させたもので,技術点の高い順に一覧にしています。表の見方を,羽生 選手のデータを例にとって説明します。

 「4回転」「3回転(トリプル)」「2回転」の列は,メインジャンプ(単独ジャンプと,連続ジャンプの1本目)の本数を表します。上段(白い行)は演技時間前半,下段(水色の行)は後半に入れたジャンプの本数を示しています。羽生 選手のメインジャンプは,前半に 4S,4T,3F,後半に 4S,4T,3A,3Lz,3Lo を入れたことがわかります。「2連続」「3連続」の列は,連続ジャンプを表します。羽生 選手は2連続ジャンプで +3T(実際の組み合わせは 4S+3T)を後半に飛び,+2T は予定していたものの実際には飛べませんでした。3連続ジャンプは,+1Lo+3S(実際の組み合わせは 3A+1Lo+3S)を入れたことがわかります。

 「ジャンプBV」の列は,ジャンプで取るべき基礎点を表し,羽生 選手は 82.09 点を取れるはずだったことを示しています。そのうち,後半のジャンプで取る点数が 55.99 点で,それは全体の 68.2% であることがわかります。

 「スピン」の列は,実施するスピンの種類を表します。Sはシットスピン,Cはキャメルスピン,Co はコンビネーションスピンを表し,その前にF(フライング)とC(チェンジフット,足換え)の一方あるいは両方が付きます。

 「基礎点合計」の列は,ジャンプ・スピン・ステップ全て合わせた基礎点について,完全に実施できれば取れる点数(表の「完全」欄),そこから取りこぼした点数(表の「損失」欄),実際に獲得した点数(表の「実際」欄)を表します。羽生 選手は,完全に実施できれば 97.99 点の基礎点を取れるところ,5.43 点を取りこぼし,実際に獲得した基礎点は 92.56 点だったことを示しています。

 「基礎点損失詳細」の列は,基礎点を取りこぼした理由を記しています。羽生 選手の場合,以下の取りこぼしがありました。

  • 2本目の 4T を連続ジャンプにできなかったため,同種ジャンプの単独ジャンプが2本になり,2本目の基礎点が70%になった。この分の損失点数は,10.3(4T 基礎点)×1.1(後半ボーナス)×0.3(損失分は30%)= 3.40 点
  • +2T の連続ジャンプをどこにも付けることができなかった。この分の損失点数は,1.3(2T の基礎点)×1.1(後半ボーナス)= 1.43 点
  • ステップ(記号 StSq)が,レベル4を取れずレベル3になった。この分の損失点数は,3.3(レベル3基礎点)-3.9(レベル4基礎点)= 0.6 点

 これらの取りこぼし点数の合計が 5.43 点になるわけです。そして,表内のピンクの網掛けは,この取りこぼし箇所がどの要素なのかを示しています。×が付いている要素は,予定どおり実施できなかったことを表します。

 残りの列は「GOE による加点」「技術点」「演技構成点」「減点」「総得点」を表します。スコアの計算方法を知りたい方は,本ブログ記事「フィギュアスケートのスコアはどのように決まる?」をご参照ください。羽生 選手は,GOE の加点 16.99 点が基礎点に加算され,技術点が 109.55 点となり,演技構成点 96.62 点との合計で総得点 206.17 点を獲得しました。

 では具体的に,羽生 選手の戦略と,実際に何が起きたかを見ていきます。羽生 選手は,SP(Short Program,ショートプログラム)でトップに立ち,フェルナンデス 選手に 4.1 点差,宇野昌磨 選手に 7.5 点差をつけました。この点差なら,確実な演技をすれば勝てると考え,4Lo を回避して 4S と 4T を2本ずつ入れる構成にしたのだと思います。この構成は,私は事前に,本ブログ記事「羽生結弦,ネイサン・チェン のジャンプどうなる?」で,あまり好ましくない構成だと指摘していました。4回転4本は後半の体力が心配なので,4回転を3本にして 3A を2本にする方が得策だと私は思っていました。

 ですから,後半の 4T で着氷が乱れ,連続ジャンプにできなかったのを観て「だから 3A にしておけばよかったのに」と私は地団駄を踏みました。4T の失敗により基礎点が70%(7.93 点)になり,3A の基礎点(9.35 点:演技時間後半)よりも低くなってしまったからです。転倒なしで4回転が4本認定されたとはいえ,4本目はスコア上の貢献が小さかったのです。もしここで転倒していれば,今回のスコアから GOE で -2 点,転倒減点が -1 点,転倒によって全体の完成度が下がるので演技構成点で -2 点の可能性があり,計5点程度落としていたと思います。転倒しなかったので結果オーライですが,転倒していたらさらに僅差になり,他の選手の出来次第では危なかったと言えます。

 ただ,このあたりは 羽生 選手自身も十分に吟味したはずです。あえて 3A を1本にしたのは,4S や 4T でどれか1本回転が抜けてダブル(2回転)になってしまった場合に,後半の 3Lo を 3A に変えて基礎点を上げるリカバーを考えていたからだと思います。後半のしかも遅い時間に 4S や 4T をリカバーするのは,今回の 羽生 選手の状態では不可能でしたが,3A ならかなり遅い時間でも飛べると考えていたと思います。初めから 3A を2本入れると,良いリカバープランが組めないので,これらのことを総合的に考えて 3A を1本にしたのだと思います。

 3A の2本目というリカバープランは発動せずに済みましたが,4T+1Lo+3S が入れられなかった点は,3A+1Lo+3S を決めてリカバーしました。これは 3A が得意な 羽生 選手ならではの,プランどおりのリカバーだったと思います。このリカバーによって残った +2T は最後まで入れられませんでしたが,この損失は 1.43 点と小さなものでしたから,3A+1Lo+3S のリカバーが金メダルを引き寄せたと言っていいと思います。

 GOE の加点が 16.99 点というのは他の選手と比べればかなり多いですが,過去に 23 点もの加点を得たことがある 羽生 選手としてはやや物足りない点数です。着氷が乱れたジャンプが2回ありましたから致し方ないことですが,基礎点の5点以上の取りこぼしも合わせて,FSのスコアはけして高い点数ではありませんでした。結果は11点差がつきましたが,転倒していたら金メダルはなかった,と言っていい内容だったと思います。

 それでも,ケガ明け久々の実戦でありながら転倒なく演技を終えたことで,すごい演技だという印象を観客に与え,会場内の大歓声を生み出すことに成功しました。スコアよりも,会場の興奮や熱狂が 羽生 選手こそ王者に相応しいという雰囲気を醸成したと思います。直後に演技した フェルナンデス 選手(スペイン)や,演技を観ていた 宇野昌磨 選手が,その雰囲気に多少なりとも影響を受けたことは否めないでしょう。

 実際に,トータル 317 点台となった 羽生 選手は,ほぼ金メダルを手中に収めてはいましたが,わずかながら フェルナンデス 選手や 宇野 選手にもチャンスがありました。フェルナンデス 選手は,演技時間後半冒頭の 4S の回転抜けが全てでした。これで基礎点を約10点失っていますし,4S が綺麗に飛べれば GOE で2点の加点を得る可能性は十分にありますので,これらの12点があれば 羽生 選手との点差を埋められたのです。シーズン当初の不調を考えれば,よくこの1ミスで収めたという見方ができるのですが,その不調が五輪でも埋めきれなかったのは,フェルナンデス 選手の本来の実力を考えるともったいなかったと思います。

 宇野 選手は,基礎点の取りこぼしはほとんどなかったのですが,GOE 加点があまり得られなかったことと転倒減点が響きました。冒頭の 4Lo で転倒しましたが,4回転ジャンプで転倒すると GOE が自動的に -4 点になってしまうので,GOE 加点が伸びないのです。もし 4Lo が成功していれば,転倒減点 -1 がなくなり,GOE も +2 点の加点は可能なので,今回のスコアに7点ほど上乗せできました。羽生 選手が帰国後「宇野 選手の 4Lo が成功しても自分が勝つことはわかっていた」という趣旨の発言をしましたが,7点上乗せしても 羽生 選手との11点差は埋まらないので,この発言は的を射ています。

 ただ,それはあくまで今回のスコアに 4Lo の成功を当てはめた場合の話であって,他の要素も出来が良ければさらに GOE が上がり,ステップやスピンのレベルの取りこぼしもなかったかもしれませんし,ミスがなければ演技構成点もさらに上がったはずです。つまり,宇野 選手の演技全体が素晴らしければ,あと4点が埋まっても不思議ではありませんでした。宇野 選手が「ベストの演技をすれば勝てると思っていた」と発言したのはそういうことであり,4Lo が成功すればその後の演技も素晴らしいものになった可能性はあったわけです。4Lo の失敗によって 羽生 選手の金メダルが決まった形になりましたが,宇野 選手が 4Lo も含め全ての要素が成功していたら,どちらが金メダルなのかという点で最後の得点発表はもっと盛り上がったでしょう。

 ただ,もしそれで 宇野 選手が金メダルを獲ったら,それはそれで釈然としない雰囲気になった可能性もあったわけで,宇野 選手は実にわきまえた順位に収まったと言えるでしょう。羽生 選手がギリギリのところで転倒しなかったことが,会場の熱狂を生み,それが フェルナンデス 選手に 4S の回転抜けを起こさせ,宇野 選手の 4Lo 転倒につながった…正に 羽生 選手の五輪に全てを注ぎ込んだ執念の演技が,その後登場した2人のわずかな綻びを呼び込んだ,と言える戦いだったのではないかと思います。

 SPを完璧にしFSで逃げ切る。これが,今回の 羽生 選手が置かれた状況で打った最善手であり,これをきちんと遂行することでライバルのミスを誘いました。4回転ジャンプの種類を 4S と 4T に絞ったことは,ケガでやむを得なかったとはいえ,本当にプライドを捨てて勝利だけを獲りにいく戦略でした。羽生 選手がこれほどまでに勝負に徹した試合は今までなかったと思います。平昌五輪で魅せた勝負強さには 羽生結弦 というスケーターの神髄が凝縮されている,そう強く感じたのでありました。

平昌五輪 男子シングル レポート 【スポーツ雑誌風】

 SP(Short Program,ショートプログラム)を終え,羽生結弦 が1位,宇野昌磨 が3位という好位置につけ,羽生 2連覇,日本勢1&2フィニッシュへの期待が否が応でも高まる中,FS(Free Skating,フリースケーティング)が始まった。

 第1グループから,ヴァシリエフス(ラトビア),ハン・ヤン(閻涵,中国),田中刑事 など,見応えあるメンバーが並ぶ。彼らが第1グループとは信じ難いが,それだけかつてないレベルの試合になった。世界選手権や五輪では,国別の出場枠(1ヶ国あたり最大3名)が設けられ,その分,多くの国の選手が出場する。競技普及の観点では大切なことだが,演技がトップレベルより見劣りする選手の出場が多くなってしまうのは,やむを得ないことだ。しかし,平昌五輪のFSに進出した24名は,誰もが250点以上出す力がある実力者揃いだった。この点は,ソチ五輪から大きく進化した点の1つだ。

 第2グループには,早くも ネイサン・チェン(米)が登場。団体戦で,米国のメダル獲得を確かなものにするべく,男子SPに起用されたが,全てのジャンプを失敗し失意の底に沈んだ。1週間後,勝負の個人戦SP。団体戦では冒頭のジャンプに 4F を選択したが,個人戦ではより難度の高い 4Lz に挑んだ。SP冒頭のジャンプが チェン の命運を左右すると思いながら観ていたが,4Lz を転倒しその選択は凶となった。冒頭のジャンプを失敗したことで,団体戦の悪夢が頭をもたげ,もう失敗が許されない極度の重圧に襲われたことだろう。SPでも全てのジャンプを失敗し,トップの 羽生 に29点もの差が生じてしまった。

 この状況に,多くの日本人の方々が,4年前のソチ五輪の 浅田真央 選手の姿を重ねたに違いない。あの時,浅田 選手のSPとFSは中1日空いていた。だが,チェン はSPから連日のFS。気持ちの切り替えが極めて難しい状況だったはずだ。しかし,人間は追い込まれると恐るべき力を発揮することがある。メダルの重圧から解放され,失うものがなくなった チェン は,8回のジャンプのうち4回転を6本入れ,見事に5本を成功させた。国内では「4回転5本成功」という報道がほとんどだが,失敗した1本も着氷が乱れただけで回転不足にはならなかったので,4回転ジャンプとして認定されており「4回転6本認定」でもあったのだ。6本が「認定」されたのは,公式記録上初めてではないかと思う。

 4回転6本は,金メダルへの秘策の選択肢として用意されていたとは思うが,ハイリスクであり採用は難しいと私は予想していた。メダルが絶望的になったことで爪痕を残すべく挑戦し,結果は 215 点台でFS自己ベストFSだけなら全選手中トップのスコアを記録した。トータルは 297 点となり,上位者が崩れればメダルの可能性が残るスコアだった。正に,ソチ五輪の 浅田真央 選手の復活劇を彷彿とさせる,地獄からの生還だった。ジャンプの成功に意識が強かったためか,出来ばえ点や演技構成点は チェン の好調時には及ばなかったが,SP時点の絶望を思えば,本当に素晴らしいパフォーマンスだった。

 続く第3グループ。私が注目したのは,ヴィンセント・ジョウ(米)と ミハイル・コリヤダ(ロシア)の2人。ヴィンセント・ジョウ はFSの基礎点が全選手中最も高い予定であることを本ブログで紹介したが,予想した構成どおり 4Lz に2回挑戦し,冒頭の 4Lz+3T を綺麗に成功,演技時間後半冒頭の単独 4Lz も良いジャンプだったが回転不足と判定された。結果として,基礎点合計トップは4回転ジャンプを6本入れた ネイサン・チェン に譲ったものの,4回転4種類5本を着氷し技術点だけで 110 点以上を稼いだ。今シーズンがシニアデビューであり,まだジャンプだけという印象の選手ではあるが,この若さで五輪で6位入賞を果たしたことは貴重な経験だ。今後トップレベルに到達するのを楽しみにしたい。

 ミハイル・コリヤダ は,団体戦のSPでまさかの8位に終わり,ロシアの団体戦が目標の金メダルではなく銀メダルに終わる主因となってしまった。さらにFSにも動員されたため,個人戦には強い疲労を抱えて臨まざるを得なかった。団体戦と個人戦の4回の演技全てに組み込んだ 4Lz は結局一度も成功せず,他のジャンプにもミスが出て,ベストな演技はできなかった。団体戦SPのショックから立ち直れないまま個人戦も終わってしまった印象で,8位に入賞したものの本当の実力はこんなものではない。今後,今回の五輪の苦い経験をどう強さに変えていくか,注目していきたい。

 最終グループ。SP上位4選手で最初に登場したのは,SP4位の ボーヤン・ジン(金博洋,中国)。大舞台に強く,直近の2年連続で世界選手権3位,1月の四大陸選手権に優勝して五輪を迎えた。その強さがSPでも発揮され,高さも幅もある 4Lz+3T を完璧に決め,自己ベストの 103 点台を記録した。ノーミスならばメダルが大きく近づくFS。演技時間前半は,3つのジャンプが完璧。後半は安定している 4T,得意な 3A へと続く流れ。これはノーミスの気配濃厚,そう思った後半冒頭の 4T でまさかの転倒。ジン の 4T 転倒は珍しく,五輪の重圧は大舞台に強い ジン にも及んだ。しかし,直後の同じ 4T をきちんと連続ジャンプにし,残りのジャンプも決めた。転倒を1回に留め,FS 194 点台,トータル 297 点台としたが,300 点には及ばず,上位3選手に重圧をかけるには至らなかった。それでも,シーズン途中にはケガで 4Lz が飛べない時期もあったことを思えば,メダルの可能性を残す演技は見事だった。

 そしていよいよ,SP上位3選手の先陣として 羽生結弦 が氷上へ。SPは,7つの要素(ジャンプ,スピン,ステップ)全ての GOE(Grade Of Execution,出来ばえ)評価が審判全員2以上という,非常に高い完成度でスコアが 111 点台に乗った。ネイサン・チェン が脱落し,FSで高いスコアを持つ 宇野昌磨 と7点差がついたことから,4Lo を回避しても大丈夫と判断したのだろう。FSは4回転2種類4本(4S,4T 2本ずつ)で臨んだ。演技前半の3本のジャンプは申し分なく,特に 4T は,全く無理のない回転からの柔らかい着氷で,完璧だった。さらに演技時間後半冒頭の 4S+3T も見事に成功。パーフェクト演技への期待感が一気に膨らんだが,次の 4T で着氷が乱れた。4T は前半が単独ジャンプだったので,ここでは連続ジャンプにする必要があったのだが,それができず減点(同種単独ジャンプ2本目は基礎点3割減)となった。

 しかし,次の 3A が 羽生 を救った。予定では 3A+2T だったが,4T に付ける予定だった連続ジャンプ +1Lo+3S をリカバーして 3A+1Lo+3S としたのだ。3A に絶対の自信を持つ 羽生 だからこそできるリカバープランを遂行し,ミスを最小限に食い止めた。そして,4ヶ月ぶりの実戦で心配された,FSを通し切る力が問われる最後の 3Lz では,かろうじて転倒は免れたものの着氷が大きく乱れた。羽生は 4Lz の練習でケガをしており,ルッツジャンプの不安がここで出てしまった。3A で +1Lo+3S をリカバーしたことで残っていた連続ジャンプ +2T を付けることもできなかった。

 それでも,演技を終えた 羽生 は,満足感に包まれていたようだった。「勝ったー!」(本人談)と叫び,右足や氷に手を当て,感謝の言葉を発した。着氷の乱れが2回あり,単独 4T の重複による減点と,+2T が付けられないミスはあったが,転倒しそうなところをこらえ,氷に手を付くこともなかった。FS 206 点台,トータル 317 点台は 羽生 の自己ベストより10点以上低いが,ソチ五輪よりははるかに良い内容で,しかもケガ明け久々の実戦であることを考えれば,十分に納得できる演技とスコアだった。

 これで,残る2人が金メダルに必要なFSのスコアは,ハビエル・フェルナンデス(スペイン)は 210 点台,宇野昌磨 は 213 点台となった。共に不可能ではないものの,今シーズンの調子を考えるとかなりハードルが高いスコアである。続いて登場した フェルナンデス は,普段より躍動感が抑え気味に見えたが,完璧な 4T から始まり,次の 4S でわずかに着氷が乱れ +3T を予定していた連続ジャンプが +2T になっても,次の 3A に +3T を付けてリカバーに成功し,金メダルが微笑みかけた。だが演技時間後半冒頭,4S の予定が2回転になり,金メダルがすり抜けていった。しかしミスはこれだけで,ジャンプの着氷の乱れもなく,プログラム全体の完成度は素晴らしかった。ジャンプの難度が4回転2種類3本と低めで,しかもそのうち1本が抜けてしまったので,FSのスコアが200点に届かずトータル 305 点台だったが,今シーズンベストスコアを出し フェルナンデス のメダルが確定した。今シーズンはやや低調で,メダル獲得が危うい状況だったことを思えば,ピーキングに長けた フェルナンデス の実力が発揮された結果だった。

 この時点で,日本選手の金メダルは決まった。それが 羽生 なのか 宇野 なのか。最終滑走の 宇野昌磨 は,他の選手の演技を全て観ていて,完璧な演技なら金メダルを獲れると思いながら演技に臨んだそうだ。冒頭の 4Lo は成否相半ばするジャンプ,これを決めて波に乗りたかったが,あえなく転倒。この時点で金メダルはほぼなくなり,宇野 は「笑えてきた」(本人談)。冒頭から転ぶなんてという苦笑いなのか,リラックスするための自己防衛反応なのか,いずれにせよ,この先ミスすればメダルも危なくなる状況で,笑みをたたえられる精神力は尋常ではない。ここから 宇野 の真骨頂である切り替えと粘り強さがいかんなく発揮されていく。

 転倒直後,世界で初めて 宇野 が成功させた,自身の代名詞ジャンプ 4F をきっちり決めて持ち直す。演技時間後半の 3A → 4T 2本 → 連続ジャンプ2回 という流れは,華麗だが難度が極めて高く,しかも最後の2回の連続ジャンプは失敗するとリカバーできない,緊張感の高い構成だ。2本の 4T。1本目は着氷が乱れたものの強引に +2T の連続ジャンプを付けた。これで2本目は単独ジャンプでよくなり,これを綺麗に決めた。続く 3A+1Lo+3F は,ほとんどの選手が3番目を 3S にするところ,フリップジャンプに絶対の自信を持つ 宇野 が 3S に替えて 3F を付ける3連続ジャンプ。そして最後に 3S+3T という +3T の連続ジャンプ。高難度の連続ジャンプを最後に2つ並べ,それらを見事に決めたことで,会場の盛り上がりは最高潮に達する。冒頭の転倒を忘れさせる安定した演技で,最終滑走を締め括った。

 FSの内容では 宇野 が フェルナンデス を上回ったことは確実。あとはSPの点数差 3.41 以上の差を付けられたか? スコア発表。FS 202 点台,トータル 306 点台。宇野 がフェルナンデス を上回った! この瞬間,羽生結弦 の五輪2連覇,羽生結弦 & 宇野昌磨 による日本勢1&2フィニッシュが現実となった

 全てが決まり,羽生結弦 は両手で顔を覆い,万感の涙を流した。同門生の フェルナンデス も銅メダルを獲得し,お互いの健闘を称え合うと,羽生 はまた涙。2人の万感の思いに接しても,実感が湧かずたたずむ 宇野。3選手の姿は,平昌五輪に全てを注ぎ込み,戦い終えた充実感に満ちていた。 (選手敬称略)

平昌五輪 男子シングル SP終えFS展望

 今晩,SP(Short Program,ショートプログラム)の録画映像を観ました。明日も第1グループからしっかり観戦したいので,手短に。

 SPは,ネイサン・チェン 選手(米)を除く有力4選手は,ほぼ今シーズンの実力どおりの順位となりました。宇野昌磨 選手はもう少しスコアを伸ばしたかったところだとは思いますが,団体戦より良いスコアだったことを前向きに捉えたいです。

 羽生結弦 選手は,FS(Free Skating,フリースケーティング)の予定構成では4回転3種類5本(4Lo,4S×2,4T×2)となっているようですが,これは陽動作戦だと思われます。もはや陽動の相手である チェン 選手と点差がつきましたので,5本入れる必要は全くなく,4回転を4本に留めて 3A を2本飛ぶのが得策。変に4回転5本にこだわると,思わぬ落とし穴が待っていると私は思います。SPが良くてもFSが案外良くないのが最近の 羽生 選手の傾向。ケガ明けのFSはそんなに甘くないと思っておいた方がいいです。

 宇野昌磨 選手は,羽生 選手と7点差なので,予定どおりの構成だと 羽生 選手のミス待ちとなります。ミスの差が大ミス1個または小ミス2個なら 宇野 選手の金メダルもあります。ただ,羽生 選手がノーミスだと滑走前から逆転の目がほぼなくなるので,その場合に銀メダルで良しとするのか,牙をむいて 4S 追加の秘策を繰り出すのか,後者の可能性はかなり少ないとは思いますが注目点ではあります。団体戦出場の疲労がFSの後半に影響してくると思うので,後半の2本の 4T,そして最後の 3S+3T の出来が,メダルの色を変えることになると思います。

 ハビエル・フェルナンデス 選手(スペイン)にはベストの演技を期待したいですが,羽生 選手の直後の滑走なので,羽生 選手が良い演技なら会場の熱気が,そうでもなければ微妙な空気が会場を支配し,どちらにしてもタフな状況です。もし ボーヤン・ジン 選手(金博洋,中国)がパーフェクトだと,フェルナンデス 選手にもパーフェクトに近い演技が必要になりますが,今シーズンのFSの出来を考えるとかなり難しいミッションになるでしょう。

 この試合展開だと,大舞台に強い ボーヤン・ジン 選手が輝きを放つ可能性大。そして,ネイサン・チェン 選手には,ソチ五輪の 浅田真央 選手のような,地獄からの生還を魅せてほしい。

 私が思うFSの勝負の鍵は,4T3A,そして最後のジャンプ

 さぁ,歴史的瞬間を見届けよう。

平昌五輪 男子シングル プレビュー

 羽生結弦 選手の2連覇と,宇野昌磨 選手との1&2フィニッシュに大いなる期待がかかる平昌五輪のフィギュアスケート男子シングル。有力選手の見どころや勝負における注目点を見ていきます。ジャンプ構成にも言及しますので,各選手のジャンプ構成をチェックしたい方は,本ブログ記事「男子シングル ジャンプ戦略比較」をご参照ください。

 以下,有力選手ごとに見ていきます。金メダルを獲る可能性が高いと私が思っている順です。

《凡例》 ◎:好材料 ▲:不安材料

羽生結弦 選手

 練習映像を見る限り,スケーティングは普通にできそうですね。SP(Short Program,ショートプログラム),FS(Free Skating,フリースケーティング),トータルの3つ全てで史上最高スコアを持っていますので,普通に演技ができれば金メダル候補筆頭なのは間違いありません。ただ,羽生 選手は今までに,シーズン中に4ヶ月の実戦ブランクを経験したことがありません。試合になると練習と全く別のアドレナリンが出るタイプのように思えるので,久々の試合かつ五輪ということでアドレナリンが出過ぎると,身体とのバランスを欠く恐れはあります。

 ジャンプ構成は,FSに4Lo を入れられるかどうかが注目点です。4Lo が入らないと,4回転ジャンプを4本(4S,4T 各2本)入れても案外スコアが低くなってしまいます(詳細は本ブログ記事「羽生結弦,ネイサン・チェン のジャンプどうなる?」へ)。前日練習で 4Lo を飛んでいましたので,おそらく入れる構成になると思います。

◎ プログラムが史上最高スコアの再演
◎ 昨年の四大陸選手権で今回のリンクを経験
◎ シーズンや団体戦の疲労蓄積が少ない
◎ SPは1番滑走(6分間練習直後)
五輪2連覇のモチベーション
◎ ソチ五輪ではFSで崩れたので,SPとFS両方ノーミスでこそ真の金メダルという意識
逆境を跳ね返してきた経験と強靭過ぎるメンタル
▲ 想像以上のメディアの狂騒
プログラムをまとめ上げるための持久力がどれほど戻ってきているか (町田樹 氏談)
▲ FSで 4Lo を入れられないと,点数的には他選手と接戦になる

宇野昌磨 選手

 現時点の不安材料が最も少ないですね。主要大会で優勝していないことを問題視する意見もありますが,羽生 選手が出場しない大会では気持ちが乗らなかったと見るべきで,ここ一番の集中力は昨年の世界選手権で実証済み。団体戦SPで他選手の相次ぐ転倒を引きずらなかったのは,宇野 選手特有の「鈍感力」の賜物と思います。羽生 選手が引き連れるメディアを見た他選手は動揺する可能性がありますが,宇野 選手にとっては慣れたものですし,鈍感力で気に留めないので,羽生 選手をめぐる狂騒は 宇野 選手の味方になる可能性さえあります。

 ジャンプ構成は,4S を諦め,演技時間前半に 4F,4Lo,後半に 4T,3A 2本ずつという確度の高い構成になりそうです。個人的には,4F を後半の最初に置いた方がプログラムが盛り上がるとは思いますが,状況次第ではこのような変更もあるかも。

◎ 昨年の四大陸選手権で今回の会場を経験
今シーズンの平均スコアはトップ
団体戦SPで100点超え
◎ 4F の安定感 (団体戦で転倒を免れたのも安定感のうち)
◎ 羽生 選手との久々の対戦でモチベーションアップ
▲ ステップがなかなかレベル4を取れない
▲ 団体戦の疲労 (他の団体戦出場選手よりは少ないか)
接戦を勝ち切る力があるか (無用な小ミスが出がち)
▲ 朝が苦手 (団体戦はたまたま乗り切れたのかも)

ハビエル・フェルナンデス 選手 (スペイン)

 もったいないミスで4位に終わったソチ五輪から4年。今までに世界選手権を2連覇し,五輪メダルを射程圏内にしています。しかし,昨年の世界選手権で3連覇と表彰台を逃して以降,今シーズンはくすぶり続けていて,未だに300点超えがありません。完璧な演技をして,ライバルのミスを待つ展開です。

 ジャンプ構成は,安定の4回転2種類3本。安定した 4S は フェルナンデス 選手が最も早く確立しましたが,演技時間後半の 4S が今シーズン安定していないので,これが入ると高得点が期待できます。また,3A もやや不安定なので,2本ある 3A の出来も注目点です。

◎ 今シーズン不調だったが徐々に取り戻している
◎ 団体戦に出場していない
◎ 4年間の五輪メダルへの渇望感
◎ 世界選手権2連覇のプライド
▲ 今シーズンFSで一度も完璧な演技ができていない
▲ 今回の会場が初経験
▲ 大舞台にやや弱い印象 (世界選手権は 羽生 選手のミスのおかげ)

ネイサン・チェン 選手 (米)

 団体戦SPの大過失をどう見るかですが,いくら団体戦と個人戦が別物とはいえ,あれだけのミスがあると個人戦への影響がないはずはありません。完璧に演技ができればよいのですが,演技の序盤でミスが出ると,団体戦の再現になってしまうのではないかという恐怖と戦わなければならず,そうなると要素をこなすことで精一杯になり,出来ばえ点や演技構成点が伸びない恐れがあります。わりと繊細な性格なのかなという印象もあり,注目度が高くメディア取材が非常に多い状況に耐えられるのかも気になります。

 ジャンプ構成をどうするかは,SPの出来や,羽生 選手の出方などを勘案して決めると思いますが,4回転5本にせよ6本にせよ,4Lz の扱いが注目点になります。4Lz が2本入ると,好調な証と言えると思います。

◎ 今回の会場で開催された昨年の四大陸選手権で優勝
◎ 今シーズン全勝の安定感 (特にSPは安定)
◎ 団体戦銅メダル獲得の安堵感
◎ 昨年,世界選手権で失速した経験から,ピーキングを強く意識
▲ 団体戦の疲労と嫌なイメージ
▲ 今シーズン,ジャンプ構成を固めなかった
▲ 出来ばえ点がなかなか伸びない
▲ 苦手な 3A の出来

ボーヤン・ジン 選手 (金博洋,中国)

 ケガもありシーズン序盤は精彩を欠いていましたが,先日の四大陸選手権で良い演技を魅せ,仕上げてきました。世界選手権は2年連続3位と,大舞台の強さは一級品。五輪メダルへの重圧が他の選手より小さいのも不気味。金メダルはなかなか難しいと思いますが,銀や銅なら案外可能性があると思います。

 助走が少なく美しい 4Lz は安定感抜群で,これが計算できるのも大きな武器。4T も 3A も安定していて,苦手なジャンプがないのも強み。全体が完璧なら演技構成点も伸びる可能性があるので,トータル310点くらいまで狙えます。もっと高得点を狙って 4Lz をFSに2本入れたら面白いと思いますが…。

◎ 昨年の四大陸選手権で今回の会場を経験
◎ 直前の四大陸選手権で優勝
◎ 4Lz,4T,3A 等ジャンプの安定感
◎ 大舞台での強さ
◎ メダル獲れなくて当然という気楽な立場
▲ 出来ばえ点と演技構成点が両方伸びないとメダル圏内に入れない

◆ 他の注目選手

 パトリック・チャン 選手(カナダ)や,ミハイル・コリヤダ 選手(ロシア)もメダルを獲れる力を持っていますが,2選手とも,団体戦でSPとFSの両方に出場しましたので,体力面ではかなり不利です。メダリストは,上に挙げた5選手から決まると考えていいと思います。

 田中刑事 選手は8位入賞が現実的な目標になるでしょう。ほかには,FSで200点超えもありうる ヴィンセント・ジョウ 選手(米),かつての名選手 ランビエール コーチの愛弟子 デニス・ヴァシリエフス 選手(ラトビア),アジアから出場する,マイケル・クリスチャン・マルティネス 選手(フィリピン)と ジュリアン・イー・ジージエ 選手(マレーシア)に注目しています。

◆スコア比較とメダルの行方

 どのくらいのスコアが獲れそうかを知っておくと,観戦を楽しめると思いますので,有力選手のトータルスコア(SPとFSの合計点)を予想してみます。

《凡例》
*:可能性あり ◎:自己ベスト ★:今シーズンベスト

スコア羽生宇野フェチェ
330~
325~
320~
315~◎★
310~
305~
300~◎★
295~
290~
スコア羽生宇野フェチェ
  • 羽生 選手は,330点までは難しいかもしれませんが,完璧なら325点に届く可能性は十分にあります。
  • 宇野 選手は,完璧なら324点くらいまではあると思います。
  • フェルナンデス 選手(上表「フェ」)は過去最高が314点台で,そこにどれだけ迫れるかでしょう。
  • ネイサン・チェン 選手(上表「チェ」)は,自己ベストを超えて313点くらいまでは可能でしょう。全米選手権の315点は国際大会では難しいと思います。
  • ボーヤン・ジン 選手(上表「金」)は,先日の四大陸選手権の出来を再現すれば,305点くらいまで伸びると思います。

 全員ノーミスなら,1・2位:羽生宇野,3位:フェルナンデスチェン となるでしょう。この4選手の中から300点を割る選手が2人出てくると,ジン 選手がメダルを手にするでしょう。

 羽生・宇野 両選手が310点以上なら,フェルナンデス,チェン 両選手の超絶演技がない限り1&2フィニッシュが現実になるでしょう。羽生・宇野 両選手が複数のミスをし,スコアが310点を切るところまで下がれば,5選手がどんな順位にもなりうると思います。

 さぁ,いよいよ,明日(金)SP明後日(土)FSですね。SPは時間的にリアルタイムで観られない方が多いと思います(私もです…泣)が,FSは土曜日のお昼なので,リアルタイムで観戦し,歴史的瞬間を目の当たりにしましょう!

ザギトワ 欧州選手権優勝の衝撃

 先週末,フィギュアスケートのヨーロッパ選手権が開催されましたので,男女シングルを中心に観戦の感想を書き綴ります。ヨーロッパ選手権は,いわば世界選手権のヨーロッパ版で,各国代表が競う国際大会ですが,実は世界選手権よりヨーロッパ選手権の方が歴史が古いという,由緒ある大会です。ヨーロッパ各国は昨年内に国内選手権を行い,それから中3~5週でヨーロッパ選手権,さらに中2~4週で平昌五輪がありますので,平昌五輪に向けた最終調整や最終選考の場として機能しています。歴史ある大会なので,各国がヨーロッパ選手権を重視していることがわかりますね。

 ちなみに,ヨーロッパ以外の地域は,ヨーロッパ選手権に対応する形で四大陸選手権を創設しましたが,五輪シーズンは軽視される傾向にあります。今年は今週末に開催されますが,それから中1~3週(団体戦:中1週,男子シングル:中2週,女子シングル:中3週)で平昌五輪を迎えるので,日程面で出場が難しいのです。それなら開催をもっと早めればいいのですが,米国やカナダは年明けに国内選手権が開催されるので,五輪シーズンはそれらと五輪に挟まれてしまい,良い日程が組めないのです。こういう状況を見ていると,四大陸選手権の格式はヨーロッパ選手権にはまだまだ及ばないと感じます。

Fernandez-Face 話を今年のヨーロッパ選手権に戻します。まず男子シングル。ヨーロッパ6連覇を達成した ハビエル・フェルナンデス 選手(スペイン)は,明らかな不調からは脱出しましたが,世界選手権2連覇の頃の強さはまだ取り戻せていない,というのが観戦した私の印象です。スコア295点は悪くない点数ですが,ヨーロッパ選手権という五輪直前の大会で300点を超えられず,FS(Free Skating,フリースケーティング)で4回転ジャンプ3本が揃わないとなると,3強(羽生結弦,宇野昌磨,ネイサン・チェン(米))の牙城を崩すのは難しいでしょう。

 しかし,宇野 選手だってこのところずっと300点を超えてないのに,フェルナンデス 選手が及ばないとはどういうことか,と思う方もいるでしょう。私は,フェルナンデス 選手は目一杯,宇野 選手は余力あり,と考えています。フェルナンデス 選手はグランプリシリーズ初戦の中国大会で6位に沈み,やや焦ったと思いますので,その後の大会はかなり本気で臨んでいると思います。本気で臨んだ結果が295点というわけです。一方,宇野 選手はあくまで平昌五輪に照準を合わせ,今までの大会は本気で臨んでいないと思います。これが,フェルナンデス 選手が3強の牙城を崩すのが難しいと考える理由です。ただ,個人的にはとても応援していますし,プログラムは本当に素晴らしく,特にFSの「ラ・マンチャの男」は完璧なら会場が拍手喝采間違いなし。平昌五輪でそんな雰囲気になるのを観たいと願っています。

 続いて,女子シングルの話題に入りましょう。ケガ明けで,11月のNHK杯以来の実戦復帰となる メドベージェワ 選手(ロシア)の状態と,彼女とシニアで初対決となる ザギトワ 選手(ロシア)との勝負の行方,この2点に注目が集まりました。結果は,ザギトワ 238 点 vs メドベージェワ 232 点。ザギトワ 選手がついに メドベージェワ 選手にも勝ち,今シーズン全勝をキープしました。シニアデビューでシーズン当初から突っ走り,メドベージェワ 選手がケガで不在の間,グランプリファイナルとロシア選手権では本命視された中で優勝。平昌五輪が近づく中,そろそろ燃料切れが起きるかもしれない,と思いながら観戦しましたが,そんな気配は微塵もなし。むしろ,メドベージェワ 選手との初対決にエンジン全開で,SP(Short Program,ショートプログラム)もFSも素晴らしい演技で完勝でした。

Zagitova-Face シーズン後半に入り,ザギトワ 選手はSPもFSも,プログラム全体にまとまりが出てきました。それは PCS(Program Component Score,演技構成点)に表れています。下記に,GPF(グランプリファイナル)→ヨーロッパ選手権の順で PCS を示し,比較してみます。

  • SP: 35.06(1項目平均 8.77)→ 36.28(同 9.07
  • FS: 70.42(1項目平均 8.80)→ 75.30(同 9.41

 1項目平均とは,PCS の5項目の採点(10点満点)の平均値です。今まで平均8点台で推移していましたが,ついにヨーロッパ選手権という大舞台で9点台に乗せました。FSは GPF から5点近く上がっていますが,わずか1ヶ月強でこれだけ PCS が急伸することはめったにありません。しかも,今回のFSは,音楽との同調性という点では GPF の方が良い出来だったと思うので,それでもこれだけの PCS が出るのは本当に驚異的です。シニアデビューで PCS がさほど期待できないがゆえに技術点を伸ばす戦略だったのに,PCS がこれだけ出ればもう無敵です。

 ロシア選手権というスコアのかさ上げがある大会で出した 233 点を5点も上回るというのも奇跡的で,これはとんでもないことが起きた,というのが私の印象です。メドベージェワ 選手を破って優勝し,これだけのスコアが出たことで得た自信はとてつもなく大きく,ザギトワ 選手はこのまま平昌五輪を息切れすることなく駆け抜けていくでしょう。

Medvedeva-Face 一方,ケガ明けで注目された メドベージェワ 選手でしたが,SPで1つだけジャンプの着氷が乱れた程度で,ケガの影響は全くないと捉えていい演技でした。むしろ,仮にSPが完璧だったとしても ザギトワ 選手に勝てないことが明らかになり,メドベージェワ 選手の平昌五輪金メダルにはっきりと黄信号が灯りました。ザギトワ 選手との6点差という結果は,ケガ明けだから負けたのではなく,ザギトワ 選手の急成長による力負けという衝撃をもたらしたのです。

 ザギトワ 選手のFSが終了した時点で,直後に演技する メドベージェワ 選手はこのままでは負けることを明確に理解していたのでしょう。彼女のFSは,奇跡の逆転を狙ったのか,逆転不可能を悟って自分の演技に集中したのか,どちらかはわかりませんが,とにかく鬼気迫る演技のように私は感じました。今までの メドベージェワ 選手は,抒情性の高いプログラムで役者のように表現を醸し出すタイプだったと思いますが,ヨーロッパ選手権のFSはエネルギーに満ち溢れ,表現が観る者に迫ってくる感じがしました。今まで,ややサイボーグっぽく感じることもあった メドベージェワ 選手から,生身の人間としての躍動が感じられ,私は メドベージェワ 選手の今までの演技の中で一番感動しました。PCS が ザギトワ 選手を上回る 77.14 点(1項目平均 9.64 点)を記録したのは,女王の意地の表れだったと思います。77点台って,もう満点と言っていい点数であり,凄すぎますね。

 優勝が絶望的な状況に追い込まれたことで,メドベージェワ 選手の本気が引き出されたのだとすれば,ザギトワ 選手はとんでもないパンドラの箱を開けてしまったかもしれません。メドベージェワ 選手が今からジャンプの構成を変えるとは思えず,今後はひたすら GOE(Grade Of Execution,出来栄え点)と PCS を最大化すべく,究極の完成度を追求してくるでしょう。そして,ザギトワ 選手はそれを受けて立つだけの大きな自信を手にしました。2人のモチベーションはますます高まると思われ,平昌五輪で2人の異次元の演技が観られる予感に,今からワクワクを通り越してゾクゾクが止まりません

三原 届かず,フェルナンデス 復調【フランス大会感想】

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 宇野昌磨 選手は,とりあえずグランプリファイナル進出を決めただけ,といった内容でしたが,大崩れはしていないので心配ないでしょう。中2週で地元・名古屋でのファイナルを迎えますが,ここは五輪本番の予行演習として本気で優勝を狙うと思います。フランス大会は,最悪でもこの程度のスコアは出るという確認ができたということではないでしょうか。

 ハビエル・フェルナンデス 選手が復活優勝を遂げました。とはいえ,FS(Free Skating,フリースケーティング)ではまだまだジャンプが揃わず,例年に比べて明らかに調整が遅れています。他の選手ならこの程度でも問題なしと言えますが,フェルナンデス 選手はシーズン前半でも大崩れしない選手だったので,五輪の表彰台に黄信号という印象は変わりません。今後の国内選手権~ヨーロッパ選手権で,どこまで整えてくるのかに注目していきたいです。

 ファイナルに出場できる可能性のある選手は,みな4位以下に沈みファイナル出場がほぼ消滅しました。期待していた ヴィンセント・ジョウ 選手(米)は,ジャンプがことごとく精彩を欠いた(←映像観ていませんので採点表を見た印象)ようで,シニアデビューのジャンプ構成のギャンブルが通じませんでした。チャンスが転がってきても,ファイナルに進出するのはなかなか容易ではないですね。

 三原舞依 選手は,SP(Short Program,ショートプログラム)のミスが響き,今大会も表彰台に届かず,ファイナル出場にも届きませんでした。2大会とも200点を超えたのに表彰台を逃すとは気の毒としか言いようがなく,この順位だけで不当に低い評価が与えられてしまう恐れがあることを私は危惧します。SPは 三原 選手の得意な路線とは言えないタンゴですが,かなり雰囲気ができてきましたし,FSは本人にとても合っていて,今大会でものびやかに滑っていたので,このまま細部を詰めていけば,ちょうど平昌五輪の頃に高い完成度に到達するのではないか,と期待できる内容だと思いました。

 ただ,今大会は優勝を狙っていたはずですが,技術のほかに気迫のようなものがもう少し必要だったかもしれません。SPでスピードが出過ぎてミスしてしまったせいか,FSではやや慎重な感じが見られ,PCS(Program Component Score,演技構成点)が64点にとどまりました。ジャパンオープン(10月)が70点だったことを思うと物足りません。樋口新葉 選手の気迫や,ザギトワ 選手の芯の強さのようなオーラが,グランプリシリーズの 三原 選手はやや弱かったと私は感じました。しかし,三原 選手は確かな技術や表現力で魅せていく選手であり,シーズンが進むにつれ演技が徐々に完成されていく中でそのオーラも強くなります。そのことは昨シーズンの四大陸選手権や世界選手権で証明済みです。なので,シリーズ2戦の内容で 三原 選手の力が表面的に判断されることがないよう願ってやみません。

 シリーズ2戦で 三原 選手より上位に入った 樋口,ラジオノワ,ソツコワ といった各選手は,日本やロシアという過酷な五輪代表選考争いの中で,気迫・技術の両面で強いものを持っていたことは確かだと思います。中でも今大会で2位に入った ソツコワ 選手は見事でした。正直なところ私は ソツコワ 選手は良くて3位だろうと予想していましたが,オズモンド 選手のミスを逃さず2位に食い込んでくるあたり,ロシア選手の逞しさを強く感じます。前大会のFSでいくつかあった回転不足を完全に解消し140点に乗せてきましたが,まだジャンプの着氷やつなぎの充実などに伸びしろがあります。FSのステップは,音楽に乗せて優雅に柔らかく,それでいてきっちりと1つ1つのターンを刻んでいくところが本当に素晴らしく,観ていて鳥肌が立ちましたね。

 ザギトワ 選手も,SPでつまづいたときはシニアデビューの洗礼かと思いましたが,FSは申し分ない内容であっさりと150点超え。FSの「ドン・キホーテ」は音楽が実にうまく構成されていますね。冒頭→ステップ→連続ジャンプ3回→単発ジャンプ4回と進んでいく場面ごとに曲調が変化し,スピンやジャンプの各要素と音楽の同調性も非常に高いので,技が決まるととても映えるのです。前大会では,3回の連続ジャンプが「演技後半の時間帯に入ったからどんどん飛ぶぞ」的なせわしなさが感じられたのですが,今回はその部分にも流れがあって悪くなかったです。プログラムがよくできているので,FSは今シーズンこのまま高い完成度を持続すると思います。

 今大会の ザギトワ,ソツコワ の両ロシア選手を観ていると「ピーキングを考えて」などと力加減に言及している自分が気恥ずかしくなってきます。おそらく彼らも100%のエネルギーでは臨んでいないはずですが,それでも高い完成度の演技を披露し,ザギトワ 選手はSPのミスをカバーすべく少しギアを上げたことで,驚異的なFSのスコアを出しました。「ノーミスというレベルではなく高い完成度を追求する」「それをシーズン前半から安定させシーズン中持続させる」という戦いをロシア女子は繰り広げており,安定感に欠ける ポゴリラヤ 選手や,わずかにミスが出た ラジオノワ 選手といった世界選手権メダリストたちが,代表争いから振り落とされそうになっています。

 スコアが拮抗している女子は特に,序盤からシーズンを通して完成度の高い演技ができるだけの技術,体力,コンディション調整力,そしてメンタルが必要な状況になっています。日本勢も十分に高い能力を持っていますが,互角に渡り合っていたのは昨季までの 宮原知子 選手くらいで,ロシア勢に比べ全ての面で少しずつ負けていて,中でも技術面は明確な差があると感じます。

 そんなロシア勢と戦う日本勢は,ここから全日本選手権と平昌五輪で100%の力を出せるようにギアを上げ,技術をはじめとするあらゆる面を高めていってほしいですね。そして,全日本選手権で疲弊することなく,その勢いを平昌五輪まで伸ばしていき,ロシア勢と素晴らしい勝負をしてほしいと思います。

フランス大会(フランス国際,グランプリシリーズ第5戦)プレビュー

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 ほとんどの選手がシリーズ2戦目になり,1戦目からどう伸びてくるか,グランプリファイナル進出がどうなるか,というところが注目点になります。

◆男子シングル

 宇野昌磨 選手は,よほどの大崩れがなければファイナル進出は間違いないので,今大会も調整の色合いが強くなるでしょう。ジャンプも 4S(4回転サルコウジャンプ)は入れず,4F,4Lo,4T(フリップ,ループ,トウループの各4回転ジャンプ)の3種類になりそうです。地元の名古屋で開催されるファイナルで,羽生結弦 選手が欠場するとなれば,堂々と優勝を狙える状況ですので,そこにピークを持ってくるため,今大会はとにかくミスなく全体を整えることを意識すると思います。トータル300点に乗せて,安定感をアピールしたいところでしょう。

 ハビエル・フェルナンデス 選手(スペイン)は,中国大会まさかの6位でファイナルは絶望的ですが,優勝すればわずかに可能性が出てきます。とはいえ,ファイナル云々ではなく,自身の調子を上げることに尽きると思いますので,自国に近いフランスでどこまで戻せるかに注目したいです。1ミス程度で全体がうまくまとまれば復調したとみていいと思いますが,3ミス以上あるようだと五輪のメダルはかなり厳しくなるでしょう。

 今大会の男子は無風のはずが一変,ファイナル進出の鍵を握る大会になりました。アーロン(米),ビチェンコ(イスラエル),サマリン(ロシア),ヴィンセント・ジョウ(米)の各選手は,2位以内に入ればファイナル進出の可能性が出てくるので,かなり気持ちを入れて臨んでくるでしょう。中でも私は,ジョウ 選手が 4Lz(4回転ルッツジャンプ)を武器に若さと勢いで上がってくると期待しています。もし ジョウ 選手がファイナルに出場することになれば,世代交代を印象付けるものになるでしょう。

◆女子シングル

 メンバー発表の時点から,このフランス大会が鍵を握ると予想していましたが,そのとおりの展開になっています。三原舞依,ザギトワ(ロシア),オズモンド(カナダ),ソツコワ(ロシア)の4選手の対戦は,今年のシリーズで最もハイレベルな戦いになると思います。三原 選手は優勝すればファイナル進出をほぼ手中にできるので,今大会に賭けていると思います。SP(Short Program,ショートプログラム)の「リベルタンゴ」がどこまで仕上がるかが注目点ですが,昨季経験したここ一番の集中力が今大会で出れば,優勝の可能性はかなりあると私は思っています。ものすごい完成度の演技が観られるのではないかとワクワクしています。

 ソツコワ 選手は2位以内ならファイナル進出確定ですが,3位だとほぼ無理なので,2位以内を狙うことになりますが,三原 選手の優勝よりも難しいミッションだと思います。ただ,カナダ大会がトータル200点に届かなかったこともあり評価があまり高くありませんが,今季のプログラムは ソツコワ 選手にピッタリはまっているので,ジャンプの回転不足が解消して完璧に演技できれば,トータル215点くらい届く力はあり,ドラマが起きるかもしれません。

 ザギトワオズモンド の両選手は3位以内でファイナル決定,4位でもほぼ大丈夫なので,大崩れさえなければファイナル進出はできます。しかし,2人とも前の大会でミスが出たので,今大会は全体をノーミスでまとめたいと考えているでしょう。2人がノーミスで演技すると,三原,ソツコワ の両選手が2人を超えるのはかなり困難でしょう。

 私は,三原,ザギトワ,オズモンド の3選手が220点近いスコアで僅差の勝負になると予想します。ソツコワ 選手も210点に届くのではないかと思います。210点で表彰台に乗れないという,とんでもなくレベルの高い大会になるのではと楽しみにしています。

樋口・三原 明暗,フェルナンデス 不調【中国大会感想】

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 男子シングルは,6強の2人,ハビエル・フェルナンデス 選手(スペイン)と ボーヤン・ジン 選手(金博洋,中国)を追い越して,ミハイル・コリヤダ 選手(ロシア)が優勝をさらいました。SP(Short Program,ショートプログラム)にも入れた 4Lz(4回転ルッツジャンプ)が完璧に決まったのに加え他の要素も珠玉の出来で,スコアが100点を超えました。この貯金のおかげで,FS(Free Skating,フリースケーティング)でミスがあってもトータルでリードを守りました。

 コリヤダ 選手の 4Lz も,ジン 選手と同じように助走が少ないのに大きなジャンプで,とても見ごたえがあります。また,ジャンプのみならずスピンもステップも綺麗でありながら,振り付けに独特なものがあり,不思議な魅力がある選手です。名古屋のグランプリファイナルで生で観られる皆さんが羨ましいです。

 ジン 選手は,持ち味の4回転ジャンプが安定していませんね。2位だったのはラッキーでしたが,3A(トリプルアクセルジャンプ)が安定していたのが救いでした。男子でも意外と 3A に苦労する選手は多いので,3A が安定しているのは大崩れしにくいという点で大切です。FSで「スターウォーズ」を使うということで楽しみに観たのですが,正直なところやや期待外れという感想を持ちました。スターウォーズだとはっきりわかる音楽が最後のステップのところでやっと流れ,それまではスターウォーズらしさがあまり感じられない音楽でした。また,振り付けも音楽との一体感がさほど感じられず,このプログラムで PCS(Program Component Score,演技構成点)が伸ばせるのか,少し心配な気がします。ですが,ジャンプが全てきっちり入るとまた印象が変わるかもしれませんので,ジャンプの完成度が上がるのを待ちたいと思います。

 フェルナンデス 選手はかなり心配な状況ですね。ここ数年のグランプリシリーズでは,本調子ではなくても大ミスは少なく,表彰台どころか優勝を逃すこともまれだったので,明らかに例年より調整が遅れているようです。五輪本番はまだ先だから心配ない,と楽観することができないような状態であり,平昌五輪のメダル獲得にも黄信号が灯ったと考えざるを得ません。ファイナルで観られなくなりそうなのは残念な限りですが,その間に調子を戻すことを願っています。

 田中刑事 選手は,ケガ明けの影響はなさそうでした。SPのブルースナンバーはとてもいいですね。憂いを帯びた曲の方が,田中 選手の雰囲気に合っていると思います。FSもけっこうジャンプの抜けや転倒があった割には160点近い点数が出ているので,ベストな演技なら180点も狙えますね。代表3枠目の一番近い位置にいると言っていいと思います。

 シニアデビューで注目した ヴィンセント・ジョウ 選手(米)は,表彰台には乗れませんでしたが,攻めたジャンプ構成で魅せてくれました。FSでは 4Lz 2本(そのうち1本は後半)を含む3種類5本の4回転ジャンプを組み込み,さらに3連続ジャンプでは 宇野昌磨 選手と同じ,第3ジャンプに 3F(トリプルフリップジャンプ)を使うという,非常に意欲的なジャンプ構成です。4Lz は ジン 選手や コリヤダ 選手に負けない美しいジャンプで,特に着氷が綺麗ですね。ジャンプが全部揃うとかなり良いスコアが出るので,今後急成長する可能性が大いにあると思います。

 シリーズ最高の激戦となった女子シングルを制したのは アリーナ・ザギトワ 選手(ロシア)でした。SPで転倒しても優勝できるのですから,実力は本物でしょう。ジャンプを全て演技後半に入れ,3Lz+3Lo(3回転ルッツ→3回転ループの連続ジャンプ)といった超高難度ジャンプも組み込んでおり,基礎点は現役最強と思われます。私は技術力のあるスケーターが好きなんですが,ザギトワ 選手にはなぜかさほど魅かれません。FSで後半にジャンプが立て込んでいる感じに違和感を感じてしまいますね。とはいえ,シニアデビュー戦で優勝したのは見事ですし,今後の強敵になっていきそうです。

 ザギトワ 選手が転倒したことを思えば,樋口新葉 選手は今大会で彼女を破っておくべきでした。そうすればファイナル進出が確定しましたからね。でも,ほぼ完璧な演技での2位,しかもロシア大会から中1週しかなかったことを思えば,ミッションはクリアできたのではないでしょうか。今大会の演技は,すごく気持ちが乗っていたように見えました。シリーズ2試合目でプログラムが体になじんできたのでしょうね。とにかくプログラムはSP・FS共に 樋口 選手にとてもマッチしていますので,ファイナル(おそらく出場できるでしょう)や全日本選手権がすごく楽しみです。

 三原舞依 選手は不運でした。3位の ラジオノワ 選手とは1点未満の点差でしたからね。初戦の固さ(緊張よりも慎重さですね)があって,それがSPの連続ジャンプでの回転不足に出てしまった気がします。回転不足がなければ3位だったので,そこが悔やまれます。しかし,SP7位,総合4位という順位だけで 三原 選手を過小評価するようなことがあってはいけません。トータル200点超えて表彰台に乗れなかったのは 三原 選手が初めてですからね。本当なら 三原 選手が激戦を生み出すはずが,逆に激戦の犠牲者になってしまいました。SPのタンゴはまだまだ伸びしろがありますし,FSは本当に 三原 選手に合ったプログラムだということが今大会でもわかったので,次戦はかなりハイレベルなスコアになると思います。

 本田真凛 選手は,実力から考えれば2大会5位というのは上々の成績だと思います。今大会も,ファイナル進出はほぼ不可能という現実を見据えて,無理をせず演技全体を体に染み込ませていくことを意識していたように見えました。ピークを全日本選手権に持ってくればいいわけですからね。グランプリシリーズで爪痕を残したかったと思いますが,そんなに甘い世界ではないことを痛感したでしょう。こういう成績だとメディアがどう自分を扱うのかも見えてきます。チャレンジと継続性のバランス,周囲と自分のバランス,そういったものをこれからたくさん学んでいくと,本当の意味で強い選手になっていくと思います。

 中国大会は,戦前の予想どおり大激戦となりましたが,男子までこのような激戦・波乱になるとは思いませんでした。例年,ちょっとホッと一息つく大会だったのが一変,今季はグランプリシリーズの中でも大きな意味を持つ大会になるような気がします。

中国大会(中国杯,グランプリシリーズ第3戦)プレビュー

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◆男子シングル

 男子6強でシリーズに登場していない残り2人,ハビエル・フェルナンデス 選手(スペイン)と ボーヤン・ジン 選手(金博洋,中国)が出場します。悔いの残る4位に終わったソチ五輪から4年間,フェルナンデス 選手は同門生の 羽生結弦 選手と共に男子シングルのトップスケーターに君臨し続けました。ミュージシャン・映画・演劇といったエンターテインメント系のプログラムを演じれば,圧倒的な表現力でその世界観を存分に魅せてくれます。フェルナンデス 選手は国内無敵なので国内選考に神経を使う必要がなく,例年徐々にスコアを上げていきますので,今季もグランプリシリーズは調整試合でしょう。とはいえ五輪シーズンなので,今大会の仕上がり具合で五輪への本気度がわかると思います。

 ジン 選手は,宇野昌磨 選手や ネイサン・チェン 選手(米),さらには 羽生結弦 選手をも4回転戦争に引きずり込んだ,4回転ジャンプの開拓者です。私が福岡で生観戦した4年前のグランプリファイナルのとき,ジュニアで出場した チェン 選手が4回転ジャンプに苦戦したのに対し,FS(Free Skating,フリースケーティング)で4回転ジャンプを3本成功させたのが ジン 選手でした。彼の 4Lz(4回転ルッツジャンプ)は少ない助走で高さも幅もある,とても美しいジャンプで,これだけで ジン 選手を観る価値があります。しかし実際には表現力も豊かで,優しく時にコミカルな演技は,観る者に癒しを与えてくれるような気がします。どうも評価が不当に低いような気がしますが,世界選手権2年連続銅メダルが示すように大舞台に強く,ほぼ隣国で開催される五輪にうまくピーキングしてくると思います。ジン 選手も国内選考はさほど苦労しないので,今大会は調整試合ですが,自国なので気合いは入っていることでしょう。どんなプログラムでどんなジャンプ構成なのか,特にFSの「スターウォーズ」がとても楽しみです。

 田中刑事 選手ですが,ケガは問題ないと本人がコメントしていました。本当のところはともかく,どんな状況でもベストな演技を観たいですね。無良崇人 選手がもたついていますので,そういう敵の隙をきっちり突いていく図太さも求められます。

 他の選手で楽しみなのは,4Lz を習得し今季シニアデビューする ヴィンセント・ジョウ 選手(米)。今季は 羽生 選手をはじめ,4Lz を導入する選手が続出していますが,ジョウ 選手はとても質の高い 4Lz を飛ぶそうで,私はまだ観たことがないので早く観てみたいです。シニアデビューでハネる選手が出るとすれば,ジョウ 選手が筆頭候補と言えるでしょう。デビューですからエンジン全開で挑んでくると思いますので,フェルナンデス 選手と ジン 選手にどこまで迫れるか要注目です。

◆女子シングル

 シリーズ最強の対戦カードになりました。三原舞依ザギトワ(ロシア),トゥクタミシェワ(ロシア),デールマン(カナダ)の4選手が初戦を迎え,ここに早くもシリーズ2戦目となる 樋口新葉本田真凛ラジオノワ(ロシア)の3選手も登場。この7選手全員,トータル200点超え経験者(本田 選手はジュニアでの記録)というとんでもなく豪華な大会です。中国大会にこれだけ有力選手が集結したことが今までにあったでしょうか。こんなに見ごたえのある大会を,しかも時差がないのにテレビ朝日はなぜ生放送しないんだ!と思いますけどね。

 おそらく,この中から 三原,樋口,ザギトワ の3選手が表彰台に上がるでしょうが,順位がどうなるかはとても重要です。最も順位に敏感になるべきなのは 樋口 選手で,優勝ならグランプリファイナル出場がほぼ叶うと思いますが,2位だと微妙,3位だとほぼ絶望になります。ロシア大会から中1週というハードスケジュールですが,ファイナルまで中4週空きますし,移動時差も小さいので,優勝を狙って全力で臨むべきです。1度演じて注意すべきポイントもわかっているはずなので,全要素 GOE(Grade Of Execution,出来栄え点)プラスの演技ができれば優勝も十分狙えます。

 三原 選手は,メドベージェワ 選手追撃の一番手になるのではないかと感じています。ジャパンオープンで観たFS(Free Skating,フリースケーティング)のプログラムは,伸びやかで清らかで,三原 選手の良い所を存分に引き出しています。プログラムが本人にとてもマッチしていて,表現力も完全にシニアレベルになっていますので,PCS(Program Component Score,演技構成点)が一気に上がっていきそうな予感がしています。今大会では着実な演技をしてトータル215点に到達できれば好スタートと言えると思いますが,シーズン序盤なので回転不足が出ないかが少し気がかりです。

 シニアデビューにして大きな注目を集めるのが,昨季ジュニアチャンピオンの ザギトワ 選手。同門生の メドベージェワ 選手と同様にジャンプの精度が高いので,安定して高得点を出せると思います。ただ,現時点では PCS がさほど高くないので,ミスが出ると意外にスコアが伸びないでしょう。ですから,三原・樋口 両選手が質の良い演技をすれば ザギトワ 選手の上に来る可能性は十分にあります。

 仲の良い トゥクタミシェワラジオノワ の2人のロシア勢がどこまで取り戻してくるのかも興味深いところですが,世界最高峰のレベルは2人の手の届かないところに行きつつある気がします。ただ,完璧な演技ができればスコアは付いてくると思いますので,2人の本気の演技を観られることを願っています。

 本田 選手はカナダ大会でシニアの厳しさを味わいました。連闘だからこそ,その悔しさを力に変えて,開き直って今までの自分を超えていくような演技ができれば,すごいことが起きるかもしれません。順位はともかく(私が勝手に設定した)超一流ラインであるトータル210点を出しておきたいところです。

 トータルスコア200点超えが,ロシア大会では3人,カナダ大会では1人でしたが,この中国大会では5~6人出る可能性があります。グランプリシリーズ序盤の緊張感も徐々に解けてくる頃なので,ハイレベルな争いを期待してよいと思います。

1ヶ月前のフィギュアスケート世界選手権展望

 先々週,四大陸選手権が行われ,シーズン終盤の状況が見えてきました。世界選手権がどんな大会になりそうか,気が早いですが今からスポーツ雑誌風に占ってみたいと思います。


【男子】

 優勝争いは,羽生結弦,宇野昌磨,ハビエル・フェルナンデス(ESP),ネイサン・チェン(USA)の4選手の争いになるだろう。

 その最右翼はやはり 羽生結弦 である。全員がベストな演技をした場合,SP (Short Program),FS (Free Skating) どちらも最高得点を出せるのは 羽生 であり,その意味で優勝に最も近いのは間違いない。ただ,気がかりなのは,FS 後半最初の4回転サルコウ+3回転トウループのコンビネーションジャンプが,四大陸選手権でもグランプリファイナルでも成功しなかったことだ(四大陸選手権では SP でもこのコンビネーションジャンプに失敗)。4回転ループを入れて4回転ジャンプの本数を増やしたことで,そのしわ寄せが演技後半のジャンプに及んでいるとの指摘もあるが,四大陸選手権では,予定していなかった "後半4回転トウループ2本" を成功させたことから,体力面の問題ではないことは明らかだ。おそらく,音楽の細部に敏感な 羽生 にとって,音楽の流れとジャンプがかみ合っていないことが問題なのだろう。あと1ヶ月でこのチューニングを完成させられるのか,FS 後半最初のコンビネーションジャンプが注目点だ。

 四大陸選手権は,平昌五輪と同じリンクを経験することが目的であり,順位は気にしていなかったはずだ。完全な演技ではなかったにもかかわらず チェン との差がほとんどなかったのは収穫だと感じているだろう。ピークを世界選手権に持っていくことは今シーズン最大のテーマ(別記事参照)であり,宇野 や チェン の実力や フェルナンデス の今季の調子を考えると,世界選手権は当然勝つべき大会である。逆に負けるようなことがあれば,平昌五輪に暗雲が漂うことになるだろう。

 グランプリファイナルに続き,四大陸選手権でも 羽生 と チェン の後塵を拝した 宇野昌磨 は,内心では悔しい想いを抱きながらも,それによってモチベーションが維持されるのは好材料だ。四大陸選手権では,SP でジャンプを全て成功させ初の100点台を達成,FS では4回転ループジャンプを成功させ,一歩一歩着実に進化している。4回転ループは 羽生 が先にプログラムに組み込んだこともあり,宇野 の4回転ループの成功はさほど話題になっていないが,実はかなり意味があると私は考えている。4回転ジャンプの種類を書き並べてみると,それが見えてくる。

  • 宇野: 4F, 4T, (4Lo)  (  ):四大陸選手権で追加
  • 羽生: 4Lo, 4S, 4T
  • チェン: 4Lz, 4F, 4S, 4T

 4回転ループを入れる前の 宇野 は,チェン が飛べるジャンプ2種類しか飛べていなかった。4回転フリップは 宇野 が最初に飛んだが,チェン がすぐに追いついてきたためアドバンテージを失ったのだ。しかし,4回転ループを入れたことで,チェン が飛べないジャンプを入れ,4回転ジャンプの組み合わせにオリジナリティーが生まれた。また,羽生 が飛べるジャンプを入れて 羽生 と同じ種類数になったことで「羽生 に肩を並べた」という印象を与えることができた。宇野 は4回転サルコウジャンプの導入も視野に入れているという。五輪シーズンにそこまで到達するかは未知数だが,もし到達すれば,羽生 が飛べるジャンプを全て入れた上でジャンプの種類数は超えるので「羽生超え」という印象を与えることになり,これは強烈なインパクトになる。

 私は,宇野 が4回転ジャンプを4種類にする必要はないと考える。4回転ループもシーズン途中から入れているものであり,まずは3種類の4回転ジャンプの精度を高めることが先決だろうし,五輪シーズンになってから新たなジャンプを入れるのはリスクが大きいので,五輪は現在の3種類で臨むべきだと思うし,それでも金メダル争いの勝機は十分にある。それに向けて,世界選手権では,チェン の華やかなジャンプ構成に惑わされることなく,現在のジャンプ構成の完成形を披露できれば,表彰台どころか優勝も十分にありうる

 ハビエル・フェルナンデス(ESP)は,今シーズンは昨季ほど素晴らしい出来ではないが,それでもヨーロッパ選手権をきっちり5連覇し,世界選手権は3連覇を狙う。4回転ジャンプを FS で4本以上入れる風潮が強くなる中,昨季同様4回転3本のまま高い完成度で勝負する戦略は実に手強い。宇野 や チェン が成長著しいとはいえ,フェルナンデス が 羽生 対抗の一番手であることは揺るがない。例年,世界選手権はきっちり仕上げてくるが,今季の調子,宇野 や チェン ら若手の台頭,3連覇への重圧を考えると,今年は少し難しい戦いを強いられるだろう。

 グランプリファイナル2位,全米選手権と四大陸選手権の優勝で,一気に注目を集める ネイサン・チェン(USA)。チェン の評価に関しては「羽生 危うし」「まだまだ 羽生 の域ではない」など両極端な論調が目立つが,どちらも的確ではない。SP と FS が失敗なく実施できた場合,羽生 は合計 320 点に届くが,チェン は合計 310 点程度で,これが出来栄えやミスによって上下することになる。この点数の差は実力が並んだとまでは言えないが,けして楽観もできない。

 チェン はジャンプだけでトータルプログラムとしては弱い,といった評価があるが,その見方は過小評価だ。バレエの心得がある チェン の表現力は大会のたびに良くなっており,芸術点に相当する PCS (Program Component Score) の点数もどんどん上がっている。羽生 や 宇野 を見慣れている我々にとって チェン の演技はたしかに物足りなく感じてしまうのだが,羽生 や 宇野 の表現力が超一流レベルなのであり,チェン の表現力も既に一流のレベルに到達している。世間の風評よりも PCS の差は小さいと思った方がよいだろう。

 チェン の4回転ジャンプは成功確率が高く,転倒や抜けの可能性はほとんどないが,GOE(Grade Of Execution,出来栄え点)はさほど高くない。ジャンプの基礎点はたしかにすごいのだが,技術点にあたる TES (Technical Element Score) は GOE によってかなり上下するので,ジャンプの完成度も重要である。羽生 や 宇野 は,ジャンプの失敗・転倒があるものの,成功したときは完成度が高いので GOE が高くなるのだ。つまり,技術点の差は世間で報じられているような脅威とまでは言えないだろう。

 ソチ五輪プレシーズンの 羽生結弦 と パトリック・チャン(CAN)の差は,現在の 羽生 と チェン の差よりもっと開いていた。ということは,チェン が平昌五輪で金メダルをとっても何ら不思議ではないが,ソチ五輪では 羽生 よりも チャン のミスが多かっただけで,普通の出来なら チャン が金メダルだったことを忘れてはならない。このときの 羽生 は,10代でありながらシニア4年目であり,そこまでの積み上げがあったが,まだシニア1年目の チェン は,羽生 に追いつきそうに思えても,実はこの差を詰めるのが案外難しいことを,これから平昌五輪までの間に感じることになるだろう。その前哨戦となる世界選手権は チェン が 羽生 にどこまで迫れるかが注目点だが,チェン にとっては,技術面では GOE や PCS をどこまで高められるか,メンタル面では追う立場の勢いや重圧にどう向き合うか,その両面が問われる大会になる。

【女子】へ続く

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