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メドベージェワ

地の利を生かせず 表彰台は遠く 【世界フィギュア2019感想:女子シングル】

 私の予想(という名の願望)はことごとく外れ,女子シングルは一人も表彰台に乗れず,男子シングルは私が優勝を予想した 宇野昌磨 選手はメダルを逃し,苦戦を予想した 羽生結弦 選手が日本選手唯一のメダルを獲得しました。予想を外したからではなく,各選手の心情を思うと悔しい気持ちでいっぱいになってしまいます。

 女子シングルは,順位だけ見て日本選手の力不足という論評をするのは気の毒です。2位と5位のスコアは2点未満。1つミスすれば4点以上点数が変わる女子において,2点というのは差のうちに入りません。この点差でメダルを逃すのは,運が悪かったとしか言いようがなく,しかも5位の 坂本花織 選手は 222 点台,4位の 紀平梨花 選手に至っては 223 点台でもメダルが獲れませんでした。平昌五輪のとき 222 点台でメダリストになれなかった 宮原知子 選手を思い出してしまう状況です。なんとかしてメダリストになってもらいたかったですし,メダリストと同等のスコアを出したことには胸を張ってほしいです。

 しかし,だからこそ当の選手たちは悔しい思いをしているでしょう。メダルを逃す原因は自分たちのミスによるものだからです。ミスがなければ 紀平,坂本 両選手は表彰台に乗れました。2位の トゥルシンバエワ 選手(カザフスタン)と3位の メドベージェワ 選手(ロシア)は,SP(Short Program,ショートプログラム)もFS(Free Skating,フリースケーティング)もミスがありませんでした。ミスをするとスコアが低くなる,それが今シーズンのスコアルール改定の肝ですから,正にそのとおりの結果が出たわけです。

 紀平 選手は,生命線である 3A がSPとFSの計3本のうち1本しか成功しませんでした。これでは表彰台を逃すのも致し方ないことだと思います。シニアデビューシーズンは,ずっと活躍していたのに世界選手権で息切れすることがあり,過去には 宇野 選手や ネイサン・チェン 選手(米)もそれを経験しています。紀平 選手はその罠にハマることはないと私は思っていましたが,デビューシーズン大活躍の期待感に日本開催(しかも観客が1万人以上入るさいたまスーパーアリーナという大箱)が重なり,舞台が揃い過ぎたことが 紀平 選手を微妙に狂わせてしまったのかもしれません。

 坂本 選手はFSの 3F でミスが出ましたが,3F は 坂本 選手が最も得意な3回転ジャンプであり,めったにないミスによってメダルを逃したのですから,坂本 選手のショックは計り知れません。四大陸選手権では,3F の直前に飛ぶ 2A+3T+2T という,これまた得意かつ得点源のジャンプでのミスでメダルを逃していたので,今回はその 2A+3T+2T が成功したことで,ホッとした気持ち,あるいは得意なジャンプだからこそ失敗してはいけないという意識が出てしまい,平常心で 3F に入れなかったのかもしれません。SPが完璧と言っていい出来だっただけに,そのミス1つだけで表彰台をも逃すというのは,天国から地獄という言葉が大げさとは思えないほどの,あまりに厳しい結果でした。

 宮原 選手は,SPの回転不足が偶発的なものだったことをFSで証明しました。FSでは回転不足が全くない,技術面ではパーフェクトな演技でした。私は,SPの回転不足がFSに影響するというたいへん失礼な予想をしてしまったのですが,宮原 選手の修正能力に改めて感嘆いたしました。ただ,仮にSPの回転不足がなかったとしても,表彰台には乗れなかったと思います。今大会では,表現面が今までの 宮原 選手よりわずかに見劣りする感じがあり,PCS (Program Component Score,演技構成点)でやや差が出てしまったからです。PCS が低めだった要因は,日本開催の世界選手権への緊張と,回転不足を防ごうとジャンプへの意識がやや強くなってしまったことにあるのではないかと推察いたします。

 強力な布陣の日本選手を抑えて優勝したのは,実力を出し切った ザギトワ 選手(ロシア)でした。私は,今シーズンの苦難が世界選手権まで続くと予想しましたが,結果は逆でした。演技は完璧ではなかったものの,ミスなくきっちりまとめました。昨シーズンはクールで精密機械のような印象もありましたが,今大会はジャンプを絶対に決めるんだという,人としての強さが感じられるような演技でした。シーズンの不調を世界選手権で払しょくするシーンはここ数年の世界選手権ではなかったことであり,ザギトワ 選手の本当の強さを目の当たりにしました。

 ザギトワ 選手が所属する トゥトベリーゼ コーチのチームでは,メドベージェワ 選手が抜けたことで ザギトワ 選手が一枚看板として注目を集める一方で,ジュニア世界選手権の金・銀メダリストも在籍するなど,著しい若手の突き上げがあります。ザギトワ 選手は,世界選手権の成績によっては,五輪女王でありながら冷遇されかねない状況に追い込まれていたと言えます。今回の優勝によって早くも引退がありうるのでは,と推測する外国のメディアもあるようですが,ロシアの若手は4回転ジャンプの確率がかなり高く,彼らがシニアに上がってくると ザギトワ 選手でも厳しい戦いになることから,そのような報道が出るのでしょう。彼女はまだ16歳。引退がささやかれるとはあんまりだと思いますが,今シーズンを逃すと今後いつ金メダルが獲れるかわからない,そういう危機感が ザギトワ 選手にあったことは間違いないでしょう。

 2位に入った トゥルシンバエワ 選手は,SPが今までとは別人のように生き生きとした演技だったので,FSの 4S が成功するのではないかと私は予感していました。冒頭の 4S が成功したことでFSは完全に波に乗りました。こんなにしなやかで表現豊かな トゥルシンバエワ 選手を初めて観ました。PCS が1項目平均9点台に急伸したことで銀メダルを獲得しましたが,納得のスコアだったと思います。ブライアン・オーサー コーチに師事していた昨シーズンまでは,サイボーグ的な印象が拭えませんでしたが,今シーズンから トゥトベリーゼ コーチの元に戻り,トゥルシンバエワ 選手の気性の強さがハマったのでしょう。また,昨年暴漢に襲われ急逝した母国のソチ五輪銅メダリスト デニス・テン さんに捧げる気持ちの強さもあったと思います。彼女の素晴らしい演技には,テン さんのご加護があったようにも感じましたね。

 その トゥルシンバエワ 選手と入れ替わる形で,今シーズン,オーサー コーチの元に移った メドベージェワ 選手も,今シーズンの不調から甦り表彰台に乗りました。紀平,坂本 両選手のミスによって転がり込んできた銅メダルではありましたが,ギリギリで出場を決めた世界選手権で結果を出すのは,やはり並大抵のことではありません。このような形でシーズンを締め括り,今後の復活に向け大きな自信を得たと思います。

 表彰台に乗った3選手の演技で感じたことは,気持ちの強さが前面に出ていたことです。今までの彼らは,正確無比でミスが極めて少ないという演技の完成度で勝負してきました。ところが,今回の世界選手権は違いました。ジャンプの着氷でぐらついたりもしていたのですが,「絶対に成功させるんだ」という集中力でジャンプを飛んでいたように私の目には映りました。それは私の思い込みかもしれないのですが,そう感じずにはいられませんでした。

 きっと彼らは,背負っているものがとても大きかったんだと思います。五輪シーズンの絶頂から1シーズンで滑り落ちそうになっていた ザギトワ 選手。コーチを変えたことによる周囲の雑音を払いのけたかった トゥルシンバエワ,メドベージェワ の両選手。世界選手権で結果を出さなければ,今まで築いてきたものが崩れ落ちてしまう,そんな危機感が彼らを甦らせたのだと感じます。しかし,危機感だけで勝てるほど今のフィギュアスケートは甘くありません。追い込まれた状況でも優れたパフォーマンスを出せるだけの技術を持っているんですね。わずか2点のスコアの差,メダリストとメダルを逃した選手との差は,詰まるところその技術の差だということになるのです。

 日本の3選手は,そこまで大きなものを背負っていませんでした。母国開催で世界女王に「なりたい」という気持ちは強かったと思いますが,世界女王を「獲らねば」というほどではなかった。極限の緊張の中で,その差がミスという形で現れてしまったのかなと思います。日本開催に関しては,日本の観客は海外の選手にも分け隔てなく声援を送りますし,ザギトワ 選手や メドベージェワ 選手は日本が大好きですから,彼らが不利を感じることはほとんどなかったはずで,日本選手が母国開催という地の利をさほど享受できなかったと言えます。さいたまスーパーアリーナは世界的に見ても最も観客数が多い会場であり,会場の熱気がすごいことに加えて,試合が進むにつれて氷の状態が刻々と変わったそうです。大箱の緊張と氷の変化の両方に対応しなければならなかった点は,経験値が高い選手を利することになったかもしれません。

 なぜミスが出たのか,各陣営はよくわかっていると思います。紀平 選手は 3A の成功確率をもっと上げていくことに尽きるのですが,今シーズンのSPは,紀平 選手にとって 3A を飛びづらい音楽だったのではないかと私は推察しています。なので,来シーズン音楽が変われば状況は好転するでしょう。坂本 選手は,ここ2年間の全日本選手権では素晴らしい演技を見せていますので,緊張感がミスを誘発するという単純な話ではありません。全日本選手権のようなパフォーマンスを,国際大会でも披露するにはどうすればよいかを突き詰めていくことが求められます。

 今シーズンは五輪の翌シーズンであり,北京五輪はまだ先だからこの結果で十分,という考えがあるとしたら私は賛同しかねます。1年1年のグランプリファイナルや世界選手権の結果こそが競技スケーターにとって大切だと思うからです。五輪は4年に一度のお祭りであり,メダルを獲るにはそのときの好不調や運も関係してきます。五輪のメダリストが過度に評価されるのではなく,1年1年の実績が評価されるべきです。世界トップの大会(世界選手権,五輪シーズンは五輪)で ザギトワ 選手が2連覇,メドベージェワ 選手が4年連続表彰台に上ったことは,五輪のメダリストであることよりも輝かしい実績だと思います。日本選手は,母国開催のチャンスを生かせず表彰台を逃したことを,五輪で力を出せなかったことと同じくらい大事なこととして受け止めてほしいです。

 とはいえ,紀平,坂本 両選手がメダリストと同等の力を示したことも,紛れもない事実です。紀平 選手は,3A 以外のジャンプ・スピン・ステップが高い完成度だったことは素晴らしかったです。坂本 選手は,スケーティングが格段に美しくなり,FSでは PCS が1項目平均9点を超えました(坂本 選手にとって国際大会初)。PCS だけ見れば,メドベージェワ 選手より高い評価を受け,ザギトワ 選手に次ぐ2位でした。これは 坂本 選手にとってはとてつもなく大きな自信になったと思います。

 日本の選手たちは,これらの成果を糧としつつ,この悔しさがバネになることでしょう。母国開催のメダルを逃したことは苦い経験ではありますが「この経験があったから強くなれた」と言えるような活躍を来シーズン以降期待したいと思います。

世界フィギュア2019 プレビュー 【スポーツ雑誌風】

 さいたまスーパーアリーナで開催される,フィギュアスケート世界選手権の見どころと勝負の予想をスポーツ雑誌風に記します。


◆男子シングル

 優勝争いは,羽生結弦宇野昌磨ネイサン・チェン (米)の3選手が有力で,ヴィンセント・ジョウ (米),ボーヤン・ジン (金博洋,中国)らが表彰台を狙う。彼らの4回転ジャンプはSP(Short Program,ショートプログラム)で2本,FS(Free Skating,フリースケーティング)で4本と横並び(→ジャンプの分析:本ブログ過去記事参照)なので,本番の演技の完成度が勝敗を分ける。

 中でも最も優勝に近いのが 宇野昌磨 だ。世間の下馬評は 羽生 や チェン の声が多いかもしれないが,私は 宇野 に勝機ありと見ている。2月の四大陸選手権で,ケガを抱えながらFSの今シーズン世界最高得点を叩き出して優勝したことは,宇野 にとって大きな自信となり,主要国際大会6大会連続2位から脱したことで胸のつかえも取れただろう。今シーズンは,周囲の期待に応え勝ちにこだわる姿勢を貫いており,日本開催の地の利も生かし,初めて 羽生 を破って初優勝という大願成就を果たしたい気持ちは誰よりも強いだろう。安定感やピーキング能力はここ3シーズン発揮されており,SPとFSが両方ノーミスで実施できれば初の世界王者を手にするだろう。

 羽生 はケガ明け4ヶ月ぶりの実戦であり,ノーミスは可能かもしれないが,完成度の高い実施は難しいだろう。平昌五輪の再現を期待するファンは多いが,五輪という特別な舞台であり,過去のプログラムの再演だった 平昌 の状況とは異なり,今シーズンはプログラムを試合で滑る機会が少なかったので,いくら練習で好調だったとしても,いきなり世界選手権で完成度を高めるのは難しいと予想する。SPは大丈夫と思うが,FSは転倒や回転抜けが無ければ上出来と考えた方がよいだろう。

 チェン は今シーズン絶好調で,SPとFSを完璧に揃えた1月の全米選手権の出来が再現できれば間違いなく優勝できる。ただ チェン は,2017年の世界選手権,2018年の平昌五輪と2年続けてシーズン終盤の大舞台で優勝はおろかメダルさえも逃しており,大舞台で力を発揮する技術とメンタルが試される。不得手の 3A の出来が勝負を分けるかもしれない。

  • 私の順位予想 … 1位: 宇野,2位: チェン,3位: 羽生
  • 全員完成度が高い場合 … 1位: チェン,2位: 羽生,3位: 宇野

◆女子シングル

 日本選手の表彰台独占という夢のような光景が見られるかもしれない。その可能性が60%くらいあると思う。スコアの観点では,紀平梨花 を ザギトワ (ロシア)が追いかけ,さらにその後ろに他の選手が僅差でひしめく状況(→ジャンプの分析:本ブログ過去記事《日本選手ロシア選手》参照)だが,日本3選手の地力・地の利と,ロシア選手の今シーズンの停滞を考えると,日本選手の表彰台独占の可能性はけして贔屓目ではない。

 優勝候補の筆頭はもちろん 紀平梨花 である。技術点が抜群に高く,PCS (Program Component Score,演技構成点)も ザギトワ と肩を並べトップクラス。状況に応じて,ジャンプの難度を落としたり,その場で構成を変更する対応力も過去の試合で証明済みだ。日本開催が逆プレッシャーとなり,シーズンの最後に息切れという可能性もゼロではないが,今シーズンはSPとFSのどちらかにミスが出ており,この大舞台で両方ノーミスでの実施を強く誓っているはずだ。SP 80 点FS 160 点計 240 点という驚異的な得点を期待せずにはいられない。

 全日本を制した 坂本花織 は,優勝を狙うと公言している。これほどはっきり優勝を口にすることは珍しく,並々ならぬ決意がうかがえる。四大陸選手権で優勝を狙うもメダルを逃す経験をしたことで,無心で試合に臨むことの大切さを再認識できたことも好材料だ。完璧な演技ができれば GOE (Grade Of Execution,出来ばえ点)も PCS も高騰する可能性はあり,紀平 にミスが出れば 坂本 が女王の座を射止める可能性が高い。

 世界選手権の銀と銅のメダルを持つ 宮原知子 も,金メダルを渇望している。全日本選手権から3ヶ月,プログラム細部の精緻化と,ジャンプの回転不足の解消に取り組み,演技全体を研ぎ澄ませてきただろう。シーズン途中では細かいミスがあっても,世界選手権や五輪の大舞台で完成形を披露しシーズンベストを更新する,これが 宮原 の例年の姿だ。今シーズン,全日本選手権では若手2人の突き上げを受けているが,先輩のプライドにかけて,日本開催である今年の世界女王は是が非でも手にしたいところだ。ミスがないことにはもはや驚かないが,全てが完璧に演技できれば優勝に手が届くだろう。

 ここ数年,日本勢より力が上だったロシア勢だが,今シーズンは様相が異なる。五輪女王 ザギトワ,欧州女王 サモドゥロワ に加え,世界女王2連覇の実績を持つ メドベージェワ も参戦し,名前だけを見れば手強い相手に思える。しかし,今シーズンのロシア勢は完全に追う立場にいる。

 ザギトワ の不調は,五輪女王の重圧,身長の伸びなど様々に報じられているが,私が感じる要因は「FSの選曲」と「紀平 の急成長」である。ザギトワ のFSは「カルメン」。この曲は五輪で演じることを ザギトワ 自身が希望したものの,エテリ・トゥトベリーゼ コーチが賛同しなかったと言われている。五輪女王になったこともあり「カルメン」の採用を許したのだろうが,五輪女王とはいえまだ16歳,風格があるタイプではない ザギトワ にとって「カルメン」のスケール感を表現するには時期尚早という印象だ。ジャンプもどこか飛びづらそうに見えるのは,ジャンプが曲にうまくハマっていないからかもしれない。

 紀平 の急成長に関して,3A によって技術点を高めてくることは予期できても,PCS が自分に追いついたことは予想外だっただろう。グランプリファイナル完敗の衝撃(→本ブログ過去記事)の大きさは,その後のロシア選手権(5位)とヨーロッパ選手権(2位)が物語っている。ノーミスは当然で完璧な演技でなければ世界女王は取れない,という状況に追い込まれたことが ザギトワ の焦りを生み,演技の綻びをなかなか塞げずにいる。表彰台に乗れるかどうかの厳しい試合になると私は予想するが,今シーズンの不調を払拭する演技ができれば,当然優勝争いに加わってくる。

 むしろ,ネームバリューはロシア勢で最も低い サモドゥロワ が,表彰台の可能性としては最も高いと私は考える。シニアデビューの今シーズン,グランプリファイナルに出場(5位)し,ヨーロッパ選手権で ザギトワ を破って優勝したことで,世界選手権の切符をつかんだ。ヨーロッパ選手権は欧州各国では権威のある大会であり,ここでの優勝は我々が思う以上に大きな自信になっているはずだ。FSの「バーレスク」は サモドゥロワ によく合ったプログラムなので,完璧な演技なら,日本勢の表彰台独占を阻む役を担うかもしれない。

 直前の国内選考で出場をつかみ取った メドベージェワ は,大好きな日本での出場に安堵していると思うが,昨シーズンまでの実力は現在の彼女にはない。コーチを トゥトベリーゼ からロシア国外の ブライアン・オーサー に変更し,全く違う生活・練習環境に慣れるだけでも大変な作業なのに,さらにスケートも全てを一から再構築しているのだから,今回は出場できたことが奇跡的なのだ。私は,以前の メドベージェワ は PCS が高過ぎると感じていたので,現在のスコアは妥当な水準だと感じている。ここから再び頂上をめざしていく上で,今大会は メドベージェワ が何合目まで上ってきたかがわかる試合になる。だがもちろん,メドベージェワ 自身は出場だけで満足と思うはずがない。順位はともかく,完璧な演技で自身が進む道の正しさを証明してほしい。

 ここ数年の世界選手権を見ると,それまで順調だった選手が力を発揮できないことは時々あるのだが,不調だった選手が甦ることはほぼない。フィギュアスケートは現在の採点方式が導入されたことで,ネームバリューで戦える世界ではなくなった。ザギトワ や メドベージェワ の経験や舞台度胸は脅威だが,それでシーズンの不調をカバーできるほど甘くはない。仮に 紀平 選手が崩れた場合は,坂本,宮原 のどちらかが世界女王初戴冠となるだろう。

  • 私の順位予想 … 1位: 紀平,2位: 坂本,3位: 宮原
  • 全員完成度が高い場合 … 1位: 紀平,2位: ザギトワ,3位: 宮原

ジャンプ戦略考察:女子シングルロシア選手編

 フィギュアスケートの世界選手権の開催が近づいてきました。そこで,出場選手がどんなジャンプを選んでいるのかを見ていこうということで,前回は女子シングル日本選手のFS(Free Skating,フリースケーティング)のジャンプ構成を紹介しましたが,今回は優勝争いの相手となるロシア選手のFSのジャンプ構成を見ていきましょう。

 まずは,平昌五輪女王 ザギトワ 選手です。

figureSkateScoreZagitova

 表の見方は前回の記事を参照してください。ザギトワ 選手の11本のジャンプは,平昌五輪のときと同じです。五輪のときは,全てのジャンプを演技時間後半に入れ7回のジャンプの基礎点を全て1.1倍にするという荒業でスコアを最大化しましたが,今シーズンのスコアルールの改定により,点数が1.1倍になるボーナスタイムは演技時間後半のうち最後の3回だけに制限されました。それでも,ザギトワ 選手のスコアを高める戦略は相変わらずで,連続ジャンプ2回と(単独ジャンプでは最も基礎点が高い) 3F をボーナスタイムに持ってきています。連続ジャンプを3回全て持ってきたかったと思いますが,それだと前半に単独ジャンプが続き退屈なので,前半に 3Lz+3T を入れてメリハリを付けたと考えられます。

 3Lz と 3F が2本ずつというのは ザギトワ 選手のジャンプ能力の高さを示しています。当ブログでたびたび話題にしていますが,女子選手は Lz と F の飛び分けに苦労する選手が多く,一方は得意でも他方は苦手という選手が多いのです。そういう選手は,得意な方を2本入れ,苦手な方は1本しか入れないのが通例です。ですから,3Lz と 3F を2本ずつ入れるのはなかなかできないことですし,3Lz と 3F は他のジャンプより基礎点が高いので,スコア戦略の面でもとても有効です。

 しかしながら 3Lz と 3F を2本ずつ入れただけでは,意外とスコアが伸びないのです。「3回転以上のジャンプで2本入れられるのは2種類まで」というルールがあるので,他の3回転ジャンプ(3Lo,3S,3T)が1本ずつしか入れられません。これだと2回ある2連続ジャンプを両方 +3T にすることができないので,2連続ジャンプの一方を +2T にせざるを得なくなります。+2T を使うくらいなら,3Lz か 3F を1本に減らして,+3T を2本入れた方がスコアが高くなるのです。そこで ザギトワ 選手は,3Lo を第1ジャンプではなく第2ジャンプに使う,つまり +3Lo を入れています。+3Lo は,単に +3T より点数が高いというだけではなく,3Lz と 3F を2本ずつ入れるメリットを生かすためでもあるのです。

 しかし,第2ジャンプを +3Lo にするのは非常に難易度が高いです。+3T は第1ジャンプを右脚(リバースジャンパーは左脚)で着氷した後,空中にある左脚(リバースジャンパーは右脚)のトウ(つま先)で氷を蹴って第2ジャンプを飛ぶので,ジャンプの推進力が得られます。一方,+3Lo は第1ジャンプを着氷した右脚エッジ(刃)で氷を蹴って第2ジャンプを飛ぶので,+3T より推進力が落ちます。なので,+3T よりも第1ジャンプをクリーンに着氷しないと +3Lo が失敗したり回転不足になる可能性が高いのです。その割に +3Lo は +3T より 0.7 点高いだけなので,そこまでリスクを負って +3Lo を入れる選手がほとんどいないのです。以前は 浅田真央 さん(ソチ五輪で 3F+3Lo)以外プログラムに入れる選手はいませんでしたが,最近は ザギトワ 選手のほかにも,テネル 選手(米)や何人かのジュニアの選手が取り入れています。

 3Lz と 3F の各2本投入,+3Lo の採用,この2つを同時に実行する ザギトワ 選手のジャンプ能力は極めて高く,3A を飛ばないという条件下で最高のスコアになるジャンプ構成を実現しています。あえて私見として難点を挙げるならば,平昌五輪では 2A+3T だった連続ジャンプを,今シーズンは 3Lz+3T にしていることです。これだと,3Lz は2本とも連続ジャンプ,2A は2本とも単独ジャンプなので,3Lz の依存度が高く,やや偏った構成になっているので,平昌五輪のジャンプ構成の方が,バランスが取れていて良かったなぁと感じます。とはいえ,今回の構成も超ハイレベルであり,世界選手権では完璧な演技を観たいと願っています。

 続いては,ヨーロッパ女王に輝いた サモドゥロワ 選手です。

figureSkateScoreSamodurova

 3F と 2A の依存度が高いという点で,坂本花織 選手と類似したジャンプ構成になっていますが,2A2本とも連続ジャンプで,しかも両方ともボーナスタイムに入れている点で,2A をより重視した構成です。連続ジャンプは3回転に付けようが 2A に付けようが基礎点は同じなので,ジャンプの難度を下げてもスコアは稼げるというなかなか巧みな戦略です。ただ,アクセルジャンプは男女を問わずさほど得意ではない選手が多く,しかも 2A+3T は第2ジャンプの方が回転数が多いというなかなか手ごわい連続ジャンプなので,2A を2本ともボーナスタイムの連続ジャンプにするには,2A に絶対の自信が必要です。サモドゥロワ 選手はアクセルジャンプが得意だということがよくわかりますね。

 最後は,滑り込みで世界選手権の出場を果たした メドベージェワ 選手です。

figureSkateScoreMedvedeva

 このジャンプ構成は,昨年末のロシア選手権で実施されたものですが,それ以前の大会とはジャンプ構成が異なっているので,世界選手権でもこれとは異なる構成になる可能性はありそうです。一見 +3Lo が目を引きますが,ジャンプの種類は平昌五輪とほとんど変わっておらず,2本あった +3T の1本が +3Lo に変わっただけです。

 メドベージェワ 選手も Lz が苦手なので,3F を2本にしています。連続ジャンプが 3F+2T+2T なんですが,+2T+2Lo が通例のところ,それより基礎点が 0.4 点低い +2T+2T を入れています。3S+3Lo は今シーズンのチャレンジですが,第1ジャンプは比較的飛びやすい 3S を使っています。ボーナスタイムは 2A+3T, 3F, 2A の3回ですが,2A が2本,2連続ジャンプ1回,3連続ジャンプなしという堅実な選択です。これらからわかることは,メドベージェワ 選手のジャンプは基礎点の高さに頼らず,全てのジャンプを確実に飛んで GOE (Grade Of Execution,出来ばえ点)を高める戦略を採っているということです。

 メドベージェワ 選手は,ジャンプを含む全ての要素を完璧に実施し,ミスがほとんどない印象がありますが,ジャンプが大得意というわけではなく,基礎点がさほど高くないジャンプの完成度を上げることを突き詰めた結果,ミスがないだけでなくジャンプが演技の中に溶け込み,GOE に加えて PCS (Program Component Score,演技構成点)も上がったことで,平昌五輪までは驚異的なスコアを出し続けてきました。今シーズンから指導する ブライアン・オーサー コーチは,このままの基礎点では今後は戦えないと考え,基礎点の高いジャンプを飛べるように,一からジャンプを見直しているのではないか,と私は推察しています。世界選手権は,その途上の姿を観ることになると思いますが,+3Lo 以外のチャレンジがあるかどうかも含めて,新たな理想をめざす メドベージェワ 選手に注目しましょう。

 ロシア 選手もジャンプに関しては三者三様で個性が表れています。開催国として地の利を生かす日本勢に対して,ロシア 選手がどこまで壁として立ちはだかるか。世界選手権は史上まれに見るハイレベルな大会になりそうです。

フランス大会で決まるグランプリファイナル進出者

《追記》 サモドゥロア 選手(ロシア)のファイナル進出の可能性に全く言及しておりませんでした。後付けですが,修正いたしました。実は テネル 選手(米)にも可能性がありこちらも書き損ねておりましたが,条件が複雑になり過ぎるので省略したままといたします。 (2018/11/27)

 今週末のフィギュアスケートグランプリシリーズ(以下,GP)フランス大会は,出場選手に関して見どころが多いのですが,フランス大会の結果によってグランプリファイナル進出者が決まるので,特に進出者の候補が多い女子に関して,結果が進出者をどう変えるのか見てみます。

 女子で既にファイナル進出が決定しているのは,宮原知子 選手,ザギトワトゥクタミシェワ の両ロシア選手の3名です。残り3枠を争うのは,既に2戦を終えている 坂本花織 選手,サモドゥロア 選手(ロシア)と,フランス大会に出場する 紀平梨花三原舞依 の両日本人選手,さらに メドベージェワコンスタンティノワ の両ロシア選手の6名に絞られたと見てよいでしょう。

 ファイナル進出の可能性があるフランス大会出場各選手について,自力で進出するための条件は以下のとおりです。

【紀平 選手】 4位以上
【三原 選手】 優勝
【メドベージェワ 選手】 1位 or 2位でスコアが 213.42 以上
【コンスタンティノワ 選手】 1位 or 2位

 他力本願で進出する条件はかなり複雑です。上記4選手がトップ4に入る前提で表にまとめてみました。緑色の網掛けファイナル進出者赤の網掛け順位同点でスコア次第となるケースです。表の並び順は,まず メドベージェワ 選手の順位の順に並べ,さらに コンスタンティノワ 選手の順位の順に並べています。

1位2位3位4位スコア条件
メドコン紀平三原


メドコン三原紀平


メド紀平コン三原コン≧213.76,未満⇒坂本
メド三原コン紀平コン≧213.76,未満⇒坂本
メド紀平三原コン
坂本
メド三原紀平コン
坂本
コンメド紀平三原メド≧213.42,未満⇒坂本
コンメド三原紀平メド≧213.42,未満⇒坂本
紀平メドコン三原コン≧213.76,未満⇒坂本
三原メドコン紀平メド≧213.42,未満⇒坂本
紀平メド三原コン
坂本
三原メド紀平コンメド≧213.42,未満⇒坂本
コン紀平メド三原
坂本
コン三原メド紀平
坂本
紀平コンメド三原
坂本
三原コンメド紀平


紀平三原メドコン
坂本サモ
三原紀平メドコン
坂本
コン紀平三原メド
坂本
コン三原紀平メド
坂本
紀平コン三原メド
坂本
三原コン紀平メド


紀平三原コンメド(省略)
坂本サモ
三原紀平コンメドコン≧213.76,未満⇒坂本

 最も可能性が高い順位は,1.紀平 2.メド 3.三原1.メド 2.紀平 3.三原 でしょう。これなら 坂本 選手はファイナルに進出できます。また,表を見ると,かなりの組み合わせで 坂本 選手は進出できることがわかると思います。詳しく見ると,坂本 選手が進出できない条件が発生する確率は低いと考えられるので,坂本 選手のファイナル進出はかなり濃厚と見ていいと思います。ただ,紀平・三原 両選手が3位以下となり,ロシア勢の1-2フィニッシュを許してしまうと,坂本 選手の進出は難しくなります。紀平 選手は,自身のファイナル進出はほぼ確実ですが,上位に入ることで 坂本 選手をアシストしてほしいです。

 日本選手にとって最も良い結果は,1.紀平 2.三原 3.メド1.三原 2.紀平 3.メド,つまり日本勢の1-2フィニッシュです。これ後者が実際に起これば,日本は 宮原,紀平,三原,坂本 の4選手進出となります。メドベージェワ 選手は今季,本調子ではありませんので,この順位は狙える順位です。紀平 選手が2戦目も覚醒し続けるのか,三原 選手が完璧な演技で逆転のファイナル進出を手繰り寄せるのか,フランス大会が本当に楽しみです。

平昌五輪 女子シングル 感想

 フィギュアスケートの全競技が終わりました。今回も始まってみればあっという間でしたね。女子シングルは,6位までは実力どおりの順位に落ち着いたという結果でしたが,感動しつつもなんだかモヤモヤするなぁという方もいらっしゃるようです。私のブログでは,試合の結果に対して感想を述べるときには,順位に対する言及は極力しないよう努めているのですが,今回は世間でも議論を呼んでいる話題なので,やや踏み込んで書いてみようと思います。

 まずは,宮原知子 vs オズモンド (カナダ)の銅メダル争い。宮原 選手はSP(Short Program,ショートプログラム)とFS(Free Skating,フリースケーティング)共に,ノーミスどころか着氷のぐらつきも全くない完全完璧な演技で,SP約 76 点,FS 146 点台,トータル 222 点台と,全てのスコアが自己ベストでした。五輪という大舞台で,しかもケガ明け復帰からわずか3ヶ月しか経っていないことを思えば,内容,スコア共にパーフェクトでした。応援していた多くの方々が感涙されたと思いますし,特に現役や OB/OG のスケーターから大絶賛されていますね。無駄な動きが一切ない,研ぎ澄まされた様式美が 宮原 選手の持ち味ですが,それに加え今シーズンは,今までよりもスケートの伸びやかさが増し,感情の発露も増えました。ケガが癒え,スケートができる喜びにあふれ,体重も増やし(これを言われるのはご本人は照れくさいでしょうね),宮原 選手のバージョンアップが五輪で結実しました。

 一方の オズモンド 選手は,今シーズンFSがなかなかまとまらず,私は失礼なことにミスが出ると予想しましたが,実際には見事にまとめました。3Lz のエッジ違反疑い(エッジ違反までは取られなかった)とステップアウトで少し綻びが出ましたが,それ以外は崩れることなく全てのジャンプを決めました。終わった瞬間,詳しい方なら「宮原 選手のメダルはなくなったな」と分かったと思いますが,それでも 152 点台という点数が出たときは,150 点を超えるような内容だったかな?と首をひねった方もいたと思いますし,私もその1人です。

 宮原 選手がメダルに届かなかった要因,すなわち オズモンド 選手との差について,何人かの専門家が言及していますが,結果論で言っているような印象で,腑に落ちる論評を見つけることがまだできていません。GOE(Grade Of Execution,出来ばえ点)と PCS(Program Component Score,演技構成点)の両方で差がついたのですが,GOE に関しては,オズモンド 選手について「ジャンプの幅や着氷後の流れが良かった」という意見が多くありました。着氷後の流れについては私も同意しますが,ジャンプの幅の評価についてはやや疑問を感じます。幅で飛ぶ選手もいれば,高さや回転の速さで飛ぶ選手もいるわけで,高さや速さだって良い評価を受けるべきです。宮原 選手は回転の速さが素晴らしいので,その点はもっと評価されていいと思います。ただ 宮原 選手は,回転がギリギリで着氷後の流れがあまり出ないのは確かで,それが GOE の評価が高まらない理由だとすれば,そこについては同意せざるを得ないところです。

 もっと解せないのは PCS です。宮原 71.24 vs オズモンド 75.65。1項目平均では,宮原 8.90 vs オズモンド 9.45 (小数点第3位以下切り捨て)。こんなに差があるとは到底思えないというのが私の感想です。宮原 選手を贔屓目に見てしまう点を差し引いても,宮原 選手の方が上か,もっと僅差であるべきだと思います。オズモンド 選手のダイナミックさは確かに素晴らしく,9点台に値するとは思いますが,1項目平均 9.1 前後が妥当な水準ではないかと個人的には考えます。一方,宮原 選手の余計なものが削ぎ落とされた洗練された美は,PCS の5項目のうち「パフォーマンス」(Performance)や「音楽解釈」(Interpretation of the Music)の項目においてもっと評価されてよく,1項目平均 9.2 程度出るべきだと思います。宮原 選手のような洗練された美というのは,欧米勢が大半を占める審判の方々にはきっと本質的に理解できないのではないかという気がしてきますし,何かと動作が多いロシア勢と比べ「もっといろいろできるのにサボっている」みたいに思われているのでは?とさえ思ってしまいます。

 宮原 選手に五輪メダルを獲ってほしかった気持ちは強いですが,既に世界選手権とグランプリファイナルのメダルは手にしていますし,何より世界中のファンやスケーターから寄せられた称賛は,メダルよりもはるかに価値が高いです。宮原 選手はSPとFSが両方ノーミス(転倒・回転不足・回転抜け・レベル取りこぼし・出来ばえ点マイナス 全てなし)でしたが,これは ザギトワ,メドベージェワ の両ロシア選手と計3人だけが達成しました。また,五輪でのSP・FS両方ノーミスは,現行の採点方式になった2006年トリノ五輪以降,日本男女シングル選手では初めて(現時点では唯一)の偉業です。こういったことで私たちは自分を納得させつつ,オズモンド 選手の銅メダルに拍手を贈りたいと思います。

 続いて,ザギトワ vs メドベージェワ 両選手の金メダル争いを見ていきます。ザギトワの勝因として,演技時間後半に全てのジャンプを入れたことを挙げる記事が多いですが,これは本質を突いているとは言えません。確かに最もわかりやすい ザギトワ 選手の特徴ではあるのですが,メドベージェワ 選手もSPでは全てのジャンプを後半に配置し,FSでも他の選手より多い後半5本という策を採っています。後半全ジャンプより重要なポイントは「ザギトワ 選手が 3A を入れないジャンプ構成としては最高の構成を組んでいる」ことと「メドベージェワ 選手のジャンプ構成はかなり難度が低い」ことです。

 両選手のFSのジャンプ構成を比べてみます。★印は2本入れることを表します。

  • ザギトワ: 3Lz★, 3F★, 3S, 2A★; +3T, +3Lo, +2T+2Lo
  • メドベージェワ: 3Lz, 3F★, 3Lo, 3S, 2A★; +3T★, +2T+2T

 ザギトワ 選手は 3Lz と 3F を2本ずつ入れていますが,まずこれが高難度です。Lz と F は一方が苦手な選手が多く,どちらかは1本にせざるを得ない選手が多い中,どちらも苦にせず2本ずつ入れられる ザギトワ 選手のジャンプ技術が素晴らしいのです。そしてもう1つの武器は +3Lo の連続ジャンプです。もちろん,これを飛べること自体がすごいのですが,+3Lo を入れるもっと重要な意義は,3A を入れない場合の最高得点となる構成を組むことができる点です(なぜ最高得点の構成になるかの説明は割愛します)。ザギトワ 選手の技術点が高いのは「演技時間後半に全てのジャンプを入れている」や「3Lz+3Lo が飛べる」ことよりも「技術点が高くなるようにジャンプ構成を組んでいる」ことが根本的な要因なのです。

 一方,メドベージェワ 選手は 3Lz が苦手なので1本しか入れず,また3連続ジャンプでは,一般的な +2T+2Lo より難度が低い +2T+2T を採用しています。これは,ザギトワ 選手だけでなく他のトップレベルの選手と比べても基礎点がやや低い構成です。基礎点では無理をせず,ジャンプの完成度を極限まで上げて高い GOE を得ることでカバーするのが メドベージェワ 選手の戦略です。

 技術点の点差は,今までなら PCS で メドベージェワ 選手が跳ね返すことができていたのです。ところが,五輪直前のヨーロッパ選手権で ザギトワ 選手の PCS が跳ね上がり,6~7点あった差が2~3点に詰まったのです。メドベージェワ 選手は PCS で跳ね返すことができなくなり,ザギトワ 選手のミスを待つか,究極の演技で PCS をFSで 79 点台(1項目平均 9.875 点以上)にするしかなくなりました。メドベージェワ 選手の PCS は77点台に留まり,FSも ザギトワ 選手と同点にするのが精一杯でした。とはいえ,PCS 77 点台は1項目平均 9.68 点であり,もう満点に近い点数です。ですから,ザギトワ 選手の金メダルに疑問を抱くことは「ザギトワ 選手の PCS 75 点台は高過ぎるのでは?」と思うことと等しいのですが,私の意見は「ザギトワ 選手の PCS は妥当」です。絶対値としては高過ぎると思うのですが,それは メドベージェワ 選手にも当てはまると思っているので,両選手の差はこの程度だと考えます。

 ザギトワ 選手は,SPの完成度が素晴らしかったです。動作がキビキビとしていて,メリハリが今までと段違いでした。SPの PCS を,ヨーロッパ選手権の 36.28 点から平昌五輪で 37.62 点まで引き上げましたが,この 1.34 点の上積みは,奇しくも メドベージェワ 選手との 1.31 点差とほぼ同じであり,ヨーロッパ選手権から1ヶ月弱の成長分が ザギトワ 選手に金メダルをもたらしたことになります。

 FSで7本のジャンプを全て演技時間後半に入れている点について,アシュリー・ワグナー 選手(米)が異を唱えて話題になりましたが,彼女らしくない言い掛かりに近い指摘だと感じました。もし後半のジャンプがプログラム全体に調和していないなら,審判がもっと PCS を低くするはずですが,実際には メドベージェワ 選手に迫る PCS が出ていますし,私もそれを妥当だと感じています。ザギトワ 選手のFSプログラム「ドン・キホーテ」は,構成が実によくできています。このプログラムの良さを,私は昨年のフランス大会の感想のブログ記事で下記のように記しました。

冒頭→ステップ→連続ジャンプ3回→単発ジャンプ4回と進んでいく場面ごとに曲調が変化し,スピンやジャンプの各要素と音楽の同調性も非常に高いので,技が決まるととても映えるのです。前大会では,3回の連続ジャンプが「演技後半の時間帯に入ったからどんどん飛ぶぞ」的なせわしなさが感じられたのですが,今回はその部分にも流れがあって悪くなかったです。

 フランス大会では,演技時間後半にジャンプが矢継ぎ早に入る箇所に,以前感じていた違和感がなくなり,しっくりくるようになってきたと私は感じました。その後,グランプリファイナル → ロシア選手権 → ヨーロッパ選手権 と大舞台で実戦経験を積む中で,後半のジャンプがプログラムによく溶け込むようになっていったと思います。平昌五輪では,最初の 3Lz に +3Lo を付けられず,2回めの 3Lz に付けてカバーしましたが,それにより「連続ジャンプ3回の重厚さ」から「単発ジャンプ4回の小気味よさ」へと続く流れが崩れました。それで PCS が 75 点台になりましたが,ジャンプが全て予定どおりで完璧だったら,PCS がさらに上がり,メドベージェワ 選手の歴代最高のトータルスコア(241 点台)が塗り替えられていたと予想します。

 結局のところ,ザギトワ 選手の勝因は「高い技術点を実行し演技構成点の不足を補おうとしたが,実戦経験を経て演技構成点が急伸し,技術力,芸術性,完成度がバランスよく揃った」ことなのです。神プログラムである「ドン・キホーテ」を手に入れ,完璧に遂行した ザギトワ 選手が金メダルを手にしたことを,私は心から称賛したいと思います。

 一方の メドベージェワ 選手は,直近3シーズン,頂点を維持し続けたにもかかわらず,ケガと若手の突き上げによってまさかの銀メダルに終わったことで,同情を集めているところもあるのかなと思います。私も,ソチ五輪後の4年間という視野で見れば,メドベージェワ 選手が金メダルに最も相応しいとは思いますが,肝心の五輪シーズンにケガをしてしまっては,金メダルを逃すのもやむを得ません。彼女自身,シニアデビューシーズンでいきなり世界女王に輝きましたから,ザギトワ 選手の飛躍に納得していると思います。

 私は,彼女の今シーズンのFSプログラム「アンナ・カレーニナ」が,ずっとしっくりきませんでした。シーズンが始まってからプログラムを変更したようですが,そうしたことが準備の面で響いたことは否めないでしょう。ヨーロッパ選手権や平昌五輪では,ある種の気迫のようなものが感じられ,私はその気迫を好意的に捉えていましたが,プログラム全体の完成度を上げ切る前に平昌五輪を迎えてしまったのかもしれません。個人的には,昨シーズンやその前に演じていた,抒情性の高いプログラムで主人公の内面をしっとりと表現する方が,メドベージェワ 選手らしさが出たのではないかと,結果論ですが思ってしまいました。

 とはいえ,この2人の息詰まる同門生対決は,後世に語り継がれる名勝負でした。ヨーロッパ選手権で,後輩の ザギトワ 選手から優勝という形で挑戦状を叩きつけられた メドベージェワ 選手は,ケガからの復帰で一息つくことも許されず,モチベーションも緊張感も極限の日々を過ごしたことと思います。そして,それは五輪直前に思わぬアドバンテージを手にした ザギトワ 選手も同じだったと思います。そんな極限の状態でも,ミスとは無縁の,GOE や PCS でスコアの小数点以下を争う,本当に異次元の戦いでした。2人が記録した 238~239 点台は,当然,五輪史上最高スコアであり,それに相応しい極めて完成度の高い感動的な演技でした

 最後に,坂本花織 選手に触れておきます。FSはジャンプをふわっと着氷していて余裕がありましたし,パントマイムもとても自然にできていて,これは神演技になる…と思った6つ目のジャンプ 3Lo でステップアウト。それでも,209 点台という200点超えのスコアで6位に入賞したのは見事でしたし,SPで自己ベストを出しFSを最終グループで演技することができたのは,貴重な経験になったと思います。全日本選手権の直前から急成長して代表の座をつかみ,四大陸選手権で優勝して良い流れで平昌五輪を迎えましたが,団体戦FSでは不本意な出来で,これで個人戦が不甲斐ない成績だと「なぜ 坂本 選手を代表にしたのか」という声が出かねないところでした。日本女子2枠という難しい状況の中で,本当に素晴らしい成績を残したと思います。

 1年前,坂本 選手が世界ジュニア選手権で表彰台に一緒に上った ザギトワ 選手が,今や世界一。その演技を観て,いろいろ思うところがあったのではないかと思います。現役の日本女子選手で2人しかいない五輪出場者の1人として,今後もっともっと成長して,世界一を争える選手になっていくのではないか,そんな大きな期待をしながら,坂本 選手を今後も応援していこうと思います。

LadiesMedalistPyeongchang2018

日本勢メダル濃厚:平昌五輪女子シングルSP終えて

 平昌五輪フィギュアスケート女子シングル。21(水)に行われたSP(Short Program,ショートプログラム)は,上位5選手がパーフェクトで自己ベストという,かつてないハイレベルな戦いになりました。その中に日本の2選手,宮原知子坂本花織 がいることは,とても嬉しいですね。

 ザギトワ,メドベージェワ の両ロシア選手は完全に実力が飛び抜けていますので,日本選手の現実的な目標は銅メダルとなります。ライバルは,SP3位の オズモンド 選手(カナダ)と,6位の コストナー 選手(イタリア)に絞られたと考えていいと思います。2選手が絶好調なら銅メダルは彼らの争いになりますが,今シーズン,彼らのFS(Free Skating,フリースケーティング)はジャンプが揃ったことがなく,スコアが130点台にとどまることも珍しくありません。五輪に照準を合わせてきているとは思いますが,逆に五輪だからこそごまかしがきかずに苦手な技でミスが出るのが平昌五輪の傾向であり,おそらくミスが出てしまうでしょう。特に,オズモンド 選手は,滑走順が ザギトワ 選手の直後なのでとてもやりづらいと思いますし,日本選手が良い演技だった場合,オズモンド 選手にはかなりの重圧がかかるので,ノーミスはなかなか難しいと思います。

 ですから,宮原,坂本 両選手がノーミスなら彼らより上位に行く可能性が高いです。両選手は最も重圧のかかる全日本選手権でノーミスの演技を魅せ,日本の2枠という世界一狭き門をくぐり抜けてきましたので,ノーミスの可能性は極めて高いです。よって,両選手が銅メダルを争うという,嬉しいやら辛いやらという展開になると思います。

 両選手の基礎点はほぼ同じなので,SPの点数差と演技構成点の差で,宮原 選手が優位に立っています。ノーミスの演技ができれば銅メダルを手にできる可能性はかなり高いと思います。宮原 選手は,ソチ五輪後の4年間ずっと世界トップレベルを維持した数少ない選手の1人ですので,五輪メダリストになってほしいと多くの関係者が願っていると思います。

 ただし,宮原 選手に1つでもミスが出れば,坂本 選手が上位に来る可能性も十分にあります。坂本 選手は,単なるノーミスでは 宮原 選手を超えるのは難しいですが,全てが完璧であれば,出来ばえ点が多く加算され,演技構成点も今までより高くなることが見込まれるので,逆転できると思います。団体戦FSでは今一つだったので,個人戦では完璧にしたい気持ちが強いと思うので,完成度の高い演技を魅せてくれることでしょう。

 以前のブログでも指摘したのですが,現行の採点方式で,五輪でSPとFS両方ともノーミスを達成した日本選手は,今まで1人もいません。トリノ五輪金メダルの 荒川静香 選手も,FSで3回転の予定が2回転になるジャンプが1つだけあったのです。宮原,坂本 両選手にはぜひ日本選手初のノーミスを達成して,メダルを手にしてほしいと願っています。

 さて,ザギトワ vs メドベージェワ 両選手による金メダル争いは,SPで既に ザギトワ 選手がリードするというまさかの展開。ザギトワ 選手のSPは,気持ちが前面に出ていて,メリハリも今までより格段に良くなっていたので,82 点台という歴代最高スコアを記録するのは当然という演技でした。FSも同じ程度の出来なら ザギトワ 選手の方がスコアが高いので,このまま ザギトワ 選手が金メダルを獲る可能性が高く,メドベージェワ 選手はかなり追い込まれました。

 ただ,メドベージェワ 選手が全てを完璧に入れ,感情が前面に出る演技ができれば,出来ばえ点と演技構成点が伸び,ザギトワ 選手を上回る可能性もあります。ヨーロッパ選手権では,今までにないような,感情が表に出る演技が観られたので,それが再現できれば勝負の行方はもつれそうです。ザギトワ,メドベージェワ 両選手とも,少しの傷も許されない,究極の演技合戦になることは間違いなく,トータルスコアが 245 点に届く可能性さえあるかなと思います。

 平昌五輪のフィギュアスケートの1位と2位は,奇しくも「後輩が先輩を立てる」法則が成り立っています。男子シングルは日本勢の先輩である 羽生結弦 が,アイスダンスは同門生の先輩である ヴァーチュー & モイヤー 組(カナダ)が金メダルを獲りました。この法則に則れば,メドベージェワ 選手が優勝なんですが,女子シングルはその法則が崩れ,ザギトワ 選手が金メダルを手にする可能性が高い状況です。果たしてどうなるでしょうか?

ザギトワ 欧州選手権優勝の衝撃

 先週末,フィギュアスケートのヨーロッパ選手権が開催されましたので,男女シングルを中心に観戦の感想を書き綴ります。ヨーロッパ選手権は,いわば世界選手権のヨーロッパ版で,各国代表が競う国際大会ですが,実は世界選手権よりヨーロッパ選手権の方が歴史が古いという,由緒ある大会です。ヨーロッパ各国は昨年内に国内選手権を行い,それから中3~5週でヨーロッパ選手権,さらに中2~4週で平昌五輪がありますので,平昌五輪に向けた最終調整や最終選考の場として機能しています。歴史ある大会なので,各国がヨーロッパ選手権を重視していることがわかりますね。

 ちなみに,ヨーロッパ以外の地域は,ヨーロッパ選手権に対応する形で四大陸選手権を創設しましたが,五輪シーズンは軽視される傾向にあります。今年は今週末に開催されますが,それから中1~3週(団体戦:中1週,男子シングル:中2週,女子シングル:中3週)で平昌五輪を迎えるので,日程面で出場が難しいのです。それなら開催をもっと早めればいいのですが,米国やカナダは年明けに国内選手権が開催されるので,五輪シーズンはそれらと五輪に挟まれてしまい,良い日程が組めないのです。こういう状況を見ていると,四大陸選手権の格式はヨーロッパ選手権にはまだまだ及ばないと感じます。

Fernandez-Face 話を今年のヨーロッパ選手権に戻します。まず男子シングル。ヨーロッパ6連覇を達成した ハビエル・フェルナンデス 選手(スペイン)は,明らかな不調からは脱出しましたが,世界選手権2連覇の頃の強さはまだ取り戻せていない,というのが観戦した私の印象です。スコア295点は悪くない点数ですが,ヨーロッパ選手権という五輪直前の大会で300点を超えられず,FS(Free Skating,フリースケーティング)で4回転ジャンプ3本が揃わないとなると,3強(羽生結弦,宇野昌磨,ネイサン・チェン(米))の牙城を崩すのは難しいでしょう。

 しかし,宇野 選手だってこのところずっと300点を超えてないのに,フェルナンデス 選手が及ばないとはどういうことか,と思う方もいるでしょう。私は,フェルナンデス 選手は目一杯,宇野 選手は余力あり,と考えています。フェルナンデス 選手はグランプリシリーズ初戦の中国大会で6位に沈み,やや焦ったと思いますので,その後の大会はかなり本気で臨んでいると思います。本気で臨んだ結果が295点というわけです。一方,宇野 選手はあくまで平昌五輪に照準を合わせ,今までの大会は本気で臨んでいないと思います。これが,フェルナンデス 選手が3強の牙城を崩すのが難しいと考える理由です。ただ,個人的にはとても応援していますし,プログラムは本当に素晴らしく,特にFSの「ラ・マンチャの男」は完璧なら会場が拍手喝采間違いなし。平昌五輪でそんな雰囲気になるのを観たいと願っています。

 続いて,女子シングルの話題に入りましょう。ケガ明けで,11月のNHK杯以来の実戦復帰となる メドベージェワ 選手(ロシア)の状態と,彼女とシニアで初対決となる ザギトワ 選手(ロシア)との勝負の行方,この2点に注目が集まりました。結果は,ザギトワ 238 点 vs メドベージェワ 232 点。ザギトワ 選手がついに メドベージェワ 選手にも勝ち,今シーズン全勝をキープしました。シニアデビューでシーズン当初から突っ走り,メドベージェワ 選手がケガで不在の間,グランプリファイナルとロシア選手権では本命視された中で優勝。平昌五輪が近づく中,そろそろ燃料切れが起きるかもしれない,と思いながら観戦しましたが,そんな気配は微塵もなし。むしろ,メドベージェワ 選手との初対決にエンジン全開で,SP(Short Program,ショートプログラム)もFSも素晴らしい演技で完勝でした。

Zagitova-Face シーズン後半に入り,ザギトワ 選手はSPもFSも,プログラム全体にまとまりが出てきました。それは PCS(Program Component Score,演技構成点)に表れています。下記に,GPF(グランプリファイナル)→ヨーロッパ選手権の順で PCS を示し,比較してみます。

  • SP: 35.06(1項目平均 8.77)→ 36.28(同 9.07
  • FS: 70.42(1項目平均 8.80)→ 75.30(同 9.41

 1項目平均とは,PCS の5項目の採点(10点満点)の平均値です。今まで平均8点台で推移していましたが,ついにヨーロッパ選手権という大舞台で9点台に乗せました。FSは GPF から5点近く上がっていますが,わずか1ヶ月強でこれだけ PCS が急伸することはめったにありません。しかも,今回のFSは,音楽との同調性という点では GPF の方が良い出来だったと思うので,それでもこれだけの PCS が出るのは本当に驚異的です。シニアデビューで PCS がさほど期待できないがゆえに技術点を伸ばす戦略だったのに,PCS がこれだけ出ればもう無敵です。

 ロシア選手権というスコアのかさ上げがある大会で出した 233 点を5点も上回るというのも奇跡的で,これはとんでもないことが起きた,というのが私の印象です。メドベージェワ 選手を破って優勝し,これだけのスコアが出たことで得た自信はとてつもなく大きく,ザギトワ 選手はこのまま平昌五輪を息切れすることなく駆け抜けていくでしょう。

Medvedeva-Face 一方,ケガ明けで注目された メドベージェワ 選手でしたが,SPで1つだけジャンプの着氷が乱れた程度で,ケガの影響は全くないと捉えていい演技でした。むしろ,仮にSPが完璧だったとしても ザギトワ 選手に勝てないことが明らかになり,メドベージェワ 選手の平昌五輪金メダルにはっきりと黄信号が灯りました。ザギトワ 選手との6点差という結果は,ケガ明けだから負けたのではなく,ザギトワ 選手の急成長による力負けという衝撃をもたらしたのです。

 ザギトワ 選手のFSが終了した時点で,直後に演技する メドベージェワ 選手はこのままでは負けることを明確に理解していたのでしょう。彼女のFSは,奇跡の逆転を狙ったのか,逆転不可能を悟って自分の演技に集中したのか,どちらかはわかりませんが,とにかく鬼気迫る演技のように私は感じました。今までの メドベージェワ 選手は,抒情性の高いプログラムで役者のように表現を醸し出すタイプだったと思いますが,ヨーロッパ選手権のFSはエネルギーに満ち溢れ,表現が観る者に迫ってくる感じがしました。今まで,ややサイボーグっぽく感じることもあった メドベージェワ 選手から,生身の人間としての躍動が感じられ,私は メドベージェワ 選手の今までの演技の中で一番感動しました。PCS が ザギトワ 選手を上回る 77.14 点(1項目平均 9.64 点)を記録したのは,女王の意地の表れだったと思います。77点台って,もう満点と言っていい点数であり,凄すぎますね。

 優勝が絶望的な状況に追い込まれたことで,メドベージェワ 選手の本気が引き出されたのだとすれば,ザギトワ 選手はとんでもないパンドラの箱を開けてしまったかもしれません。メドベージェワ 選手が今からジャンプの構成を変えるとは思えず,今後はひたすら GOE(Grade Of Execution,出来栄え点)と PCS を最大化すべく,究極の完成度を追求してくるでしょう。そして,ザギトワ 選手はそれを受けて立つだけの大きな自信を手にしました。2人のモチベーションはますます高まると思われ,平昌五輪で2人の異次元の演技が観られる予感に,今からワクワクを通り越してゾクゾクが止まりません

友野 男子3枠目に急浮上【日本大会感想】

spnvLogo 本記事は,私がスポナビブログ(2018年1月末閉鎖)に出稿した記事と同じ内容です


 羽生結弦 選手の直前欠場は,これが五輪でなくて良かったと前向きに捉えようとする方が多いと思いますが,私は最悪のタイミングのケガだと感じます。NHK杯の観客をガッカリさせ,欠員補充で他の選手にチャンスを授けることもできず,ファイナル5連覇の偉業を達成できず,五輪への調整にも当然影響が出ます。私は 羽生 選手の五輪2連覇は確実と当ブログに書きましたが,それはケガなしが前提であり,ケガをしてしまった今となっては五輪連覇は黄信号と言わざるを得ません。こういう逆境に強い 羽生 選手なので,やってくれるだろうという思いはありつつも,過大な期待をせずに辛抱強く見守りたいと思います。

 羽生 選手の欠場で優勝確実だったにもかかわらず,それがかえって演技を難しくしたのか,表彰台さえも逃してしまった ジェイソン・ブラウン 選手(米)。最近 3A(トリプルアクセルジャンプ)は安定していたのですが,今大会のFS(Free Skating,フリースケーティング)では2本とも乱れました。4回転が1本入るかどうかの ブラウン 選手にとって,3A は生命線ですので,もっと精度を高めてほしいです。羽生 選手へのメッセージを得意の日本語で書いてくれた心優しき ブラウン 選手には,ぜひグランプリファイナルに出場して再度来日してほしいですが,他の選手次第でありどうなるでしょうか。

 優勝したのは,なんと出場者最年長の セルゲイ・ボロノフ 選手(ロシア)。ジャンプが絶好調で,無駄な力を使わずに高く跳躍し,余裕をもって着氷する美しいジャンプを連発していました。このジャンプの好調を維持できれば,ロシア五輪代表の2枠目に入ると思います。30歳でこのように活躍できることが本当に素晴らしいですね。

 2位:リッポン 選手(米),3位:ビチェンコ 選手(イスラエル)と,表彰台に乗ったのが出場者の年長者3人(30,29,28歳)というベテラン健在な結果となりました。4Lz(4回転ルッツジャンプ)にいち早く挑戦していた リッポン 選手の 4Lz は,3回転と間違えそうになるほど回転がゆっくりで優雅な雰囲気があり,他の選手の 4Lz と一味違いますね。リッポン 選手は,ファイナル進出も米国代表入りも当落線上にいるので緊張感が続きますが,それが 4Lz の完成度を上げることになるでしょう。

 村上大介 選手の肺炎で代理出場となった 友野一希 選手は,国内大会からの連闘とは思えないほど躍動していましたね。表現しようという気持ちが前面に出ていましたし,3A が得点源になりスコアも出ました。正直なところ,田中刑事,無良崇人 両選手がパッとせず,しかも若さ溢れる楽しいプログラムに仕上がっているので,私は代表3人目に 友野 選手を推そうと決めました(笑)。

 宮原知子 選手は,復帰戦ということを考えれば申し分ない出来で,特に表現面では以前よりもさらに柔らかく自然な上半身の動きが増え,作り込んだ表現というよりは,あふれ出る表現になっていたと思います。しかし,いきなりのトップギアとはならず,5位に終わったのでファイナル進出はないでしょう。実戦が減るのは痛いですが,ファイナル出場なら全日本選手権まで3戦連続で中1週というハードスケジュールだったので,全日本選手権の前に中3週空くのは調整にはプラスと考えたいです。

 本郷理華 選手は,前回のカナダ大会より洗練されてきましたが,ジャンプの回転不足がまだ残っていますね。演目は本当に素晴らしいですし,ステップはとても躍動感が出てきましたので,全日本選手権ではクリーンなジャンプで勝負してほしいです。

 白岩優奈 選手は,テレビ画面でもはっきりとわかるほど緊張していましたね。他のシニアデビュー組である 坂本花織,本田真凛 の両選手もそうでしたが,演技そのものは十分にシニアでやれる力を持っていても,メンタル面では「怖いもの知らずで突き進む」という舞台度胸が発揮できなかったようです。それでも,白岩 選手は地元である大阪のNHK杯でシニアデビューを飾れたので,良い経験になったと思います。

 メドベージェワ 選手(ロシア)が,FSでは珍しく,しかも冒頭のジャンプで転倒しました。2回目のジャンプも乱れ,大崩れするのか…と少し心配しましたが,後半は立て直しました。ロシア大会でもFSでジャンプ転倒があり,今季のFSは完全な演技ができていません。五輪シーズンの重圧は確実に彼女にものしかかっています。現時点では,1ミスでは誰も追いつけませんが,他の選手がレベルを上げて「1ミスだと負けるかもしれない」という状況を作れば,そのプレッシャーから メドベージェワ 選手と言えどもミスの確率が高まるかもしれません。

 ロシア大会で2位だったものの,その完成度が維持できるのか私が確信できなかった カロリーナ・コストナー 選手(イタリア)ですが,今季の完成度は本物ですね。3位以下なら 樋口新葉 選手のファイナル出場がグッと近づいたのですが,2位をキープし コストナー 選手が先にファイナル出場を決めました。スケーティングや全体の完成度が今季は特に研ぎ澄まされ,トップ選手の多くが10代の中,成熟した存在感でこれぞフィギュアスケートという演技を魅せてくれると思います。

 ようやく本格シニアデビューを果たした ポリーナ・ツルスカヤ 選手(ロシア)は,いきなりのトータル210点で表彰台に乗りました。本田真凛 選手が世界ジュニアチャンピオンになった大会で,FS直前でケガをする不運に見舞われ棄権しましたが,ケガがなければチャンピオンの大本命だった,その実力どおりの演技でした。私も久しぶりに観ましたが,ジャンプの幅と高さが非常に大きく,身体の大きさを生かしたスケールの大きい演技が圧巻でした。メドベージェワ,ザギトワ 両選手と同じ,エテリ・トゥトベリーゼ コーチなので技術もしっかりしており,今大会の印象からすると,ロシア女子の3枠を同コーチ門下の3選手で占めてしまうことも十分にあり得ると感じました。

 比較的穏やかな大会となるはずが,羽生 選手負傷,ブラウン 選手や 宮原 選手が表彰台に乗らないなど,ドラマの多い大会となりました。日本勢にとって厳しい大会になってしまいましたが,友野 選手の今後がとても楽しみになったことが収穫でした。

ロシア大会(ロステレコム杯,グランプリシリーズ第1戦)プレビュー

spnvLogo 本記事は,私がスポナビブログ(2018年1月末閉鎖)に出稿した記事と同じ内容です


 例年のロシア大会は,シリーズ中盤のややホッとする時期の開催でしたが,今シーズンはシリーズ開幕戦となりました。五輪シーズンの初戦というだけでも注目度が高いですが,いきなり絶対王者&女王をはじめ素晴らしいメンバーが集結しました。

◆男子シングル

 初戦から 羽生結弦 選手と ネイサン・チェン 選手(米)の直接対決が実現するとあって,あおりたく気持ちはよくわかりますが,おそらくハイレベルな点数は出ないでしょう。2人ともシリーズ2戦目が自国の大会なので,そこでは自国の観客に良い演技を魅せようと気合いを入れてくるでしょうから,ロシア大会がそこに向けた調整の場になるのはやむを得ません。私は,羽生 選手に関しては,FS(Free Skating,フリースケーティング)で4回転ジャンプ5本が(転倒しても出来栄えが悪くても)入るかどうか,チェン 選手に関しては,FSで4回転ジャンプの GOE(Grade Of Execution,出来栄え点)が全てプラス評価にできるかどうかに注目したいと思います。

 チェン 選手は,シニア初年度の昨季,シーズン序盤からスタートダッシュをかけ,世界選手権で息切れしましたが,シーズン当初からアピールしなければならない立場だったので,これはやむを得ないこと。今季はその反省から,ロシア大会で全力を出すことはまずないでしょう。でも逆の見方をすれば,そのような状況で高得点を出せれば,本当に 羽生 選手を脅かす存在になってきます。スコアでの注目点は,チェン 選手の PCS(Program Component Score,演技構成点)。FSで87点以上,あるいは 羽生 選手と5点差以内になれば,いよいよ 羽生 選手の真の対抗馬と考えていいと思います。でも,前哨戦の滑りを見る限り,ここまでは到達しないと私は予想します。

 そんな2人の間に割って入ろうと狙っているのが コリヤダ 選手(ロシア)。自国の大会で気分が乗っているでしょうし,4Lz(4回転ルッツジャンプ)の出来栄えが素晴らしければ,2人の演技の出来次第では割って入る可能性があります。私は コリヤダ 選手のクールでいてコミカルな雰囲気が大好きなので,初戦で波乱を起こしてくれないかなと密かに期待しています。

 あと,若手では ヴァシリエフス 選手(ラトビア)に期待。コーチがかつての名選手 ランビエール 氏で,その滑りは正に ランビエール 流という雰囲気に満ちています。

 田中刑事 選手,ケガ欠場は残念…。次が2週間後の中国大会というのも運がないですね。焦らずに…と言われても,五輪シーズンのケガで焦らないなんて無理。事実上,全日本選手権一発勝負になりますので,それまでのメンタルコントロールが問われることになりそうです。

◆女子シングル

 自国大会に出場する絶対女王 メドベージェワ 選手(ロシア)。FSのプログラムを変更するというニュースが出ていますが,いったいどうなるでしょうか。おそらく,昨季か一昨季のプログラムを再演するのではないかと私は予想しています。個人的には一昨季のプログラムの方が好きで,それを現在の彼女がどう滑るのかを観てみたいところです。このFSの出来が,一番の注目点になるでしょうね。した影響がどう出るかと思われましたが,ジャパン・オープンを観る限り仕上がりは良さそうです。ただ,新プログラム「アンナ・カレーニナ」は,個人的には過去2シーズンと比べ物足りなさを感じています。グランプリシリーズに入りどこまで完成度を上げられるのかが見どころです。

《注記》 変更後が「アンナ・カレーニナ」だったとは知りませんでした。「アンナ・カレーニナ」から別のプログラムに変更すると勘違いしていました。ご指摘をいただき,修正いたしました。

 メドベージェワ 選手のFSプログラム変更というわずかな綻びを突いて,樋口新葉 選手はどこまで迫れるでしょうか。昨季の 樋口 選手は,四大陸選手権と世界選手権という重要な大会で良い成績を残せず,国別対抗戦でやっと理想的な演技を披露しました。国別対抗戦は日本開催で,全日本選手権でも表彰台に上がり続けていることから,樋口 選手は国内で強く海外で力を発揮できない,いわゆる内弁慶タイプかもしれません。今季,イタリアのロンバルディア杯では210点超えを見せてくれましたが,あくまでも前哨戦であり,グランプリシリーズの海外の大会で同等の点数を出せるかどうかが,今シーズンを占う重要なポイントになると私は見ています。でも,この大会に入れ込み過ぎてしまうと,全日本選手権や平昌五輪まで持ちませんので,8割の力でハイレベルのスコアを出すという難しいミッションになります。

 実は対戦カードが一番不運なのが 樋口 選手です。次に出場する中国大会は大激戦で,ベストな演技でも3位に終わる可能性があるので,グランプリファイナルに進むためには,ロシア大会で2位以内を獲ることが絶対条件と言えます。普通に演技すれば2位になりますが,少し失敗すればたちまち他の選手の割り込みを許してしまうことになるでしょう。2位を獲れば,振れ幅が大きかった昨季から進化し,安定感を得る大きなきっかけになると思います。

 今季からシニア参戦の 坂本花織 選手は,応援したくなる雰囲気をたたえる選手の1人。ジャンプをはじめ演技のトータルバランスが素晴らしいです。同門の 三原舞依 選手の昨季の急成長に大いに刺激を受け,今季は自分がその立場になりたいと思っているでしょうし,本田真凛,白岩優奈 らシニアデビュー組に負けなくない気持ちもあるでしょう。モチベーションがとても高いと思いますので,最高の演技をして表彰台に乗ってほしいですね。坂本 選手が表彰台に乗れば,日本女子シングルはさらにヒートアップしてくると思います。

 個人的にロシア勢の中で一推しの ラジオノワ 選手(ロシア)ですが,昨季は失速し,世界選手権のロシア代表にさえ入れませんでした。昨季のプログラムは,日本でもおなじみの モロゾフ 氏振付の王道路線でしたが,彼女の良さが引き出せていなかったと私は感じました。私は4年前,福岡のグランプリファイナルを生観戦したのですが,そのとき観た ラジオノワ 選手の躍動感が素晴らしくて,必ずこの選手は世界を制すると今でも思っています。五輪シーズンの今季,良きプログラムに巡り合えたのかをチェックしたいと思います。

 今季のダークホースになりそうなのが,長洲未来 選手(米)。今になって 3A(トリプルアクセルジャンプ)を組み込む挑戦も素晴らしいですが,今季の彼女は上半身の筋肉が素人目にもとても美しく感じられ,またスケーティングも今までより格段に良くなっているように見えます。なので,近年になく好調なのではないかと私は予想しています。3A が綺麗に決まれば,坂本 選手や ラジオノワ 選手を抑えて表彰台に乗る可能性がかなりあると思います。

 コストナー 選手(イタリア)は,もう出場してくれるだけで眼福。スコアは二の次で,とにかくスケーティングを堪能しましょう。あと,個人的に応援しているのが トゥルシンバエワ 選手(カザフスタン)。羽生 選手や フェルナンデス 選手(スペイン)と同じ オーサー コーチの門下生で,小さい身体ながら強い意志を感じる演技は,宮原知子 選手とはまた違うタイプの修道女系のスケーターなので,いつも姿勢を正して観ています。キス&クライでめったに笑顔を見せないので,良い演技をして笑顔を見せてほしいです。

なぜ女子はダブルアクセルを2本飛ぶのか?:フィギュアスケートのジャンプ戦略

 フィギュアスケートのフリースケーティング(FS: Free Skating)では,男子は8回,女子は7回のジャンプを飛びます。ジャンプはスコアの半分以上に影響しますので,どのジャンプをプログラムに組み込むかが,フィギュアスケートの重要な戦略の1つになるわけです。ところが,よく観ている方の中には「3回転ジャンプがあるのに,女子の FS でダブルアクセルを2回飛んでるのはなぜだろう?」とか,なんでこのジャンプを選んでいるのかな?と思いながら観ている方もいると思います。そこで,ジャンプの種類がどのように決まるのか,そこにどんな戦略があるのかを,ざっくり紹介したいと思います。

 まず,ジャンプの用語や表記を整理します。

  • 【ジャンプの種類】 A =アクセル [8.5],Lz =ルッツ [6.0],F =フリップ [5.3],Lo =ループ [5.1],S =サルコウ [4.4],T =トウループ [4.3] ([  ]:3回転ジャンプの基礎点)
  • コンビネーションジャンプ」…2つ以上の連続ジャンプ,「ファーストジャンプ」「セカンドジャンプ」「サードジャンプ」…コンビネーションジャンプの中の1つ目,2つ目,3つ目のジャンプ
  • 本記事では,単独ジャンプやコンビネーションジャンプといった個々のジャンプ要素を「1」,単独ジャンプや "連続ジャンプの中の個々のジャンプ" を「1」と数えます。例えば,3連続ジャンプは1回で3本のジャンプを飛ぶことを表します。
  • 【表記例】 3A =トリプルアクセル,4F =4回転フリップ,3Lz+3T =トリプルルッツ→トリプルトウループのコンビネーションジャンプ
 FS におけるジャンプのルールは,以下のように規定されています。
  • [A] 男子は8回,女子は7回。
  • [B] アクセルジャンプを1本は必ず入れる。
  • [C] コンビネーションジャンプは3回まで。その中で3連続ジャンプは1回まで。よって,男子:8回・12本,女子:7回・11本までとなる。
  • [D] 3回転以上の同じ種類のジャンプは2本まで。その2本のうち1本は必ずコンビネーションジャンプに含める。(2A も2本までだが,2本とも単独ジャンプでも構わない)
  • [E] 2本飛ぶ3回転以上のジャンプの種類は2種類まで。
 [D] のルールにより,例えば 3Lz が得意な選手でも 3Lz は2本までしか飛べませんし,一方はコンビネーションにしなければならないので,例えば,3Lz+3T と 3Lz というような構成にする必要があります。

 [E] のルールはさらに悩ましい制約です。例えば,3Lz+3T, 3Lz, 3F+3T, 3F というジャンプ構成は不可能です。なぜなら,3Lz, 3F, 3T の3種類が2本ずつ入っているからです。2本飛んでいいのは2種類までなので,この例の場合,どれかを1本に減らす必要があります。

 上記のルールを総合すると,3A を飛べない大多数の女子選手は,FS で7回11本あるジャンプの中に,3回転ジャンプを5種類7本しか入れられません。よって残り4本のうち2本を 2A でカバーするのは必然的な選択になります。だから,女子は FS で 2A を2本飛んでいるのです。

 スコア戦略を紐解くために,具体的なジャンプ構成を例示します。3A を入れないケースでは,点数が高い Lz と F を2本ずつ飛び,コンビネーションジャンプも点数が高いものを組み入れると点数が高くなりそうです。考えられる典型的なジャンプ構成が下記です。

【パターンA】 3Lz★, 3F★, 3Lo, 2A★; +3T, +2T, +1Lo+3S 《基礎点:44.8》

 表記の見方を説明します。

  • 」はそのジャンプを2本飛ぶことを意味します。「」から始まるのはコンビネーションジャンプのセカンド&サードジャンプです。セカンド&サードジャンプはどのジャンプと組み合わせてもスコアは同じなので,これらを分離して書いています。例えば,"3Lz+3T と 3F" でも "3F+3T と 3Lz" でもスコアは同じなので,これらは "3Lz, 3F, +3T" と表しています。
  • 基礎点》は,ジャンプの回転数や種類に応じて与えられる点数です。実際には,演技後半の時間帯に実施した場合のボーナス点(基礎点が1.1倍になる),ジャンプの回転が不完全(回転不足やダウングレード)な場合の減点(回転不足だと基礎点が0.7倍になる),上述のルールに違反した場合の減点によって基礎点が変わりますが,これらを考えない点数を記しています。
 【パターンA】は 3Lz と 3F を2本ずつ入れ,3T と 3S をセカンド(サード)ジャンプで使うので,残る3回転ジャンプである 3Lo を単独ジャンプ(またはファーストジャンプ)に入れると,単独ジャンプとファーストジャンプが計5本となり,残りの2本が 2A になります。

 しかし,実際に【パターンA】を採用する選手はめったにいません。今季のトップ選手では ソツコワ 選手(RUS)だけがこの構成を採用しています。なぜなら,Lz と F の両方をきちんと飛べて(これを「Lz と F の飛び分けができる」なんて言います),かつ Lz と F の両方でコンビネーションジャンプを飛ぶというのは,女子にとってはとても難度が高いのです。ほとんどの女子選手は Lz と F の飛び分けが不得手なので,得意な方だけを2本にします。Lz が得意な選手なら【パターンA】の F を1本 Lo に変えると,

【パターンB】 3Lz★, 3F, 3Lo★, 2A★; +3T, +2T, +1Lo+3S 《基礎点:44.6》

になり,これなら点数もほとんど変わりません。これは今季 ポゴリラヤ 選手(RUS)が採用しています。ところが,+1Lo+3S 自体は点数が高いのですが,これを入れるとルールの制約上 +2T を入れざるを得なくなり,合計点が思ったほど高くなりません。実は +1Lo+3S よりも,+3T を2本入れる構成の方が合計点が高くなります。

【パターンC】 3Lz★, 3F, 3Lo, 3S, 2A★; +3T★, +2T+2Lo 《基礎点:45.1》

 これは今季の 宮原知子 選手が採用していて,素晴らしいスコア戦略だなぁと感じます。多くのトップ選手は【パターンB,C】のどちらかの構成をベースに,3Lz の代わりに得意なジャンプを2本飛びます。現世界女王メドベージェワ 選手(RUS)でさえ,

【パターンD】 3Lz, 3F★, 3Lo, 3S, 2A★; +3T★, +2T+2T 《基礎点:43.9》

の構成です。Lz ではなく F を2本飛び,+2T+2Lo より点数の低い +2T+2T を入れているので,けして高いスコアではありません。彼女の強さは,基礎点ではなく出来栄え点(GOE: Grade Of Execution)と演技構成点(PCS: Program Component Score)にあると言えます。

 ところで,ここまで紹介したパターンは,スコアの差が1点程度で,大きな差ではありません。ですから「女子のジャンプ構成はほぼ上限まで来ていて,出来栄えの差が勝敗を分ける」と言われているのです。では,スコアを伸ばすにはさらにどのような策があるでしょうか。代表的な戦略を2つ紹介します。

 1つめは,セカンドジャンプに Lo を入れることです。+3T を +3Lo に変えれば +0.8点,+2T+2Lo を +2Lo+2Lo に変えれば +0.5点 と少なからぬプラスが得られます。しかし,セカンドジャンプの Lo は難度が高く,この戦略が使える選手はほとんどいません。ただ,今のジュニア世代は Lo のセカンドジャンプを習得している選手が多く,平昌五輪後は +3Lo を観る機会が増えそうです。

 もう1つは,言わずもがなの 3A です。これが飛べれば 2A を1本にすることができます。3A を飛ぶ 浅田真央 選手のジャンプ構成は,

【パターンE】 3A, 3Lz, 3F★, 3Lo, 3S, 2A; +3Lo, +3T, +2Lo+2Lo 《基礎点:50.9》

で,メドベージェワ 選手(RUS)の【パターンD】より7点も高いのです。3A に加え,Lo のセカンドジャンプを2本入れていることが効いていて,この構成は今でも世界トップを独走しています。高難度なので失敗のリスクも高いですが,成功すると世界最高得点も狙える構成なので,ぜひ成功させてほしいです。

 このように 3A が入ると,点数面のメリットに加え,3回転ジャンプが6種類8本に増やせるので,ジャンプ構成の自由度が上がります。3A に挑戦する女子選手が増えてきているのは,話題性だけでなく,スコア戦略という側面もあるのです。

 さて,これが男子になると,3A や4回転ジャンプが加わってきますので,スコア戦略はさらに多様になります。男子のスコア戦略については,別の機会に考えてみたいと思います。

 以上,ジャンプに関する戦略の一端をご紹介しました。どんなジャンプ構成なのかを意識しながら観戦すると,また違ったフィギュアスケートの楽しみ方ができると思います。まずは「2本飛ぶのが Lz か F か?」や「3連続ジャンプは +1Lo+3S か +2T+2Lo か?」などに注目しながら観ると面白いと思います。

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