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羽生結弦

グランプリファイナル2019感想:羽生・紀平 打ちひしがれる完敗

 フィギュアスケートの今年のグランプリファイナルは,羽生結弦 選手が2位,紀平梨花 選手が4位に入りました。これはほぼ実力どおりの順位であり,さらに上位を狙ったものの健闘したと言える順位ではあります。しかし内容は点数差以上に完敗でした。来年3月の世界選手権に向け,両選手とも大きな課題を抱えてしまいました。

 羽生 選手も 紀平 選手も,自分たちがめざしていたレベルの演技構成をライバルに完璧に遂行され,歴代最高得点(2018/19シーズン以降の新採点規則)を塗り替えられてしまいました。自分では不可能なほど高度な演技構成だったり,奇策がハマったりしたのであれば,今回は仕方ないと諦めがつきますが,優勝選手は男女共に,彼らと同等レベルの演技構成を,極めて高い完成度で実施しており,自分たちがやりたかったことをやられてしまったのです。こういう負け方はかなりダメージがあると思います。

 まずは,ネイサン・チェン 選手(米)と 羽生結弦 選手の男子シングルから見ていきましょう。FS(Free Skating,フリースケーティング)の演技構成が,大会前に本ブログで紹介した構成よりもグレードアップしていましたので,当日の演技構成と,スコアの結果にどう表れたのかを表にまとめました。他の男子選手には申し訳ありませんが,チェン・羽生 両選手に絞りました。

表: 演技構成表 - グランプリファイナル2019 男子シングル
(各表はクリックしてご覧ください)
FigureSkateScoreList2019GPFmen2

表: 得点結果分析表 - グランプリファイナル2019 男子シングル
FigureSkateScoreResult2019GPFmen

 羽生 選手はFSで2年ぶりに 4Lz を実戦投入して4回転ジャンプを4種類5本にしてきましたが,これは今シーズン初で,過去にもほとんど実施したことがない構成であり,SP(Short Program,ショートプログラム)で点数を離されたことでギャンブルをせざるを得なくなりました。表の中で,3A の所に 1.6 という数字が出てきますが,これは 3A+3A というシークエンスジャンプの点数を表現しています。本来は 2 であるところを,シークエンスジャンプは点数が 0.8 倍になるので,2×0.8=1.6 となります。

 一方,羽生 選手の構成アップを予想した チェン 選手も,4Lz と 4F を同時投入し同じく4回転4種類5本にしてきましたが,チェン 選手は過去に4回転5本の構成を何度も実施しています(平昌五輪は4回転6本)ので,今シーズン初とはいっても経験値が全然違いました。苦手な 3A を1本にして,2連続ジャンプを2回とも +3T にするという盤石なスコア戦略も見事でした。

 観戦された方の中には,羽生 選手が チェン 選手にトータル 40 点以上も離されたことについて,点数が開きすぎでは?と感じた方もいたと思います。しかし,得点結果分析表を見ると,技術点に関して,基礎点だけでなく GOE(Grade Of Execution,出来栄え)加点でも大きく差がついたことが分かります。2018/19シーズン以降の新採点規則では,GOE 加点は基礎点に対する比率として点数化されるので,基礎点が下がると GOE 加点も下がります。羽生 選手は,演技後半のボーナスタイムでミスが相次ぎ,基礎点が下がってしまったことで GOE 加点も伸び悩みました。GOE 加点が武器である 羽生 選手が,チェン 選手に GOE 加点だけでトータル 20 点も差をつけられたのは屈辱的だったと思います。

 羽生 選手のFSは,演技前半は 4Lo も 4Lz も素晴らしい出来で,大逆転が期待できる内容でした。しかし,4Lo と 4Lz を同時投入したツケが演技後半に噴出。やはり急なジャンプ構成の変更は,羽生 選手を持ってしても極めて困難なミッションでした。それを見届けてからリンクに立った チェン 選手は,精神的な余裕もあってか,ジャンプに全く淀みがない完璧な内容で,4回転5本の先駆者としての凄みさえ感じられました。最高でトータル 333 点と見ていた私の予想を超え,基礎点が上がったこともあって 335 点という歴代最高得点に到達しました。

 チェン 選手の演技構成と完成度は,羽生 選手でも遂行可能なレベルのものでした。それなら,羽生 選手が絶好調ならば次の機会には競った戦いができる … 羽生 本人がそのようにコメントしましたし,報道もそのようなトーンが多いですが,あまりにも楽観的だと私は思います。今回の内容を,今までの蓄積として披露し完璧だった チェン 選手と,蓄積不十分なままギャンブルを仕掛け跳ね返された 羽生 選手。この差は非常に大きいです。しかも,羽生 選手はコンディションも万全でありながら敗れてしまった。昨季の世界選手権の負けは,羽生 選手がケガ明けだったという言い訳ができますが,今回の負けは完全なる力負けです。羽生 選手の「点差ほどの差は無い」というコメントは,本心ではないはずです。聡明な 羽生 選手は,自分がやるべき内容を チェン 選手に完璧に遂行されたという,今回の負けの意味を強く理解した上で,自分を発奮させるためにそう言うしかなかったのだと思います。そのくらい,羽生 選手は強い危機感を抱いていると思います。

 しかし,この差を埋めるのは簡単ではありません。PCS(Program Component Score,演技構成点)でも チェン 選手は 羽生 選手と肩を並べており,今回のファイナルで GOE も同等レベルに達しました。こうなると基礎点の勝負になってくるのですが,4回転5本の安定感が高い チェン 選手を上回るには,単に 4A を入れればよいという話では収まりません。4A を入れても4回転5本ではさほど基礎点を引き上げることはできず,4A の失敗リスクが付いて回ります。かといって 4A 入り4回転6本は体力的に無理な構成でしょう。4A はとても魅力的ですが,4A が チェン 選手に勝つ武器になると考えているようでは,この先 チェン 選手に勝てないままだと思います。4Lz が復活した今なら4回転4本と 3A 2本でも十分勝負できますので,足下をしっかり固めて世界選手権を迎えてほしいです。

 続いて,ロシアのシニアデビュー3人娘と 紀平梨花 選手の女子シングルを振り返ります。こちらも男子シングル同様,2つの表を載せます。

表: 演技構成表 - グランプリファイナル2019 女子シングル
FigureSkateScoreList2019GPFladies2

表: 得点結果分析表 - グランプリファイナル2019 女子シングル
FigureSkateScoreResult2019GPFladies

 演技構成をシーズン中よりも引き上げた選手が続出しました。トゥルソワ 選手はSPで 3A に,FSで4回転5本の構成にトライしました。シェルバコワ 選手はFSで 4F を入れ4回転3本にチャレンジしました。そして,紀平 選手はFSで 4S を実戦で初めて投入しました。転倒してしまいましたが,回転は認められたので,女子史上初めて 4S と 3A の基礎点を同時に獲得しました。

 しかし,優勝したのはシーズン中と同じ構成で完璧な演技を実施した コストルナヤ 選手でした。4回転が無くても,3A 3本で歴代最高得点を記録しました。この勝ち方に対して最も悔しい思いをしているのは,演技構成が同等の 紀平 選手でしょう。昨季のグランプリファイナルは,3A を武器に初出場で初優勝をさらいましたが,今回はその武器を持っているだけではダメで,演技の完成度を伴っていた コストルナヤ 選手が優勝を手にしました。得点結果分析表を見ると分かるように,コストルナヤ 選手の勝因,そして 紀平 選手の敗因は GOE です。ジャンプの失敗があった 紀平 選手の GOE 加点率はわずか 8% しかなく,これでは 29% という高い GOE 加点率の コストルナヤ 選手に太刀打ちすることはできません。

 今回のファイナルで実は評価を上げたのが シェルバコワ 選手です。FSでは新たに 4F を入れてきましたが,大きな失敗はこの 4F の転倒だけで,他の演技要素はとても良い出来でした。PCS も素点平均が8点台後半に乗り,トータル 240 点を記録しました。高難度ジャンプと表現力のバランスが良く,今後 4F が安定し PCS も伸びてくれば,トータル 250 点を最初に記録する選手になると思います。

 紀平 選手は本来の力を出し切れなかったとは言え,これだけの差がついてしまうと,今までと同じ演技構成では勝ち目が乏しくなります。今回初めて実戦投入した 4S は,スコアとモチベーションを共にアップさせる意味で大切なジャンプになってくるでしょう。先日の記事でも指摘したように,4S が安定し 3Lz が飛べるようになって初めて,ロシア3人娘と戦う土俵に乗ることができると思います。ザギトワ 選手(ロシア)が競技会を欠場するというニュースが飛び込んできた今となっては,紀平 選手が3人娘に対抗できる唯一の存在になるでしょう。今回の悔しさをバネに,全日本選手権や世界選手権でどんな演技を魅せてくれるのか,紀平 選手の巻き返しに期待したいと思います。

グランプリファイナル出場選手スコア比較:男子シングル編

 フィギュアスケートのグランプリファイナルに出場する選手のスコアの比較表を作ってみました。まずは男子シングルの6名。

FigureSkateScoreList2019GPFmen

▲▲▲ クリックしてご覧ください ▲▲▲

 男子は 羽生結弦 選手と ネイサン・チェン 選手の2強対決ですが,スコアを見ると他の選手も大きく離されてはいないことが分かります。特に,サマリン 選手は2強に並ぶスコアを取れるジャンプ構成になっています。ただし,今季,この構成を成功させたことは一度も無く,3連続ジャンプも 3Lz+3T+2Lo という非常に難しいジャンプなので,成功確率はなかなか上がらないでしょう。ですが,4Lz と 4F の両方を,SPにもFSにも組み込むという意欲的なジャンプ構成なので,ぜひ成功させてほしいと願っています。

 4Lz を飛べる選手が4人もいるのが驚きです。4Lz でスコアを稼げるからこそ,ファイナルに残れたと言えるでしょう。羽生 選手も 4Lz を飛べますが,ケガの原因にもなったジャンプなので,確実性が上がるまでは使わないと思います。どうしても 4Lz は失敗のリスクが高いですから,使わずに戦える 羽生 選手は別の強さを備えています。SPのボーナスタイムに注目すると,ボーナスタイムに連続ジャンプを入れているのは 羽生 選手と チェン 選手だけで,しかも2人とも 4T+3T です。4T の成功確率が高く,ボーナスタイムに入れられるほど自信を持っているこの2人の実力は,やはり飛び抜けています。

 ここからは,羽生 選手と チェン 選手の戦いに焦点を絞ります。FSでは チェン 選手が 4Lz を使うのに対し,羽生 選手は他の選手が誰も飛べない 4Lo を入れて独自性を出しています。これで1点の得点差が出るのですが,FSトータルでは 0.37 点しか差がありません。羽生 選手は 3A2本ともボーナスタイムに入れ,ボーナスタイムの3つのジャンプを全て連続ジャンプにするというチャレンジによって,点差を詰めています。羽生 選手はボーナス加点率が唯一 5% を超えており,演技後半にスコアを稼ぐ構成になっているのですが,連続ジャンプを後ろに持ってくると失敗したときリカバーができないので,非常に緊張感が高く,ジャンプに自信が無いと組めない構成です。

 一方,チェン 選手は難しい連続ジャンプ2つを前半に持ってきており,ボーナスタイムは +2T という軽めの連続ジャンプしか入れていません。前半で失敗しても後でリカバー可能にするリスク対策を採っているわけです。かといってボーナスタイムが楽なわけではありません。ボーナスタイムに4回転を2本入れているのは チェン 選手だけであり,4回転に自信があるからこそボーナスタイムに組み込んでスコアをアップさせているのです。

 2人が揃って今シーズン新たに挑戦しているジャンプがあります。3連続ジャンプを +1Eu+3F にする,いわゆるサードフリップです。これは +1Eu+3S の亜種で,最初に取り入れた 宇野昌磨 選手と ヴィンセント・ジョウ 選手(米)の2人しか実施していませんでした。羽生,チェン 両選手は共に 4T+1Eu+3F という,4回転に付ける大技に挑んでいます。ファイナルでは,このジャンプの成否が勝敗を大きく左右すると思います。

 さて,ついジャンプに注目しがちですが,このような比較表を眺めていると面白いことが見えてくるもので,FSのスピンに関して 羽生 選手と チェン 選手だけがコンビネーションスピンを2回入れています。コンビネーションスピンの方がスコアが高いので,どの選手も2回入れているのかと思いきや,他の選手は1回しか入れていません。このことから,この2人はスピンも得意なのだということが分かります。2人のコンビネーションスピンはとても華があり,完成度も高いので,得点源になっています。これもまた,2人の実力が抜きん出ている理由の1つですね。

 2人の対決はほぼ互角と考えていいでしょう。羽生 選手は 4Lo,チェン 選手は 3A の出来が鍵になりそうです。チェン 選手の 4S や 3A の調子が今一つならば,これらに代えて 4F を投入する可能性もあり,そうなれば 4Lz と 4F が同時に観られることになるので,これはこれで楽しみです。

 歴代最高得点にも期待がかかります。完璧な演技ならどのくらいのスコアになるか考えてみます。2人の技術点の基礎点は,ジャンプが全て成功してスピンやステップのレベルも全て最高だった場合,SPとFSの合計で約 140 点。これに技の出来栄え点(GOE: Grade Of Execution を基に算出)が加点されますが,GOE の平均が 3.5 の場合,出来栄え点は 140×3.5×10% = 49 点。よって,技術点はトータル 189 点。さらに PCS(Program Component Score,演技構成点)が満点の96%を獲得すればSPとFSの合計で 144 点で,トータルスコアは 333 点出る計算になります。現在の歴代最高得点(2018/19シーズン以降の現行ルール)は,チェン 選手が昨季の世界選手権で出した 323 点台ですから,十分に更新可能であることが分かると思います。2人揃って 330 点を超える大会になるかもしれませんね。

NHK杯感想:羽生結弦 紀平梨花 冷静にグランプリファイナル進出 【スポーツ雑誌風】

 女子シングル。わずかな綻びがあったとはいえ良い内容でSP(Short Program,ショートプログラム)をまとめた 紀平梨花 だったが,驚異の85点台をたたき出した コストルナヤ (ロシア)に6点差をつけられ,内心穏やかではなかったはずだ。目の前の勝負だけを考えるなら,FS(Free Skating,フリースケーティング)での4回転ジャンプ投入を焦るところだが,マスコミには4回転あるぞとリップサービスをしつつも,紀平 陣営は冷静だった。4回転を入れずに,しかし GPF(グランプリファイナル)に向けた宣戦布告をFSで仕掛けてきた。FSのジャンプ構成を見てみよう。

【紀平梨花 NHK杯 FS】 3S 3A+2T 3F 3A / 3F+3T 2A+2T+2Lo 3Lo

《凡例》 A:アクセル,Lz:ルッツ,F:フリップ,Lo:ループ,S:サルコウ,T:トウループ,Eu:オイラー
     /:ここから右はボーナスタイム(基礎点 1.1 倍)

 今までは,3A を最初の2つのジャンプに入れていた。高難度のジャンプを最初に飛ぶのは当然の選択だ。しかし,NHK杯FSのジャンプは,最初に 3S から入る上述の構成を試し,2つの 3A を完成度高く決めて見せた。 3A に関する以下の記録は,女子では史上初である。

  • 最初の 3A が2回目のジャンプ
  • 3A を4回目のジャンプで飛ぶ
  • 2本の 3A の間に別のジャンプが入る

 最初の 3S は当然,将来入れる 4S への布石だ。4S → 3A+2T → 3A だと飛ぶ方も体力が要るし,プログラム全体で見ると頭でっかち過ぎる。そこで,3つめのジャンプでワンクッション置き,4つめに 3A を入れたと考えられる。これで前半の4つのジャンプはとてもきらびやかなものになる。

 4S を解禁し,さらにケガの影響で控えていた Lz (ルッツ)が戻ると,以下のようなジャンプ構成が予想できる。

【紀平梨花 FS 将来予想】 4S 3A+2T 3Lz 3A / 3Lz+3T 3F+1Eu+3S 3Lo

 鳥肌が立つ素晴らしいジャンプ構成だ。4回転と 3A の同時成功はもちろん女子史上初の快挙になる。4S 投入によって余った 3S は3連続ジャンプに使うことができるので,3連続ジャンプの基礎点も上がる。また,Lz と F を両方難なく飛び分けられる 紀平 だからこそ,Lz を2本使いつつ,3連続ジャンプを F に付けることができる。

KihiraRikaJumpCompare2019

 NHK杯では,4S も 3Lz も飛ばない構成で,伸びしろも残しながらFSで 150 点を超えてみせた。上述の将来構成はNHK杯よりも基礎点が10点高い。そして,この重厚なジャンプ構成が成功すれば PCS(Program Component Score,演技構成点)もさらに引き上がるだろう。ロシアのシニアデビュー3人娘(コストルナヤ,シェルバコワ,トゥルソワ)と十分戦える状況になるのだ。このような将来への可能性を示せたという点において,NHK杯はたいへん価値ある2位と考えていいだろう。

 2週間後の GPF で上述のジャンプ構成が披露されるかどうかは未知数だが,焦りは禁物だ。GPF は,その構成に着々と近づく姿を見せて,ロシア勢にプレッシャーを与えられれば,既に GPF 女王の称号を得ている 紀平 が順位にこだわる必要は無い。紀平 陣営の真のターゲット,それは3月の世界選手権なのだから。

 とはいえ,コストルナヤ の完成度の高さが現実の脅威であることは間違いない。3A をSP,FS計3本入れ,ジャンプ構成でも 紀平 と真っ向勝負を挑んでいる。PCS も,シニアデビューながら既に 紀平 とほぼ互角のスコアを得ている。3A は高さと回転姿勢が素晴らしく,紀平 と同等かそれ以上の完成度がある。今季の コストルナヤ は,昨季までの綺麗さに力強さが加わった印象があり,その体力や筋力が,3A の安定と細部まで行き届いた表現を生んでいるように感じられる。4回転ジャンプを武器とする トゥルソワ や シェルバコワ ほどの活躍は難しいのではないかという私の予想は外れ,ジャンプの安定度と PCS の高評価から考えると,コストルナヤGPF 優勝の筆頭候補と言うべき存在になった。NHK杯では,FSの伸びしろを残しながらもトータル 240 点を記録しており,GPF で PCS の上乗せができればトータル 245 点に届く可能性がある。

 GPF の女子シングルは,紀平梨花,ロシア3人娘(コストルナヤシェルバコワトゥルソワ),ザギトワ (ロシア),テネル (米)が競演する。230 点でも表彰台を逃す可能性があるという,極めてハイレベルな大会になる。この6選手を一度に観られる2週間後が今から待ち遠しい。

 男子シングル。SPがほぼ完璧だった 羽生結弦 に歴代最高得点の期待がかかったが,その達成は GPF までお預けとなった。FS後半最初のジャンプである 4T+1Eu+3F は 羽生 といえども難易度が非常に高い。後半の4回転,4回転からの3連続,今季から取り入れたサードフリップ(=3連続ジャンプの3本目が 3S ではなく 3F)という3つのハードルが重なるからだ。かなり質の良い 4T が必要なことから,ジャンプの入りに慎重になってしまったのかもしれない。これが 2T になってしまったことでスコアは伸びなかったが,その後の 4T+3T3A+1Eu+3Sリカバー羽生 の冷静さと好調さを示すものだった。4回転からの連続ジャンプと 3A からの3連続ジャンプ,これらを最後の2つとして成功させるなど並大抵のことではなく,それだけ心技体が充実していた証だと思う。

 実は,グランプリシリーズを2連勝し負傷も無いのは 羽生 史上初めてのことだ。2戦連続 300 点超えも初。今までで最高のシーズン前半を送っていると言えるのだ。今シーズンこそ,世界選手権までケガ無く活躍してほしいと切に願っている。

 GPF では,宇野昌磨 との対戦が叶わなかったのは寂しいが,ネイサン・チェン (米)との対戦が実現する。グランプリシリーズのスコアだけを見れば 羽生 が優勢に見えるが,グランプリシリーズの チェン は明らかに本気を出しておらず,ファイナルに向けて万全の調整をしてくるだろう。NHK杯から中1週しかない 羽生 は日程面ではハンデを負うが,NHK杯 → GPF → 全日本 と2週間おきに大会があるこのサイクルに日本選手は慣れているし,羽生 はこのサイクルの中で何度も GPF を制してきたので,全く問題ないだろう。羽生 の3年ぶり5度目の制覇か,チェン の3連覇か,2人の頂上対決が今からとても楽しみだ。

NHK杯プレビュー:羽生結弦 紀平梨花 出場

 今週末は,フィギュアスケート グランプリシリーズ6戦目の日本大会。今年は 札幌 開催となるNHK杯です。出場選手の面でも,グランプリファイナル進出者が決まるという意味でも,とても楽しみな大会です。細かく書く時間が取れませんので,普通の新聞記事レベルになってしまいますが,見どころを書いておきます。

 男子シングルは,なんといっても絶好調の 羽生結弦 選手が観られることが楽しみです。前回のカナダ大会もかなり良い演技でしたが,それを超えて,平昌五輪後の新採点ルールにおける最高得点記録が達成されるかもしれません。2015年,長野 開催のNHK杯で当時の最高得点を塗り替え,初めてトータル300点台を記録した,あの再現を否応なく期待してしまいますが,今シーズンの 羽生 選手ならやってくれそうな予感がします。くれぐれも(平昌五輪シーズンのように)張り切りすぎてケガなんてことだけはないように…。

 他の日本選手は,山本草太島田高志郎 の2選手。2人とも期待の若手で,とても良い演技をするので,ぜひ観てほしいです。出場が前半グループになると思うので,放送の早い時間に登場してきますのでお見逃し無く!

 海外勢では,卓越した表現力を持ち熱烈な日本通の ジェイソン・ブラウン 選手(米)と,昨シーズンから頭角を現し,スケーティングが抜群の エイモズ 選手(フランス)が楽しみです。順当なら,彼らと 羽生 選手が表彰台に上るでしょう。

 女子シングルは,当然,紀平梨花 選手を応援します。SP(Short Program,ショートプログラム)とFS(Free Skating,フリースケーティング)合わせて3本3A(トリプルアクセル)を綺麗に入れた上で,プログラム全体の完成度が高ければ優勝間違いなし…と全く言い切れなくなってしまった今シーズン。紀平 選手以外にも3Aを3本入れる選手が現れました。ロシアの若手3人娘の1人,コストルナヤ 選手の3Aは単に飛べるというレベルではなく,高さが高くとても見栄えがする,質の高い3Aです。また,PCS(Program Component Score,演技構成点)も既にFSで72点(満点の90%)に迫るスコアを出しており,3Aと PCS の両面で 紀平 選手と戦える力を持っています。紀平 選手は多彩な表現力が大きな魅力ですが,コストルナヤ 選手は力強さと美しさが共存するというこれまた希有な魅力を持っていますので,この2人の対決はたいへん楽しみです。

 ここに,平昌五輪女王にして現世界女王の ザギトワ 選手(ロシア)も加わるのですから,この3選手のうち誰かは銅メダル以下という,とんでもなくハイレベルな大会になります。ザギトワ 選手は今シーズン絶好調とは言えませんが,大好きな日本で初のNHK杯出場なので,モチベーションは高いと思います。3選手が良い演技をした場合,トータル230点でも銅メダルという驚異的なことが起きるかもしれません。

 男女ともシングルは金曜日にSP,土曜日にFSが行われ,女子SPの前半以外はNHKの地上波で放送されます。特に男子は,どちらも夜7時半からのゴールデンタイムに実施されますので,前半グループからしっかりと観ていただくことをお勧めします。

 フィギュアスケートはどうしてもシングルに注目が行きがちですが,今年も楽しみなのはアイスダンス。昨年に引き続き,パパダキスシゼロン 組(フランス)が出場してくれます。技術,芸術性,完成度,存在感,全てが圧倒的で異次元。アイスダンスはシングルに比べると物足りなく感じられる方もいるかもしれませんが,彼らを観るとアイスダンスの魅力がわかると思います。彼らが来日してくれて,彼らの映像を生放送で鮮明に観ることができるのは本当に貴重です。金曜日のSP,土曜日のFS共に午後0時台という昼間の実施で,かつBS放送ですが,ぜひ観ていただきたいです。

宇野昌磨 またも 羽生結弦 を超えられず 【世界フィギュア2019感想:男子シングル】

 フィギュアスケートの世界選手権。表彰台を逃した 宇野昌磨 選手は,母国開催で期待に応えられなかった自分を責め,打ちひしがれたことでしょう。順位は気にしないという今までのスタンスを変え「優勝する」「周囲の期待に応える」と宣言して臨んだ今シーズン。四大陸選手権では,コンディションが良くない中でFS(Free Skating,フリースケーティング)の今季最高得点を上げ,良い流れで世界選手権を迎えました。しかし,宇野 選手を象徴するジャンプである 4F が,SP(Short Program,ショートプログラム)もFSも共にミスになり,全体的に精彩を欠く演技になってしまいました。

 ケガの快復が思わしくなく,練習が十分に積めない状況だったとはいえ,それでも試合を成り立たせる力は四大陸選手権で確立したはずでしたが,母国開催,羽生結弦 選手との勝負などの様々なプレミアム感が,宇野 選手の正確さや冷静さを奪ったのかもしれません。SPで先行すれば,FSが今シーズン比較的良かったので,ライバルにプレッシャーをかけられたのですが,SPで ネイサン・チェン 選手(米)に先行を許す展開になってしまい,FSが完璧でなければ,という状況に追い込まれてしまいました。追い込まれたとき強い選手もいますが,今大会の 宇野 選手はその強さを発揮できませんでした。

 周囲の期待に応えると宣言したものの実力を発揮し切れなかったとなると,結果論としてこのアプローチは 宇野 選手に合っていなかったのかもしれません。出場する大会に優勝したい気持ちはどの選手も持っているでしょう。しかしそれを言葉にすると,気持ちが不十分な場合,自分が発した言葉の大きさに気持ちが負けてしまうことがあります。さらに練習不十分という状況が重なれば,言葉・心・体がうまくかみ合わず,何かしっくりこないまま試合を迎えてしまったのかもしれません。宇野 選手は今,言葉を発することの難しさを痛感していることでしょう。

 羽生 選手の生き様に触発される気持ちはとてもよくわかりますが,やっぱり 宇野 選手は,表向き順位に興味がない顔をしながら,内に秘めた闘志をスケートに凝縮させる,という姿が似合っているように思います。様々な心の動きを自身の中に封じ込め「五輪は他の大会と変わらなかった」と言い放った姿こそ 宇野 選手らしさだなと思うんです。この姿に戻るにせよ,今シーズンの姿勢を今後も貫くにせよ,今回の経験で 宇野 選手は,自分の心と体の奥深くにある高いレベルの闘争心を呼び起こし,来シーズンさらなる覚醒を魅せてくれると期待しています。

 宇野 選手との直接対決で今回も上位になった 羽生結弦 選手は,いかにして言葉を発するか,ケガを抱えながらいかに最高のパフォーマンスを発揮するか,これらを 宇野 選手に身をもって示すかのようでした。これまでの 羽生 選手は,ケガ明け4ヶ月ぶりの実戦での五輪2連覇が記憶に新しいですが,それ以外にも,東日本大震災の被災経験6分間練習での衝突事故からの復活など,極めて難しい状況を何度も乗り越えており,言葉の発信の仕方,気持ちモチベーションの高め方,身体の状態の見極め試合本番への調整力,こういったスキルが常人離れしたレベルにあります。

 今大会も昨年の平昌五輪と似たような状況になりましたが,母国開催ということもあり,高い集中力を発揮しました。FS前日の公式練習で 4Lo がうまく決まらず,氷上練習の後リンクの脇でイメージトレーニングをするという珍しい光景が見られましたが,これも 羽生 選手の傑出した調整能力を示すものでした。羽生 選手は,FSで最も重要なのは冒頭の 4Lo だと考え,4Lo を必ず成功させるという点に注力していました。他のジャンプにも不安はあったはずですが,鍵は 4Lo にあるという見極めと,それを成功させるための調整法(今回はイメージトレーニング)が見事だなぁと感嘆させられました。

 実際のFSでは見事に 4Lo を成功させて波に乗り,4S が回転不足になったもののミスはこれだけで,4T+3A のシークエンスジャンプも決まり,FSの得点が 200 点,SPとのトータル300 点に到達しました。しかし,演技をよく見ると,ジャンプの間のつなぎの部分や,ステップなどは全力で実施していないように見え,ジャンプを揃えることを第一に考えていたように感じました。これもまた,コンディションが万全ではない中で,スコアを最大にするために何が大事かを考えた結果ではないかと考察します。例えば,FSのステップはレベル3にとどまり,レベル4に比べ(基礎点と GOE 加点の合計で) 0.8 点落としていますが,4回転ジャンプで少し着氷が乱れただけでも2~3点下がることを考えれば,ジャンプに注力することは現実的な判断なのです。こういう戦略を自分自身で徹底的に考え抜き,それを実行できることが 羽生 選手の強さの秘訣でもあります。

 結局,今大会のシングル日本選手で表彰台に乗ったのは 羽生 選手だけであり,大舞台での 羽生 選手の強さが改めて浮き彫りになりました。しかし,ケガ明けの難しさがあった半面,出場した試合数が少なく,疲労の蓄積に関しては他の選手と条件が同じではありません。他の日本選手は 羽生 選手も出場したグランプリシリーズ2戦の後,グランプリファイナル,全日本選手権,四大陸選手権という,いずれも緊張感の高い試合に出場しているのですから,シーズン終盤の世界選手権でミスが出てしまうのもやむを得ないことなのです。今大会の結果は,もったいないなぁと思う反面,それを責める気に全くなれないのは,日本選手がどの試合も全力で取り組んでいることを観てきたからです。

 羽生 選手が他の選手と同じ大会に出場した上でこの成績を残したのであればもっと喜べたはずで,今回の世界選手権の結果はやや複雑な気持ちで受け止めています。ただ,それは 羽生 選手が一番わかっていることであり,だからこそ優遇措置で出場した世界選手権で結果を残そうと,全力を尽くした結果でもあります。ただ,スポーツ選手はまず試合に出ることが最も大事であり,自分責任の負傷による欠場は問題ありなのです。私はこの点において,シニアデビュー以来,主要大会の欠場がない 宇野 選手は素晴らしいと思いますし,だからこそ,今大会は 宇野 選手が 羽生 選手より上位に来るという結果も得てほしかったのです。来シーズンはシーズンをフルに戦ってもらい,羽生 vs 宇野 の対決を何度も観たいものです。

 その 羽生 選手を完全に上回ったのが ネイサン・チェン 選手でした。4回転ジャンプの安定感は抜群で,4Lz と 4F を両方決めたのは チェン 選手だけでしたし,苦手の 3A でもかなりの GOE 加点を得ていました。身体や手先の動きに余裕が感じられ,ジャンプだけでなく演技全体の躍動感がすごかったです。羽生 選手のような滑らかでしなやかなスケーティングとは異なり,チェン 選手は力強さや躍動感がありながらも力みの少ないスケーティングで,今大会は間違いなく チェン 選手史上最高の演技でした。PCS (Program Component Score,演技構成点)も 羽生 選手に迫る得点が出ており,仮に 羽生 選手や 宇野 選手が完璧でも歯が立たない内容でしたから,チェン 選手の完勝でした。羽生 選手も 宇野 選手も,来シーズンは基礎点を上げるための対策を迫られるでしょう。

 チェン 選手は昨シーズンの世界選手権でも優勝していますが,これは五輪直後なので割り引いて考える必要があり,今シーズンの世界選手権制覇によって,真の世界王者になったと言えるでしょう。それでも今シーズンはルール改定直後だったこともあり,4回転を3種類4本にして様子見だったところがあります。今後は,現在 チェン 選手にしかできない4回転5種類に挑んでほしいと思います。

 ソチ五輪以降,挑戦を受ける立場だった 羽生 選手が,ついに追いかける立場になりましたが,これは 羽生 選手が待ち望んでいたことだったと思います。追う立場になった 羽生 選手が,今後 4F や 4Lz,そして夢の 4A をどう切り開いていくのか,それともケガによってさらに追い込まれてしまうのか,本当に目が離せません。そして,宇野 選手もその流れに追随しながら,羽生 選手や チェン 選手を追い越す機会を虎視眈々と伺う,これが来シーズンの展開になるでしょう。

世界フィギュア2019 ショートプログラムを終えて

 さいたまスーパーアリーナで開催中のフィギュアスケート世界選手権は,SP(Short Program,ショートプログラム)が終わりました。FS(Free Skating,フリースケーティング)はどうなるでしょうか?

◆女子シングル

 坂本花織 選手が素晴らしい演技を披露しました。スケーティングがとても柔らかく,ジャンプがプログラムに溶け込んでいました。FSも全日本選手権を超える演技になると私は確信しています。紀平梨花 選手がミスしたら 坂本 選手が優勝をさらう,という展開になってきました。世間では「ザギトワ 選手(ロシア)が逃げ切るか 紀平 選手が逆転か」という報じ方になっていますが,優勝候補の筆頭に 坂本 選手が躍り出たと私は思います。滑走順が ザギトワ 選手より前になったことも幸運ですね。坂本 選手が完璧なら,ザギトワ 選手がわずかな綻びを見せただけで逆転できると思います。

 紀平 選手は,3A の予定が 1A になり0点になった(←SPでは 2A 以外の2回転以下の単独ジャンプは0点)にもかかわらず,スコアが70点に乗ったのがせめてもの救いで,まだ逆転の目があります。FSで 3A を2本成功させることは優勝の絶対条件になりますが,FSのプログラム「A Beautiful Storm」は 紀平 選手にとてもフィットしていますし,開き直るしかない状況なので,完璧な演技になる可能性がかなり高いです。

 今大会は PCS (Program Component Score,演技構成点)が厳しめな印象があるので,スコア 160 点は難しいですが,158 点までは到達可能でしょう。その場合,ザギトワ 選手は 147 点,坂本 選手は 152 点で 紀平 選手より上位になりますが,この点数は2選手にとってかなり高く,これが 紀平 選手に逆転の目があると考える根拠です。ただ,今大会絶好調の 坂本 選手なら,全日本選手権で出した 152 点を国際大会である世界フィギュアでも出せると思いますので,坂本 選手の優勝の可能性が最も高いと上述したのです。

 宮原 選手は,ジャンプの回転不足が出てしまったのが厳しいですね。気をつけていたにもかかわらず回転不足を取られたことで,FSではジャンプをきちんと飛ばなければ,という重圧がかかってきます。修正能力の高い 宮原 選手ではありますが,FSでも回転不足やジャンプミスが出てしまいそうです。表彰台は限りなく厳しくなってきました。

 ザギトワ 選手は,全てが完璧なら上述した 147 点は超えられると思いますが,どこかでミスが出るか,ミスはなくても完璧とは言えない出来の場合,今シーズンの実績から考えると 147 点に及ばない可能性がかなりあります。SPが完璧だったことでやっと優勝争いに絡める状況になっただけであり,今シーズンの鬼門であるFSを完璧に演じられるかどうかは,まだまだ予断を許しません。表彰台はほぼ手中にしたと言えますが,優勝を手にするには,坂本,紀平 両選手のミスが出た状況で,ザギトワ 選手が完璧に演じることが条件になりそうです。

 優勝は僅差で 坂本 選手,2位と3位を 紀平 選手と ザギトワ 選手が争うと予想します。3選手の誰かがかなり崩れた場合,四大陸選手権から好調を維持する トゥルシンバエワ 選手(カザフスタン)が表彰台に乗る可能性が出てきました。SPの調子を見る限り,FSの 4S は成功の可能性が高いと思いますので,どこまで迫れるか楽しみです。

◆男子シングル

 羽生結弦 選手は,SPはミスなく演じられると予想していたのですが,やはりケガのブランクによる試合勘の弱さが出てしまいました。どんなに練習が順調でも,試合は別物だとよく言われますからね。追い込まれたときの 羽生 選手は強い,という過去の実績から逆転を期待したくなりますが,FSはSPよりもさらに正直に選手のコンディションが表れますので,厳しい戦いになると思います。FS演技時間後半の3つの連続ジャンプ,特に 羽生 選手にしかできない 4T+3A を成功させてほしいですね。

 宇野昌磨 選手は,リードを奪う絶好のチャンスだったにもかかわらず,羽生 選手に付き合ってしまいました。今シーズンのSPは 4T+3T に苦労していたのですが,今大会ではその前の 4F を失敗するという予期せぬ展開でした。ただ,そこですぐに切り替えてあえて 4T+2T を選択し踏みとどまりました。4T+3T を成功させた場合より4点ほど下げた形ですが,失敗すれば優勝は絶望的だったことを思えば,首の皮1枚つながったと言えます。今シーズンのFSは比較的良いですし,無心で集中し完璧な演技をしてスコア 200 点を出せれば奇跡の逆転の目も出てきます。ただ,その可能性は,女子の 紀平 選手の逆転優勝よりも難しいでしょう。

 ネイサン・チェン 選手(米)が今シーズンの好調さそのままに,SPで貯金を作りました。大舞台で力を出し切れないかも,とは言ってもSPを見る限りその可能性は低そうですし,羽生 選手と 13 点差,宇野 選手と 16 点差は,よほど大崩れしない限り追いつかれない点差です。ただ,4回転ジャンプは失敗すると一気に点数が減ってしまうので,2回大きなミスが出ると勝負はもつれます。しかし,その可能性はかなり低いでしょう。チェン 選手が優勝をほぼ手中にし,宇野,羽生 の両選手がわずかな可能性に賭ける,という展開です。

 素晴らしかったのは ジェイソン・ブラウン 選手(米)。大好きな日本で,やっと会心の演技ができました。ほとんど準備動作なく,流れの中で飛ぶジャンプの質が凄い。順位は二の次で,FSも完璧な演技を魅せてほしいと願っています。

世界フィギュア2019 プレビュー 【スポーツ雑誌風】

 さいたまスーパーアリーナで開催される,フィギュアスケート世界選手権の見どころと勝負の予想をスポーツ雑誌風に記します。


◆男子シングル

 優勝争いは,羽生結弦宇野昌磨ネイサン・チェン (米)の3選手が有力で,ヴィンセント・ジョウ (米),ボーヤン・ジン (金博洋,中国)らが表彰台を狙う。彼らの4回転ジャンプはSP(Short Program,ショートプログラム)で2本,FS(Free Skating,フリースケーティング)で4本と横並び(→ジャンプの分析:本ブログ過去記事参照)なので,本番の演技の完成度が勝敗を分ける。

 中でも最も優勝に近いのが 宇野昌磨 だ。世間の下馬評は 羽生 や チェン の声が多いかもしれないが,私は 宇野 に勝機ありと見ている。2月の四大陸選手権で,ケガを抱えながらFSの今シーズン世界最高得点を叩き出して優勝したことは,宇野 にとって大きな自信となり,主要国際大会6大会連続2位から脱したことで胸のつかえも取れただろう。今シーズンは,周囲の期待に応え勝ちにこだわる姿勢を貫いており,日本開催の地の利も生かし,初めて 羽生 を破って初優勝という大願成就を果たしたい気持ちは誰よりも強いだろう。安定感やピーキング能力はここ3シーズン発揮されており,SPとFSが両方ノーミスで実施できれば初の世界王者を手にするだろう。

 羽生 はケガ明け4ヶ月ぶりの実戦であり,ノーミスは可能かもしれないが,完成度の高い実施は難しいだろう。平昌五輪の再現を期待するファンは多いが,五輪という特別な舞台であり,過去のプログラムの再演だった 平昌 の状況とは異なり,今シーズンはプログラムを試合で滑る機会が少なかったので,いくら練習で好調だったとしても,いきなり世界選手権で完成度を高めるのは難しいと予想する。SPは大丈夫と思うが,FSは転倒や回転抜けが無ければ上出来と考えた方がよいだろう。

 チェン は今シーズン絶好調で,SPとFSを完璧に揃えた1月の全米選手権の出来が再現できれば間違いなく優勝できる。ただ チェン は,2017年の世界選手権,2018年の平昌五輪と2年続けてシーズン終盤の大舞台で優勝はおろかメダルさえも逃しており,大舞台で力を発揮する技術とメンタルが試される。不得手の 3A の出来が勝負を分けるかもしれない。

  • 私の順位予想 … 1位: 宇野,2位: チェン,3位: 羽生
  • 全員完成度が高い場合 … 1位: チェン,2位: 羽生,3位: 宇野

◆女子シングル

 日本選手の表彰台独占という夢のような光景が見られるかもしれない。その可能性が60%くらいあると思う。スコアの観点では,紀平梨花 を ザギトワ (ロシア)が追いかけ,さらにその後ろに他の選手が僅差でひしめく状況(→ジャンプの分析:本ブログ過去記事《日本選手ロシア選手》参照)だが,日本3選手の地力・地の利と,ロシア選手の今シーズンの停滞を考えると,日本選手の表彰台独占の可能性はけして贔屓目ではない。

 優勝候補の筆頭はもちろん 紀平梨花 である。技術点が抜群に高く,PCS (Program Component Score,演技構成点)も ザギトワ と肩を並べトップクラス。状況に応じて,ジャンプの難度を落としたり,その場で構成を変更する対応力も過去の試合で証明済みだ。日本開催が逆プレッシャーとなり,シーズンの最後に息切れという可能性もゼロではないが,今シーズンはSPとFSのどちらかにミスが出ており,この大舞台で両方ノーミスでの実施を強く誓っているはずだ。SP 80 点FS 160 点計 240 点という驚異的な得点を期待せずにはいられない。

 全日本を制した 坂本花織 は,優勝を狙うと公言している。これほどはっきり優勝を口にすることは珍しく,並々ならぬ決意がうかがえる。四大陸選手権で優勝を狙うもメダルを逃す経験をしたことで,無心で試合に臨むことの大切さを再認識できたことも好材料だ。完璧な演技ができれば GOE (Grade Of Execution,出来ばえ点)も PCS も高騰する可能性はあり,紀平 にミスが出れば 坂本 が女王の座を射止める可能性が高い。

 世界選手権の銀と銅のメダルを持つ 宮原知子 も,金メダルを渇望している。全日本選手権から3ヶ月,プログラム細部の精緻化と,ジャンプの回転不足の解消に取り組み,演技全体を研ぎ澄ませてきただろう。シーズン途中では細かいミスがあっても,世界選手権や五輪の大舞台で完成形を披露しシーズンベストを更新する,これが 宮原 の例年の姿だ。今シーズン,全日本選手権では若手2人の突き上げを受けているが,先輩のプライドにかけて,日本開催である今年の世界女王は是が非でも手にしたいところだ。ミスがないことにはもはや驚かないが,全てが完璧に演技できれば優勝に手が届くだろう。

 ここ数年,日本勢より力が上だったロシア勢だが,今シーズンは様相が異なる。五輪女王 ザギトワ,欧州女王 サモドゥロワ に加え,世界女王2連覇の実績を持つ メドベージェワ も参戦し,名前だけを見れば手強い相手に思える。しかし,今シーズンのロシア勢は完全に追う立場にいる。

 ザギトワ の不調は,五輪女王の重圧,身長の伸びなど様々に報じられているが,私が感じる要因は「FSの選曲」と「紀平 の急成長」である。ザギトワ のFSは「カルメン」。この曲は五輪で演じることを ザギトワ 自身が希望したものの,エテリ・トゥトベリーゼ コーチが賛同しなかったと言われている。五輪女王になったこともあり「カルメン」の採用を許したのだろうが,五輪女王とはいえまだ16歳,風格があるタイプではない ザギトワ にとって「カルメン」のスケール感を表現するには時期尚早という印象だ。ジャンプもどこか飛びづらそうに見えるのは,ジャンプが曲にうまくハマっていないからかもしれない。

 紀平 の急成長に関して,3A によって技術点を高めてくることは予期できても,PCS が自分に追いついたことは予想外だっただろう。グランプリファイナル完敗の衝撃(→本ブログ過去記事)の大きさは,その後のロシア選手権(5位)とヨーロッパ選手権(2位)が物語っている。ノーミスは当然で完璧な演技でなければ世界女王は取れない,という状況に追い込まれたことが ザギトワ の焦りを生み,演技の綻びをなかなか塞げずにいる。表彰台に乗れるかどうかの厳しい試合になると私は予想するが,今シーズンの不調を払拭する演技ができれば,当然優勝争いに加わってくる。

 むしろ,ネームバリューはロシア勢で最も低い サモドゥロワ が,表彰台の可能性としては最も高いと私は考える。シニアデビューの今シーズン,グランプリファイナルに出場(5位)し,ヨーロッパ選手権で ザギトワ を破って優勝したことで,世界選手権の切符をつかんだ。ヨーロッパ選手権は欧州各国では権威のある大会であり,ここでの優勝は我々が思う以上に大きな自信になっているはずだ。FSの「バーレスク」は サモドゥロワ によく合ったプログラムなので,完璧な演技なら,日本勢の表彰台独占を阻む役を担うかもしれない。

 直前の国内選考で出場をつかみ取った メドベージェワ は,大好きな日本での出場に安堵していると思うが,昨シーズンまでの実力は現在の彼女にはない。コーチを トゥトベリーゼ からロシア国外の ブライアン・オーサー に変更し,全く違う生活・練習環境に慣れるだけでも大変な作業なのに,さらにスケートも全てを一から再構築しているのだから,今回は出場できたことが奇跡的なのだ。私は,以前の メドベージェワ は PCS が高過ぎると感じていたので,現在のスコアは妥当な水準だと感じている。ここから再び頂上をめざしていく上で,今大会は メドベージェワ が何合目まで上ってきたかがわかる試合になる。だがもちろん,メドベージェワ 自身は出場だけで満足と思うはずがない。順位はともかく,完璧な演技で自身が進む道の正しさを証明してほしい。

 ここ数年の世界選手権を見ると,それまで順調だった選手が力を発揮できないことは時々あるのだが,不調だった選手が甦ることはほぼない。フィギュアスケートは現在の採点方式が導入されたことで,ネームバリューで戦える世界ではなくなった。ザギトワ や メドベージェワ の経験や舞台度胸は脅威だが,それでシーズンの不調をカバーできるほど甘くはない。仮に 紀平 選手が崩れた場合は,坂本,宮原 のどちらかが世界女王初戴冠となるだろう。

  • 私の順位予想 … 1位: 紀平,2位: 坂本,3位: 宮原
  • 全員完成度が高い場合 … 1位: 紀平,2位: ザギトワ,3位: 宮原

ジャンプ戦略考察:男子シングル編

 前回と前々回は,フィギュアスケート女子シングル選手のFS(Free Skating,フリースケーティング)のジャンプ構成をチェックしました。今回は男子シングルの有力選手をチェックしていきます。まずは 羽生結弦 選手から。

figureSkateScoreHanyu

 4回転は 4Lo, 4S, 4T×2本の計4本。今シーズンから「4回転2本飛べるのは1種類」というルールになりましたので,優勝争いに必要な4回転の種類・本数は,3種類3本,3種類4本,4種類4本あたりになるでしょう。4種類5本も可能性としてはありますが,今シーズンは様々なルール改定があったシーズンなので,そこまで無理してくる選手はいないようです。

 4回転の中でも 羽生 選手の目玉は 4T+3Aシークエンスジャンプでしょう。シークエンスジャンプとは,連続ジャンプの第2ジャンプとして A (アクセルジャンプ)を付けるものです。第1ジャンプを右脚(リバースジャンパーは左脚)で着氷した後,後向きから前向きに体の向きを変える際に軸足を左脚(リバースジャンパーは右脚)に変え,すぐに A を飛びます。軸足を変える動作が入るので,連続ジャンプではなくシークエンスジャンプという扱いになり,基礎点が各ジャンプの基礎点合計の 0.8 倍になります。

 +2A のシークエンスジャンプは女子ではたまに見かけますが,+3A のシークエンスジャンプは史上初だと思います。点数が 0.8 倍になるのがもったいないので,プログラムに組み込む選手はほとんどいませんし,普通に飛ぶのさえ難しい 3A を第2ジャンプに持ってくることは,まずあり得ません。これは 3A高い完成度で飛ぶことができ,新しいことに挑戦し続ける 羽生 選手らしい選択だと思います。今シーズンは,勝負よりも自分が演じたいことを優先しているそうで,だからこそ点数面では損なシークエンスジャンプでも入れたかったのでしょう。実は,羽生 選手は今までのエキシビションやアイスショーの中で,4T+3A+3A というものすごいジャンプをたびたび披露しており,2013年のグランプリファイナル(福岡)を現地観戦した際にこのジャンプを観たときは,4回転が3本続いたのかと思うほどの大迫力でした。なので,4T+3A はチャレンジというよりは,プログラムの流れの中にどう入れていくかが 羽生 選手にとっての課題だと思います。

 このシークエンスジャンプも含め,3つの連続ジャンプを全てボーナスタイムに入れているのもすごいです。連続ジャンプを演技の後の方に持ってくると,失敗したときリカバーできないというリスクがあります。羽生 選手はこの構成を成功させる自信があるでしょうし,失敗できないという緊張感が逆に高い完成度につながる,という気持ちもあると思います。演技時間の前半は4回転,後半は連続ジャンプでずっと見どころが続くプログラムになっていると思います。

 ジャンプ構成表をよく見ると,3Lz を入れていないことがわかります。羽生 選手は 4Lz も成功させていますから Lz が苦手ということはありません。昨シーズン,4Lz の練習でケガをしましたので,今シーズンは無理をしなかったと見るべきでしょう。ケガの快復が順調なら,3Lo の代わりに 3Lz を入れてくるかもしれません。

 続いては,宇野昌磨 選手のジャンプ構成です。

figureSkateScoreUno

 4回転は 羽生 選手同様の3種類4本(4F,4S,4T×2本)。今シーズンはケガを抱えていたため,4S を入れない試合も多かったですが,世界選手権では入れてくると思います。公式戦成功世界初の 4F が武器ですが,4T が安定しているので2本入れ,4F は1本を確実に決める,という作戦のようです。個人的には 4F からの連続ジャンプや,ボーナスタイムの 4F も見てみたいところです。

 この表では,F が得意な 宇野 選手が 3F を入れてないように見えますが,3F は連続ジャンプの +1Eu+3F で使っています。これは +1Eu+3S の亜種で,得意だからこそ連続ジャンプの第3ジャンプに持ってきているのです。ここで使わずに済んだ 3S は 3S+3T で使っていますが,これが最後のジャンプなので,この連続ジャンプも鍵を握ります。

 しかしながら,+1Eu+3F を除けば,以下に示すように実はかなり堅実な構成です。

  • 4回転→3回転の連続ジャンプを入れていない (宇野 選手は 4T+2T)
  • ボーナスタイムは全て第1ジャンプが3回転
  • 3Lz や 3Lo を避け 3S を入れている

 ジャンプでは失敗リスクを抑えて GOE (Grade Of Execution,出来ばえ点)を高めて勝負する戦略であることがうかがえます。とはいえ,ジュニア時代 3A に苦労していたことを思うと,3A がこれだけの得点源になっていることは素晴らしいです。3A をボーナスタイムに置けるからこそ,4回転を先にこなすことで失敗のリスクを抑えることができるのです。

 最後は,羽生,宇野 両選手と優勝争いをする米国の2選手を見てみましょう。

figureSkateScoreChen

figureSkateScoreZhou

 両選手とも 4Lz4F を両方組み込み,羽生,宇野 両選手より高い基礎点を持っています。ネイサン・チェン 選手は,あまり得意ではない 3A を1本にしているものの,連続ジャンプに基礎点が高い +3T 2本と +1Eu+3S を使い,これら3回を全てボーナスタイムに持ってくることでスコアを高めています。一流の男子選手は 4T と 3A を2本ずつ入れるのが定石ですが,チェン 選手は 3A 1本という弱みを +3T を2本入れることでカバーしているわけです。4回転ジャンプの安定感は抜群で,基礎点が高い 4Lz,4F に始まり,4T と +3T が2本ずつという,3A 1本パターンの王道とも言える,見事なジャンプ構成だと思います。

 チェン 選手を上回る基礎点を持ち,4回転を4種類入れているのが ヴィンセント・ジョウ 選手です。チェン 選手を超えている要因は,3A を2本入れていることと,3連続ジャンプに 宇野 選手と同じ +1Eu+3F を使っていることです。点数の面でもったいないのは 3A+2T で,これを 3A+3T にすれば基礎点が80点を超える計算になります。ただ,4回転4本に 3A も2本となると,+3T を2本入れるのは体力的にかなり厳しいので,やむを得ないところでしょう。目玉は 4Lz+3T ですね。実際にプログラムに組み込まれるジャンプの中で最も基礎点が高いので,これが成功するとスコアの面でも気持ちの面でも大きなプラスになる連続ジャンプです。ジョウ 選手は回転不足が多いので,回転不足を出さないことが鍵になりますが,この基礎点の高さが脅威であることは確かです。

 上述した4選手と ボーヤン・ジン 選手(金博洋,中国)が優勝および表彰台争いを繰り広げることになると思います。全てのジャンプが良い出来であれば,皆FSで 200 点を取る力があります。今シーズン初の 200 点を誰が記録するのかも楽しみです。

五輪2連覇でも満たされぬ 羽生結弦 【スポーツ雑誌風】

 平昌五輪の狂騒から2カ月。羽生結弦 の金メダルは劇的だった。ケガ明けぶっつけ本番,4回転ジャンプの種類も限定的という,これ以上ない「設定」(本人談)で獲った金メダルには確かな価値がある。しかし,2ヶ月が経っても,五輪2連覇のすごさが私の心に響いてこない。とても冷静に受け止めている自分がいる。

HanyuYuzuruPyeongChang2018

 世界選手権の欠場は,そう思わせる要因の1つだ。結局,ケガしたことで,NHK杯,グランプリファイナル,全日本選手権,さらには五輪団体戦まで回避し,ケガが癒えない状態でどうにか平昌五輪の金メダルは獲れたものの,世界選手権も欠場せざるを得なかった。平昌五輪のときだけ,瞬間的に熱狂が生まれたが,その後は穏やかな時間が流れている。全日本選手権欠場ながら特例での五輪出場や,団体戦回避という「優遇」がなされ,正々堂々の戦いとは言い難いものになってしまったし,もし金メダルを逃していたら,どれだけの非難が巻き起こったかわからない。だからこそ 羽生 は金メダルを獲るしかなかったのだ。

 この経緯を 羽生 は十分理解していたのだろう。五輪直後こそ多くの取材に応えていたが,その後の発言は聞こえてこない。五輪2連覇を達成はしたものの,表舞台でその栄光にひたる時間が長くなるのは許されないことを,羽生 は誰よりも感じとっていたに違いない。五輪2連覇の真の価値を 羽生 が享受するには,もう少し時間が必要なのだろう。

 もう1つ,私がもやもやするのは,ソチ五輪からの4年間,羽生 が圧倒的な強さを示せなかったことである。ソチ五輪シーズンの急成長と,ライバルたちの動向から,この4年間は 羽生 の独走が予感された。しかし実際のところは,毎シーズン前半のグランプリファイナルでは昨シーズンまで優勝し続けた(今シーズンはケガの影響で出場資格なし)が,シーズン締めくくりの世界選手権では,ソチ五輪直後は薄氷の優勝,そしてその後の2シーズンは ハビエル・フェルナンデス (スペイン)に連覇されて2位に終わり,昨シーズンやっと3年ぶりに優勝した。

 世界選手権は1位か2位であり,さらに2015-16シーズンには 330 点台という歴代最高得点を記録し,この記録は現在でも破られていない。世界ランキングもずっと1位に君臨し続けた。これらは十分に素晴らしい戦績だが,世界選手権を4連覇するだろうと勝手に期待した私からすると,物足りなさを感じてしまうのだ。また,この4年間,ケガや故障なしで過ごしたシーズンは1度もなく,アスリートとして最も大事なコンディション維持の面では,ずっと課題を抱えてきた。

 肝心な今シーズンに大きなケガに見舞われた要因の1つは,4回転ジャンプの種類や回数の急激な増加である。4回転ジャンプの精度や完成度が高い若手選手の台頭を受けて,羽生 は 4Lo や 4Lz(4回転ループ&ルッツジャンプ)に挑戦したが,今シーズンのケガは 4Lz の練習のときに起こった。羽生 は 4Lz を五輪シーズンになってプログラムに組み込んできたが,五輪シーズンに新たなジャンプを導入するのはリスクが大きい,ということを改めて示すものとなった。結局,ケガで 4Lo や 4Lz を使えず,4S と 4T(4回転サルコウ&トウループジャンプ)だけで平昌五輪の金メダルを手にしたのは,ケガの功名というよりは,やや消化不良感が否めないものだった。

 とはいえ,平昌五輪の戦いぶりは,羽生結弦 という選手が「逆境をエネルギーに変える能力がいかに傑出しているか」を示すものだった。東日本大震災でリンクの被災を経験。4年前,中国激突事故から1ヶ月後のグランプリファイナルをシーズンベストで優勝。このように何度も逆境を乗り越えた経験はあったが,それを五輪という究極の舞台で魅せたことは,圧巻としか言いようがないものだった。

 だがそれは「他の幸せを捨てる」(本人談)ことで達せられたことだった。五輪という大舞台に向けた逆境の乗り越え方がこれだったのだろう。ケガの回復状況が思わしくない中で,五輪という極めて特殊な大会の勝利を手繰り寄せるには「敵は自分」「自分が納得する演技をすれば結果は後から付いてくる」といった美しく理想を追究するアプローチは通用しない。羽生 は,歴代最高得点保持者のプライドを捨て「他者より0.01点上回ればよい」という現実的な戦いを思い描いたのではないだろうか。そしてこの考えは,昨シーズンから実践してきたことだったと私は推察している。

 ソチ五輪の翌年から2年間,世界選手権で優勝を逃した頃の 羽生 は,自分にとって最高の演技で優勝したいという思いにとらわれ,自分を追い込んでしまっていたように思う。昨シーズン,3年ぶりに世界選手権を優勝できたのは,他者に勝てばいいんだという現実的な考えを実践したからではないかと私は感じた。そしてこの成功体験が,平昌五輪にも生かされたのではないかと思う。

 その境地に達していなければ,4Lo を飛べない不安に押しつぶされたに違いない。4回転ジャンプが 4S と 4T だけでも十分戦えると考え,五輪直前はこの2種類のジャンプの回復に重点を置いていたはずだ。このジャンプが安定すれば,SP(Short Program,ショートプログラム)で先行して逃げ切るパターンでも,FS(Free Skating,フリースケーティング)で逆転するパターンでも大丈夫と考えたのだろう。結果はSP先行逃げ切りの形になった。

 各種インタビューを総合すると,FSのジャンプ構成は 羽生 自身が当日の朝に最終決断したそうだ。普通は,コーチと相談したり,コーチが決めたりすると思うのだが,難しい状況の中で自ら決断したとは驚きである。しかし,これだけの難しい状況の中でそれができるのが 羽生 なのだ。自分ができることを冷静に見極めたことが,上々の演技の実施になり,会場に熱狂の渦を生み,他の選手のミスを誘った。これほど会心の戦いは 羽生 史上最高と言って間違いない。それを負傷3ヶ月後の復帰戦,しかも五輪で遂行したのだから,羽生 の逆境への強さは,もう神の領域に到達したとしか言いようがない。

 ドラマティックな五輪2連覇ではあったが,自己ベストには10点以上及ばず,他者のミスによって獲れた金メダルでもあった。難しい状況の中で優勝をつかみ取ったという意味では価値ある金メダルだが,グランプリファイナル→全日本選手権→五輪団体戦 というステップをきちんと経て獲ってこそ本物であり,厳しい言い方をすれば「ただ五輪の金メダルだけを獲った」という,結果だけを手にしたような形になった。羽生 は五輪2連覇は手にしたものの,手にする過程には納得していないのではないか,心の中は満たし切れていないのではないか,そう私は察している。

 この4年間,羽生結弦 はライバルのスケーターよりも,自分の身体や気持ちと戦っていたように思う。次々と見舞われるケガや故障により,自分との戦いに集中せざるを得ず,ライバルとの戦いという本来の形にはなかなか至らなかった。しかし,宇野昌磨 や ネイサン・チェン (米)が 羽生 と互角に戦える実力を付けてきた今後の4年間は,羽生 にとって今までの4年間よりもはるかに厳しい戦いになるだろう。しかし,この厳しくしびれる戦いを 羽生 は待ち望んでいたはずだ。まずはケガを治し,ライバルとのハイレベルな戦いを1試合ずつ,1シーズンずつ,故障なく過ごしてほしい。それがさらに 羽生結弦 を強くし,その積み重ねの先に,五輪3連覇への挑戦が待ち受けているだろう。 (選手敬称略)

平昌五輪 男子シングル スコア分析:羽生結弦 は薄氷の勝利だった

 平昌五輪のフィギュアスケート男子シングルは,羽生結弦 選手が2連覇を達成しました。ケガ明けの2連覇という美談がどうしても目立ってしまいますが,どのようにして勝利を手繰り寄せたのか,そのスコア戦略や実際のスコアに言及する記事はほとんどありません。フィギュアスケートはスコアを争う競技なので,スコア戦略に着目して,羽生 選手の金メダルの要因を考えてみたいと思います。

 まず,主な選手に関する,FS(Free Skating,フリースケーティング)でのジャンプ構成やスコアの内訳を比較表にまとめましたのでご覧ください。下記画像をクリックすると,拡大表示されると思います。

FigureSkateScoreList2018MenResult

 この表は,本ブログ記事「男子シングル ジャンプ戦略比較」で作成した表を発展させたもので,技術点の高い順に一覧にしています。表の見方を,羽生 選手のデータを例にとって説明します。

 「4回転」「3回転(トリプル)」「2回転」の列は,メインジャンプ(単独ジャンプと,連続ジャンプの1本目)の本数を表します。上段(白い行)は演技時間前半,下段(水色の行)は後半に入れたジャンプの本数を示しています。羽生 選手のメインジャンプは,前半に 4S,4T,3F,後半に 4S,4T,3A,3Lz,3Lo を入れたことがわかります。「2連続」「3連続」の列は,連続ジャンプを表します。羽生 選手は2連続ジャンプで +3T(実際の組み合わせは 4S+3T)を後半に飛び,+2T は予定していたものの実際には飛べませんでした。3連続ジャンプは,+1Lo+3S(実際の組み合わせは 3A+1Lo+3S)を入れたことがわかります。

 「ジャンプBV」の列は,ジャンプで取るべき基礎点を表し,羽生 選手は 82.09 点を取れるはずだったことを示しています。そのうち,後半のジャンプで取る点数が 55.99 点で,それは全体の 68.2% であることがわかります。

 「スピン」の列は,実施するスピンの種類を表します。Sはシットスピン,Cはキャメルスピン,Co はコンビネーションスピンを表し,その前にF(フライング)とC(チェンジフット,足換え)の一方あるいは両方が付きます。

 「基礎点合計」の列は,ジャンプ・スピン・ステップ全て合わせた基礎点について,完全に実施できれば取れる点数(表の「完全」欄),そこから取りこぼした点数(表の「損失」欄),実際に獲得した点数(表の「実際」欄)を表します。羽生 選手は,完全に実施できれば 97.99 点の基礎点を取れるところ,5.43 点を取りこぼし,実際に獲得した基礎点は 92.56 点だったことを示しています。

 「基礎点損失詳細」の列は,基礎点を取りこぼした理由を記しています。羽生 選手の場合,以下の取りこぼしがありました。

  • 2本目の 4T を連続ジャンプにできなかったため,同種ジャンプの単独ジャンプが2本になり,2本目の基礎点が70%になった。この分の損失点数は,10.3(4T 基礎点)×1.1(後半ボーナス)×0.3(損失分は30%)= 3.40 点
  • +2T の連続ジャンプをどこにも付けることができなかった。この分の損失点数は,1.3(2T の基礎点)×1.1(後半ボーナス)= 1.43 点
  • ステップ(記号 StSq)が,レベル4を取れずレベル3になった。この分の損失点数は,3.3(レベル3基礎点)-3.9(レベル4基礎点)= 0.6 点

 これらの取りこぼし点数の合計が 5.43 点になるわけです。そして,表内のピンクの網掛けは,この取りこぼし箇所がどの要素なのかを示しています。×が付いている要素は,予定どおり実施できなかったことを表します。

 残りの列は「GOE による加点」「技術点」「演技構成点」「減点」「総得点」を表します。スコアの計算方法を知りたい方は,本ブログ記事「フィギュアスケートのスコアはどのように決まる?」をご参照ください。羽生 選手は,GOE の加点 16.99 点が基礎点に加算され,技術点が 109.55 点となり,演技構成点 96.62 点との合計で総得点 206.17 点を獲得しました。

 では具体的に,羽生 選手の戦略と,実際に何が起きたかを見ていきます。羽生 選手は,SP(Short Program,ショートプログラム)でトップに立ち,フェルナンデス 選手に 4.1 点差,宇野昌磨 選手に 7.5 点差をつけました。この点差なら,確実な演技をすれば勝てると考え,4Lo を回避して 4S と 4T を2本ずつ入れる構成にしたのだと思います。この構成は,私は事前に,本ブログ記事「羽生結弦,ネイサン・チェン のジャンプどうなる?」で,あまり好ましくない構成だと指摘していました。4回転4本は後半の体力が心配なので,4回転を3本にして 3A を2本にする方が得策だと私は思っていました。

 ですから,後半の 4T で着氷が乱れ,連続ジャンプにできなかったのを観て「だから 3A にしておけばよかったのに」と私は地団駄を踏みました。4T の失敗により基礎点が70%(7.93 点)になり,3A の基礎点(9.35 点:演技時間後半)よりも低くなってしまったからです。転倒なしで4回転が4本認定されたとはいえ,4本目はスコア上の貢献が小さかったのです。もしここで転倒していれば,今回のスコアから GOE で -2 点,転倒減点が -1 点,転倒によって全体の完成度が下がるので演技構成点で -2 点の可能性があり,計5点程度落としていたと思います。転倒しなかったので結果オーライですが,転倒していたらさらに僅差になり,他の選手の出来次第では危なかったと言えます。

 ただ,このあたりは 羽生 選手自身も十分に吟味したはずです。あえて 3A を1本にしたのは,4S や 4T でどれか1本回転が抜けてダブル(2回転)になってしまった場合に,後半の 3Lo を 3A に変えて基礎点を上げるリカバーを考えていたからだと思います。後半のしかも遅い時間に 4S や 4T をリカバーするのは,今回の 羽生 選手の状態では不可能でしたが,3A ならかなり遅い時間でも飛べると考えていたと思います。初めから 3A を2本入れると,良いリカバープランが組めないので,これらのことを総合的に考えて 3A を1本にしたのだと思います。

 3A の2本目というリカバープランは発動せずに済みましたが,4T+1Lo+3S が入れられなかった点は,3A+1Lo+3S を決めてリカバーしました。これは 3A が得意な 羽生 選手ならではの,プランどおりのリカバーだったと思います。このリカバーによって残った +2T は最後まで入れられませんでしたが,この損失は 1.43 点と小さなものでしたから,3A+1Lo+3S のリカバーが金メダルを引き寄せたと言っていいと思います。

 GOE の加点が 16.99 点というのは他の選手と比べればかなり多いですが,過去に 23 点もの加点を得たことがある 羽生 選手としてはやや物足りない点数です。着氷が乱れたジャンプが2回ありましたから致し方ないことですが,基礎点の5点以上の取りこぼしも合わせて,FSのスコアはけして高い点数ではありませんでした。結果は11点差がつきましたが,転倒していたら金メダルはなかった,と言っていい内容だったと思います。

 それでも,ケガ明け久々の実戦でありながら転倒なく演技を終えたことで,すごい演技だという印象を観客に与え,会場内の大歓声を生み出すことに成功しました。スコアよりも,会場の興奮や熱狂が 羽生 選手こそ王者に相応しいという雰囲気を醸成したと思います。直後に演技した フェルナンデス 選手(スペイン)や,演技を観ていた 宇野昌磨 選手が,その雰囲気に多少なりとも影響を受けたことは否めないでしょう。

 実際に,トータル 317 点台となった 羽生 選手は,ほぼ金メダルを手中に収めてはいましたが,わずかながら フェルナンデス 選手や 宇野 選手にもチャンスがありました。フェルナンデス 選手は,演技時間後半冒頭の 4S の回転抜けが全てでした。これで基礎点を約10点失っていますし,4S が綺麗に飛べれば GOE で2点の加点を得る可能性は十分にありますので,これらの12点があれば 羽生 選手との点差を埋められたのです。シーズン当初の不調を考えれば,よくこの1ミスで収めたという見方ができるのですが,その不調が五輪でも埋めきれなかったのは,フェルナンデス 選手の本来の実力を考えるともったいなかったと思います。

 宇野 選手は,基礎点の取りこぼしはほとんどなかったのですが,GOE 加点があまり得られなかったことと転倒減点が響きました。冒頭の 4Lo で転倒しましたが,4回転ジャンプで転倒すると GOE が自動的に -4 点になってしまうので,GOE 加点が伸びないのです。もし 4Lo が成功していれば,転倒減点 -1 がなくなり,GOE も +2 点の加点は可能なので,今回のスコアに7点ほど上乗せできました。羽生 選手が帰国後「宇野 選手の 4Lo が成功しても自分が勝つことはわかっていた」という趣旨の発言をしましたが,7点上乗せしても 羽生 選手との11点差は埋まらないので,この発言は的を射ています。

 ただ,それはあくまで今回のスコアに 4Lo の成功を当てはめた場合の話であって,他の要素も出来が良ければさらに GOE が上がり,ステップやスピンのレベルの取りこぼしもなかったかもしれませんし,ミスがなければ演技構成点もさらに上がったはずです。つまり,宇野 選手の演技全体が素晴らしければ,あと4点が埋まっても不思議ではありませんでした。宇野 選手が「ベストの演技をすれば勝てると思っていた」と発言したのはそういうことであり,4Lo が成功すればその後の演技も素晴らしいものになった可能性はあったわけです。4Lo の失敗によって 羽生 選手の金メダルが決まった形になりましたが,宇野 選手が 4Lo も含め全ての要素が成功していたら,どちらが金メダルなのかという点で最後の得点発表はもっと盛り上がったでしょう。

 ただ,もしそれで 宇野 選手が金メダルを獲ったら,それはそれで釈然としない雰囲気になった可能性もあったわけで,宇野 選手は実にわきまえた順位に収まったと言えるでしょう。羽生 選手がギリギリのところで転倒しなかったことが,会場の熱狂を生み,それが フェルナンデス 選手に 4S の回転抜けを起こさせ,宇野 選手の 4Lo 転倒につながった…正に 羽生 選手の五輪に全てを注ぎ込んだ執念の演技が,その後登場した2人のわずかな綻びを呼び込んだ,と言える戦いだったのではないかと思います。

 SPを完璧にしFSで逃げ切る。これが,今回の 羽生 選手が置かれた状況で打った最善手であり,これをきちんと遂行することでライバルのミスを誘いました。4回転ジャンプの種類を 4S と 4T に絞ったことは,ケガでやむを得なかったとはいえ,本当にプライドを捨てて勝利だけを獲りにいく戦略でした。羽生 選手がこれほどまでに勝負に徹した試合は今までなかったと思います。平昌五輪で魅せた勝負強さには 羽生結弦 というスケーターの神髄が凝縮されている,そう強く感じたのでありました。

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